フランシス・ベーコンのアトリエ

Francis Bacon’s Studio
2005年刊
Margarita Cappock著

目次

著者とベーコンの略歴

マルガリータ・キャポック(Margarita Cappock)は画家ベーコンと同じアイルランドの美術史家・キュレーターであり、ダブリンのヒュー・レーン・ギャラリーにおいて、フランシス・ベーコンのアトリエ移設・再構築プロジェクトの中心的役割を担った。彼女はベーコンの遺されたスタジオを単なる遺品としてではなく、創造の現場そのものとして保存・研究するという新しい視点を提示した。本書はその研究成果の集大成である。

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ベーコンの三幅対(トリプティック)

フランシス・ベーコン(1909–1992)はアイルランド生まれの画家であり、20世紀後半を代表する表現主義的画家である。ロンドンを拠点に活動し、歪められた人体、叫び、肉体の崩壊といった強烈なイメージによって、人間存在の不安や暴力性を描き出した。独学に近い形で絵画を確立し、写真や新聞、映画の断片を参照しながら、偶然性と制御の緊張関係の中で作品を生み出した。

本書は、ロンドンの7 Reece Mewsにあったベーコンのアトリエを、徹底的に記録・分析した研究書である。ベーコンの死後、このアトリエはダブリンへ移設され、約7000点以上の資料(写真、書籍、切り抜き、絵具の残骸など)が一点ずつ記録・保存された。本書はその過程と成果を詳細に報告している。内容は大きく三つの軸から構成されている。アトリエの物理的構造と配置、内部に存在した資料群の分析、それらが作品制作にどのように関与したかの考察である。単なる写真集ではなく、考古学的手法に近い精密な調査によって、創作の痕跡を読み解こうとする点に本書の独自性がある。

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ベーコンの自画像
Bacon
Bacon
ベーコンの作品

ベーコンのアトリエの実態

ベーコンのアトリエは、一般的な意味での整った制作空間とは対極に位置するものであった。狭い室内には、絵具のチューブ、破れた写真、雑誌の切り抜き、書籍、布、ゴミに近い断片が床一面に堆積していた。その層は単なる散乱ではなく、長年にわたる制作の痕跡が積み重なった堆積層であった。彼は写真を切り刻み、踏みつけ、歪めることで新たなイメージを生成した。そこには秩序だった参照ではなく、偶然的な出会いが重視されていた。床に散乱する無数の断片は、彼にとって視覚的な刺激の源であり、そこから予期せぬイメージが立ち上がるのである。アトリエの狭さも重要である。身体の動きが制限される空間において、画家はキャンバスと極めて近接した関係を持ち、身体的な緊張を伴って制作を行った。この密閉性は、作品に見られる圧迫感や凝縮された暴力性と深く関係している。重要なのは、この混沌が偶然の産物ではなく、意図的に維持されていた点である。ベーコンは掃除を拒み、むしろ混乱を創造の条件として必要としていた。アトリエは秩序を排除し、イメージが自由に生成される場として機能していた。

Baconのアトリエ
Baconのアトリエ
ベーコンのアトリエ
ベーコンのアトリエ

ベーコン絵画にとってのアトリエの意味

ベーコンにとってアトリエとは、単なる制作の場所ではなく、作品そのものと同質の構造を持つ生成装置であった。彼の絵画に見られる歪みや断裂は、アトリエにおいて現実の素材として存在していた。写真は切断され、物は破壊され、秩序は崩される。その過程がそのままキャンバス上に転写された。作品はアトリエの延長であり、アトリエは作品の内部構造を先取りしている。偶然性の導入も重要である。整然とした環境では排除される偶発的な視覚的衝突が、この空間では常に発生する。その偶然がベーコンのイメージ生成の核心であった。アトリエは彼にとって現実を再構成する場であった。現実の断片が破壊され、再配置されることで、より本質的な人間像が浮かび上がる。ベーコンの絵画における肉体の歪みは、単なる表現ではなく、現実を解体し再構築する過程の結果なのである。ベーコンのアトリエは混沌の中から必然を生み出す装置であり、その存在なくして彼の絵画は成立しない。作品とアトリエは分離できるものではなく、両者は一体となって初めてベーコン芸術の全体像を形成している。

私のベーコン(付記)

ピカソを意識して画家になったベーコンの心意気に敬意を払い、闘牛と枢機卿が描きもまれたベーコンの作品を模写することに。

ベーコンの闘牛のための秀作No.1
闘牛のための習作
國井正人作
パステル

未来の輪郭

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