Also sprach Zarathustra
1883年(第1部)
1884年(第2・3部)
1885年(第4部)
Friedrich Nietzsche著
ニーチェの経歴
ニーチェは1844年、プロイセン王国(現在のドイツ)に生まれた。古典文献学者として若くしてバーゼル大学教授となったが、病気によって大学を辞職し、その後は孤独な放浪的生活の中で哲学著作を執筆し続けた。彼は、西洋文明の根底にあるキリスト教道徳、近代合理主義、民主主義、平等思想を根本から問い直した。ニーチェは神は死んだという有名な言葉によって、近代ヨーロッパが長年依拠してきた絶対的価値体系の崩壊を宣告した。本書は、哲学書でありながら、詩、預言、神話、宗教書、文学作品の形式を融合した極めて独特な作品である。主人公ツァラトゥストラは古代ペルシアの宗教家ザラスシュトラをモデルとしているが、歴史的人物そのものではなく、ニーチェ思想を語る預言者的存在として描かれている。ニーチェ自身、この作品を自らの思想の中心に位置づけ、人類に与えられた最も深い書物の一つと考えていた。本書は、ツァラトゥストラの説教・寓話・詩的独白によって構成されている。そのため論理的体系書というより、精神的覚醒を促す預言書のような形式を持っている。後半になるにつれ、ツァラトゥストラ自身も深い孤独と苦悩を経験する。彼は人類を愛しながらも、人類から理解されない。本書には、高く生きようとする者の孤独というテーマも深く流れている。
本書の内容
物語は、ツァラトゥストラが十年間山中で孤独な修行生活を送った後、人間社会へ降りてくる場面から始まる。彼は人類へ新しい真理を伝えるために山を下りる。しかしそこで彼が目にしたのは、精神的活力を失い、安逸と小さな幸福だけを求める人々の姿であった。
1.超人
ツァラトゥストラはまず、超人という概念を語る。人間とは完成された存在ではなく、乗り越えられるべき存在である。人類は現在のまま満足してはならず、自らを超克し、より高次の存在へ向かわなければならない。これが本書の中心思想である。ここでいう超人とは、単なる強者や独裁者ではない。既存道徳や群衆心理に従属せず、自ら価値を創造できる精神的人間を意味している。ツァラトゥストラは、人間を動物と超人との間に張られた一本の綱と表現する。人間とは過渡的存在であり、絶えず自己超克し続けるべき存在である。
2.末人
その一方で、本書には末人という概念も登場する。末人とは、危険も挑戦も避け、小さな快適さだけを求める人間像である。彼らは苦しみを嫌い、安全だけを求める。しかしその結果、偉大さも創造性も失ってしまう。ニーチェは、この末人的人間が近代社会に増殖すると警告している。
3.神は死んだ
本書では、神は死んだという思想が重要な背景となっている。これは単純な無神論宣言ではない。近代合理主義・科学・世俗化の進展によって、キリスト教的絶対価値体系が既に崩壊したことを意味している。しかし問題は、その後に何が来るかである。もし絶対価値が消滅したなら、人間は虚無主義へ陥る危険がある。だからこそニーチェは、新しい価値を自ら創造する人間の必要性を説く。
4. 運命愛
本書には、永劫回帰という極めて難解かつ重要な思想が登場する。これは、あなたの人生が永遠に何度も繰り返されるとしても、それを肯定できるかという問いである。人生を運命として受け入れ、それを全面的に愛すること。ニーチェはこれを運命愛として肯定した。
5.精神の三段階
本書では、精神の三段階も有名である。精神はまずラクダとなる。ラクダは重荷を背負い、既存価値へ従属する段階である。次に精神は獅子となる。獅子は汝なすべしという既存価値を破壊し、私は欲すると叫ぶ。しかし破壊だけでは不十分である。最後に精神は子供とならねばならない。子供とは、新しい価値を無垢に創造する存在である。
ニーチェが言いたかったこと
ニーチェが本書で伝えたかったことは、人間は既存の価値観や群衆心理に従うだけの存在ではなく、自ら価値を創造し、自分自身を超え続けならねばならないということである。
近代社会では伝統的宗教や絶対道徳が崩壊し、人々は安易な快楽や安全だけを求める末人へと堕していくが、ニーチェはそこに文明の衰退を見ていた。彼は、人生に存在する苦しみ、不安、孤独、死を否定するのではなく、それらを運命として引き受け、なお人生を肯定せよと説く。これが彼のいう運命愛である。また真の自由とは単に束縛がないことではなく、自ら責任を負い、自分自身の価値を創り出すことであり、そのためには群衆から距離を置き、孤独に耐え、自分自身の頭で考える勇気を持たねばならない。
本書は、人間は、自らを超え、より強く、より深く、より創造的に生きよと訴える、近代最大級の精神的預言書である。
