Gian Lorenzo Bernini
The Sculptor of the Roman Baroque
1955年(改訂増補版1966年)刊
Rudolf Wittkower著
著者とベルニーニの経歴
ルドルフ・ウィットコウワー(1901–1971年)は20世紀を代表するドイツ生まれの美術史家であり、ロンドン大学ウォーバーグ研究所、コロンビア大学でルネサンス・バロック美術を研究した。建築史、美術理論、図像学を統合した研究方法で知られ、ヒューマニズム時代の建築原理やイタリアの美術と建築などは現在でも古典的名著とされる。ベルニーニ研究では、本書によって彼を単なる技巧的なバロック彫刻家ではなく、17世紀ヨーロッパ芸術を代表する総合芸術家として再評価した功績が大きい。
ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598–1680年)は、ナポリに生まれ、幼少期に父ピエトロ・ベルニーニとともにローマへ移住した。早くから驚異的な才能を示し、枢機卿シピオーネ・ボルゲーゼの庇護を受け、アイネイアスとアンキセス、プロセルピナの略奪、ダヴィデ、アポロとダフネなどの傑作を20代前半までに完成させた。その後、教皇ウルバヌス8世の寵愛を受け、サン・ピエトロ大聖堂の大天蓋(バルダッキーノ)、聖ロンギヌス、コルナーロ礼拝堂聖テレジアの法悦、ナヴォーナ広場の四大河の噴水などを制作した。彫刻だけでなく建築、都市計画、舞台芸術、祝祭演出にも才能を発揮し、ローマ・バロック芸術を決定づけた最大の芸術家となった。


本書の内容
1.バロック彫刻の成立とベルニーニの登場
本書はまず、17世紀初頭のローマにおいてベルニーニがどのような芸術的環境の中から登場したかを説明する。古代ローマ彫刻、ミケランジェロ、カラッチ派、そして対抗宗教改革の宗教思想が彼の芸術形成に与えた影響を検討し、ベルニーニがこれらを統合して新しいバロック彫刻を創造した過程を明らかにする。ウィットコウワーは、ベルニーニがルネサンスの均衡ある人体表現を受け継ぎながら、それに劇的な運動、感情、時間性を加えることによって、まったく新しい芸術を生み出したと論じている。
2.初期作品と劇的表現の誕生
アイネイアスとアンキセス、プロセルピナの略奪、ダヴィデ、アポロとダフネは、本書で最も詳しく分析される作品である。プロセルピナの略奪では、冥界の王プルートがプロセルピナを抱え上げる瞬間が取り上げられ、大理石とは思えない柔らかな肉体表現や激しい運動感が分析される。指が肌に食い込む表現は、素材の限界を超えた写実性として高く評価される。アポロとダフネでは、ダフネが月桂樹へ変身する瞬間が表現される。指先から葉が生え、脚が樹皮へ変化する過程を一つの像に凝縮した構成について、ウィットコウワーは時間を彫刻化した作品であると位置付けている。ダヴィデでは、ミケランジェロの静かな英雄像とは異なり、投石の瞬間という最も劇的な時間を選択したことが、バロック芸術の特徴として論じられる。
3.宗教彫刻と信仰の演劇化
本書の中心を占めるのは、ベルニーニの宗教彫刻である。聖ロンギヌスでは、聖人が神の啓示を受ける瞬間が巨大な身体の動きによって表現される。衣の激しいひだや伸び上がる姿勢は、神の力が人体を貫く瞬間を可視化したものとして解釈される。聖テレジアの法悦については、本書で最も詳細な分析が行われる。天使の矢によって神秘体験に入る聖テレジアは、単独の彫刻ではなく、礼拝堂全体の建築、隠された採光、金色の光線、色大理石、左右のコルナーロ家像と一体化した宗教劇として理解される。ウィットコウワーは、ベルニーニが鑑賞者自身を神秘体験へ参加させる空間を創造したと評価する。
4.肖像彫刻の革新
ベルニーニは肖像彫刻にも革命をもたらした。本書では、シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿胸像、コンスタンツァ・ボナレッリ胸像、ルイ14世胸像などが分析される。ウィットコウワーは、ベルニーニ以前の肖像彫刻が静止した記念像であったのに対し、ベルニーニは話しかける瞬間や振り向く瞬間を捉え、人格を石に定着させたと述べる。胸像は単なる顔の記録ではなく、生きた人間の存在感を再現する芸術へと変貌した。
5.彫刻と建築の統合
ベルニーニは単独の彫刻家ではなく、建築家でもあった。本書では、サン・ピエトロ大聖堂のバルダッキーノ、聖ペテロ広場の列柱、噴水、礼拝堂装飾などを通して、彫刻が建築空間と不可分であることが示される。ウィットコウワーは、ベルニーニ芸術の本質を空間全体を一つの舞台として設計する能力に見いだしている。鑑賞者は作品を見るだけではなく、その空間の中へ導かれ、宗教的・心理的体験を共有することになる。
6.バロック芸術の完成
本書の終盤では、ベルニーニの晩年作品や都市計画まで含め、彼がローマ全体を巨大な芸術作品へ変えていった過程が論じられる。噴水、広場、教会、祭壇、建築、彫刻はすべて一つの芸術体系を構成しており、ベルニーニは個々の作品ではなく都市空間を造形した芸術家として位置付けられる。
7.作品カタログと研究資料
改訂版には詳細な作品カタログが収録され、制作年代、注文主、文献、保存場所、関連作品などが整理されている。これは長年にわたりベルニーニ研究の基本資料として利用され、多くの後続研究の基礎となった。
本書が言いたかったこと
ベルニーニは卓越した技巧によって大理石を生命ある肉体へ変えた彫刻家であるだけでなく、彫刻、建築、光、都市空間を統合して鑑賞者の感情と信仰に直接働きかける新しい芸術を創造した。彼の作品は静止した石像ではなく、時間の流れ、精神の高揚、宗教的体験を一瞬のうちに表現する総合芸術であり、バロック芸術とは劇的な生命の表現である。ベルニーニはミケランジェロの伝統を継承しながら、それを運動性、空間性、演劇性へと発展させ、17世紀ヨーロッパ美術の方向性を決定づけた芸術家であった。

