グレシャムの法則に陥らない
悪貨は良貨を駆逐する(グレシャムの法則)。本来は貨幣の品質に関する古典的法則であり、質の悪い貨幣が市場に流通すると、人々は質の良い貨幣を手元に留め、結果として世の中に劣ったものばかりが残るという現象を指す。だがこの法則は経営の世界にも鮮やかに適用できる。企業経営において、日々押し寄せる細かな雑務や短期的利益への誘惑(悪貨)が、壮大なビジョンや未来への構想(良貨)を駆逐していく。
起業家は、単に目の前の利益を追ってはいけない。未来を見据え、まだ存在しない価値を創造し、社会に新しい風景をもたらすことにこそ力を尽くさなくてはならない。しかし現実の経営は、書類の訂正、資金繰り、顧客対応、内部調整、人材採用など、次々と生じる急ぎのように見えるが本質的ではない仕事に囲まれがちである。それらは確かに必要だが、それらに心を奪われすぎると、本来の目的であったはずの未来の創造は曇り、やがて忘れ去られてしまう。目崎の雑事は将来の夢を打ち砕く。
雑事は未来を曇らせる
すぐれた事業は、壮大な志から始まる。志は起業家自身のエネルギーであり、仲間を惹きつけ、資金を集め、顧客を巻き込み、社会を変えていく源泉である。しかし雑事に追われ、夢を語る時間を失うと、企業はやがて惰性の組織へと変わる。創業時は情熱にあふれ、未来を語り合い、皆が胸を高鳴らせていたにもかかわらず、年月が経つと会議は数字とリスクだけを語り、誰も未来を描かなくなる。その瞬間、良貨は姿を消し、悪貨が市場を支配する。夢を優先し雑事は多少支障が出てもやり過ごす姿勢を貫かなくてはならない。
良貨を守るための3つの原則
では、起業家はこの罠をどのように避けるべきか。
第一に、意図的に夢を語る時間を確保することである。忙しいからこそ会議の冒頭で長期ビジョンを口にする習慣を持つ。
第二に、未来に寄与しない業務を排除・委任する勇気を持つことだ。起業家がすべきは唯一無二の価値を創造する仕事である。雑務は仕組化し、社員に任せるべきである。
第三に、短期的利益に流されない規律を持つことである。目の前の売上が魅力的に見えても、長期的戦略と矛盾するなら断る勇気が必要だ。経営者は、毎日の意思決定の中で、何が良貨で何が悪貨かを見極め続けなければならない。それは簡単ではないが、その姿勢こそが起業家の最も大切な仕事である。
