歴史を動かす基盤構造と知的プラットフォーム

目次

ディープステートとグローバリズム

1.ディープステート(Deep State)

ディープステートとは、選挙で選ばれた政権とは別に、長期的・継続的に国家の意思決定へ影響を与える非公式かつ制度的な権力構造を指す。これは秘密結社ではなく、官僚機構、軍・情報機関、巨大企業、金融資本、メディア、シンクタンク、同盟・国際機関が相互作用する構造である。この概念を歴史的に想起する際、米国ではアイゼンハワーが1961年の退任演説で述べた軍産複合体(Military-Industrial Complex)が象徴的である。語源的には、トルコ共和国で軍・司法・官僚が世俗主義を守る名目で政権に介入した構造を背景に広まった概念であり、ケマル・アタテュルク体制以降の軍の政治的役割が原型とされる。

米国では、CIA(ダレス)、FBI(フーヴァー)、国防総省(ロバート・マクナマラ)といった機関・人物が、政権交代後も政策に慣性を与えてきた。また、軍需産業(ロッキード・マーチン、ボーイング)と議会予算の循環は、アイゼンハワーの警告どおり構造化された影響力を持つ。さらに、FRB・ウォール街・IMFといった金融制度は、ニクソンによる金本位制停止の後、国家政策を超えた制約条件として機能してきた。こうした構造は、民主主義の堕落というより、専門統治と民主政治の緊張関係の必然的帰結である。

日本においても、財務省・外務省・経産省官僚、日米同盟の安保ネットワーク、大企業・業界団体、記者クラブ制度が、対立よりも調整と忖度を通じて政策方向を形成してきた。これは、吉田茂以降の戦後体制の延長線上にあるディープステート的構造といえる。

2. DSとグローバリズムの関係

国家運営が高度に専門化するにつれ、国防・諜報・金融・外交といった分野では、CIA長官を務めたダレスや、FRB議長として長期にわたり金融政策を主導したグリーンスパンのように、政権交代を超えて影響力を持つ専門家層が不可欠となった。こうした領域では、民主的手続きよりも継続性・即応性・制度安定が優先されやすく、選挙では動きにくい慣性が生じる。ここに接続するのが、グローバリズムである。グローバリズムとは、特定の秘密思想ではなく、自由貿易・国際金融・多国間制度・同盟網の維持を前提に国家運営を考える立場を指す。戦後秩序を設計したケインズや、IMF・世界銀行創設を主導したホワイトは、その制度的源流を体現する人物である。

グローバリストとは、国民国家を否定する者ではなく、国家を越えた制度・資本・ルールを前提に思考する実務的立場である。代表的な人物としては、キッシンジャーが挙げられる。彼は国家主権を重視する現実主義者でありながら、同時にグローバル秩序の設計者でもあった。

ディープステートがグローバル秩序と親和的になる理由は思想ではなく機能である。国際ルールは予測可能性を高め、同盟はコストを分散し、国際制度は国内政治の急変を抑制する。反グローバリズムが台頭した際、官僚・金融・安保機構が抑制的に振る舞うのは、陰謀ではなく、国家運営の長期安定を優先する構造的行動である。

ネオコン(ネオコンサバティズム)

1.ネオコンとは何か

ネオコンは国家装置そのものではなく、外交・安全保障思想の潮流である。起源は1960〜70年代、アーヴィング・クリストルやノーマン・ポドレッツら、元リベラル派知識人にある。ネオコンは軍産複合体そのものを意味しない。ネオコンは思想的ラベルであり、代表的政治家としては、ポール・ウォルフォウィッツ、ディック・チェイニーが挙げられる。PNAC(アメリカ新世紀プロジェクト)を通じて、米国の軍事力による秩序形成、体制転換、先制攻撃を正当化し、9・11後のイラク戦争で政策化された。しかし、イラク戦争の長期混乱とコストにより、その思想的正当性は大きく損なわれた。

2.ネオコンとディープステートの関係

両者は陰謀的主従関係ではない。ネオコンという思想が、特定の歴史条件下でディープステートの一部と戦略的に共鳴した関係である。9・11後、国家装置はネオコンの言語を使いやすい正当化装置として採用したが、装置全体がネオコン化したわけではない。その後、現実主義(キッシンジャー的抑制)や同盟調整重視が再び優勢となり、ネオコンは前面から後退した。ただし思想潮流として完全に消滅したわけではない。

知的プラットフォーム

以下の機関は、政策を決定しないが、政策が考えられる枠組みを規定する知的装置である。公開、準公開のエリート空間として機能する。

1.アトランティック・カウンシル

アトランティック・カウンシルは1961年設立の米国シンクタンクで、国際政治・安全保障・地政学・経済・エネルギー・テクノロジーを横断して扱う。オルブライトやキッシンジャー、ブレジンスキーらが有名であるが、元高官や軍幹部、企業、学者などが集う場として政策形成の前段階に影響を持つ。冷戦期以降の米欧同盟とNATOを知的に支えてきた。

2.外交問題評議会(CFR)

外交問題評議会は1921年設立の米国を代表する外交・安保シンクタンクである。思想的背景にはウィルソンの国際主義があり、ジョージ・F・ケナンが封じ込め政策を理論化した場としても知られる。デイヴィッド・ロックフェラーは長年会長を務め、政・官・財・知を結ぶ中枢となった。会員制を通じ、現職・元高官、軍、学者、ジャーナリスト、金融・多国籍企業幹部が議論し、形成された問題意識が政策形成に間接的影響を与える。研究プログラムを持ち、季刊誌Foreign Affairsは国際秩序論の主要な議論を発信してきた。影響力ゆえにエスタブリッシュメントやディープステートと結び付けられることもあるが、政策決定権を持たない民間の知的プラットフォームである。

3.王立国際問題研究所(チャタムハウス)

チャタムハウスは1920年設立の英国を代表する国際問題研究機関である。歴史家・トインビーらの知的伝統を背景に、英国外交の長期視点を支えてきた。最大の特徴は「チャタム・ハウス・ルール」で、発言者を秘匿することで政府高官や企業幹部の率直な議論を可能にした点にある。英米協調や多国間秩序を知的に下支えする分析・提言機関である。テーマは安保、地政学、資源・エネルギー、気候変動、国際経済、地域研究など広く、英国外交の伝統を反映した同盟運用や多国間秩序にも強みを持つ。CFRと姉妹的に語られ、英米の知的基盤を共有する側面がある。エスタブリッシュメント色が批判されることもあるが、実態は政策決定ではなく分析・議論・提言を担う独立機関であり、長期的に西側の世界観形成へ影響を与えてきた。

非公式エリート・ネットワーク

以下の機関は研究機関というより非公式なエリート・ネットワークであり、閉鎖性ゆえに陰謀論の対象になりやすいが、歴史が制度だけでなく人的関係が国際秩序を下支えするという現実を示す例である。

1.ビルダーバーグ会議

ビルダーバーグ会議は1954年にベルンハルト公らによって始まった非公開国際会合である。欧米の政財界・軍・メディアの有力者が個人資格で参加し、年1回、約100〜150名規模で集まる。公式決議や権限は持たないが、参加者の地位の高さから影響力への関心と疑念を呼ぶ。キッシンジャーやデイヴィッド・ロックフェラーらが常連として知られる。陰謀論的に語られがちだが、同質的な教育・制度環境を共有するエリートが率直に議論することで、政策思考が収斂しやすい環境を作り、間接的影響を与え得る。

2.ピルグリム・ソサエティー

ピルグリム・ソサエティーは1902年ロンドンで設立され、後にニューヨークにも拠点を持つ英米エリートによる非公開親睦団体である。思想的源流にはセシル・ローズの英語圏連携構想があり、チャーチルやセオドア・ルーズベルトらが関与した。政府機関でも政策決定機関でもなく、招待制の社交空間として機能するため、陰謀論の対象にもなるが、首相・大統領経験者、外交官、軍幹部、金融・大企業トップ、王室・貴族関係者などが参加し、決定そのものではなく決定する人々の関係形成を担う。条約や制度だけでなく人間関係も国際秩序を支えるという現実を示す例であり、英米同盟の静かな背骨と位置づけられる。

歴史の動的構造と日本人の向き合い方

歴史が抽象的な理念ではなく、人間の判断と行動の積み重ねによって形づくられてきた以上、世界を主導する立場にある人々が、自らの秩序と影響力を維持するために非公式な対話の場を持ち、思想的に共鳴しながら方向性をすり合わせてきたことは、ある意味で避けがたい現実である。国家や制度は形式的な枠組みにすぎず、その内側で意思決定を行うのは常に人間であり、重大な転換点ほど、公式会議だけで完結することは少ない。こうした視点から見れば、アトランティック・カウンシル、外交問題評議会(CFR)、チャタムハウス、ビルダーバーグ会議、ピルグリム・ソサエティーといった組織や会合は、世界史の裏で操る黒幕いうよりも、覇権国家・覇権圏が自らの秩序を維持・調整するために生み出した具体的帰結として理解する方が現実に即している。

これらの場に共通するのは、いずれも条約を締結したり命令を下したりする権限を持たないが、同時に何が問題で、どこまでが許容範囲か、どの選択肢が現実的かという思考の前提条件を共有・収斂させる機能を果たしてきた。その意味で、これらは国家の公式制度を補完する知的・人的インフラであり、覇権の維持装置の一部である。

日本人の立場から見て、強い違和感を覚えやすいのは、これらの組織やネットワークを構成してきた中心人物が、圧倒的に欧米人であり、また金融・外交・学術の分野で実力を持つユダヤ系の人物が目立つという事実である。この点は、感情的に語られがちだが、冷静に整理する必要がある。

まず前提として、これは民族的陰謀ではない。近代以降の国際秩序は、英国と米国を軸とする英語圏によって設計され、金融・貿易・海洋・法制度・学術の標準が欧米主導で形成された。その中で、教育水準が高く、越境的ネットワークを持ち、金融・知識・外交に強みを持つ人々が影響力を発揮しやすかったという構造的結果がある。ユダヤ系知識人や金融人が目立つのも、迫害と移動の歴史の中で、国家に依存しない専門性と国際性を磨かざるを得なかったという歴史的背景を考えれば、必ずしも不自然ではない。

問題は、そこに日本がほとんど存在してこなかったという事実である。日本は戦後、米国主導の秩序に適応することで成功した国家であり、自ら秩序を設計し、言語や価値観のレベルで世界を主導する側には回らなかった。安全保障は日米同盟に委ね、国際金融や外交思想の形成は欧米に依存し、その結果、こうした非公式ネットワークの外側に位置づけられてきた。

日本人にとって重要なのは、これらの場を陰謀の温床として拒絶することでも、欧米のやり方を無批判に模倣することでもない。むしろ、世界はこのようにして実際に動いてきたという現実を直視し、日本はどのような知的基盤と人的ネットワークを持つべきかを考えることである。覇権を握る国々は、公式制度と非公式ネットワーク、理念と実務、公開と非公開を巧みに使い分けながら秩序を維持してきた。一方、日本は制度遵守と形式を重んじるあまり、非公式な思想形成や人的連結を軽視してきた側面がある。これからの時代、日本が主体性を持つためには、単に経済力や技術力を誇るだけでなく、どのような世界観を持ち、誰と語り、どの言語で思想を発信するのかが問われる。

ここに紹介した権力集団・組織・会合は、欧米覇権の産物であると同時に、覇権とは制度だけでなく人間関係と思想によって維持されるという厳然たる事実を示している。日本人がこの現実から学ぶべきなのは、羨望でも反発でもなく、自らの知的・人的基盤をどう構築するかという戦略的思考なのである。

歴史に関する考察一覧

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