The Autobiography of Benjamin Franklin
1791年刊(死後刊)
Benjamin Franklin著
フランクリンの経歴
ベンジャミン・フランクリンは1706年、マサチューセッツ植民地ボストンに生まれた。父ジョサイアは蝋燭・石鹸製造業を営み、フランクリンは17人兄弟姉妹という大家族の中で育った。家庭は裕福ではなく、学校教育を受けた期間も短かった。12歳頃、兄ジェームズが経営する印刷所に徒弟として入る。そこで大量の本を読み、文章を書く技術を独学した。兄の新聞に匿名で文章を投稿するなど、少年時代から文筆の才能を発揮していた。しかし兄との関係が悪化し、17歳でボストンを離れ、ほとんど無一文の状態でフィラデルフィアへ向かった。ここからフランクリンの人生が本格的に始まる。印刷工として働いた後、一時ロンドンに渡り、帰国後に自分の印刷事業を始めた。新聞を経営し、更に1732年から刊行した貧しいリチャードの暦(Poor Richard’s Almanack)という出版物によって成功を収める。勤勉、節約、信用、時間管理などについての簡潔な格言は広く読まれ、フランクリンの社会的名声と経済的成功の基盤となった。しかしフランクリンの重要性は実業家としての成功だけではない。図書館、消防組織、教育機関などの設立・発展に関与し、個人的成功を公共社会の改善へ結びつけようとした。電気研究では雷と電気の関係を研究し、避雷針を考案するなど、科学者としても国際的名声を得た。1750年代以降は外交官・政治家としての活動が中心となり、アメリカ独立革命では大陸会議代表となり、独立宣言作成にも関与した。その後フランスへ派遣され、フランスの対米支援獲得に大きな役割を果たし、独立戦争終結の講和交渉にも参加した。晩年には合衆国憲法制定会議にも参加し、1790年、フィラデルフィアで84歳の生涯を閉じた。
本書の内容
1.息子に向けて書き始めた人生の記録
フランクリンは65歳の時に自伝を書き始めた。最初は息子ウィリアムに向け、自分の祖先や少年時代について知らせるという私的な目的で執筆していた。その間にアメリカ独立革命が起こり、フランクリン自身も世界的な政治家となっていた。そのため後半になるにつれ、単なる家族への回想から、自分がどのように人生を築いたかを後世へ伝えるという性格が強くなっていく。最終的に四部が書かれたが、フランクリンは完成させないまま死去した。
2.貧しい少年からの出発
本書前半で最も有名なのが、17歳のフランクリンがフィラデルフィアへ到着する場面である。ほとんど金を持たず、知人もいない。パンを買い、それを抱えて町を歩く若者として自分自身を描く。後に世界的な科学者、外交官、建国の指導者となる人物の出発点としては、驚くほど質素である。ここに本書全体を貫く思想が既に表れている。人間の将来は出生によって決められるものではない。知識、勤勉、信用、節約、自己規律を積み重ねることによって、自分の人生を変えることができる。この思想が後にself-made manというアメリカ的人間像の原型として理解されるようになる。
3.読書こそ最大の自己投資
フランクリンは正規教育をほとんど受けていない。それにもかかわらず、当時最高水準の知識人の一人となった。その原動力が読書である。少年時代から手に入る本を片端から読み、食費を節約して本を買った。単に知識を蓄えるだけでなく、優れた文章を読み、それを自分なりに再構成し、原文と比較するという方法で文章力を鍛えた。フランクリンにとって教育とは学校で与えられるものではない。自分に不足している能力を発見し、それを自分で訓練することが教育である。この自己教育の思想は本書全体を貫いている。
4.印刷業と信用
フィラデルフィアで印刷業を始めたフランクリンは、勤勉さと信用を極めて重視した。重要なのは、実際に働くだけでなく、この人物は勤勉で信用できると社会から認識されることである。若い経営者フランクリンは早朝から働き、夜遅くまで仕事をする。それを近隣の人々が見ている。これは単純な処世術ではない。市場経済では、人間同士の取引を成立させる最大の資産の一つが信用である。金銭がなくても信用があれば事業を始められる。逆に財産があっても信用を失えば長期的成功は難しい。この極めて実務的な人生観がフランクリンらしさである。
5.十三徳による人格改造
本書でも特に有名なのが十三徳(節制、沈黙、規律、決断、節約、勤勉、誠実、正義、中庸、清潔、平静、純潔、謙譲)である。フランクリンは自分の人格を改善するため、13の徳目を設定した。そして、これらすべてを一度に身につけようとはしなかった。一週間ごとに一つの徳目へ重点を置き、自分がその徳に反した行動をすると記録表に印を付ける。そして13週間で一巡し、それを繰り返す。非常にフランクリン的な方法である。人格形成を精神論にしない。善い人間になろうと祈るだけではなく、目標を細分化し、記録し、反省し、改善する。現代的に言えば、自己管理を習慣化と測定によって実現しようとした。
6.完璧な人間にはなれない
しかし十三徳の試みには重要な結論がある。フランクリンは完全な人格者にはなれなかった。何度努力しても失敗する。そこで彼は、人間は完全にはなれないが、改善しようと努力することで以前より良い人間にはなれると考えるようになる。これは本書を単純な成功哲学から救っている重要な部分である。成功とは完全になることではない。昨日の自分より少し良くなる仕組を持つことである。フランクリン自身、特に謙譲は難しい徳であり、謙虚であることに成功すれば今度はその謙虚さを誇りかねないという、人間心理の皮肉まで認識していた。
7.仲間と共に成長する
1727年、フランクリンは若い職人や商人を集め、Juntoと呼ばれる相互研鑽組織を作った。参加者は政治、哲学、科学、社会問題、商業などについて議論した。しかし単なる知識人サークルではない。仲間同士で仕事を助け、情報を交換し、地域社会の問題を議論し、その解決策を考えた。ここから図書館など様々な公共事業が生まれていく。この経験によってフランクリンは、個人の成功と公共社会の発展を結びつけて考えるようになる。
8.図書館という知識のインフラ
フランクリンは仲間たちとともに会員制図書館を設立した。当時、本は高価であり、普通の職人や商人が多くの本を所有することは難しかった。そこで個人が少数の本を買うのではなく、多数の人間がお金を出し合って大量の本を共有する。これは単なる図書館設立ではない。知識を社会的インフラにするという発想である。フランクリンは、個人の能力を高める最も重要な資源の一つが知識であり、その知識へ普通の人々がアクセスできる社会ほど発展すると考えた。彼が教育や公共図書館に長く関与した背景には、この思想がある。
9.科学と役に立つ知識
フランクリンの科学観にも同じ考え方がある。彼にとって知識とは、学者だけが楽しむものではない。社会に役立たなければならない。電気研究もその典型である。自然現象を理解するだけでなく、その知識を避雷針という具体的な技術に変え、人間の生命や建物を雷から守る。この知識を実用へ変えるという思想は、本書の随所に見られる。学問、商売、科学、公共事業を別々の世界として考えない。知識を得て、それを実生活へ応用し、社会を少し便利にする。これがフランクリンの基本姿勢である。
10.個人的成功から公共善へ
若いフランクリンは経済的自立を強く求めていた。しかし成功するにつれて、その関心は個人的富から公共社会へ移っていく。図書館、消防、防衛、道路、教育など、地域社会の改善に力を注ぐようになる。ここに自伝の重要な展開がある。勤勉と節約は金持ちになるためだけに必要なのではない。自分が経済的に自立することで、他人に依存せず、自分の時間と能力を公共のために使えるようになる。したがってフランクリンにとって個人主義と公共精神は矛盾しない。まず自分を自立させ、その力を社会へ還元する。これが彼の理想的な市民像であった。
11.政治家フランクリンがほとんど登場しない
フランクリン自伝では、我々が現在最もよく知っている建国の父フランクリンがほとんど描かれていない。本書は主として1750年代までで終わっている。したがって1776年の独立宣言、フランスとの同盟交渉、1783年のパリ条約、1787年の憲法制定会議といった歴史的大事件は自伝には含まれていない。フランクリンは自伝を完成させる前に死去したからである。しかし、これは結果的に本書を非常に興味深いものにした。我々は偉大な建国者が何をしたかではなく、そのような人物がどのように作られたのかを読むことになるからである。
本書が言いたかったこと
人間は生まれながら完成された存在ではなく、自分自身を教育し、習慣を改め、信用を築き、経験から学ぶことで、自分という人間を作り続けることができる。フランクリンは名門の出身ではなかった。高等教育も受けていない。財産も地位もない少年として社会へ出た。そこで彼が持っていた最大の資本は、自分自身であった。時間を無駄にしない。読書をする。文章を練習する。収入以上に使わない。約束を守る。失敗したら原因を考える。そして自分の行動を記録して改善する。重要なのは、これらが単なる道徳ではなく、人生を改善するための具体的な技術として考えられていることである。更にフランクリンの思想は、自己改善だけでは終わらない。自分が成功したなら、その知識、財産、信用、人脈を使って社会を改善する。図書館を作り、教育を広げ、科学を役立て、公共事業を進める。ここに彼の考える成功の完成形がある。自立とは自分だけ豊かになることではなく、他人を助けられる能力を持つことである。したがってフランクリン自伝とは、貧しい少年が成功した物語である以上に、人間は自分自身を一つの作品のように少しずつ作り上げ、その完成度を高めながら、最後にはその能力を社会へ還元すべきであるという自己形成の哲学を描いた本である。
