The Sick Rose
Disease and the Art of Medical Illustration
2014年刊
Richard Barnett著
リチャード・バーネットの経歴
リチャード・バーネットは英国の医学史家、作家である。ロンドンで医学を学んだ後、歴史学で博士号を取得し、医学の臨床そのものではなく、科学史・医学史の研究へと進んだ。ケンブリッジ大学、オックスフォード大学などで科学史・医学史を教え、医学と芸術との関係を研究してきた。本書はその代表作であり、医学者と歴史家としての視点が結びついた著作である。
本書の内容
1.病気を見るということ
本書の中心にあるのは、人間は病気をどのように見ることができるようになったのかという問題である。現代では、病変は写真、X線、CT、MRI、内視鏡などによって記録される。しかし写真技術(とりわけカラー写真)が医学に普及する以前、医師が見た患者の症状や身体の変化を他の医師や学生へ伝える重要な手段が絵であった。そのため医学図譜には、科学的正確さと芸術的描写力という二つの能力が同時に要求された。病変の色、皮膚の隆起、腫瘍の形、患者の表情まで正確に描かなければ、診断資料として役に立たない。医学図譜は芸術作品である以前に情報伝達の道具であったが、その精密さを極限まで追求した結果、しばしば強烈な美的表現となった。
2.医学図譜の黄金時代
バーネットが特に注目するのは、フランス革命から第一次世界大戦までのおよそ一世紀である。この時代、欧米では医学書や病理学図譜の大量出版が始まり、健康な人体だけでなく、病気によって変形した身体も精密に描かれるようになった。著者自身、この時代を医学的イメージ制作の黄金時代と位置づけている。同時に産業革命による都市化と人口集中は、コレラや結核などの感染症を巨大な社会問題へ変えた。医学図譜は単に珍しい症例を記録するものではなく、近代社会が病気を理解し、それと戦うための知識を蓄積する装置となった。
3.皮膚-身体の境界
本書は疾病別に構成され、まず皮膚病から身体を考察する。皮膚は人体の内部と外部を隔てる境界であり、同時に病気が最も直接的に見える場所でもある。湿疹、潰瘍、腫瘍、感染症などは皮膚上に現れ、医師は色、形、大きさ、分布から病気を判断する。そのため皮膚病学は医学図譜と極めて強く結びついた分野となった。画家の色彩表現が医学的診断能力を支えていた。
4.ハンセン病-病気と社会的恐怖
ハンセン病の章では、医学的症状だけではなく、病気に対する社会の恐怖と偏見が扱われる。病人の身体は医学的観察の対象であると同時に、正常と異常、健康と病気を社会が区別する象徴にもなった。医学図譜は客観的記録を目指しながら、その時代の価値観や恐怖から完全には自由ではなかった。
5.天然痘-医学と国家
天然痘は近代医学における予防接種の発展と深く関係する。患者の身体に現れる発疹や瘢痕を描いた図譜は、疾病の経過を記録すると同時に、予防接種が社会へ普及していく過程を示している。ここでは医学が個人の治療だけではなく、公衆衛生や国家政策へ拡大していく姿が浮かび上がる。
6.結核-白い死
19世紀を代表する病気の一つが結核である。結核は大量の死者を生み出した一方、文学や芸術では痩せ細った身体、青白い顔、繊細さなどと結びつけられ、独特の美的イメージさえ形成した。病気は生物学的現象であるだけではない。社会は病気に意味を与え、恐怖、道徳、美、醜、階級といった文化的イメージを重ねてきたのである。
7.コレラ-病気を地図にする
コレラの章では、医学図譜が人体の描写から社会全体の可視化へ拡大する。代表的なのが、1854年のロンドンにおけるコレラ流行を分析したジョン・スノウの地図である。患者の発生地点を地図上に示すことで、スノウは感染が特定の給水源と関係していることを明らかにした。ここでは絵が美術的な人体表現から、地図、統計、情報デザインへと変化している。本書にはフローレンス・ナイチンゲールによる先駆的な統計図表も取り上げられている。
8.癌-身体内部の異物
癌の章では、身体の内部に発生する異常をいかに可視化するかが問題となる。癌という言葉自体が蟹を意味するギリシア語に由来し、腫瘍から伸びる血管などが蟹の脚を連想させたこととも関係する。病気を理解する際、人間は単に観察するだけではなく、形に名前を与え、比喩によって理解してきた。
9.心臓病-見えない病気を見る
皮膚病とは異なり、心臓病は外から簡単には見えない。そのため医学者は聴診、解剖、病理学などによって身体内部の異常を推測し、それを図像化する必要があった。ここに医学図譜のもう一つの役割が現れる。それは見たものを描くだけではなく、直接見ることのできない身体内部の現象を、理解可能な形に変換することである。
10.性病-病気と道徳
梅毒をはじめとする性病の図譜では、医学と社会道徳との複雑な関係が浮かび上がる。性病患者は単なる病人としてではなく、しばしば道徳的逸脱者として扱われた。治療には水銀など、現在から見れば極めて危険な物質も長期間使用された。本書は医学史を単純な進歩物語として描かず、その時代の医師たちが限られた知識の中で病気を理解しようとした試行錯誤として描いている。
11.寄生虫-身体の中の他者
寄生虫は自分の身体の中に別の生物が生きているという、人間に根源的な不安を引き起こす。顕微鏡などの発達によって、それまで見えなかった生物が可視化されると、人間の身体が一つの生態系のように理解されるようになった。医学図譜は、肉眼では見ることのできない世界を人間の視覚世界へ取り込んだ。
12.痛風-病気と階級
痛風は歴史的に富裕層の病気として表象されてきた。豊かな食事、酒、贅沢な生活と結びつけられ、医学図譜だけでなく風刺画にも頻繁に登場した。同じ病気でも、そのイメージは社会階級や生活様式によって異なる。病気の図像は医学資料であると同時に、その時代の社会構造を映す鏡である。
13.医学図譜は芸術なのか
医学図譜を制作した人々の第一目的は芸術作品を作ることではなかった。患者の病変を正確に記録し、医師や学生に伝えることが目的である。ところが極限まで正確に身体を観察し、その色、形、質感を描こうとすると、結果としてそこには強烈な造形美が生まれる。本書に収録された図版には、現代の目から見ても驚くほど美しいものが少なくない。そこには芸術についての逆説が存在する。美を作ろうとしなくても、対象を徹底的に見ることによって美が生まれる場合があるのである。
本書が言いたかったこと
病気は本来、痛み、発熱、腫瘍、感染といった身体内部の出来事である。しかし人間は、それを理解するために名前を付け、分類し、描き、地図にし、図表にし、他人と共有してきた。医学の歴史とは、病気を治療する技術の歴史であると同時に、見えないものを見えるものに変えてきた歴史でもある。ここに医学と芸術の深い共通性がある。医師も画家も対象を見る。しかし単に眺めるのではない。無数の情報の中から意味のある特徴を発見し、それを他者にも見える形に変換する。医学図譜の画家は、病気という現実を正確に記録しようとした結果、科学的資料であると同時に、人間の苦痛、恐怖、生、老い、死を記録する作品を残した。医学図譜に描かれた患者は単なる症例ではない。そこには実際に病み、苦しみ、生きた一人の人間が存在した。本書が医学図譜を不気味でありながら美しいものとして提示するのは、病気を美化するためではない。むしろ病に侵された身体にもなお人間としての存在があり、それを記録しようとした医学と芸術の眼差しを現代に甦らせるためである。
