人を生かすことが経営の根幹
松下幸之助は、生涯を通じて人間をどう見るかという問題に深い関心を持っていた。彼にとって、経営とは人を生かす技術であり、事業の成否は人をどれだけ的確に見抜き、適材適所に配置できるかにかかっていた。だからこそ、松下幸之助は人の本性がどこに表れるかを徹底的に観察し、そこから経営哲学を築いた。
本性は苦境の中に現れる
松下幸之助は、「景気の悪いときほど、社員の本当の力、真の人格が見えてくる」と語った。好況期は誰でも明るく、余裕を持って振る舞える。しかし不況、トラブル、資金繰りの悪化。こうした状況に直面したとき、人は本音を隠せなくなる。そこで現れるのが、真の人間性である。困難の中でも前向きに知恵を絞り、周囲を励まし、責任を引き受けていく人物を「伸びる人」とし、逆境の中で不満を言い、逃げ腰になり、責任を押しつける人物を「伸びない人」と見抜いた。逆境は、人を試し、人を鍛え、人を明らかにする場である。
本性は成功したときに現れる
一般には逆境の時に人柄が出ると言われる。しかし松下幸之助は「成功した時の方が、本性はより露骨に出る」と述べた。事業がうまくいき、地位や名誉、富が手に入ると、多くの人は無意識に傲慢になり、慎みを失う。成功を自分の力と誤解し、周囲への感謝や謙虚さを忘れた人物は、必ず衰退していく。一方で、成功しても態度を変えず、人に敬意を払い、謙虚でい続ける人物こそ伸びる器を持つ。人間の真価は、成功した時の態度で決まる。
本性は権限を与えた時に現れる
松下幸之助は、人に権限を持たせた瞬間、その人の本性が明確に露わになることを知っていた。部下を動かし、予算を扱い、決裁を下す立場になると、人は本来の自我を隠せなくなる。そこで、人を大切にする人物はさらに周囲に慕われ、責任感のある人物はさらに信頼される。しかし権力を誤用する人は横柄になり、独断専行に走り、人の意見を聞かなくなる。だから人を見たければ、その人に小さな権限でも持たせてみるとよいと述べている。権限という試金石は、人の器の大きさをもっともよく映し出す。
本性は小さなことに現れる
松下幸之助は「小事に忠実な者は、大事を成す」と語った。約束の時間を守るか、挨拶ができるか、掃除を怠らないか、書類を丁寧に扱うか、凡事を疎かにしないか。こうした日常の態度が、人間の本性を最もよく表す。大きな志や立派な理念を語るのは誰でもできる。しかし、日常の些細な行動にこそ、その人の価値観・信念・誠実さが静かに滲み出る。凡事徹底こそ人柄の根と考え、小さなことをおろそかにする人物に大事を任せることはなかった。
本性は余裕を失った時に現れる
心に余裕があるとき、人は誰にでも優しくできる。しかし忙しさが増し、思い通りにいかず、ストレスが溜まると、心の素地がむき出しになる。余裕のない人は、つい人を傷つけてしまう。それを知ってなお穏やかにふるまえる人こそ、真の人格者である。経営者は常に心を整え、平常心を保つことで、周囲に安心感を与えられる人間でなければならない。松下幸之助自身、病弱ゆえの不安や苦しみの中で心を練り続け、心の余裕が人格の核になることを悟った。
