Thérèse Oulton Paintings
2016年
NUKAGA GALLERY編
テレーズ・オルトンの経歴と画業の転換
テレーズ・オルトン(Thérèse Oulton)はイギリスの画家であり、1980年代に頭角を現した現代絵画の重要作家の一人である。ロンドンを拠点に活動し、若くして注目を集め、1987年にはターナー賞にノミネートされるなど高い評価を受けた。英国マルボロ画廊の取り扱い作家である。同画廊はフランシス・ベーコンをはじめとする戦後美術の巨匠を扱ってきたことで知られる。その文脈の中でオルトンは位置づけられている。彼女の初期作品は、厚塗りによる巨大で物質的な抽象絵画であり、岩肌や地層を思わせる重厚な画面を特徴としていたが、2000年代以降、作風は大きく転換する。それは単なる具象への転向ではなく、抽象的思考を内包したまま風景へと展開したものであり、彼女の画業はむしろ深化したと評価されている。

國井正人所蔵
カタログの構成
本展は、テレーズ・オルトンの後期表現を理解する上で極めて重要なカタログである。本カタログは、近作の油彩やドローイングを中心に、図版と言葉によって、作家の現在地を的確に示している。本カタログに収録された作品は、全て風景を主題としている。それらは、一般的な意味での風景画とは明らかに異なる。画面はしばしば高い位置から俯瞰された視点をとり、人間の存在は完全に排除されている。その結果として現れるのは、静まり返った空間であり、時間が停止したかのような無音の世界である。そこに描かれているのは、現実の自然というよりも、むしろ精神の内部に広がる観念的風景と言うべきものである。

間と自然の距離
オルトンが描いているのは風景そのものではなく、人間と自然のあいだの距離である。彼女の視点は人間的なスケールから逸脱し、あたかも世界を外部から俯瞰するような位置に置かれている。この視点のずれは、単なる構図上の特徴ではなく、存在論的な意味を持つ。鑑賞者はその風景の中に入り込むことができず、常に外側に置かれる。その結果、作品は強い静けさと同時に、不可視の緊張を帯びることになる。
抽象から風景へ
オルトンの表現の変化は、抽象から具象への転換と単純に理解されるべきではない。むしろ、初期の抽象絵画において追求されていた自然、内的空間、物質性といったテーマが、後期において風景という形をとって再構成されている。彼女の風景は、視覚的には具象でありながら、その内部構造は極めて抽象的である。この二重性こそが、オルトンの作品を独特なものにしている。


後期具象絵画
