アルベルト・ジャコメッティ
1994年刊
樋口覚著
樋口覚の経歴
樋口覚は、日本の文芸評論家・美術評論家であり、近代日本文学や芸術思想の研究で知られる人物である。特に存在、孤独、創造といったテーマに関心を持ち、文学・哲学・美術を横断しながら論考を行ってきた。ジャコメッティ研究においては、単なる美術史的解説ではなく、その芸術の背後にある精神的・存在論的問題を掘り下げた。本書は、ジャコメッティの作品解説だけではなく、なぜ彼は生涯にわたり人間を作り続けたのかという問いを中心に据えた思想的評伝である。
本書の内容
1.ジャコメッティの生涯と芸術形成
本書はジャコメッティの生涯をたどりながら、その芸術形成の過程を描いている。ジャコメッティはスイスの山村に生まれ、父ジョバンニ・ジャコメッティも画家だった。幼少期から芸術に囲まれて育ち、若い頃にパリへ移住して本格的に制作を始める。当初はキュビスムやアフリカ彫刻、更にはシュルレアリスムの影響を受けた抽象的作品を制作していた。しかし彼は次第に、現実の人間を見たいという欲求を強めていく。樋口は、この転換がジャコメッティ芸術の核心だと考える。彼は観念的世界から離れ、実際に存在している人間へ向かった。
2.見るという問題
本書で最も重要なテーマは、見るとは何かである。ジャコメッティは、人間を見れば見るほど、逆に分からなくなるというパラドックスに直面していた。目の前に人がいる。しかしその存在は決して固定されず、近づこうとすると遠ざかる。そのため彼は、何度も描き直し、削り直した。作品は完成へ向かうというより、見えないものへ接近する試みの連続だった。樋口は、ジャコメッティが追求していたのは人体の形ではなく、存在の気配だったと論じる。彼の細長い人物像は、単なる様式ではなく、人間が空間の中で孤独に存在している感覚を形にしたものである。
3.戦後世界と実存主義
本書では、ジャコメッティ芸術が戦後世界と深く結びついていることが強調される。第二次世界大戦後、人類は大量死や文明崩壊を経験した。人間存在が不安定化した時代に、ジャコメッティの作品は強烈なリアリティを持った。彼の人物像は痩せ細り、脆く、風に吹かれれば崩れそうである。しかしそれでもなお立ち続けている。樋口はそこに、壊れかけながらも存在し続ける人間の姿を見る。そのためジャコメッティは、サルトルら実存主義思想家とも深く共鳴した。彼の作品は、人間の孤独、不安、自由、そして存在の重さを象徴していた。
4.アトリエという宇宙
本書では、パリの小さなアトリエについても詳しく描かれている。ジャコメッティは世界的名声を得ても、狭く汚れたアトリエを離れなかった。そこには石膏の粉、描きかけのキャンバス、壊された彫刻が積み重なっていた。樋口は、この空間を単なる作業場ではなく、存在と向き合うための閉ざされた宇宙として描く。ジャコメッティにとって制作とは、成功や商品制作ではなく、世界と格闘する行為だった。そのため快適さや豪華さは必要なかった。
5.未完成という思想
本書で繰り返し語られるのは、ジャコメッティが完成に到達しなかったことである。彼は名声を得ても、自作に満足しなかった。まだ違う、まだ見えていないと言い続け、作品を壊し、また作り直した。樋口は、この終わりなき未完成性こそジャコメッティ芸術の本質だと考える。彼は完成された理想像を作ろうとしたのではない。むしろ、人間は決して完全には理解できないという真実を、そのまま作品化した。
本書が言いたかったこと
人間存在とは本質的に不確かで孤独なものであり、芸術とはその不確かさを隠さず見つめ続ける行為である。ジャコメッティは、人間を美化しなかった。彼は、人間が脆く、死に近く、決して完全には理解できない存在であることを直視した。しかし同時に、その不完全な存在がなお立ち続けることに、深い尊厳を見出していた。樋口はジャコメッティを通して、芸術とは完成や装飾ではなく、見えないものへ近づこうとする終わりなき誠実さであることを示そうとしている。本書は、一人の芸術家論を超えて、人間とは何かを問い続けた思想的書物なのである。
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