正義論

A Theory of Justice
1971年刊
John Rawls著

ロールズの経歴

ロールズは1921年、アメリカ・メリーランド州に生まれた。第二次世界大戦では従軍し、戦争体験を通じて、人間社会における公平性や道徳秩序への問題意識を深めた。戦後はプリンストン大学で哲学を学び、後にハーバード大学教授として長く教鞭を執った。彼の思想は、自由主義、民主主義、平等、福祉国家論を理論的に再構築した点に特徴がある。特に公平としての正義という概念は、現代政治哲学に巨大な影響を与えた。正義論は単なる法律論や政治制度論ではない。それは、人間社会において、本当に公正な社会とは何かという根源的問いに挑んだ、20世紀最大級の哲学的著作である。

正義論の内容

正義論の中心テーマは、社会制度はいかなる原理に基づいて設計されるべきかという問題である。ロールズはまず、当時支配的だった功利主義を批判する。功利主義では、最大多数の最大幸福が社会正義の基準となる。しかしロールズは、この考え方には重大な問題があると指摘する。なぜなら、多数派全体が幸福になるなら、少数者の犠牲が正当化されてしまう危険があるからである。例えば、一部の人々を犠牲にすることで社会全体が利益を得るなら、功利主義はそれを許容してしまう。しかしロールズは、個人には侵してはならない権利があると考え、それを正義の中心へ据えようとした。

そこで彼が提示したのが、原初状態という思考実験である。人々が社会制度を設計すると仮定する。しかしその際、自分がどの立場で生まれるかは分からない。金持ちか貧者か、健康か障害者か、才能があるかないか、どの民族・性別・階級に属するか、一切分からない状態に置かれる。これをロールズは無知のヴェールと呼ぶ。この状態では、人は自分に有利な制度を作れない。なぜなら、自分が将来どの立場になるか分からないからである。その結果、人々は誰にとっても公平な制度を選ぶはずだ。これがロールズの核心的発想である。

そして彼は、この思考実験から二つの正義原理を導き出す。
第一原理
すべての人に基本的自由が平等に保障されるべきであるという原理である。言論の自由、思想信条の自由、政治参加の自由など、基本的人権は最大限平等に保障されなければならない。
第二原理
社会的・経済的不平等は、最も不利な人々にも利益をもたらす場合にのみ許されるという原理である。
これは格差そのものを全面否定するわけではない。例えば優秀な医師が高収入を得ることは認められる。しかし、その制度が社会全体、とりわけ最も不利な立場の人々にも利益を与える場合に限られる。これが有名な格差原理である。ロールズはここで、完全平等でも自由放任主義でもない中間的立場を取っている。自由と平等を両立させる制度設計を目指した。

本書では、社会契約論の伝統が現代的に再構築されている。ロールズはホッブズ、ジョン・ロック、ルソー、カントなどの社会契約論を継承しながら、それを20世紀民主社会へ適用しようとした。また本書では、偶然による不平等の問題も重要視される。人間の能力や家庭環境は、本人が選んだものではない。才能や生まれは道徳的に偶然である。ならば、それによって極端な格差が固定される社会は正義とは言えない。ロールズはそう考えた。

本書全体には、公正な制度こそが自由社会を支えるという思想が流れている。社会は単に競争の場ではなく、互いに協力して生きる共同体であり、その制度は最も弱い立場の人々にも配慮して設計されねばならない。

正義論が言いたかったこと

正義論でロールズが伝えたかったことは、本当に正義な社会とは、自分がどの立場に生まれても受け入れられる社会である。人間は、自分が恵まれた立場にいる時には、不公平な制度を正当化しやすい。しかしもし、生まれる前に自分の立場が分からないなら、人は誰にとっても公平な社会制度を選ぼうとするはずである。ロールズはそこに、正義の基準を見出した。

本書は、自由と平等を対立させるのではなく、両立させようとした思想である。自由だけを重視すれば弱者は切り捨てられる。一方、平等だけを徹底すれば自由が抑圧される。だからこそ社会は、基本的自由を保障しながら、不利な立場の人々も尊重する形で設計されねばならない。

本書は、人間の能力や生まれは偶然であるという認識を持っている。才能や家柄は本人の功績ではない。だから成功した人間にも、社会全体への責任がある。ロールズは、そこに近代民主社会の倫理的基盤を置こうとした。正義論は、自分だけが得をする社会ではなく、誰もが人間として尊重される社会をどう作るかを問い続けた書物である。それは現代社会に対して、もしあなたが最も弱い立場に生まれていたとしても、その社会を正しいと思えるかと静かに問いかける、20世紀最大級の正義の哲学である。

座右の書