August Macke, 1887–1914
1991年刊
Anna Meseure他著
マッケの経歴
オーグスト・マッケ(1887–1914)はドイツ表現主義を代表する画家の一人である。ボン近郊に生まれ、若くして芸術を志し、デュッセルドルフやパリで研鑽を積んだ。初期には印象派やポスト印象派の影響を受けるが、やがてマルクやカンジンスキーらと交流し、青騎士に参加することで、ドイツ前衛の核心へと進む。1914年にはクレーとともにチュニス旅行を行い、色彩表現を飛躍的に深化させるが、同年第一次世界大戦に従軍し、27歳で戦死する。極めて短い生涯であったが、その表現は近代絵画の重要な転換点を示している。
本書の内容
本書はマッケの芸術的展開を整理したモノグラフである。構成は以下の3つから構成されている。全体として本書は、過度な理論化を避けつつ、マッケの変化の軌跡を視覚的に理解できる。本書は近代絵画における色彩の問題を理解する上で重要な手がかりを提供している。
1.生涯と制作の時系列的整理
初期のアカデミックな訓練からパリ体験、青騎士参加、チュニス期に至るまでが、簡潔かつ連続的に叙述される。
2.主要作品の図版と解説
代表作帽子店、散歩、チュニス風景などが収録され、それぞれに色彩・構図・主題の分析が付される。


3.マッケを巡る絵画動向
フランス絵画(印象派・フォーヴィスム)や、ロベール・ドローネーの同時期の絵画理論との関係が分かりやすく提示されている。
マッケの絵画
マッケの絵画は、色彩によって世界を再構築する。彼の作品には、同時代のドイツ表現主義に見られる内面的苦悩や精神的緊張は希薄であり、むしろ日常の光景が明るく、軽やかに描かれる。初期には印象派的な光の観察が見られるが、やがて色彩は対象の再現から解放され、構成的要素へと変化する。人物や都市風景は単純化され、色面の配置によって画面が構成されるようになる。特に重要なのが1914年のチュニス旅行である。この経験により、マッケの色彩は一層純化され、透明で輝く色面がリズミカルに配置される。ここでは光はもはや自然現象ではなく、画面そのものの構造原理となる。その結果、彼の絵画は現実の再現ではなく、色彩による世界の再創造へと到達する。

表現主義の中の特異な位置
マッケは、表現主義の中にあって、異なる方向性を提示した。一般にドイツ表現主義は、内面的苦悩や精神的緊張を強く表出する運動であった。しかしマッケは、その潮流に属しながらも、色彩の調和と視覚的快楽を重視し、より開かれた絵画を提示した。彼は、フランス前衛(特にドローネー)とドイツ表現主義を接続する媒介的存在でもあった。色彩の純化と構成化という問題を、感情表現と結びつけることなく実現した点に独自性がある。重要なのは、彼の作品が近代都市の視覚経験を肯定的に捉えていることである。ショーウィンドウ、散歩、街路といった主題は、近代生活を祝祭的に再構成するものであり、後のモダニズム的視覚文化へと連なる。彼が戦死せず制作を続けていれば、抽象絵画や構成主義に新たな展開を示した可能性が高く、惜しまれる。
青騎士(付記)
青騎士(Der Blaue Reiter)は、1911年にミュンヘンで結成された前衛芸術グループであり、中心はカンディンスキーとフランツ・マルクである。名称は両者が好んだ青と騎士の象徴性に由来し、精神性と内的表現を重視する理念を示している。彼らは既存の芸術制度や写実主義に反発し、芸術を可視的現実の再現から解放しようとした。その活動は展覧会の開催や、1912年の青騎士の刊行に集約される。そこでは原始美術、子供の絵、民俗芸術なども高く評価され、普遍的な表現の探求が試みられた。メンバーにはマッケやクレーも関わり、それぞれ独自の様式を保ちながら精神的共通性によって結びついていた。青騎士は短命に終わるが、抽象絵画の成立と20世紀美術の精神主義的方向性に決定的影響を与えた。
