芸術と科学の可視化

Visualizations
The Nature Book of Art and Science
2000年刊
Martin Kemp著

マーティン・ケンプの経歴

マーティン・ケンプは1942年生まれの英国を代表する美術史家である。とりわけレオナルド・ダ・ヴィンチ研究で知られている。ケンブリッジ大学で自然科学を学んだ後、ロンドン大学コートールド美術研究所で美術史へ転じた。オックスフォード大学名誉教授である。

本書の内容

1.芸術と科学を分けない

本書の出発点は、芸術と科学を通常のように二つの異なる文化として考えないことである。一般には科学は客観的事実を扱い、芸術は主観的感情や美を扱うと考えられる。しかしケンプは、両者の間にはもっと深い共通性が存在すると考える。科学者も芸術家も世界を観察し、その複雑な現実の中から一定の構造を発見し、それを人間が理解できる形へ変換する。ケンプが重視するのは、一方が他方に影響したという単純な関係ではなく、芸術家と科学者が世界に向き合う際に共有する構造的直観(structural intuitions)である。

2.レオナルド-芸術家と科学者の統合

この問題を考える上でケンプにとって最も重要な人物がレオナルド・ダ・ヴィンチである。レオナルドは絵画を制作する一方、人体を解剖し、水の流れを観察し、植物を研究し、機械を設計した。しかし彼の中では芸術と科学が現在のように分離していた訳ではない。モナ・リザの微妙な表情、人体の解剖図、水流の渦、植物の枝分かれなどは、一見異なる対象でありながら、自然界に存在する形態と変化の法則を発見しようとする同じ眼から生まれている。ケンプはここに、芸術と科学の原初的な共通性を見る。

3.遠近法-世界を数学に変える

ルネサンスにおける遠近法の発明も重要なテーマである。ブルネレスキやピエロ・デラ・フランチェスカらが発展させた線遠近法は、美しい絵を描く技術であるだけではない。三次元空間を幾何学的規則によって二次元平面へ変換する方法でもある。一枚の絵の背後には数学が存在する。芸術家は数学を利用して人間の眼に世界がどう見えるかを再構成したのであり、ここでは絵画、幾何学、光学が一体となっている。本書はブルネレスキ、ピエロ、フェルメール、サーンレダムなどを通じ、空間を描くことと空間を科学的に理解することの接近を示している。

4.ガリレオと月-見ることで科学が変わる

望遠鏡によって月を観察したガリレオの素描も、ケンプにとって重要な事例である。望遠鏡で月を見るだけでは十分ではない。そこに見える光と影から、月面に山や谷が存在すると理解しなければならない。この点でガリレオが持っていた素描や陰影表現の能力は重要であった。光と影を立体的な形態として理解する視覚能力が、新しい天文学的発見を支えた。科学的発見は測定機器だけから生まれるのではない。何が見えているのかを理解する能力も必要である。

5.フックの顕微鏡-見えなかった世界

ロバート・フックの顕微鏡図も本書に登場する。特にハエなどの微細な構造は、人間の肉眼では経験できない世界を突然巨大な視覚世界として出現させた。顕微鏡が重要なのは、小さなものを拡大したことだけではない。それまで人間が存在すら意識していなかった構造を画像にしたことである。科学技術の進歩とは、ある意味では人類の見ることのできる世界を拡張する歴史である。

6.自然を分類する

植物学、動物学、自然史の図像もケンプの重要な研究対象である。マリア・ジビーラ・メーリアンの昆虫の変態、カール・リンネ以後の植物分類、ジョージ・スタッブスの動物表現、オーデュボンの鳥類画などが取り上げられる。科学者は自然を分類しなければならない。しかし分類するためには、対象のどの特徴を重要と判断するかを決めなければならない。科学的画像は自然をそのまま複写したものではない。何を残し、何を省略し、どこを強調するかという選択が行われている。この意味では科学図も芸術作品と同じように編集された現実である。

7.図表-数字を見えるものにする

本書の面白い点は、絵画や自然科学図だけでなく、グラフや表も画像として扱うことである。メンデレーエフの周期表などはその典型である。元素について大量の文章を書く代わりに、それらを一定の空間配置に置くことによって、元素間の関係や周期性が一目で理解できるようになった。図表は単なる説明ではない。配置そのものが思考なのである。ケンプはこのような科学的可視化を、芸術における構図や造形と同じ世界を秩序ある形へ変換する行為として捉える。

8.X線-見えない身体を見る

レントゲンによるX線の発見は、見るという概念を更に変化させた。それまで人間の身体内部を見るためには解剖が必要であった。しかしX線は、生きている人間の皮膚の下にある骨を画像として示した。ここで科学画像は肉眼を超える。人間の視覚能力を機械が拡張し、本来見えないものを画像として作り出す。この問題は現代のCT、MRI、電子顕微鏡、宇宙望遠鏡、コンピュータ画像にもつながっている。

9.写真-客観性という幻想

写真の登場は科学画像に革命を起こした。人間が描くよりもカメラの方が客観的だと考えられるようになった。しかしケンプの視点からすれば、写真も完全に中立ではない。どこから撮影するか、どの瞬間を選ぶか、どの倍率にするか、何を強調するかによって、画像の意味は変わる。科学画像にも常に見る者の選択が介在している。

10.数学を描く

更に本書は抽象数学へ進む。数学的対象の多くは現実世界で直接見ることができない。それにもかかわらず数学者や物理学者は図形、グラフ、模型、ダイアグラムを用いて抽象概念を視覚化する。ファインマン・ダイアグラムはその代表例である。極めて複雑な素粒子の相互作用を線と点の組合せとして表すことによって、数学的関係を視覚的に理解できるようにする。ここでは科学者自身が一種の画像制作者となっている。

11.ダリと多次元世界

芸術側ではサルバドール・ダリなどが取り上げられる。20世紀になると相対性理論、量子力学、多次元幾何学などによって、人間が日常経験する三次元世界とは異なる世界像が科学から提示される。芸術家はそれを単に説明するのではなく、人間の感覚では直接経験できない空間や時間を想像し、視覚化しようとする。科学が新しい世界概念を作り、芸術がそれを人間の経験可能なイメージへ変換する。

12.模型-理解するために作る

分子模型、ウイルス模型、数学模型なども重要である。模型は現実そのものではない。しかし現実を理解するために、ある特徴を誇張し、不要な情報を削除し、構造を単純化する。これは芸術作品にも共通する。画家も世界を完全にコピーする訳ではない。何かを選び、強調し、省略することで対象の本質を表現する。科学模型と芸術作品は、ともに現実を理解するために作られた人工的な世界である。

13.パターン-自然と芸術を結ぶもの

ケンプが芸術と科学を結びつける重要な概念がパターンである。樹木の枝分かれ、川の流れ、雲、結晶、人体、銀河など、自然界には繰り返し現れる形態がある。科学者はそこから法則を発見しようとする。一方、芸術家もまた自然の形態から秩序、リズム、反復、対称性を発見する。両者の違いは目的にあるが、出発点には複雑な世界の中からパターンを発見するという共通した知的能力が存在する。本書では芸術作品と科学画像をテーマ別に並置している。

本書が言いたかったこと

芸術と科学は人間の知性の全く異なる活動ではなく、世界を理解しようとする二つの方法である。科学者は数式だけで考えているのではない。図を描き、模型を作り、グラフを配置し、画像を比較し、そこから法則を発見する。一方、芸術家も感情だけで作品を作るのではない。光、空間、人体、運動、自然の形態を観察し、その背後にある秩序を発見しようとする。したがって両者を結ぶものは美でも技術でもない。より根源的には、見えない構造を見える形にする能力である。ケンプが構造的直観と呼ぶものは、この能力を指している。芸術家も科学者も複雑な現実をそのまま受け取るのではなく、そこから重要な関係、形態、規則、パターンを直観的に発見し、それを画像として外部化する。この視点に立つと、芸術作品を見ることの意味も変わってくる。絵画は単に美しいものではなく、人間が世界をどう理解したかを記録した思考の画像である。同様に科学図も単なる説明資料ではなく、人間が世界について何を発見し、どのような秩序をそこに見いだしたかを示す知的イメージである。レオナルドの素描、ガリレオの月面図、フックの顕微鏡図、メンデレーエフの周期表、ファインマン・ダイアグラム、現代芸術は、一見まったく異なる。しかしケンプの視点から見れば、すべては世界の複雑さを、人間が理解できる形へ変換する試みという一点でつながっている。本書が最終的に示しているのは、人類の知的歴史は見ることの歴史でもあるということである。芸術と科学は、その方法と目的こそ異なるが、世界の背後にある秩序を発見し、それを可視化するという根源的な営みを共有している。

未来の輪郭