The Pen誕生・その後

The Pen誕生・その後
2017年刊
池田学著

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池田学の経歴

池田学は1973年佐賀県に生まれ、東京藝術大学大学院を修了した後、ペンによる超細密描写を軸に独自の表現を確立した。特に2011年以降、アメリカのチャズ・アンド・アニータ・ボール芸術センターに滞在し、約三年をかけて大作「誕生」を完成させた。この経験は彼の制作に決定的な転機をもたらし、以後、彼の作品は国際的にも高く評価されるようになった。

池田学
誕生

本書の内容

本書は池田学自身による作品集兼テキストである。本書は単なる図版集にとどまらず、制作過程と思考を含めた一次資料としての性格を持ち、池田学の芸術の核心に直接触れることのできる重要な書物である。本書の中心をなすのは、誕生の制作過程の詳細な記録である。そこでは、ボールペンによる極細の線が、長大な時間の中で積み重ねられていく様子が克明に語られる。下描きに依存せず、描きながら構築していくという方法は、完成図をあらかじめ固定するのではなく、制作の中で世界が生成されて行くことを意味している。このような制作のあり方は、単なる技術的な細密描写とは本質的に異なる。それは、描くという行為が時間の蓄積そのものとなり、その時間が画面の密度として可視化されるという構造を持つからである。特に東日本大震災の記憶を背景とした「誕生」においては、崩壊と再生という主題が、無数の細部の連鎖として表現され、一枚の画面が宇宙的な物語を内包する。

池田学の絵画

池田学の絵画は、一見すれば極端な細密性によって特徴づけられる。しかしその本質は、単なる技巧の精緻さにはない。むしろ重要なのは、ミクロとマクロが同時に成立する構造にある。画面を近づいて見れば無数の細部が現れ、離れて見ればそれらが統合された巨大な構造として立ち現れる。この二重性こそが彼の絵画の核心である。彼の作品においては、時間そのものが視覚化されている。数年に及ぶ制作の過程は、一本一本の線の蓄積として画面に定着し、結果として作品は時間の物質化とでも呼ぶべき性格を帯びる。建築物や動植物、人間や災害といった現実的モチーフは、再構成されることで幻想的な世界へと変容し、現実と想像が不可分に融合した独自の宇宙を形成する。

池田学
池田学
池田学
池田学のペン画

池田学の世界的な位置づけ

池田学の芸術は、細密描写という点においてアルブレヒト・デューラー以来の線の芸術の系譜に連なるものである。しかし同時に、彼の作品はその伝統を大きく逸脱している。デューラーにおいて細密は対象の把握と再現のための手段であったが、池田においては細密そのものが世界を生成する原理へと転化しているからである。現代美術が概念やメディアへと拡張する中で、彼はあくまで手作業による描写を徹底する。その結果として生まれるのは、技術の極限、構造の巨大性、破壊と再生という普遍的主題を同時に備えた作品である。この点において、池田学は再現としての写実を超え、生成としての絵画を実現した作家として、世界的に独自の位置を占めている。

未来の輪郭

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