The Gustave Moreau Museum
1991年刊
Pierre-Louis Mathieu著
著者とモローの経歴
著者ピエール=ルイ・マテューマテュー(Pierre-Louis Mathieu)は象徴主義絵画研究の第一人者であり、とりわけギュスターヴ・モロー研究においては最も信頼される研究者である。長年にわたりモロー美術館に関わり、作品・資料・展示構造の全てを熟知した立場から本書を執筆している。
モロー(1826–1898)は19世紀フランスを代表する象徴主義画家である。神話・聖書・東洋的幻想を題材とする幻想的で精緻な絵画によって知られる。彼はサロンで評価を得る一方、次第に公的評価から距離を置き、自らの内的世界を深化させる。晩年には、自邸を改築し、自らの作品を体系的に保存・展示する未来のための美術館として構想した。それが現在のモロー美術館である。

本書の内容
本書は単なる美術館ガイドや作品解説書ではなく、モローの芸術と美術館という空間を統合的に読み解く研究書である。内容は大きく三つの層から構成されている。第一に、美術館の成立史と建築構造についてであり、モローがどのような意図で自邸を改築し、作品を配置したのかが詳述される。第二に、絵画・素描・習作を含む膨大な作品群の体系的解説がなされる。第三に、それらを貫くモローの象徴主義的世界観と芸術観が論じられる。本書は作品を単体で論じるのではなく、どこに置かれているかという空間的文脈の中で解釈している。これにより、モローの芸術が単なる絵画ではなく、空間全体を用いた総合的な表現であることが明らかにされる。
モロー美術館の本質
パリのモロー美術館は、一般的な美術館とは根本的に性格を異にする。それは単なる作品収蔵施設ではなく、画家自身が設計した死後の自己展示装置である。建物はもともとモローの自邸であり、彼は晩年にこれを全面改築した。特に象徴的なのが、上階アトリエへと続く螺旋階段と、壁面を覆い尽くす大画面作品の展示である。この空間は圧倒的な視覚体験を与えると同時に、モローの精神世界へと没入させる。数千点に及ぶ素描や習作が収納されたキャビネットが備えられ、完成作のみならず、思考の過程がそのまま保存されている。それはモローが自身の創造行為を後世に伝えようとした意志の表れである。この美術館は、単なる回顧の場ではなく、制作過程・完成作品・空間構成が一体となった総体的芸術である。

国立西洋美術館

アーティゾン美術館

大原美術館
モロー絵画の特色と芸術的意義
モロー絵画の最大の特徴は、象徴と装飾の極限的融合にある。彼の作品は神話や聖書の物語を題材としながら、それを単なる物語表現としてではなく、内面的・精神的象徴として再構成する。その画面は細密な装飾、宝石のような色彩、夢幻的構図によって満たされている。それは現実の再現ではなく、精神の可視化を目指している。完成作に至るまでの膨大な習作の存在が示すように、彼の制作は思索そのものであり、絵画はその結晶であった。モローがもたらした芸術上の価値は、絵画を物語から解放し、象徴的思考の媒体へと転換した点にある。またモローは美術館という形式そのものを芸術表現へと昇華した。モローは単なる象徴主義画家ではなく、絵画・思考・空間を統合した総合芸術家である。本書は、その全体像を最も精緻に解き明かした書であり、モロー理解において不可欠の一冊である。



私のモロー(付記)
モローの理想の空間に思いをはせながら、私が模写したモローをいくつか。


