Guns, Germs, and Steel
The Fates of Human Societies
1997年刊
Jared Diamond著
ジャレド・ダイアモンドの経歴
ジャレド・ダイアモンドは1937年アメリカ生まれの生理学者・進化生物学者・地理学者である。ハーバード大学で生理学を学び、後に鳥類学、進化論、生物地理学、人類史研究へと領域を広げた。学問分野を横断しながら、なぜ人類社会には巨大な格差が生まれたのかという根源的問題を追究した。本書はその代表作であり、1998年にはピューリッツァー賞(一般ノンフィクション部門)を受賞した。本書の最大の特徴は、人類文明の発展差を民族の優劣ではなく、地理・環境・生態系という長期的条件から説明した点にある。従来の歴史観や人種観に大きな衝撃を与えた歴史学・文明論の古典的名著である。
本書の内容
1.文明格差という問い
本書は、一つの問いから始まる。ニューギニアの政治家ヤリが著者に対し、なぜ白人はこれほど多くの積荷(カーゴ)を持ち、我々は持たないのかと尋ねたことである。ここでいう積荷とは、文明の富、技術、軍事力、国家制度、工業製品を意味する。著者は、この問いをなぜユーラシア文明が世界を支配するに至ったのかという人類史全体の問題へと拡大する。そして、その原因を人種や知能ではなく、環境条件の違いに求めるのである。
2.農業革命と食料生産
本書で最重要視されるのが、農業の成立である。人類は長い間、狩猟採集生活を送っていた。しかし一部地域では野生植物や動物の家畜化が進み、農耕社会が誕生した。農業によって安定的食料供給が可能になると、人口が増加し、余剰生産物が生まれ、専門職や支配階級、国家組織が形成されるようになった。著者は、農業が最初に発達した地域として肥沃な三日月地帯を重視する。ここには小麦・大麦・ヤギ・ヒツジ・ウシなど、人類に適した生物種が集中していた。逆にオーストラリアやアメリカ大陸では、家畜化に適した大型動物が少なく、農業発展に不利であった。つまり文明の差は、どの民族が優秀だったかではなく、どの地域に利用可能な生物資源が存在したかに大きく左右されたのである。
3.東西軸と文明拡散
著者はユーラシア大陸の地理構造を極めて重視する。ユーラシアは東西方向に長く伸びているため、同じ緯度帯に似た気候が広がっている。そのため作物・家畜・技術・文字・制度が広範囲に伝播しやすかった。例えば中東で栽培された小麦は、ヨーロッパやインド、中国へ比較的容易に広がった。これに対し、アメリカ大陸やアフリカは南北方向に長く、気候帯が大きく変化するため、農業や技術の伝播が困難であった。この地理的条件が、文明発展速度に巨大な差を生み出したと著者は考える。
4.家畜と病原菌
本書のタイトルにもなっている病原菌は極めて重要な要素である。ユーラシアでは多数の家畜と人間が長期間共存した結果、天然痘・麻疹・インフルエンザなどの感染症が発達した。人々は何世代にもわたって免疫を獲得していったが、これらの病気に接触した経験のないアメリカ先住民や太平洋諸島の住民は壊滅的被害を受けた。ヨーロッパ人によるアメリカ征服においても、実際には銃より病原菌の方が遥かに多くの人命を奪った。つまり世界史を動かしたのは、英雄や王だけではなく、微生物でもあった。
5.鉄・技術・国家
農業による人口増加は、専門技術者や軍事組織を生み出した。そこから冶金技術、鉄器、航海術、文字、官僚制度などが発展していく。国家形成が進むと、大規模軍隊や行政制度が成立し、征服活動が可能となる。ヨーロッパ人が世界進出できた背景には、長期にわたる技術蓄積と国家競争が存在していた。著者は特定民族の優秀性を否定し、むしろ環境条件が技術体系を生み、その技術体系が政治的・軍事的優位を形成したと論じる。
6.歴史は偶然ではない
本書は偉人中心史観に対する批判でもある。ナポレオンやコロンブスのような個人は歴史に影響を与えたが、その背後には数千年単位の地理的・生態学的条件が存在していた。著者は、人類史を長期的環境構造から読み解こうとする。そのため本書は、歴史学だけでなく、生物学、地理学、考古学、人類学を統合した壮大な文明論となっている。
本書が言いたかったこと
本書が最終的に言いたかったことは、文明の格差は民族的能力の差ではなく、環境条件の差から生まれたという点に尽きる。人類は本質的には同じ能力を持ちながら、置かれた地理条件、生物資源、気候、家畜化可能な動植物の有無によって、異なる歴史を歩むことになった。ある地域では農業が早期に成立し、人口増加と国家形成が進み、技術と病原菌が蓄積された。その結果として軍事力や経済力の差が生まれ、世界支配へとつながった。著者は、歴史を強者の優秀さの物語としてではなく、環境条件が積み重なった結果として理解しようとした。そこには、人種主義的歴史観を否定し、人類をより普遍的に理解しようとする強い思想がある。同時に本書は、人類文明とは決して単純な進歩ではなく、偶然の地理条件や生態系の偏在の上に築かれた極めて不均衡な歴史であったことを示している。
