日本の希少鉱物・エネルギー戦略

目次

日本のレアメタル・レアアース戦略

日本のレアメタル・レアアース戦略は、特定国(とりわけ中国)に偏った採掘・精錬依存が供給途絶リスクそのものになるという前提に立ち、上流確保・備蓄・循環(リサイクル)・代替省資源・同盟国連携を束ねてサプライチェーン全体を強靱化することを基本に取り組んでいる。ガリウム・ゲルマニウム・黒鉛など中国の生産・精錬比重が高い鉱物で輸出管理が強まった事実を踏まえ、供給源・精錬拠点の多様化と、途絶時の産業影響を抑える政策を推進している。

具体策の中核はJOGMECであり、海外鉱山・精錬への出資、債務保証、融資、オフテイク等を通じて権益+長期調達を目指している。加えて、短期的な供給途絶に備える国家備蓄(レアメタル備蓄制度)を運用し、危機時の放出で産業の急停止を回避しようとしている。

さらに国内では、使用済み磁石等からレアアースを回収する技術、磁石の省レアアース化など循環・代替の研究開発を進め、輸入量そのものを減らす方向も進めている。

レアメタル・レアアース代替・省資源策

日本のレアメタル・レアアース戦略のもう一つの柱は、そもそも使わない、使う量を極小化する、別材料で代替するという技術主導型の脱資源依存戦略である。これは供給国分散や権益確保と異なり、日本が最も得意とする材料科学・製造プロセス・精密工学の優位性を直接的に国家安全保障へ転化する手法である。

第一に進められているのが、省レアアース化技術である。代表例が永久磁石分野であり、ネオジム磁石について、重希土類(ジスプロシウム、テルビウム)の使用量を大幅に削減、あるいはゼロ化する技術が開発されてきた。結晶粒界拡散技術や磁区制御技術により、耐熱性・磁力を維持したままレアアース依存を下げることに成功している。これは性能は材料でなく構造と工程で作るという日本的発想の典型である。

第二に、代替材料の開発がある。触媒分野では、白金・パラジウム使用量を抑えるため、ナノ構造制御や複合酸化物触媒の研究が進み、同等性能をより安価・安定な材料で実現する試みが続いている。半導体・電子部品分野でも、インジウムやガリウムといった供給リスクの高い元素を減らすため、酸化物半導体や炭化物材料、さらにはカーボン系材料への置換が検討されている。

第三に、製造プロセス革新による使わずに済む設計が進んでいる。従来は材料性能に依存していた工程を、微細加工、積層構造、表面改質などで補完することで、希少元素を前提としない設計思想へ転換している。これは部品点数削減や軽量化とも結びつき、結果として産業競争力そのものを高める効果を持つ。

この戦略の本質は、資源を取りに行く競争から不要にする競争へ転換する点にある。日本は資源国ではないが、技術により資源制約を無効化する能力を持つ国である。レアメタル・レアアースを使わない、あるいは代替できる製造技術を握ることは、供給国に対する交渉力を高め、地政学リスクを技術で封じ込める静かな安全保障戦略である。これは日本が覇権を取らず、要石を押さえる国家として選び取った、極めて合理的な進路である。

基幹エネルギーに対する戦略

日本の石油・天然ガス・ウランといった基幹エネルギー資源に対する戦略は、全面輸入依存という構造的制約を前提に、調達安定性を国家安全保障そのものとして設計している。その基本思想は、①供給途絶を前提にした多重化、②市場変動に耐える制度設計、③技術と外交による依存リスクの中和の三層構造である。

第一に、石油・天然ガスについては供給源の多角化が中核である。日本は中東依存度が依然として高いが、国家備蓄制度を通じて短期的な供給途絶に耐え得る体制を整えている。原油は民間備蓄と国家備蓄を合わせて200日超を確保し、LNGについても長期契約を軸に、スポット調達と契約見直しを組み合わせることで価格・数量リスクを分散している。エネルギーを市場任せにせず、制度として囲い込む姿勢が明確である。

第二に、原子力燃料であるウランについては、資源そのものの確保と同時に燃料サイクル全体を戦略対象としている点が重要である。日本はウラン鉱石を輸入に依存する一方、濃縮・加工・再処理・使用済燃料管理といった工程を国内外で分散管理し、単純な資源依存国にとどまらない構造を構築してきた。再処理・プルサーマル政策は賛否を伴うが、エネルギー安全保障の観点では燃料を一度で捨てない戦略的意味を持つ。

第三に、化石燃料・原子力への依存そのものを低減する中長期戦略が並行して進められている。省エネルギー技術、電化、水素・アンモニア利用、再生可能エネルギーの拡大は、単なる環境政策ではなく、輸入エネルギーへの支払いと地政学リスクを削減する安全保障政策である。特に日本はエネルギーを使わない技術において世界最高水準を維持しており、需要側から依存度を下げる戦略を得意としている。

総じて日本のエネルギー戦略は、資源を支配する覇権型モデルではなく、制度・技術・同盟を組み合わせて不安定性を吸収するモデルである。石油・天然ガス・ウランはいずれも日本の弱点であるが、その弱点を前提にした緻密な戦略設計こそが、日本のエネルギー安全保障の本質である。

海洋鉱物資源回収

日本の海洋鉱物資源回収への取り組みは、資源小国という制約を地理的優位と技術力で反転させる国家戦略として位置づけられている。その核心は、日本の排他的経済水域(EEZ)が世界有数の海洋鉱物ポテンシャルを持つ点にあり、これを長期的な資源安全保障と産業競争力の源泉とみなしていることである。

対象となる主な海洋鉱物は、海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、マンガン団塊である。特に沖縄近海の海底熱水鉱床には、銅・亜鉛・金・銀に加え、インジウムやガリウムなどのレアメタルが高品位で含まれることが確認されている。日本政府は早くからこれに着目し、JOGMECを中心に探査・資源量評価・採鉱技術の研究開発を一体で進めてきた。

技術面では、日本の強みが明確に表れている。深海は水深1000〜3000メートルに達し、高圧・低温・暗黒という極限環境であるが、日本はROV(遠隔操作無人探査機)、AUV(自律型無人潜水機)、深海掘削技術、耐圧材料といった分野で世界トップクラスの技術を蓄積してきた。これにより採れるかどうかではなく、持続的に採れるかという段階へ研究の重心が移っている。

一方で、日本は商業化を急がない慎重な姿勢も取っている。海洋鉱物開発は環境影響が大きく、国際的なルール形成が未成熟であるため、環境影響評価(EIA)やモニタリング技術の確立を重視している。これは国連海洋法条約の枠組みを尊重し、国際社会での正当性を確保しながら主導権を握るための戦略でもある。

さらに重要なのは、海洋鉱物資源を最後の手段として位置づけている点である。日本はリサイクル、省資源化、代替材料開発を優先し、それでもなお不可欠な資源についてのみ海洋から補完的に確保するという序列を明確にしている。海底資源は乱獲すべきフロンティアではなく、国家として管理すべき戦略備蓄に近い概念として扱われている。

総じて日本の海洋鉱物資源戦略は、拙速な資源獲得競争を避けつつ、技術・法・環境の三位一体で主導権を確保する「静かな資源戦略」である。これは覇権的資源争奪とは一線を画し、日本らしい長期合理主義に基づく取り組みである。

メタンハイドレート開発の基本戦略

日本のメタンハイドレート開発への取り組みは、資源小国という制約を技術で乗り越える象徴的な国家プロジェクトとして位置づけられてきた。メタンハイドレートは低温・高圧下で水分子にメタンが包接された固体資源であり、日本周辺の海底、とりわけ南海トラフには世界有数の賦存量が存在するとされる。この地理的条件を踏まえ、日本は自国周辺に眠る潜在資源を将来の選択肢として確保することを戦略目標としてきた。

開発は経済産業省主導のもと、JOGMECや研究機関、民間企業が連携する形で進められてきた。最大の成果は、海底下のメタンハイドレート層からメタンガスを実際に取り出す減圧法の実証である。2013年および2017年には南海トラフ海域で連続的なガス生産試験に成功し、日本は世界で初めて海洋メタンハイドレートからのガス生産を実証した国となった。これは理論研究の段階を超え、技術的に取り出せることを示した点で歴史的意義を持つ。

一方で、日本はこの成果をもって直ちに商業化へ進む判断はしていない。最大の課題は経済性と安全性である。海底地盤の安定性、ガス漏洩リスク、開発コストの高さ、既存のLNG供給との競争力などを総合的に考慮すると、現時点での商業化は合理的とは言い難いとの認識が共有されている。そのため近年は、短期的な資源開発よりも、基礎技術・環境評価・将来オプションの維持に重点が移されている。

また、日本はメタンハイドレートを単なる化石燃料としてではなく、エネルギー転換期における戦略的研究対象として捉えている。将来的にエネルギー価格が高騰した場合や、国際情勢によりLNG供給が不安定化した場合に備え、技術を保持していること自体が安全保障上の意味を持つとの考え方である。

総じて日本のメタンハイドレート戦略は、即時の収益化を目的とするものではなく、将来の不確実性に備えた国家的保険である。採らない判断を含めて管理するという姿勢こそが、日本の長期的エネルギー戦略の本質であり、拙速を避けつつ技術的主導権を維持する静かな取り組みである。

メタンハイドレート開発の阻害要因

日本近海に豊富に存在するとされるメタンハイドレートの開発が進まないのには、米国の圧力があることは否めないが、経済性・技術成熟度・エネルギー戦略全体の合理性を踏まえた判断でもある。日本がメタンハイドレート開発を進めない理由は、現状では戦略的留保である。技術は実証し、知見は蓄積し、いつでも再開できる状態を保ちながら、経済性・安全性・国際環境が変わるまで静かに待つ。この開発しない自由を選択できること自体が、日本のエネルギー戦略の成熟を示している。

第一の理由は、経済性である。メタンハイドレートは存在量こそ大きいが、海底深部という過酷な環境での採掘コストが極めて高い。現在のLNGは、米国・カタール・豪州などから大量供給され、市場価格も安定している。減圧法による生産実証には成功したものの、同じ熱量を得るためのコストはLNGを大きく上回り、商業化すれば電力・ガス料金の上昇を招く。エネルギー安全保障と国民負担を天秤にかけた場合、現時点で合理性は低い。

第二に、技術的・地盤的リスクがある。日本近海のメタンハイドレートは砂層型が中心であり、減圧により地盤が不安定化する可能性が指摘されている。地すべりや海底変動、メタン漏洩は、漁業・環境・沿岸防災に重大な影響を及ぼしかねない。日本は地震多発国であり、エネルギー開発において「低確率だが破局的なリスク」を極度に嫌う政策文化を持つ。

第三に、エネルギー転換との整合性である。メタンハイドレートは炭素を含む化石燃料であり、脱炭素が国際的に加速する中で、数十年単位の開発投資を正当化しにくい。仮に商業化できる時点では、再生可能エネルギーや水素、アンモニアの方が戦略的優先度が高くなっている可能性が高い。日本は「最後に使うカード」として温存する判断をしている。

日本近海のエネルギー資源について

日本近海に中東級の石油・天然ガスが大量に埋蔵されているとの言説が存在するが科学的根拠は現時点では存在しない。一方で、一定量の石油・天然ガスが存在する可能性がある地質構造が確認されていることは事実であり、この両者の混同が話を拡大させている。

まず技術的・科学的な前提を整理する。石油・天然ガスは、①有機物に富む根源岩、②十分な熱成熟、③貯留層、④封圧構造、⑤移動・集積の時間、という条件が揃って初めて商業的鉱床となる。日本近海、とりわけ茨城県沖や日本海側、尖閣周辺では、地震探査(反射法地震探査)により堆積盆地や背斜構造など資源が存在し得る地質構造は確認されている。しかし、これはあくまで可能性の話であり、可採埋蔵量を意味しない。

茨城県沖など太平洋側では、ガスハイドレート調査や基礎物理探査の過程で、ガスの存在を示唆する反射面やガス兆候(BSRなど)が観測されている。これが天然ガスが大量にあるという話の源になっている。ただし、これらは多くの場合、浅部のガスやメタン起源のガスであり、従来型の石油・天然ガス田として商業採掘できるかは別問題である。

尖閣諸島周辺については、1960〜70年代に国連アジア極東経済委員会(ECAFE)が東シナ海大陸棚に有望な堆積盆地が存在する可能性を指摘したことが発端である。この報告は資源の可能性を述べたもので、確認埋蔵量を示したものではない。しかし、この地質的可能性が領有権問題と結びつき、政治的・戦略的文脈で誇張されて語られるようになった。

では、なぜ近年こうした話が再燃しているのか。理由は三つある。
第一に、3D地震探査や深海掘削技術の進歩により、従来は不明だった海底下構造が可視化されるようになったこと。
第二に、エネルギー安全保障への関心が高まり、国内資源への期待が社会的に増幅されやすくなったこと。
第三に、中国の海洋進出や資源開発と絡み、情報が政治的言説として利用されやすくなったことである。

重要なのは、地質学的可能性。推定資源量、確認可採埋蔵量、商業生産可能量は全く異なる概念であるという点である。日本近海では前二者についての研究は進んでいるが、後二者については限定的である。少なくとも現時点で日本のエネルギー構造を根本から変える規模の石油・天然ガス田が確認された事実はない。

総じて言えば、日本近海資源論は、技術的進展と地政学的不安、そして資源国になりたいという心理が重なって生まれた側面が大きい。科学的根拠は部分的に存在するが、楽観的な言説の多くは可能性を現実以上に拡張して語っていると理解するのが妥当である。

宇宙資源探査

日本の宇宙からの資源探査・リモートセンシングへの取り組みは、資源小国という制約を情報と解析の優位によって補完する国家戦略として進められている。地上や海底で資源を直接掘る前段階として、宇宙から広域・反復的に地表や海洋を観測し、資源ポテンシャルを可視化することが主眼である。

中核を担うのはJAXAであり、地球観測衛星を用いた鉱物・エネルギー資源探査の基盤整備を長年継続してきた。可視・近赤外・短波赤外の分光データを用いて、地表の鉱物組成や変質帯を推定する技術が確立されており、ASTER衛星は世界の鉱物資源探査で事実上の標準データとして利用されてきた。ASTERは粘土鉱物、鉄酸化物、炭酸塩鉱物などの識別に優れ、鉱床形成の兆候を広域で把握できる点に特徴がある。

近年は、合成開口レーダー(SAR)による観測も重視されている。ALOSシリーズに代表される日本のSAR衛星は、雲や夜間の影響を受けずに地表変動を捉える能力を持ち、資源探査だけでなく、油・ガス開発に伴う地盤変動の監視、海洋における油膜検知、海底資源開発時の環境モニタリングにも活用されている。これは探すだけでなく管理するための宇宙利用である。

また、日本は宇宙データと地上データの統合解析にも力を入れている。衛星観測、地震探査、地化学データ、AI解析を組み合わせ、鉱床存在確率を統計的に評価する手法が研究・実装されつつある。これにより、無差別な掘削を避け、環境負荷とコストを最小化した資源開発判断が可能となる。

さらに視野は地球にとどまらない。小惑星探査機はやぶさ、はやぶさ2は、資源利用を目的とした商業計画ではないものの、将来的な宇宙資源利用に不可欠な探査・試料回収・航法技術を実証した。これは日本が掘る国ではなく、探し見極める国として宇宙資源時代に備えていることを示している。

総じて日本の宇宙資源探査戦略は、衛星・解析・制度を組み合わせ、資源の存在と影響を事前に可視化することで意思決定の主導権を握る点にある。物量で競うのではなく、情報精度で勝つという姿勢が、日本らしい宇宙利用の本質である。

精錬・回収

日本の精錬・回収戦略は、資源を採る国ではなく、分け・磨き・循環させる国として生き残るための国家設計である。鉱石の埋蔵量では劣位に立つ一方、精錬・分離・高純度化・回収といった下流工程で主導権を握ることで、資源安全保障と産業競争力を同時に確保する方針が貫かれている。

第一に、精錬工程の高度化である。日本は銅、ニッケル、コバルト、レアメタル、レアアースの精錬・分離において、世界最高水準のプロセス技術を蓄積してきた。鉱石や中間原料を輸入しながら、極めて高純度の金属・化合物へと変換する能力は、日本の電池、半導体、電子部品産業の基盤である。特に不純物除去、微量元素分離、品質安定化といった工程は模倣が難しく、精錬技術そのものが戦略資産となっている。

第二に、精錬拠点の地政学的リスク管理である。近年、日本は国内精錬の維持と海外分散を並行して進めている。国内では環境規制とコスト上昇に耐え得る高付加価値精錬に特化し、海外では資源国や同盟国と連携して中間工程を確保する。これは特定国による精錬支配を回避し、サプライチェーンの首根っこを握られないための構造的対応である。

第三に、都市鉱山を中核とした回収戦略である。使用済み電子機器、車載電池、産業廃棄物から金、銀、白金族、レアアースを回収する技術は、日本が世界で最も体系化した分野の一つである。オリンピックメダルを都市鉱山由来で製作した事例は象徴に過ぎず、実際には高効率な選別・溶解・電解回収技術が産業として定着している。

第四に、設計段階からの回収容易化である。日本は製品設計において、分解しやすさ、材料表示、回収工程を前提とした構造を重視するデザイン・フォー・リサイクリングを推進している。これは単なる廃棄物対策ではなく、将来の資源確保を製造段階から仕込む戦略である。

日本の精錬・回収戦略の本質は、資源を一次採掘に依存せず、技術と循環で再定義する点にある。採れなくても、分けられ、回収できる国は、資源時代において依然として強い。その静かな優位こそが、日本が選び取った現実的な資源安全保障である。

石油・天然ガスの採掘輸送技術

日本は石油・天然ガスの資源量そのものでは劣位にあるが、採掘・輸送技術の分野では世界的に見て独自かつ実務的な優位性を持っている。その強みは、極限環境への対応力、高信頼輸送、下流まで含めた統合技術に集約される。

第一に、海洋・深海環境における技術力である。日本は自国周辺での資源開発や海洋調査を通じ、深海掘削、坑井制御、海底設備の設計・運用に関する高度な技術を蓄積してきた。とりわけ地震多発海域を前提とした設計思想は世界的にも特殊であり、耐震性・冗長性・安全係数を重視する日本式エンジニアリングは、リスク回避を最優先する開発案件で高く評価されている。これは深海油ガス田や海底パイプライン建設において重要な競争力となっている。

第二に、LNG(液化天然ガス)分野での圧倒的な存在感である。日本は長年にわたり世界最大級のLNG輸入国であり続けた結果、液化・貯蔵・再ガス化・輸送に関する技術と運用ノウハウを体系的に確立してきた。特にLNGタンカーの設計・建造、安全運航管理、受入基地の高効率運用では日本企業が世界標準を形成している。LNGを危険物」はなく、安定的に扱う工業製品として管理する能力は、日本の最大の技術的資産である。

第三に、プラント・輸送・運用を一体で捉える総合力である。日本企業は、単一装置の性能競争ではなく、上流から下流までを含めたシステム全体の最適化を得意とする。油ガス田開発においても、掘削装置、海底生産設備、パイプライン、LNG化、海上輸送、受入基地までを連結したエンジニアリング力を持ち、長期安定運転を前提とした設計を行う点に特徴がある。

第四に、安全・環境対応技術である。日本は公害や事故の経験を踏まえ、漏洩検知、二重殻構造、緊急遮断システム、保全管理などを高度化してきた。これらは脱炭素時代においても、CCS(炭素回収・貯留)や水素・アンモニア輸送技術へ転用可能な基盤技術となっている。

総じて日本の優位性は、資源を持たない国が、失敗できない立場で磨き上げた技術にある。大量採掘で覇権を取るモデルではなく、難条件下でも確実に掘り、運び、止めないという信頼性こそが、日本の石油・天然ガス採掘輸送技術の世界的価値である。

水素エネルギー

日本の水素エネルギー戦略は、脱炭素とエネルギー安全保障を同時に達成するための長期基盤づくりに主眼が置かれている。その基本思想は、①需要創出を先行させて規模の経済を作る。②製造から輸送・利用までのサプライチェーンを一体で整える。③国際連携で安定供給を確保する点にある。

第一に、需要創出を起点とする戦略である。日本は燃料電池車、定置用燃料電池、製鉄・化学・発電といった産業用途で水素利用を段階的に拡大し、初期コストが高い段階から市場を形成する方針を取っている。とりわけ発電・産業熱での大口需要を作ることで、供給側の投資を呼び込み、将来的なコスト低減を狙う設計である。

第二に、供給多様化と技術ポートフォリオである。日本は水素を一種類に限定せず、再生可能エネルギー由来のグリーン水素、化石燃料由来でCCSを組み合わせたブルー水素、副生水素、さらにはアンモニアやMCH(有機ハイドライド)といったキャリアも含めた多層構造を採用している。これにより価格変動や地政学リスクを吸収し、用途に応じた最適解を選べる柔軟性を確保している。

第三に、輸送・貯蔵を含むサプライチェーン構築である。日本は液化水素輸送、アンモニア燃焼・分解、MCH循環といった輸送技術で世界を先導し、海外の再エネ資源を水素として取り込む構想を進めている。これは資源を運ぶ国からエネルギー形態を変えて運ぶ国への転換であり、従来のLNGで培った高信頼輸送の延長線にある。

第四に、制度・標準の主導である。補助金、長期契約、価格差補填(CfD)などの政策手段で初期市場を支えつつ、安全基準や国際標準の策定を主導し、日本企業の技術が世界市場で採用されやすい環境を整えている。

総じて日本の水素戦略は、短期の収益よりも将来の選択肢を最大化する国家投資である。資源量で競うのではなく、需要・技術・制度を束ねてエネルギー体系を再設計する点に、日本の現実的かつ長期合理的な戦略性がある。

小型原子炉


日本の小型原子炉(Small Modular Reactor)に対する戦略は、原子力を拙速に拡大するのではなく、安全性・柔軟性・国際標準を軸に将来の選択肢として保持・育成する慎重かつ構造的な対応である。その基本思想は、①既存大型炉の反省を踏まえた安全設計。②電力需要構造の変化への適応。③技術・制度・国際連携を一体で進める点にある。

第一に、安全性を最優先した技術開発である。日本のSMR構想は、福島第一原発事故の教訓を強く反映しており、受動的安全機構を前提とする設計思想が中心となっている。外部電源や人為操作に依存せず、自然循環や重力、熱物性そのものによって炉心を安定化させる方式が重視されている点が特徴である。これは事故を防ぐだけでなく、事故が起きても深刻化させないことを前提にした思想である。

第二に、電力システムとの親和性である。再生可能エネルギーの拡大により電力需給が変動化する中、日本はSMRをベースロード専用電源ではなく、負荷追従や分散配置が可能な電源として位置づけている。離島や工業団地、データセンター、将来的には水素製造や地域熱供給との組み合わせも想定されており、発電所ではなくエネルギー装置としての使い方が検討されている。

第三に、実用化を急がない戦略的留保である。日本は米国や英国のようにSMRの商業炉建設を先行させる立場には立っていない。むしろ海外の実証炉や設計審査の進展を注視しつつ、自国の技術を国際共同開発や部品・素材供給、設計思想の提供という形で活かす戦略を取っている。規制面でも、安全審査の厳格性を維持しつつ、SMR特有の特性に適合した制度設計を段階的に検討している。

第四に、核燃料サイクル・人材・技術基盤の維持である。SMRは単体では成立せず、燃料製造、廃棄物管理、規制人材といった基盤の上に成り立つ。日本はSMRを通じて原子力技術そのものを延命するのではなく、将来世代に技術選択肢を残すための知的インフラとして位置づけている。

総じて日本の小型原子炉戦略は、原子力回帰でも脱原子力でもない管理された中立戦略である。急がず、閉じず、技術と制度を磨き続けることで、不確実な将来に備える。その姿勢こそが、日本が選び取った現実的かつ責任ある原子力政策である。

核融合

日本の核融合開発・実用化戦略は、短期的な電源化を狙うものではなく、国家基盤技術としての主導権確保と将来世代への選択肢保持を目的とした長期戦略である。その基本思想は、①国際協調の中核を担う。②要素技術で不可欠な地位を確立する。③実用化前段階の知的・産業基盤を国内に残すという三層構造にある。

第一に、日本は核融合を単独開発ではなく国際協調で進める戦略を明確に取っている。その象徴がITER計画への深い関与である。日本はITERにおいて超伝導コイル、加熱装置、計測機器など中枢部品を担当し、装置全体の信頼性を左右する領域で不可欠な役割を担っている。これは最初に発電する国よりも、止まると困る国になることを選んだ戦略であり、国際プロジェクトにおける交渉力と技術的発言権を確保する意図がある。

第二に、要素技術への集中である。日本は超伝導磁石、耐放射線材料、精密加工、真空技術、プラズマ制御といった核融合の核心要素で世界最高水準を維持している。特に高温超伝導や大型超伝導コイルの製造・運用技術は、日本企業と研究機関が事実上の世界標準を形成している分野である。核融合炉は巨大な統合装置であるが、日本は全体統合よりも代替不能な部品と技術を押さえることで、将来の商用炉時代における産業的地位を確保しようとしている。

第三に、国内実験炉と人材育成の重視である。量子科学技術研究開発機構(QST)を中心に、JT-60SAなどの大型実験装置を通じて、ITER後を見据えた運転データ、制御技術、人材の蓄積が進められている。これは実用炉が完成する前に、運転・保守・規制を担える人材を国内に維持するための戦略であり、技術空白を作らないための投資である。

第四に、近年は民間核融合との距離調整が行われている。欧米ではスタートアップ主導の核融合開発が加速しているが、日本は過度な期待による資金バブルを避けつつ、材料・電源・計測など得意分野での連携を模索している。国家主導の基礎研究と、民間の挑戦的開発を緩やかに接続する姿勢が特徴である。

総じて日本の核融合戦略は、最初に電気を売る国になることではなく、核融合が現実になった世界で不可欠な技術を持つ国であり続けることにある。時間軸を数十年単位で捉え、技術・人材・国際的信頼を積み上げるこの姿勢は、短期成果を追わないからこそ成立する、日本らしい長期合理主義のエネルギー戦略である。

ペロブスカイト太陽光発電

日本のペロブスカイト太陽光発電(PSC)戦略は、従来型シリコン太陽電池で失った量産主導権を取り戻すというより、設置場所と用途を拡張する技術で再定義し、脱炭素と産業競争力を同時に実現する長期設計である。その要点は①用途特化で需要を先に作る。②材料・プロセスの国産優位を押さえる。③制度と実証で早期社会実装を回す点にある。

第一に、用途特化型の需要創出である。日本は国土制約が大きく、メガソーラーの拡張余地が限られるため、軽量・柔軟・低照度に強いPSCの特性を生かし、建物外壁、窓、屋根、耐荷重の低い構造物、さらには可搬・非常用電源などこれまで載せられなかった場所を主戦場に設定している。発電効率の絶対値競争ではなく、設置可能面積の拡大で総発電量を増やす発想である。

第二に、材料・製造プロセスの主導権確保である。PSCは真空装置や高温工程を要さず、印刷・塗布などの低温プロセスで製造できるため、化学材料、精密塗工、フィルム加工に強い日本企業の適性が高い。特に課題とされる耐久性、耐湿性、鉛管理については、封止材料、添加剤、セル構造の工夫で克服を図り、量産時の品質安定性を競争軸に据えている。原材料の供給網も短く、国内回帰が可能な点は地政学的にも有利である。

第三に、実証と制度の同時進行である。国は公共施設や民間建築での実証導入を進め、発電性能だけでなく、施工性、保守、リサイクルまで含めた実装データを蓄積している。これと並行して、建築基準、電気安全、環境規制(鉛回収・再資源化)を早期に整え、事業化の不確実性を下げる戦略を取る。補助制度や長期調達を通じて初期市場を形成し、量産投資を呼び込む設計である。

総じて日本のPSC戦略は、価格で殴り合う量産競争を避け、設置自由度と品質で勝つ現実路線である。都市空間に電源を分散配置するという新しい価値を先に社会に定着させ、技術・材料・制度を束ねて主導権を握る。その静かな積み上げこそが、日本が選んだペロブスカイト太陽光の実用化戦略である。

希少鉱物・エネルギー国家安全保障政策

日本がレアメタル・レアアース等の希少金属およびエネルギーを国家安全保障の観点から次世代へ引き継ぐために取るべき道は、資源量で競わず、支配点を押さえる長期戦略に集約される。資源小国という制約は不変である以上、上流獲得競争に全面的に参加するのではなく、供給途絶に耐える構造そのものを設計することが核心となる。

第一に、供給リスクを前提にした多層化である。海外権益の確保や同盟国との連携は不可欠だが、それだけに依存してはならない。備蓄、調達先分散、精錬工程の国内外分散を組み合わせ、単一点障害を排するサプライチェーンを構築する必要がある。特に精錬・分離・高純度化は日本の比較優位であり、ここを国家の戦略資産として維持・強化すべきである。

第二に、使わない・減らす・代替する技術への継続投資である。省レアアース磁石、代替触媒、材料設計や製造プロセス革新による使用量削減は、供給国に対する最も強力な交渉力となる。資源を取りに行く競争から、不要にする競争へ軸足を移すことが、日本の安全保障合理性に合致する。

第三に、循環と回収を国家インフラとして確立することである。都市鉱山の高度回収、設計段階からのリサイクル容易化、回収・再資源化の国際標準化を進め、国内で資源が回る構造を作るべきである。これは環境政策であると同時に、戦時・危機時に効く実効的な資源確保策である。

第四に、海洋・宇宙・次世代エネルギーを切り札として温存する判断である。海底熱水鉱床、メタンハイドレート、核融合、水素、ペロブスカイト太陽電池などは、短期の採算ではなく将来の不確実性に備える保険として位置づけ、技術と人材を絶やさず保持することが重要である。採らない選択肢を持てること自体が国家の強さである。

総じて、日本が目指すべきは覇権的資源国家ではなく、資源・エネルギーが政治化した世界において止まると困る技術と制度を握る国である。量ではなく構造、速度ではなく持続性を重んじ、次世代に選択肢を残す。この静かな合理主義こそが、日本の国家安全保障に最も適した進路である。

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