創造活動の理論

The Act of Creation
1964年刊
Arthur Koestler著

アーサー・ケストラーの経歴

アーサー・ケストラー(1905-1983年)は、ブダペストに生まれたユダヤ系の作家、ジャーナリストである。若い頃からヨーロッパと中東を移動し、ジャーナリズムの世界で活動した。20世紀の全体主義、革命、科学、心理学、創造性など、政治から人間精神まで極めて広い問題を論じた。1930年代には共産主義に接近し、ドイツ共産党に入党したが、スターリン体制の現実を知るにつれて離反した。その経験から生まれた代表的小説が1940年の真昼の暗黒(Darkness at Noon)であり、革命が個人をのみ込んでいく全体主義の構造を描いた作品として国際的評価を得た。しかしケストラーの関心は政治思想だけにとどまらなかった。次第に人間はなぜ新しい考えを思いつくのか、科学者の発見と芸術家の創造には共通点があるのか、合理的思考だけで創造を説明できるのかという問題へ向かった。その探究の代表作が本書である。

本書の内容

1.創造とは何か

本書が取り組む根本問題は、創造的なアイデアはどこから生まれるのかである。一般には創造とは、天才の頭の中から突然まったく新しいものが出現することのように考えられる。しかしケストラーはそう考えない。人間の精神には、それまで別々に存在していた知識、経験、考え方、イメージなどを結びつける能力があり、その予想外の結合こそが創造の核心である。この仕組を説明するためにケストラーが提示した中心概念がバイソシエーション(bisociation)である。

2.二つの世界を結びつけるバイソシエーション

通常の連想(association)では、一つの思考体系の内部で考えがつながっていく。例えば雲を見て雨を連想する場合である。これは既存の経験体系の中で起こる通常の思考である。これに対してバイソシエーションでは、それまで無関係だった二つの思考の枠組が突然結びつく。ケストラーはそれを二つの異なるマトリックスの交差として考える。一つの出来事やアイデアが、同時に二つの異なる思考体系の中で理解された瞬間、新しい意味が発生する。比喩、類推、発明、科学的発見、ジョークなどは、この構造を共有している。例えば、科学者がある分野の現象を、まったく別の分野の原理によって説明できることに気づいた場合、それまで無関係だった二つの知識体系が接続される。この瞬間に新しい理論が生まれる。創造とは何もないところから何かを作ることではなく、既に存在していたものの間に、それまで誰も発見しなかった関係を見つけることである。

3.道化-笑いにも創造がある

本書上巻は道化、賢人、芸術家という三つの領域を順に論じる構成になっている。最初にケストラーが取り上げるのがユーモアである。一見すると、ジョークと芸術的創造や科学的発見は無関係に思える。しかしケストラーは、笑いこそバイソシエーションの仕組を最も分かりやすく示す。優れたジョークでは、聞き手は最初、ある文脈に沿って話を理解している。ところが最後の一言によって、突然まったく異なる文脈が出現する。その瞬間、それまでの話全体の意味が変わり、二つの異なる意味体系が衝突する。その精神的衝撃が笑いになる。ここには創造と同じ突然の視点転換がある。

4.賢人-科学的発見の瞬間

次にケストラーは科学を扱う。科学的発見も、単なる論理的推論の積み重ねではない。科学者は長期間問題について考える。しかし論理的に考え続けても解決できない場合がある。そこで一度問題から離れた時、あるいは別のことを考えている時に突然解決策が現れる。ケストラーはグーテンベルク、ケプラー、ダーウィンなどの発見や発明を例に、革新的な発見が異なる知識体系の結合から生じることを論じる。ここで重要なのは、偶然だけでは創造にならないことである。創造者は長い間問題を考え、膨大な知識を蓄積している。その準備された精神に、別の体系から来た考えが結びついた瞬間、発見が生まれる。

5.芸術家-異なる現実を重ね合わせる

第三の領域が芸術である。芸術においてもバイソシエーションは重要である。優れた比喩を考えると分かりやすい。本来無関係だった二つのものを重ね合わせることで、それまで見えなかった性質が突然見えてくる。人生を旅として表現すれば、人生に出発、道、分岐点、迷い、目的地という別の意味体系が重なる。絵画にも同じことが起こる。画家は現実を単に正確に模写するだけではない。異なる時代の様式、自然の形態、幾何学、記憶、感情、象徴などを一つの画面で結合することによって、それまで存在しなかった視覚的意味を作る。したがって芸術的独創性とは、単なる技術の高さではない。異質なものの間に、他人には見えなかった関係を見る能力である。

6.アハ体験はなぜ起こるのか

ユーモアではハハという笑いが起こり、科学ではアハという発見が起こり、芸術ではアーという感動が起こる。ケストラーはこうした反応の違いを論じながら、その背後には共通する構造があると考える。精神が一つの固定された枠組から解放され、別の枠組との関係を突然発見する。それまで理解できなかったものが一瞬にして理解できる。この転換が創造的瞬間である。そのため創造性を妨げる最大の要因の一つは、知識不足だけではなく、既存の思考習慣に縛られることである。

7.習慣と独創力

人間は経験を重ねるほど、効率的に物事を処理できるようになる。しかしその反面、この問題はこの方法で解くという固定した思考回路も形成される。専門知識は創造に必要だが、専門知識が強固になりすぎると新しい組み合わせを妨げる。この逆説が重要である。独創的な人間とは知識を持たない人ではない。十分な知識を持ちながら、その知識によって作られた境界を越えることのできる人である。

8.芸術における独創性

この考えを絵画に当てはめると、本書は非常に興味深い意味を持つ。独創的な画家とは、過去の誰にも似ていない絵を描く人とは限らない。むしろ過去の絵画、異文化、自然科学、宗教、文学、日常生活など、本来異なる領域の間に新しい関係を発見する人である。ピカソがアフリカ彫刻などから刺激を受けながら西洋絵画の人体表現を変革したことや、シュルレアリスムが夢と現実を接続したことなども、この観点から理解できる。重要なのは借用したか否かではない。何と何を結びつけ、その結合によって何が初めて見えるようになったかである。

本書が言いたかったこと

人間の創造性には芸術、科学、文学、ユーモアを超えた共通原理が存在する。創造とは、完全な無から何かを生み出す神秘的能力ではない。既に知っているものを、それまでとは異なる関係の中に置く能力である。その意味で知識と独創性は対立しない。創造には豊かな知識が必要である。しかし、本当に重要なのは知識の量だけではなく、知識と知識の間にある壁を越える能力である。この考えを独創的絵画の問題へ更に進めると、重要な結論が得られる。独創性を新奇性と考える必要はない。誰も使ったことのない色、技法、材料を使ったからといって、それだけでは偉大な独創とはならない。より本質的な独創とは、それまで別々に存在していたものを結びつけることで、人々が世界を見る方法を変えることである。

未来の輪郭