石油と戦争

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石油から読み解く近代戦争の構造

ここ100年の主要戦争は、表向きの大義が民主主義、人道、大量破壊兵器であったとしても、その深層では石油へのアクセスと石油収入が常に重要な意味を持っていた。近代戦争の大半は石油だけの戦争ではないが、石油なしで近代戦争を理解することもまたできない。石油は最も現実的で、最も国家の本音に近い動機の一つであり続けてきた。

日米開戦と石油

石油を切り口に近代戦争を語る時、最も象徴的なのが日米開戦である。1940年から1941年にかけて米国は対日圧力を強め、石油輸出を段階的に制限し、1941年夏には日本に対する資産凍結と石油禁輸に踏み込んだ。日本は当時、石油供給の大部分を米国に依存しており、この遮断は単なる経済制裁ではなく、窒息させる措置であった。米国務省の史料でも、米国が日本にとって主要な石油供給源であり、対中戦争の長期化とともに対日資源圧力を強めたことが示されている。そのため日本は、対米交渉で譲歩するか、東南アジアの資源地帯、とりわけ蘭印の石油を武力で確保するかという選択を迫られた。帝国日本の南進政策は、抽象的な勢力圏拡大ではなく、石油確保という切迫した必要に強く規定されていた。真珠湾攻撃は単独で完結した作戦ではなく、英領マラヤや蘭印への南方作戦と一体であり、その背後には石油を奪取しなければ国家が持たないという構造があった。第二次世界大戦の太平洋戦線は、まさに石油禁輸と資源確保が戦略の中心にあった典型である。

第四次中東戦争

1973年の第四次中東戦争それ自体は、アラブ諸国とイスラエルの領土・安全保障をめぐる戦争であった。しかしこの戦争の歴史的意味は、戦場そのもの以上に、その後のアラブ産油国による対米・対西欧の石油禁輸にあった。米国がイスラエルを再補給したことへの対抗措置として、アラブのOPEC諸国は石油を外交・戦略兵器として使用し、西側諸国に深刻なエネルギー危機をもたらした。禁輸は米国などイスラエル支援国に圧力をかけ、戦後交渉での影響力を高めることを狙ったものであった。この出来事が示したのは、近代戦争において石油は単に奪い合う資源ではなく、供給停止そのものが戦争級の威力を持つ武器だという事実である。以後、先進国は中東の安定、シーレーンの防衛、備蓄制度の整備を国家安全保障の核心に置くようになった。戦争のたびに油田や航路だけでなく、価格、保険、備蓄、輸送網までが戦略対象となる今日の構図は、この時に完成した。

イラン・イラク戦争

1980年に始まったイラン・イラク戦争は、革命後イランの不安定化と地域覇権争いなど複数の要因から生じたが、石油はその核心であった。イラクのサダム・フセイン政権は、国境地帯に接するイラン南西部油田地帯と輸送路に強い関心を持っていた。米国は対イラン戦略のためにフセインのイラン攻撃を支援し、戦争は長期化した。石油は開戦の動機から継戦能力の生命線へと姿を変えた。両国は互いの輸出能力を削ぐため、油田、製油所、パイプライン、積出港を攻撃し、いわゆるタンカー戦争に発展した。特にイラクはハールク島などイランの石油積出拠点を攻撃し、イランも湾岸海運に圧力をかけた。両国の石油輸出能力は大きく損なわれ、戦費を支える収入基盤そのものが戦争の標的となった。この戦争が示したのは、石油国同士の戦争は石油を取る戦争であると同時に、相手の石油収入を断つ戦争でもあるということである。さらに湾岸諸国がイラク支援に傾いた背景には、イラン革命の波及を恐れた安全保障上の事情に加え、湾岸の石油秩序を守る必要があった。イラン・イラク戦争は中東の石油供給網全体を巻き込む地域戦争であった。

湾岸戦争

1990年のイラクによるクウェート侵攻は、石油利権との結びつきが最も明白な戦争の一つである。サダム・フセインはクウェートの巨額な石油収入と大規模埋蔵量を手に入れ、戦後のイラク経済を立て直し、地域大国化を図ろうとした。また侵攻前には石油価格、OPEC生産枠、対クウェート債務をめぐる対立も先鋭化していた。もしイラクがクウェートを併合し、さらにサウジ東部へ圧力を強めれば、世界の石油供給と価格形成に対する支配力が一挙に高まる危険があった。湾岸戦争は、油田の占有を阻止し、湾岸の石油秩序を維持するための戦争であった。

イラク戦争

2003年のイラク戦争は、公式には大量破壊兵器問題を理由に始められたが、他方で、イラクが世界有数の埋蔵量を持つ産油国であり、米国の政策に反旗を掲げていたからに他ならない。戦争それ自体を石油獲得戦争と単純化するのは粗雑であるが、米国が望んだ中東秩序の再編、安全保障とエネルギー供給の結合、戦後復興における石油部門の再編は、明らかに分離不能な理由であった。イラク戦争は石油のためだけの戦争ではないが、石油を抜きにしては理解できない戦争であった。

リビア空爆と政権崩壊

リビアは欧米の経済圧力によって2003年に核開発計画を放棄したが、その後2011年にNATOによる軍事介入で政権は崩壊した。2011年のリビア空爆は、表向きにはカダフィ政権による市民弾圧を阻止する人道介入として正当化されたが、真の理由は石油ドル決済体制への反逆と欧米に反抗する民族主義的石油政策にあった。リビアは北アフリカ有数の産油国であり、欧州に近い軽質原油の供給源であったことは、戦争の戦略的重要性を大きく押し上げた。リビアの原油生産は2011年内戦前には日量約170万バレル規模に達しており、その後の内戦と港湾封鎖で長く不安定化した。リビア戦争は、理念上は人道介入、現実には石油国家の政権崩壊が欧州エネルギー地図に直結する戦争であった。

また忘れてならないのは、カダフィ後のリビアで各派閥が油田、輸出港、国営石油会社への影響力を争うようになったことである。戦争が終わっても、石油は復興資源ではなく内戦継続の賞品となってしまった。近代の介入戦争では、体制転換後の統治が崩れると、石油は国家再建の土台ではなく、分裂を深める戦利品になることをリビアは示している。

シリア・イラクの対IS戦争

2010年代半ばのシリア・イラク情勢では、石油は国家間戦争の対象であるだけでなく、武装組織の財源にもなった。ISは支配地域の油田や密輸ネットワークを利用して大きな収入を得ていた。米国主導の空爆が油槽施設や輸送網を狙ったのも、思想の撃破はなく、石油収入という戦費を断つためであった。ここで見えてくるのは、石油が国家戦略資源であると同時に、非国家主体にとっても持続可能な戦争経済の中核になり得るということである。近代戦争は、産油国同士の争奪だけでなく、油田をめぐる治安戦・対テロ戦へと変質してきた。

米国・イスラエルによるイラン攻撃

2026年3月時点の直近情勢では、米国とイスラエルによる対イラン攻撃は、核・ミサイル・地域覇権の文脈で語られているが、世界経済への最大の衝撃はやはり石油である。ホルムズ海峡は世界の海上石油貿易にとって決定的な要衝であり、同海峡を通る流量は世界の海上石油取引の4分の1超、世界の石油・石油製品消費の約2割を占める。実際に今回の戦闘では、海峡閉塞の懸念や施設被害によって、油価、保険料、輸送コストが急騰している。今回の対イラン攻撃は、単にイラン国内施設への打撃ではなく、世界の石油動脈を人質に取る危機な戦争である。イラン側が地域全体の石油輸送阻止を示唆し、サウジ、UAE、カタール、イラク、バーレーンなど湾岸全体の輸出施設・精製施設・LNG拠点が影響を受けている現状は、戦争の焦点が一国の油田から、海峡そのものへ移ったことを意味する。近代後期の石油戦争は、油田奪取戦よりも、チョークポイント支配戦の色彩を強めている。

またより重大な問題として、かつて欧米が2011年に行ったリビア空爆が、リビアが核開発を放棄した後に行われている歴史的事実である。それは今日の核開発放棄を迫る米国とイスラエルによるイラン攻撃に重大な影響を与えている。イランの濃縮ウランは、既にイラン各地の奥深い地に分散され、核の完成に向けた準備が行われると合理的に予想される。もしイスラエルがイランへの核攻撃を行えば、反撃され、イスラエルは国家消滅の危機に見舞われることになるだろう。石油と核の結びつきは、人類の理性と知性が問われることになる。

中国への石油封じ込め

中国への石油封じ込めは、従来型の全面戦争というより、制裁、海上輸送支配、チョークポイントを用いる新しい石油戦の形である。米国は2025年から2026年にかけて、中国系製油所やターミナル、船舶、仲介業者を対象に、イラン産原油の購入・輸送ネットワークへの制裁を相次いで強化している。これはイランの収入を断つだけでなく、中国が割安な制裁回避原油に依存する経路を絞る意味を持つ。加えて、中国は世界最大級の原油輸入国であり、輸入依存度も高く、その相当部分がホルムズ海峡やマラッカ海峡といった脆弱な海上通路を通る。中国が平時には巨大市場であっても、有事には海上封鎖や制裁によって締め上げられ得る構造を示している。中国封じ込めにおける米国の石油戦は、直接爆撃よりも、供給源、船隊、港、海峡、金融決済を束ねて圧迫する総合戦である。それはかつて米国が日本に行った石油封じ込めの現代版であり、重大な結末を迎えないことを祈るばかりである。

石油と英国・米国・ユダヤ人の関係

20世紀以降の国際政治を理解する上で、石油は最も重要な資源の一つである。そして石油をめぐる世界秩序の形成には、英国と米国という二つの海洋覇権国家が深く関与してきた。またその過程で、多くのユダヤ系実業家や金融家が石油産業の発展に関与してきたことは紛れもない歴史的事実である。第一次世界大戦後、英国は石油確保を目的に中東の政治秩序形成に深く関与し、第二次世界大戦後は米国がその役割を引き継ぎ、世界経済を支える石油供給の確保と冷戦戦略の観点から湾岸地域に強く関与するようになった。一方、1948年のイスラエル建国はアラブ諸国との戦争を引き起こし、中東の緊張を長期化させたことは拭えない。中東政治、イスラエル問題、石油供給は密接に結びついており、現在の国際政治にその影響は続いている。

1.英国と石油

20世紀初頭、英国は世界最大の海軍国家であった。当時の海軍艦艇は石炭を燃料としていたが、より高い速度と航続距離を得るために石油燃料への転換が検討されるようになった。この転換を主導した人物の一人が海軍大臣であったチャーチルである。1910年代、英国海軍は石油燃料への全面転換を決定した。しかし英国本土には十分な石油資源が存在しなかったため、海外の石油確保が国家戦略の核心となった。その結果、英国政府は1914年にAnglo-Persian Oil Company(現在のBP)の株式を取得し、事実上国策会社としてペルシャ(現在のイラン)の油田を確保した。この政策により、中東は英国にとって単なる植民地ではなく、海軍燃料の供給拠点となった。第一次世界大戦の後、オスマン帝国が崩壊すると、英国は中東の石油地域に強い影響力を持つようになった。英国はイラクのモスル油田などを含む石油開発権を確保し、石油会社を通じて中東の石油秩序を構築した。この秩序の中心にあった企業の一つがIraq Petroleum Companyであり、英国、フランス、米国などの石油会社が共同で参加していた。こうして20世紀前半には、中東の石油は英国主導の企業ネットワークによって開発される体制が形成された。

2.米国と石油

近代石油産業の発展は米国から始まった。19世紀後半、ペンシルベニア州で石油採掘が始まり、米国は世界最大の産油国となった。この産業を築いた中心人物がロックフェラーである。ロックフェラーはStandard Oilを設立し、精製、輸送、販売を統合した巨大企業を作り上げた。20世紀初頭には、スタンダード・オイルは世界石油市場の大部分を支配するほどの影響力を持つようになった。1911年の独占禁止法による分割後も、その後継企業であるExxonMobil、Chevronなどが世界の石油産業の中心企業となっていった。第二次世界大戦後、米国は軍事力と経済力の両面で世界の中心国家となった。この時期に成立したのが、いわゆるセブン・シスターズと呼ばれる石油会社体制である。この体制には米国企業と英国企業が中心となっており、中東の石油開発を事実上管理していた。この秩序の象徴的な出来事が、1945年のルーズベルト大統領とサウドの会談である。この会談によって、米国はサウジアラビアの安全保障を支援し、サウジは石油供給を米国中心の市場へ供給するという関係が形成された。この体制は現在の中東秩序の基盤となっている。

3.ユダヤ人と石油産業

19世紀末から20世紀初頭にかけて、欧州の石油産業にはユダヤ系実業家が関与していた。その代表的な人物の一人がMarcus Samuelである。サミュエルは英国の石油会社Royal Dutch Shellの前身企業の創業者の一人であり、ロシアや東南アジアの石油を世界市場へ輸送するネットワークを構築した。またロシア帝国の石油産業では、バクー油田の開発に多くの金融家や実業家が関与しており、その中心にはユダヤ系の投資家がいた。石油産業は巨大な資本を必要とするため、金融ネットワークとの関係が極めて重要である。19世紀から20世紀初頭にかけて、欧州の金融市場ではロスチャイルドなどに代表される金融家ネットワークが鉄道、鉱山、エネルギーなど多くの産業に投資を行っていた。石油産業も同様に、国際金融資本によって支えられていた。ユダヤ人は国際金融資本と石油メジャーを通じて、石油産業に大きな影響力を有している。イスラエルを起点とした米国の中東支配とも無縁ではない。

石油に代わるエネルギーは何か(付記)

石油は20世紀の文明を支えた中心的なエネルギー資源であった。自動車、航空機、化学工業、発電、軍事など、現代社会のほとんどの活動は石油を基盤として発展してきた。しかし資源制約、気候変動、地政学的リスクなどを背景として、世界は石油依存からの転換を模索している。石油に代わるエネルギーを考えるためには、まず人類が消費するエネルギーの規模を理解する必要がある。現在、世界の年間電力消費量はおよそ3万テラワット時に達しており、AI・データセンターの拡大、電気自動車の普及、人口増加などを考慮すれば、2050年には4万から5万テラワット時程度まで増加すると予想されている。したがって石油に代わるエネルギーは、単に環境負荷が低いだけでは不十分であり、人類文明を支える巨大な電力量を安定的に供給できる能力を持つ必要がある。現在有力視されているエネルギーとしては、原子力発電、核融合発電、水素発電、地熱発電、メタンハイドレートなどが挙げられる。

1.原子力発電

原子力発電は、現在実用化されているエネルギーの中で最も大規模な電力供給能力を持つエネルギーの一つである。世界には約400基の原子炉が稼働しており、年間発電量はおよそ2700テラワット時に達する。これは世界電力供給のおよそ一割に相当する。原子力の最大の利点は、燃料のエネルギー密度が極めて高く、安定した大量電力を供給できる点にある。さらに高速増殖炉技術やトリウム燃料サイクルが確立すれば、利用可能な核燃料資源は大幅に拡大し、数百年以上にわたって人類の電力需要を支えることが可能になる。しかし原子力発電にはいくつかの課題も存在する。最大の問題は高レベル放射性廃棄物の最終処分問題であり、長期的な管理が必要となる。また事故リスクに対する社会的な不安や、建設コストの高さ、建設期間の長さも普及を制約する要因となっている。それでも原子力はすでに成熟した技術であり、今後2030年から2050年にかけて再評価される可能性が高いエネルギーである。

2.核融合発電

核融合発電は、太陽と同じ原理によってエネルギーを生み出す技術である。重水素や三重水素といった軽い原子核を融合させることで巨大なエネルギーを取り出す。この技術が実用化されれば、海水中に豊富に存在する重水素を利用することで、人類はほぼ無尽蔵のエネルギーを得ることが可能になる。核融合は理論的には人類の電力需要をすべて賄う潜在能力を持つが、実用化には依然として大きな技術的課題が残っている。特に高温プラズマを長時間安定して閉じ込める技術、超高温に耐える材料技術、三重水素の生成と管理などが重要な研究課題である。

3.水素発電

水素は燃焼時に二酸化炭素を排出しないため、次世代エネルギーとして注目されている。水素発電は、水素を燃料とするガスタービンや燃料電池を用いて電力を生み出す方式である。しかし水素は石油や石炭のような一次エネルギーではなく、電力などを利用して製造されるエネルギー媒体である。したがって水素社会が成立するためには、まず大量の電力によって水素を製造する必要がある。水素の製造方法としては、天然ガス改質や再生可能エネルギーによる水電解があるが、現在のところ製造コストが高いことが課題となっている。また水素は体積エネルギー密度が低く、輸送や貯蔵が難しいという問題もある。それでも日本や欧州では水素エネルギー社会の構築が進められており、2030年代には水素発電が火力発電の一部を代替する可能性がある。

4.地熱発電

地熱発電は、地球内部に蓄えられた熱エネルギーを利用する発電方式である。火山帯に位置する地域では特に有望であり、既に実用化されている。地熱エネルギーの潜在量は非常に大きく、次世代技術である拡張地熱システムが実用化されれば、世界の多くの地域で利用可能になる可能性がある。理論的には地熱エネルギーは数万ギガワット規模の発電能力を持つと推定されている。深部掘削技術のコストなどが技術的課題となっているが、地熱発電は地域に根差した発電方法として有用である。技術が進歩すれば、2030年代から2040年代にかけて大きく拡大する可能性があるエネルギー源である。

5.メタンハイドレート

メタンハイドレートは海底に存在する天然ガス資源であり、燃える氷とも呼ばれている。日本近海や北極圏などには大量の埋蔵が確認されており、現在の天然ガス資源を大きく上回る規模が存在する。メタンハイドレートは天然ガスと同様に火力発電に利用できるため、もし商業化が実現すれば巨大なエネルギー源となり得る。しかし採掘技術がまだ確立しておらず、海底環境への影響やメタン漏出による温暖化リスクなども課題となっている。現在のところ商業化の時期は不確実であるが、2030年代以降に実用化の可能性が議論されている。

6.再生可能エネルギー

太陽光発電や風力発電は、近年最も急速に拡大しているエネルギーである。太陽から地球に降り注ぐエネルギー量は人類のエネルギー消費の数千倍にも達するとされており、潜在力は非常に大きく、ペロブスカイト太陽光発電など革新的発電方法も生み出されている。しかし太陽光や風力には発電が天候に依存するという問題がある。また発電密度が低いため、広大な土地や海域が必要になるという課題もある。したがって再生可能エネルギーは重要な電源であるが、単独で文明全体を支える基幹電源になる可能性は低く、他のエネルギーとの組み合わせが必要になる。

7.人類のエネルギー未来

人類のエネルギー未来は単一のエネルギーによって支えられるものではなく、複数のエネルギー源の組み合わせによって構成される可能性が高い。短期的には原子力発電、水素発電が中心となり、中期的には次世代地熱や水素社会が発展し、長期的には核融合が人類文明の基盤となる可能性がある。とりわけ核融合が実用化されれば、エネルギー制約そのものが大幅に緩和される可能性がある。そのとき人類社会は、エネルギー不足という長い歴史的制約から解放され、産業、AI、宇宙開発などあらゆる分野で新たな文明段階へ進むことになる。何よりもエネルギー革命は、戦争のリスクを大幅に低減することが期待される。

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