レオナルド・ダ・ヴィンチの「絵画論」攷
1977年刊
裾分一弘著
裾分一弘の経歴
裾分一弘は、日本における代表的なレオナルド・ダ・ヴィンチ研究者である。レオナルドの手稿研究、素描研究、芸術理論研究において国際的評価を受けた人物である。九州大学時代から一貫してレオナルド研究を続け、膨大な手稿群の読解、筆跡分析、図像分析、遠近法研究、解剖学研究などに長年取り組んだ。マドリッド手稿、解剖手稿、パリ手稿などの翻訳にも尽力し、日本におけるレオナルド研究の基礎を築いた研究者として知られている。
本書の内容
1.絵画論とは何か
絵画論は、レオナルド・ダ・ヴィンチが残した膨大な手稿群から後世の編者たちによって編集・整理された芸術理論書である。レオナルド自身が完成形として出版したものではなく、断片的なメモや思索が集積された知的遺産である。裾分は、本書において単なる名言集としてではなく、レオナルドの思考体系として絵画論を読み解こうとする。絵画技法の解説書としてではなく、世界をどう認識するかという思想体系として把握している。
2.絵画を科学として捉える思想
レオナルドは絵画を単なる感覚的芸術ではなく、厳密な観察と法則に基づく科学であると考えた。本書では、この点が詳細に分析されている。レオナルドにとって画家とは、自然界を最も深く理解する知性であった。あらゆる自然現象(人体、光、水、植物、空気、遠近法、運動)を観察し、その法則を視覚的に再現する者こそが真の画家である。裾分は、レオナルドの思考において観察が極めて重要であることを強調する。レオナルドは権威や伝統ではなく、自らの眼で見た事実を重視した。彼の絵画論は、経験主義的であり、同時に極めて実験的でもあった。
3.遠近法と視覚理論
本書では、遠近法研究についても詳細に論じられる。レオナルドは単なる幾何学的遠近法だけではなく、空気遠近法に強い関心を持った。遠くの山が青く霞むこと、光によって物体の輪郭が変化すること、空気そのものが視覚に影響を与えることなど、視覚体験全体を分析対象にした。裾分は、この視覚理論が単なる技法論を超え、人間認識論に近い領域へ達していることを指摘する。レオナルドは、人間は世界をどのように見ているのかという根源的問題を追究していた。
4.解剖学と人体研究
本書では、レオナルドの解剖学研究も重要な柱として扱われる。レオナルドは人体を美しく描くためだけではなく、生命の構造そのものを理解するために解剖を行った。筋肉、骨格、血流、表情の変化まで観察し、それを絵画へ反映させようとした。裾分は、ここにレオナルド芸術の独自性を見る。彼にとって絵画とは単なる表面描写ではなく、内側の構造や運動原理まで表現する営みだった。
5.芸術と自然の一致
本書の後半では、レオナルドが自然は最高の教師であると考えていた点が掘り下げられる。彼は空想や象徴よりも、自然観察を重視した。しかし同時に、単なる写実でもなかった。自然法則を理解した上で、その本質を再構成することが芸術家の役割だと考えていた。そのためレオナルドの絵画論は、美学、科学、哲学、自然観察が融合した総合的思想体系として提示される。
6.未完成性の意味
裾分はまた、レオナルドの著作や作品にしばしば見られる未完成性にも注目する。レオナルドは完成された体系を急いで作るよりも、絶えず観察し、修正し、思考を更新し続けた。そのため彼の手稿は断片的であり続けた。しかし裾分は、その未完成性こそがレオナルド精神の本質だと見る。真理探究は固定された結論ではなく、永続的探究に価値がある。
本書が言いたかったこと
レオナルド・ダ・ヴィンチとは芸術家である以前に、世界そのものを理解しようとした知性であった。彼にとって絵画とは、美しい絵を描く技術ではなく、人間が世界をどう見るのか、自然はどのような法則で動いているのか、生命とは何かを探究するための方法であった。科学と芸術は対立するものではなく、本来は同じ真理探究の営みである。裾分一弘は、絵画論を通じて、レオナルドを単なる万能の天才として神秘化するのではなく、観察し、疑い、考え続けた一人の探究者として描き出した。真の創造とは、既成概念を反復することではなく、自らの眼で世界を見直し続けることにある。
