カサ・ビセンス

Casa Vicens
2007年刊
Juan José Lahuerta著

著者と建築家の経歴

アン・ホセ・ラウエルタは、スペインを代表する建築史家、美術史家、評論家であり、とりわけガウディ研究の第一人者として国際的に知られている。バルセロナを拠点に活動し、ガウディ研究機関の責任者も務めた。建築を単なる造形物としてではなく、その背後にある政治、社会、宗教、都市文化との関係から読み解き、ガウディ研究に新しい視点を導入した。

ガウディは、1852年にスペイン・カタルーニャ地方に生まれた建築家であり、自然界の構造や幾何学、宗教的象徴を建築へ統合した独創的な作品群によって世界建築史に大きな足跡を残した。本書で扱われるカサ・ビセンスは彼の最初の本格的な住宅作品であり、その後の作風の原点となった建築である。

カサヴィセンス
カサ・ビセンスの外観

本書の内容

1.若きガウディの出発点

本書は1883年から1885年にかけて建設されたカサ・ビセンスを、単なる初期作品としてではなく、後年のガウディ建築を理解するための原型として位置づけている。建築主であった実業家マヌエル・ビセンスの依頼を受けた若きガウディは、この住宅において既に独自の建築言語を形成し始めていた。

2.東洋趣味とイスラム建築の影響

本書が最も重視する点の一つは、カサ・ビセンスに見られるオリエンタリズムである。建物にはムデハル様式やイスラム建築の影響が色濃く現れており、馬蹄形アーチ、木製格子、鍾乳石状の天井装飾などが随所に用いられている。これらは単なる異国趣味ではなく、当時のヨーロッパにおける東洋文化への憧憬を背景としていた。

カサ・ビセンス内部
カサ・ビセンスの内観

3.自然を建築へ取り込む試み

建物外壁に用いられた黄色い花模様のタイルは、敷地内に自生していたマリーゴールドをモチーフとしている。ガウディは自然を模倣するのではなく、自然の秩序や生命力を建築へ移植しようとした。この試みこそが後年の有機的建築へ発展する最初の一歩であった。

4.室内空間の劇場性

内部空間の分析も本書の大きな特徴である。食堂の天井に描かれた空や植物の幻視的な絵画、イスラムの鍾乳石天井を思わせる喫煙室、庭園と連続する半屋外空間など、建物全体が一つの舞台装置のように構成されている。居住者は単に部屋を移動するのではなく、異なる世界を旅するような体験をすることになる。

5.ガウディ建築の萌芽

後年のガウディ作品を特徴づける要素が既にカサ・ビセンスに現れている。色彩豊かな陶器装飾、自然モチーフ、庭園との融合、建築と工芸の総合芸術化などは、後のサグラダ・ファミリアやカサ・バトリョへと発展していく思想の出発点なのである。

本書が言いたかったこと

カサ・ビセンスは単なる若きガウディの習作ではなく、既に完成された思想を内包する革新的建築であった。ガウディはこの住宅において、自然、東洋文化、工芸、宗教的象徴、そして都市生活を統合する新しい建築の可能性を示した。その後の壮大な作品群はすべてこの小さな住宅から始まっていた。カサ・ビセンスはガウディの出発点であると同時に、その建築世界全体を縮小した模型のような存在である。

未来の輪郭