From AI to BI
The Future of Living Intelligence
2025年刊
Sara Walker and Josh Bongard
著者の経歴
サラ・ウォーカーは理論物理学者・宇宙生物学者として知られ、生命とは何か、知能とは何かという根源的な問いを研究してきた。彼女は生命を単なる化学反応の集合ではなく、情報を利用して自己を維持し、未来を創造するシステムと捉え、生命の普遍法則を解明しようとしている。また、地球外生命や人工生命研究の第一人者としても知られ、生命科学と情報科学を統合する新しい学問領域の形成に取り組んできた。
ジョシュ・ボンガードはコンピュータ科学者、ロボティクス研究者であり、進化型ロボットや自己進化システムの研究で世界的に知られている。特に、コンピュータ内で進化するロボットや、生物細胞を利用して構築された生きたロボットであるゼノボットの研究を主導したことで注目を集めた。彼の研究は、機械と生物の境界を曖昧にし、設計された生命体という新しい技術領域を切り開いた。
本書の内容
1.時代の終わりとその限界
本書はまず、現在の人工知能革命が持つ限界を指摘する。大規模言語モデルや生成AIは膨大なデータから統計的な規則性を学習するが、それらは本質的には過去の情報の再構成に過ぎない。AIは優れた予測能力を持つ一方で、生物が持つ創造性や自己目的性、自己保存本能を持たない。著者たちは、現在のAIを知識を処理する機械と位置づける一方、生物は世界の中で生き残るために知識を生成する存在であると説明する。
2.BIという新しい概念
本書の中心概念がBI(Biological Intelligence)すなわち生命知能である。BIとは脳だけを意味するものではなく、細胞、組織、個体、群体、生態系に至るまでの生命システム全体に宿る知能を指している。植物は神経を持たないにもかかわらず環境変化に適応し、細菌は集団として意思決定を行い、免疫系は未知の脅威に対して学習を続ける。著者たちは、こうした生命現象こそが真の知能の原型であり、未来技術はこれを模倣する方向へ進むと論じる。
3.設計される生命
20世紀の工学は機械を設計した時代であり、21世紀前半はAIを設計する時代であった。しかし21世紀後半は生命そのものを設計する時代になると著者は予測する。
人工細胞、合成生物学、遺伝子編集、生体コンピュータ、生体ロボットなどの技術は、従来の機械工学とは全く異なる発展を遂げる。未来の工場では部品を組み立てるのではなく、生物を育てることによって製品を作る可能性すらある。
4.生物コンピュータの登場
現在のコンピュータはシリコン半導体によって動作しているが、生命はわずか20ワット程度のエネルギーで驚異的な情報処理を実現している。人間の脳は現在のスーパーコンピュータを凌駕するエネルギー効率を持つ。著者たちは、未来の計算機は神経細胞や生体組織を利用した生物コンピュータへ進化すると考えている。これは単なる高速計算機ではなく、自己修復能力や自己進化能力を備えた全く新しい情報システムとなる。
5.人類は生命を発明する種に
産業革命はエネルギーを制御する技術革命であり、情報革命は情報を制御する革命であった。そして次に到来する生命革命は、生命を制御し設計する革命である。人類は自然界に存在しない生命体を創り出し、新しい生態系や新しい進化の方向性を設計する存在へ変化する。この時、人類自身もまた遺伝子編集や人工臓器、脳機械融合技術によって進化の対象となる。
6.倫理と文明の再設計
生命を設計できる時代には、生命とは何か、人間とは何かという哲学的問題が避けられない。人工生命に権利は存在するのか。生物ロボットは道具なのか、生命なのか。遺伝子改変された人間は従来の人間と同じ存在なのか。本書は、技術の進歩以上に、新しい倫理や法制度、文明観の構築が必要になると警告している。
本書が言いたかったこと
人工知能は知能進化の終着点ではなく、むしろ生命知能への入口に過ぎない。人類はこれまで自然界の生命を観察する存在だったが、今後は生命を設計し、新しい進化を創り出す存在へ変化していく。未来社会の中心技術はシリコン上のAIではなく、生命と情報が融合したBIになる。その変化に対応するためには、技術開発だけでなく、人間とは何かという哲学的理解を深めることが不可欠である。
