Mark Rothko

Mark Rothko The Works on Canvas
1998年刊
David Anfam著

目次

著者とマーク・ロスコの経歴

著者デイヴィッド・アンファム(David Anfam)は、抽象表現主義を専門とする英国の美術史家である。特にマーク・ロスコ研究において国際的第一人者である。テート・ギャラリーのキュレーターとしても活動し、ロスコ展の企画などを通じて、その評価が確立した。

マーク・ロスコ(1903–1970)はラトビア(当時ロシア帝国領)に生まれ、幼少期にアメリカへ移住した。初期には具象やシュルレアリスム的表現を試みたが、1940年代後半に至り、色面絵画(カラーフィールド・ペインティング)へと到達した。彼の作品は単なる抽象ではなく、人間の根源的感情(悲劇、崇高、孤独)を表現する。晩年には制作と精神的苦悩により1970年に自ら命を絶った。

本書の内容構成と意義

本書は単なる作品集ではなく、ロスコの全キャンバス作品を時系列的に整理し、詳細な注釈とともに提示する学術的基盤である。アンファムは、ロスコの作品が断絶ではなく、一貫した精神的探求の連続として発展していることを明らかにした。具象から抽象への移行は様式的変化ではなく、主題の純化にほかならない。本書は以下の5つの段階的展開をとる。
1.初期(1930年代)
都市風景や人物像など具象的作品

2.移行期(1940年代)
神話的主題やシュルレアリスム的構成

マークロスコ


3.マルチフォーム期
色の塊が画面に浮遊する過渡的形式

マークロスコ
マークロスコ
マークロスコ


4.成熟期(1950年代)
色面による構成の確立

マークロスコ
マークロスコ


5.晩年(1960年代)
暗色化・単色化・空間性の深化

マークロスコ

ロスコの人生と絵画

ロスコの人生は、移民としての疎外、知的探求、そして芸術的孤独に貫かれている。彼は一貫して、芸術を人間存在の核心に触れる行為と見なしていた。

1.色彩の精神性
ロスコの色は単なる視覚的要素ではなく、感情に直接作用する媒体である。赤は情熱ではなく存在の震えであり、黒は死ではなく沈黙の深淵である。

2.境界の曖昧さ
彼の画面においては、色と色の境界は溶け合い、固定された形態を拒む。これは、存在が明確な輪郭を持たないことの象徴である。

3.没入性
ロスコの巨大なキャンバスは観者を包み込み、絵画を見る対象から体験する空間へと変化させる。

4.宗教的志向
晩年の作品やロスコ・チャペルにおいて、彼の絵画は明確に宗教的空間の構築へと向かう。そこでは意味は語られず、沈黙そのものが体験となる。

ロスコ芸術の意義

ロスコの芸術がもたらした最大の意義は、絵画の本質を再定義した点にある。彼は絵画を再現や形式から解放し、純粋な感情体験の場へと転換した。これは抽象絵画の極致であり、同時にその限界点でもある。彼は芸術と宗教の関係を再接続した。伝統的宗教が衰退した現代において、ロスコの絵画は世俗の中における精神的体験の場を提供した。彼は観者の役割を根本から変えた。作品はもはや意味を解釈する対象ではなく、観者自身が内面と対峙する契機となる。ロスコの絵画とは、見るものではなく、沈黙の中で経験される存在の場である。その意味において彼は、近代絵画の終点に立ちながら、同時に新たな芸術の始点を開いた存在である。

マーク・ロスコと瞑想(付記)

マーク・ロスコの絵画が瞑想を誘うとされるのは、その構造が観者の意識を静かに内面へと導くよう設計されているためである。彼の作品には明確な形象や物語がなく、広がる色面と曖昧な境界のみが存在する。この単純化された構成は、外界への注意を遮断し、観者の視線を持続的に画面へと留める。やがて視覚的対象としての絵画は後退し、色彩そのものが感情や存在感として立ち現れる。大画面は観者を包み込み、空間的没入を生み出すことで、鑑賞は単なる視覚行為から身体的・精神的体験へと変化する。こうしてロスコの絵画は、意味を読み取る対象ではなく、沈黙の中で自己と向き合う場となり、瞑想的状態を自然に引き起こす。

川村記念美術館のロスコ作品(付記)

DIC川村記念美術館(現在は閉館)に収蔵されるマーク・ロスコの作品は、1959年前後に制作されたシーグラム壁画の連作7点であり、彼の様式が完成に達した時期を代表するものである。これらは縦横数メートルに及ぶ巨大な画面に、赤、黒、褐色などの深い色面が重層的に配置されている。展示は専用のロスコ・ルームにおいて行われ、壁ごとに1点ずつ配置され、控えめな照明によって空間全体が静謐に保たれている。 この環境の中で作品は単なる視覚対象ではなく、観者を包み込む。色面の境界は曖昧に溶け合い、固定された形を拒むことで、観る者の意識を内面へと引き込む。実際に鑑賞者は、時間の経過とともに作品と自己が共鳴するような感覚に至り、深い精神的沈静を経験する。このロスコ作品は、単なる絵画ではなく、空間・光・沈黙が統合された瞑想的体験装置として成立しており、ロスコ芸術の核心を最も純粋な形で体現する作品である。

マーク・ロスコ
ロスコ・ルーム

セゾン現代美術館のロスコ作品(付記)

セゾン現代美術館に収蔵されるマーク・ロスコの代表作は、No.7であり、抽象表現主義の成熟期に属する作品である。この作品は、深い赤を基調とした色面が重層的に広がり、明確な形態や輪郭を排した構成を特徴とする。画面における色彩は単なる視覚的要素ではなく、観者の感情や身体感覚に直接作用し、夕焼けのような深い赤の空間に包み込まれる。そのため、この作品は対象を描く絵画ではなく、見る者の内面を静かに開く場として機能する。このロスコ作品は、他の抽象表現主義の流れと連続しつつも、特に精神性の強い作品として際立ち、鑑賞者に深い沈思と感覚の集中を促す作品である。

マークロスコ・

私のマーク・ロスコ(付記)

マーク・ロスコを瞑想しながら、私が模写したロスコを一枚。

國井正人作「マーク・ロスコ」
青の中の白と緑
國井正人作
パステル

未来の輪郭

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