An Autobiography
1966年著
Alexander Calder著
カルダーの経歴
アレクサンダー・カルダー(1898–1976年)は、20世紀アメリカを代表する彫刻家であり、モビール(Mobile)と呼ばれる動く彫刻を創始したことで知られる。アメリカ・ペンシルベニア州の芸術家一家に生まれ、父は彫刻家、母は画家であった。スティーブンス工科大学で機械工学を学び、卒業後は技術者や船員として働いたが、美術への志を固めてニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグで絵画を学んだ。1926年に渡仏するとパリで前衛芸術家たちと交流し、針金による人物や動物の作品で注目を集める。1926年には自ら制作した小さなサーカスを実演するカルダー・サーカスを発表し、動きと遊び心を取り入れた独創的な芸術活動を展開した。1930年にピエト・モンドリアンのアトリエを訪れた経験を契機に抽象芸術へ転向し、1931年には空気の流れで動くモビールを制作した。モビールという名称はマルセル・デュシャンが命名し、動かない大型作品はジャン・アルプがスタビル(Stabile)と名付けた。カルダーは重力、均衡、運動を芸術へ取り入れたことで、20世紀彫刻の概念を大きく変えた。

本書の内容
1.芸術家一家に育った幼少期
本書は幼少期の思い出から始まる。父の彫刻制作や母の絵画制作を間近で見ながら育った経験が、幼い頃から立体感覚や素材への親しみを育てたことが語られる。また、幼少期から針金や木片など身近な材料を用いて玩具を自作していたことが、後の創作活動の原点となったことが述べられている。
2.工学と芸術の融合
カルダーは機械工学を学んだ経験が、後年の作品制作に極めて重要であったと回想する。重力や重心、てこの原理、バランスなどの物理法則を理解していたことが、繊細な均衡によって成り立つモビールの制作に直接生かされた。芸術と科学は対立するものではなく、互いを豊かにする関係にあるという考えが随所に表れている。
3.パリでの創作と前衛芸術家との交流
1920年代後半のパリでは、ミロ、アルプ、レジェ、デュシャンなど当時の前衛芸術家との交流が描かれる。自由で刺激的な芸術環境の中で、自身の創造性が大きく開花していった過程が率直に語られている。芸術家同士の友情や議論が、新しい発想を生み出す重要な源泉であった。
4.カルダー・サーカスの誕生
カルダーが針金や布、木片を用いて制作した小さなサーカスは、本書でも重要な位置を占めている。彼は自ら人形を動かしながら演じ、彫刻と演劇、音楽、ユーモアを融合させた。この作品は静止した彫刻ではなく、時間と運動を伴う芸術という、その後の制作思想の原型となった。
5.モビールという新しい彫刻
本書の中心となるのは、モビール誕生の経緯である。モンドリアンの抽象絵画に強い衝撃を受けたカルダーは、色彩や形態だけでなく、それらが実際に動けば更に豊かな芸術になると考えた。そしてモーターを用いた作品を経て、風や空気の流れによって自然に動く作品へ到達する。動きは装飾ではなく作品の本質であり、絶えず変化する形態が生命感を生み出す。
6.均衡と偶然の美
カルダーは作品を厳密に設計しながらも、風や空気による偶然の動きを積極的に受け入れている。完全に制御された芸術よりも、自然現象との共同制作によって作品が絶えず変化することに価値を見出している。均衡とは静止ではなく、変化し続ける安定であるという独自の造形思想が語られる。
7.世界各地での制作活動
後半ではヨーロッパやアメリカ各地での展覧会や、大規模な野外彫刻の制作、各国の芸術家との交流などが紹介される。巨大なスタビルの制作では、都市空間との関係や公共彫刻の役割についても述べられ、彫刻が人々の日常生活の中で生きる存在であることが強調されている。
8.芸術は自由な遊びである
カルダーは終始、芸術に深刻さや難解さだけを求める姿勢を避けている。作品には驚きや楽しさ、軽やかさが必要であり、鑑賞者が自然に笑顔になれることも芸術の重要な価値である。遊び心は制作方法だけでなく、芸術への姿勢として一貫している。
本書が言いたかったこと
芸術とは固定された形をつくることではなく、動きや時間、空間、偶然までも作品の一部として受け入れる創造行為である。カルダーは工学的知識と自由な想像力を融合させ、自然の力と調和することで新しい彫刻の可能性を切り開いた。芸術は難解な理論ではなく、人間の好奇心や遊び心、自然への感動から生まれるものであり、その自由さこそが創造の本質である。
