Kiki’s Memoirs(Souvenirs de Kiki)
1929年刊
Alice Prin著
キキとエコール・ド・パリ
アリス・プラン(通称キキ)は、20世紀初頭のパリ、特にモンパルナスにおいてモンパルナスの女王と呼ばれた。彼女は画家ではなくモデルとして出発したが、やがて歌手、女優、そして画家としても活動し、芸術家コミュニティの中心に位置した。当時のパリは、ロシア、イタリア、スペイン、日本など世界各国から芸術家が流入し、いわゆるエコール・ド・パリと呼ばれる国際的芸術共同体を形成していた。しかしそれは組織や流派ではなく、あくまで都市パリに集まった異邦人芸術家の集合体であった。キキはその中で単なるモデルではなく、芸術家たちの精神的支柱であった。彼女の存在は、作品の背後にある人間関係や感情の交錯を象徴している。

マン・レイ
芸術と生活の混淆
本書は、1920年代のモンパルナスの生活を、キキ自身の視点から率直に描いた自伝的作品である。内容は体系的な芸術論ではなく、貧困の中での生活、カフェやアトリエでの交流、恋愛と別離、芸術家たちの日常といった断片的なエピソードの積み重ねによって構成されている。芸術が特別なものとしてではなく、生活の延長として描かれている。画家たちは理想や理論を語る以前に、生きることに必死であり、その中から作品が生まれていた。本書は、エコール・ド・パリの現場の記録として極めて重要である。
キキと画家たち
キキは多くの画家にとって単なるモデルではなく、創造の源泉であった。特に重要なのは以下の画家たちとの関係である。キキは受動的な存在ではなく、画家の創造を引き出す能動的な存在であり、エコール・ド・パリにおけるミューズの象徴である。
マン・レイ
キキを被写体とした写真アングルのヴァイオリンは、20世紀写真史の代表作である。

マン・レイ
藤田嗣治
キキは藤田の女性像の典型的モデルの一人であり、彼の乳白色の肌の表現に影響を与えた。


モイーズ・キスリング
キキの肖像は彼の作品に頻繁に登場し、その妖艶な魅力を強調した。



エコール・ド・パリの美術史的位置
エコール・ド・パリは、フォーヴィスムやキュビスムのような明確な様式を持つ運動ではない。むしろそれは、都市パリにおける国際的芸術家の共存現象である。エコール・ド・パリは、後の現代美術、特にニューヨーク派やグローバル・アートへと連なっていく重要な基盤となった。
1.芸術の国際化
国籍や出自を超えた創作が可能となり、近代美術は普遍的な言語を獲得した。
2.個人主義の徹底
各画家は特定の様式に従うのではなく、独自の表現を追求した。
3.生活と芸術の不可分性
芸術は理念ではなく、生の実践として存在した。
エコール・ド・パリの代表的画家










私のキキ(付記)
賑やかな当時のパリを思いながら、私が模写したキスリングのキキを一枚。

