歎異抄

歎異抄
1990年刊
親鸞著
阿満利麿編著

親鸞の生涯と思想形成

親鸞は1173年、京都の日野家に生まれた。幼少で両親を失い、九歳で比叡山に入って天台仏教を学んだ。当時の仏教は、厳しい修行と戒律によって悟りを目指す世界であった。しかし親鸞は、二十年近い修行の末に、自分の内側から煩悩が消えないことに深く絶望する。比叡山での修行は、人間の欲望や怒りを断ち切るためのものであった。しかし親鸞は、どれほど修行しても、自我や執着はなくならないという現実を痛感した。この苦悩の末に彼は法然のもとへ向かう。法然は、人間は自力では救われない。ただ阿弥陀仏の本願に身を委ねるしかないと説いた。親鸞はこの思想に衝撃を受けた。なぜならそれは、立派な人間になった者が救われるのではなく、煩悩から逃れられない人間こそ救済の対象であるという思想だったからである。その後、法然門下への弾圧により、親鸞は越後へ流罪となる。しかしこの流罪こそが、親鸞の思想を決定的に深める契機となった。彼は農民や庶民と共に生きる中で、人間が本質的に弱く、不安と欲望から逃れられない存在であることを、現実として見つめるようになる。親鸞は自らを愚禿親鸞(愚かな髪を剃っただけの男)と呼んだ。そこには、自分を聖者として飾る意識は微塵もなかった。彼はむしろ、人間は煩悩を抱えたまま生きるしかないという事実を徹底して見つめた思想家であった。

阿満利麿の経歴

阿満利麿は1939年生まれの日本の仏教思想研究者であり、日本人の宗教意識や近代日本における仏教思想を長年研究してきた。京都大学文学部で学び、日本思想史・仏教思想史を専門とした。阿満は、仏教を宗派の教義としてではなく、人間とは何かを問う思想として読む。特に親鸞については、弱さを否定しない思想家として高く評価している。近代社会では、人は強く、合理的で、自立的であることを求められる。しかし阿満は、親鸞の思想の本質は、人間は本来的に不完全であり、矛盾し、煩悩を抱えているという現実認識にある。そのため阿満の歎異抄解説は、単なる宗教案内ではなく、現代人の孤独、不安、競争、自己否定に対する深い洞察になっている。

歎異抄の内容

1.歎異抄とは何か

歎異抄は、親鸞の弟子である唯円によって書かれたとされる書物である。題名の歎異とは、親鸞の教えが誤って伝えられていることを嘆くという意味である。鎌倉時代後期、親鸞の死後、その教えは各地でさまざまに解釈され始めた。その中には、念仏さえ唱えれば何をしてもよいという極端な理解もあった。唯円は、それらの誤解を正し、親鸞が本当に言いたかったことを後世へ伝えるために、この書を書いた。阿満利麿は本書で、歎異抄を宗教的権威の書としてではなく、人間存在の真実を語る書として読み解いている。

2.悪人正機の思想

本書の中心にあるのが、「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という有名な言葉である。これはしばしば誤解される。悪人の方が得をするという意味ではない。親鸞が言いたかったのは、自分は正しい、善良だと思い込んでいる人間ほど、真の自己を見失いやすいということである。人間は本来、欲望、怒り、嫉妬、虚栄、執着から逃れられない。しかし人は、その事実を認めたがらない。むしろ自分は正しい側にいると思いたがる。親鸞はそこに人間の根本的な迷いを見た。逆に、自分の弱さや醜さを深く知った者は、自力では救われないという地点へ至る。そこで初めて、人間は傲慢さを失い、他者への共感を持ちうると考えた。

3.人間存在への徹底した洞察

阿満は、親鸞の思想を人間肯定と表現する。ただしそれは、欲望のまま生きろという意味ではない。人間は本質的に執着する存在であり、怒り、恐れ、欲望から逃れられない。その現実を直視するところからしか、本当の宗教も、本当の倫理も始まらない。歎異抄は、単なる宗教書ではなく、人間論として極めて深い。

煩悩をどう納めのか

1.煩悩を消すのではなく知る

親鸞は、煩悩を完全に断ち切ることができるとは考えなかった。比叡山での長年の修行によっても、心の奥から欲望や怒りが消えなかった経験が、彼の思想の原点にある。彼はそこで、人間は自力では清らかになれないという結論に至った。しかしこれは絶望ではない。親鸞はむしろ、煩悩を持つ自分を認めることが出発点だと考えた。人間は、自分を善人だと思い込む時、最も危険になる。自分の欲望や怒りを認めない人間は、それを正義や理想の名で他者へ投影するからである。親鸞は、自らの内にある闇を直視した。だからこそ彼は、他者を裁く側へ立たなかった。

2.他力とは何か

親鸞のいう他力は、単なる神頼みではない。それは、自分だけの力で完全になろうとする傲慢さを手放すことである。人間は、自分の意志だけで欲望を完全支配できると思いたがる。しかし実際には、人間の心は不安定であり、理性だけでは動かない。怒りたくなくても怒り、執着したくなくても執着する。親鸞は、その現実を冷酷なまでに見つめた。だから彼は、自分は煩悩を超越したと考えること自体が、最大の煩悩だと考えた。

3.煩悩を抱えたまま生きる

親鸞は、煩悩がなくなった人間を理想化しなかった。彼にとって重要なのは、煩悩のない聖人になることではなく、煩悩を抱えたまま、他者と共に生きることであった。そのため歎異抄には、人間への深い哀しみと慈しみが流れている。人は弱い。執着し、嫉妬し、怒り、恐れる。しかし、それでもなお生きていかねばならない。その弱さを否定せず、むしろ引き受けるところに、親鸞思想の本質がある。阿満利麿は、その親鸞の思想を、現代社会における競争と自己肯定の強迫への根本的批判として読み直している。歎異抄とは、強くなれという思想ではない。弱さを知れという思想である。そして、自分の弱さを知った者だけが、他者にも優しくなれるという、人間理解の書である。

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