ベン・ハー

Ben-Hur
A Tale of the Christ
1880年刊
Lew Wallace著

目次

ルー・ウォーレスの経歴

ルー・ウォーレス(1827-1905年)は米国インディアナ州出身の軍人、政治家、外交官、作家である。法律を学んだ後、米墨戦争に参加し、南北戦争では北軍の将軍となった。シャイローの戦いなどに参加したほか、戦争末期にはワシントン防衛にも関与した。戦後はニューメキシコ準州知事を務め、西部開拓史で有名なビリー・ザ・キッドをめぐる問題にも関係した。その後、オスマン帝国駐在米国公使などを務める一方、文学活動を続けた。ウォーレスは牧師や神学者ではなかったが、キリスト教を本格的に研究し、そこから生まれた代表作がベン・ハーである。本書が興味深いのは、キリストを主人公とするのではなく、架空の人物ベン・ハーの人生をキリストの生涯と交差させた点にある。そのため宗教小説であると同時に、友情、裏切り、奴隷生活、海戦、戦車競走、恋愛、復讐を盛り込んだ壮大な歴史冒険小説となった。

原作ベン・ハーの内容

ベン・ハーは、ローマ帝国支配下のユダヤを舞台として、ユダヤ人貴族ジュダ・ベン・ハーの波乱に満ちた人生とイエス・キリストの生涯を並行して描いた作品である。単なる冒険小説ではなく、復讐を求める人間が苦難を経て、赦しと信仰へ到達する精神的な物語として構成されている

1.二つの物語

物語はベン・ハーからではなく、キリスト誕生の物語から始まる。東方の博士たちが星に導かれてベツレヘムを訪れる場面が描かれ、最初から本書がベン・ハーの物語であると同時にキリストの物語であることが示される。やがて舞台はローマ帝国支配下のエルサレムへ移る。主人公ジュダ・ベン・ハーは裕福なユダヤ人貴族の青年である。幼なじみのメッサラはローマで教育を受けて帰郷し、ローマ帝国の支配を当然と考える人物になっていた。友情で結ばれていた二人は、ユダヤ民族とローマ帝国という政治的立場の違いによって決裂していく。

2.転落

ある日、ベン・ハーの家の屋上から偶然瓦が落ち、通過中のローマ総督を負傷させる。事故であったにもかかわらず、メッサラはベン・ハー一家を救おうとしない。ベン・ハーは暗殺未遂の罪を着せられ、母と妹ティルザは投獄される。ベン・ハー自身は奴隷としてガレー船へ送られる。その途中、渇きに苦しむ彼に一人の若者が水を与える。この人物こそイエスである。ベン・ハーはその時には彼が誰であるかを知らないが、この出会いが後の人生を決定する伏線となる。

3.奴隷からローマ貴族へ

ガレー船で過酷な生活を送っていたベン・ハーは、ローマ海軍司令官クイントゥス・アリウスと出会う。海戦の際にアリウスの命を救ったことから彼の養子となり、奴隷から一転してローマ社会に地位と財産を持つ人物となる。しかしベン・ハーの心を支配しているのは故郷に残した母と妹、そして自分たちを破滅させたメッサラへの復讐である。

4.戦車競走

ベン・ハーはアラブの族長イルデリムと出会い、優れた戦車の御者として才能を発揮する。そしてメッサラと戦車競走で直接対決することになる。この戦車競走は単なるスポーツではない。ローマを象徴するメッサラと、ユダヤ人としての誇りを取り戻そうとするベン・ハーの代理戦争である。激烈な競走の末、ベン・ハーは勝利し、メッサラは重傷を負う。しかし復讐を果たしても、ベン・ハーの心は満たされない。

5.地上の王を求めて

ベン・ハーは次第に、ユダヤ人をローマ支配から解放する救世主の出現を期待するようになる。そしてかつて自分に水を与えてくれたイエスこそ、その人物ではないかと考える。しかしベン・ハーが期待した救世主は軍事的・政治的指導者ではなかった。イエスが説くのは敵を倒すことではなく、愛し、赦すことであった。ここに本書最大の思想的転換がある。ベン・ハーはローマを倒す地上の王を求めていた。しかしイエスが示すのは、人間の心を変える精神の王国である。

6.十字架

やがてイエスは逮捕され、十字架を背負ってゴルゴタへ向かう。かつて奴隷として連行される途中、渇いたベン・ハーにイエスが水を与えた。その立場が最後に逆転する。今度はベン・ハーが十字架を背負うイエスに水を与えようとする。この場面によって、物語冒頭から続いてきた二人の人生が結びつく。ベン・ハーの母と妹は長い監禁生活によって重い病を患っていたが、キリストの力によって癒やされる。そしてベン・ハー自身も、復讐こそが自分を救うという考えを捨てていく。

7.復讐から赦しへ

原作の本当の主題は戦車競走ではない。ベン・ハーは財産を奪われ、家族を奪われ、自由を奪われた。そのため人生の目的を復讐に置く。しかしメッサラに勝利しても救われない。彼を最終的に救うのは敵を打ち倒す力ではなく、キリストが示した赦しという考え方である。したがってベン・ハーとは、奴隷から英雄へ成り上がる物語である以上に、復讐によって生きていた人間が、赦しによって自由になる物語である。

原作と映画の違い

1959年の映画版は原作の基本構造を継承しているが、ウィリアム・ワイラー監督は約550ページに及ぶ小説を大幅に整理している。特に原作の宗教的議論や複雑な副筋を削り、ベン・ハーとメッサラの関係、家族への愛、復讐と赦しという人間ドラマを前面に出した。特に大きな違いがメッサラの扱いである。原作では戦車競走で重傷を負い生涯身体に障害を負うが、その時点では死亡しない。1959年版では戦車競走後、瀕死のメッサラとベン・ハーが最後の対面を行い、その後メッサラは死亡する。この変更によって二人の友情と憎悪の物語に明確な決着が与えられた。原作には更に、ベン・ハーが反ローマ勢力を組織しようとする政治的・軍事的展開など、映画では削除された筋が存在する。映画はこれらを省略することで、個人的な復讐と精神的救済に物語を集中させている。また原作ではベン・ハーのキリスト教への転換がより明確であるのに対し、映画ではそれを直接的な改宗として強調せず、キリストの死を目撃したベン・ハーの内面から憎しみが消えていく過程として表現している。したがって原作はキリストの時代を描いた宗教的歴史冒険小説であり、映画はそこから友情、裏切り、復讐、家族、赦しという普遍的な人間ドラマを抽出した作品と考えると、その違いが分かりやすい。

映画ベン・ハー

1.巨大スペクタクルの中の人間

1959年の映画ベン・ハーはウィリアム・ワイラー監督、チャールトン・ヘストン主演による歴史大作である。上映時間は約3時間37分に及び、当時として空前の規模で古代ローマ世界を再現した。作品はアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞など11部門を受賞した。物語の中心となるのは、ユダヤ人貴族ベン・ハーとローマ軍人メッサラの友情の崩壊である。幼なじみであった二人が、ローマ帝国への忠誠をめぐって対立し、事故によってベン・ハーが奴隷に落とされる。彼はガレー船での過酷な生活を生き延び、ローマの有力者アリウスの養子となり、やがて故郷へ戻ってメッサラと対決する。

2.ガレー船

第一の見どころがガレー船の場面である。奴隷たちが太鼓の速度に合わせて巨大な櫂を漕ぎ続ける場面は、ローマ帝国という巨大な権力機構の中で人間が消耗品として扱われる恐怖を視覚化している。海戦の混乱の中でベン・ハーはアリウスを救い、それまで自分を支配していたローマ社会の内部へ逆に入り込む。この逆転が後半の物語を準備する。

3.戦車競走

映画史上最も有名な場面が戦車競走である。巨大競技場を舞台として、ベン・ハーとメッサラが四頭立て戦車で激突する。CGの存在しない時代に巨大セット、大量の観客、馬、戦車、スタントを組み合わせて撮影された場面であり、現在でも本作を象徴する映像として知られている。しかし重要なのは映像的迫力だけではない。これはベン・ハーにとって、自分から家族、身分、自由を奪ったメッサラへの復讐そのものである。そのため観客はベン・ハーの勝利に興奮する一方、その勝利によっても彼の憎悪が消えないことを見る。

4.キリストを顔で描かない

もう一つの重要な演出は、イエス・キリストの扱いである。映画ではキリストの顔を正面から明確に見せず、声も聞かない。それにもかかわらず、周囲の人物の表情や反応によって、その存在の大きさを表現する。この抑制された演出によって、キリストは通常の登場人物とは異なる存在として描かれている。ベン・ハーが奴隷として連行され、渇きに苦しんでいる時にイエスから水を与えられる場面と、後に十字架を背負うイエスへベン・ハーが水を差し出そうとする場面が呼応する。この水が二人の物語を結びつける重要な象徴となっている。

5.復讐では人間は救われない

映画の核心は、戦車競走でベン・ハーが勝利した後にある。彼はメッサラを倒した。しかし母と妹は病に苦しみ、自分自身も憎しみから解放されない。外面的には勝利したにもかかわらず、精神的には救われていない。そのベン・ハーがキリストの十字架刑を目撃する。そこで彼は、暴力によって敵を倒すこととは全く異なる強さを見る。最後にベン・ハーの中から復讐への執着が消え、母と妹にも救済が訪れる。したがってベン・ハー最大の見どころは、巨大な戦車競走ではない。戦車競走が象徴する敵に勝つ力と、キリストが象徴する敵を赦す力を一つの映画の中で対置している。ベン・ハーはメッサラとの戦いには勝った。最後に彼が勝たなければならなかった相手はメッサラではなく、自分自身の中に残った憎しみだった。

座右の書

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