The Artist in the Machine
The World of AI-Powered Creativity
2019年刊
Arthur I. Miller著
アーサー・I・ミラーの経歴
アーサー・I・ミラーは、科学史・科学哲学、創造性研究、芸術と科学の関係を専門とする研究者であり、ロンドン大学の科学史・科学哲学名誉教授である。元々は物理学者であり、マサチューセッツ工科大学で物理学の博士号を取得した。素粒子理論を研究したが、次第に科学者はどのように新しい概念を思いつくのかという創造性に関心を移していった。博士号取得後はマサチューセッツ大学やハーバード大学で教鞭を執り、英国へ移住しUCLの科学史・科学哲学教授を務めた。科学史、認知科学、創造性、芸術と科学、人工知能などを横断的に研究している。本書は長年研究してきた人間はどのように創造するのかという問いを機械へ拡張した著作と位置づけられる。
本書の内容
1.そもそも創造とは
本書はAIアートの紹介から始まるのではなく、まず人間の創造性そのものを分析する。アインシュタイン、バッハ、ピカソなどの創造性を考察しながら、創造的な人間にはどのような特徴があるのかを整理する。ミラーは内省、自分の能力への理解、集中と忍耐、失敗を恐れない姿勢、他者との協力や競争、既存の優れたアイデアを取り込む能力、曖昧さに耐える能力、経験などを創造性の重要な要素として取り上げる。そして天才には、単に新しいものを作るだけではなく、本質的な問題を発見し、それまで別々だと思われていたものを結び付ける能力であると考える。この分析は後半のAI論の物差しになる。人間の創造性とは何かを定義しなければ、AIは創造的かという問いにも答えられないからである。
2.人間の創造性とAIの創造性
続いてミラーは、認知科学者マーガレット・ボーデンによる創造性の分類などを検討する。既存の考え方の範囲内で新しい組み合わせを作る創造性、既存の概念空間を探索する創造性、更にその空間自体を変革してしまう創造性という考え方である。重要なのは、人間の創造も完全な無からの創造ではないという点である。芸術家も科学者も、それ以前に存在した膨大な作品、知識、経験、文化を吸収し、それらを組み替えながら新しいものを生み出している。そう考えるなら、AIは既存データを組み合わせているだけだから創造的ではないという批判だけでは十分ではない。人間自身も過去から学び、それを変形しているからである。この問題提起が本書全体を支える重要な論理となっている。
3.チェスから芸術へ
ミラーはAI史を振り返りながら、チェス、クイズ番組Jeopardy、囲碁などでコンピュータが人間を凌駕していった過程を検討する。ここで重要なのは、かつて高度な知性がなければできないと考えられていた活動が、次々にコンピュータによって実現されたことである。その歴史を踏まえるなら、芸術だけは永遠に人間固有の領域であると断言することにも慎重でなければならない。これがミラーの姿勢である。
4.機械が見る奇妙な世界
本書の中心部分では、AIが実際に生み出した芸術作品が数多く紹介される。その代表例がGoogleのエンジニア、モルドヴィンツェフが開発したDeepDreamである。DeepDreamはニューラルネットワーク内部の画像認識過程を逆に利用することによって、犬の目や顔などが異様に増殖する幻想的な画像を作り出した。この画像は単なる写真加工とは違い、人間の芸術家が意図的に描いたものとも異なる独特の視覚世界を示した。ここから人間が予想していなかった結果を機械が生み出した場合、それを機械自身の創造性と呼べるのかという問題が生じる。
5.AIは想像できるのか
更に重要なのが、グッドフェローによって提案されたGAN(敵対的生成ネットワーク)である。GANでは生成側と評価側のネットワークが競争することによって、現実には存在しない画像を作り出せるようになった。ミラーが注目するのは、コンピュータが単に既存画像を検索して提示するのではなく、学習した特徴から存在しなかったものを生成する段階へ進んだことである。本書ではこれを、AIが想像する方向への重要な進展として捉えている。2019年刊行の本であるため、現在の画像生成AIや大規模言語モデルの爆発的発展以前の著作である。しかし、生成AIが社会全体へ普及する以前に、その本質的問題をかなり正確に捉えていた点が本書の興味深さである。
6.機械は画家になれるのか
本書では、AIとロボットを利用して実際に絵画を制作する研究者や芸術家も紹介される。ここでは作品を誰が作ったのかという作者性の問題が浮上する。プログラムを書いた人間が作者なのか、データを選択した人間なのか、機械なのか、あるいは人間とAIの共同作品なのかという問題である。ミラーは単純にAI作品だから偽物とは考えない。むしろAIが人間には思いつかなかった形態や組み合わせを提示することで、人間の芸術家自身の想像力を拡張する可能性を重視する。AIは芸術家の敵であるだけではなく、新しい種類の創造的パートナーになり得る。
7.バッハ以上にバッハらしい音楽
音楽は本書の中でも特に興味深い領域である。ミラーはDavid Copeのコンピュータ作曲研究などを紹介する。Copeのシステムは作曲家の作品に潜むパターンを解析し、その特徴を利用して新しい楽曲を生成した。その結果、バッハ風の音楽について、人間が作った模倣作品とコンピュータ作品を聴き分けることが困難になるような事態が生じる。本書はこれを象徴的にバッハ以上にバッハらしい音楽という問題として扱っている。更にGoogleの作曲システム、ロボットによるジャズ演奏など、多様な実験が検討される。コンピュータは決められた音を再生する装置から、演奏や作曲に参加する存在へ変わりつつある。
8.文学、詩、演劇にも進出するAI
AIによる創作は視覚芸術や音楽だけではない。ミラーは詩や物語を作るアルゴリズム、更にはコンピュータを利用して制作されたミュージカルなども取り上げている。ここでも問題になるのは、完成作品の質だけではない。文学には意味、意図、感情、人生経験が深く関係する。AIが悲しい詩を書いたとしても、AI自身が悲しみを経験した訳ではない。この違いをどう考えるかが、AIは本当に創造しているのかという問いにつながっていく。
9.創造性には身体と世界が必要
ミラーはAIの創造能力を高く評価する一方、現在の機械には重要なものが欠けているとも考える。それが現実世界に生きる経験である。人間は身体を持ち、他者と関係し、成功と失敗を経験し、喜び、苦しみ、恐れながら世界について学ぶ。人間の創造性はこうした身体的・社会的経験から切り離せない。そのため、本当に人間に匹敵する創造性を機械が獲得するには、単に大量のデータを処理するだけでは足りず、機械自身が世界の中へ入り、環境や他者との相互作用を経験する必要がある。真に創造的になるためには機械は世界の中へ踏み出す必要がある。
10.感情と意識という最後の壁
本書終盤で問題になるのが、感情と意識である。人間の芸術には愛、悲しみ、恐怖、欲望、死への意識などが深く関係している。それでは感情を持たないAIは本当の意味で芸術家になれるのか。ミラーはこの問題を避けず、コンピュータに感情や意識を持たせようとする研究者への取材を通して検討している。しかし彼は、意識がないからAIには創造性がないと単純に結論づける訳ではない。むしろ現在のコンピュータも既に人間に匹敵する創造性を示す場合があり、将来的には人間を上回る可能性がある。この点で本書はAI芸術に悲観的な著作ではなく、AIによって創造性の領域が拡大する可能性を積極的に評価した本である。
本書が言いたかったこと
人間対AIという単純な対立ではない。AIの登場によって、我々が人間だけの特権だと思っていた創造性という概念を再検討しなければならなくなった。人間の芸術家も過去の作品を学び、模倣し、組み替え、失敗しながら新しいものを作る。AIもまた膨大な既存情報から学習し、それまで存在しなかった組み合わせを作り出す。両者の違いは想像していたほど単純ではない。それでも人間には身体があり、人生があり、感情があり、世界を経験する主体としての意識がある。この部分では現在のAIと人間の間には大きな隔たりが存在する。しかし、その隔たりが永久に残るとはミラーは断定しない。したがって本書の核心は、AIに芸術は作れないと人間の領域を防衛することではなく、AIによって創造性の境界が拡大し、人間と機械が相互作用することで、これまで存在しなかった新しい芸術が生まれる可能性を受け入れようというところにある。その意味で本書は、AIが人間の芸術を無価値にすると論じた本ではない。むしろAIという新しい創造主体が登場することによって、人間が創造することの固有性とは何なのかを逆に問う著作である。
