Old Masters and Young Geniuses
2006年刊
David W. Galenson著
ガレンソンの経歴
デイヴィッド・W・ガレンソンは、一般的な美術史家とは異なり、経済学者として芸術と創造性を研究してきた。シカゴ大学の教授を務め、人間の創造性のライフサイクルと美術市場を研究してきた。ガレンソンは芸術家の思想や作品様式を文章だけで解釈するのではなく、作品価格、美術史の教科書に作品が掲載される頻度、研究者による評価など、可能な限り数量化できる資料を利用し、芸術家が何歳の時に最も重要な仕事をしたのかを分析する。その方法は伝統的美術史とはかなり異なり、経済学の実証分析を芸術研究へ持ち込んだ。そこからガレンソンが発見したのが、偉大な芸術家には大きく分けて若くして革命を起こす者と長年の試行錯誤の末に晩年に頂点へ到達する者が存在するという二つの創造モデルであった。
本書の内容
1.創造性には二つの道がある
芸術上の革新には概念的革新と実験的革新という二つの異なる方法が存在する。概念的革新者は、まず頭の中に明確な考えを持ち、その考えを作品として実現する。大きな革新が突然起こりやすく、若い時期に代表作を生み出すことが多い。これに対して実験的革新者は、最初から完成した答えを持っていない。描き、失敗し、修正し、また描くという反復によって徐々に自分の求めるものへ近づいていく。そのため重要な作品が比較的晩年に現れやすい。ガレンソンはこの違いを、単なる年齢差ではなく、創造方法の違いとして説明する。
2.若き天才ピカソ
概念的革新者の典型がパブロ・ピカソである。ピカソは作品を制作する前に、多数の素描や習作によって構想を具体化する。特にアヴィニョンの娘たちはその典型である。1907年、26歳前後のピカソが制作したこの作品は、その後ブラックとの共同作業から成立するキュビスムへの重要な出発点となった。ガレンソンにとって重要なのは、ピカソが若くして一つの明確な問題を設定し、それを視覚的な革命として実現したことである。概念的革新者は何をしたいかが比較的明確である。問題が解決されれば次の問題へ移ることができる。このためピカソのような芸術家は様式を大胆に変化させ、次々と異なる方法を試すことができる。ガレンソンはフェルメール、ゴッホ、ピカソらをこの若き天才の側に位置づけている。
3.老巨匠セザンヌ
これと対照的なのがポール・セザンヌである。セザンヌはこれを描けば完成するという明確な答えを最初から持っていた訳ではない。同じ山、同じリンゴ、同じ水浴者といった主題を繰り返し描きながら、見ることと描くことの関係を追究していった。彼にとって一枚一枚の作品は最終回答というより、次の作品へ進むための実験でもあった。そのため作品は徐々に変化し、長年の蓄積が晩年の大水浴図などへ結実する。ここにガレンソンの重要な洞察がある。若い時に傑作を作れなかったからといって、その芸術家の創造性が劣っている訳ではない。むしろ答えを知らないことそのものが創造の原動力となる芸術家が存在する。セザンヌはその代表であり、試行錯誤による技術と認識の蓄積によって、長い時間をかけて独創性を形成した。
4.考えてから作ると作りながら考える
この二つをより簡潔に表現すれば、概念的革新者は考えてから作るタイプであり、実験的革新者は作りながら考えるタイプである。前者では構想が先行するため、スケッチ、設計、計画が重要になる。作品制作は、既に頭の中にあるアイデアを具体化する過程になる。後者では制作行為が思考である。描いてみなければ次に何をすべきか分からない。作品を作ることによって新しい問題が発見され、その問題を次の作品で追究する。その積み重ねによって数十年後に、それまで存在しなかった表現へ到達する。ガレンソン自身の印象的な整理を要約すれば、実験的革新者は探し続ける人であり、概念的革新者は発見して提示する人である。
5.レンブラント、ミケランジェロ、ポロック
ガレンソンはセザンヌだけでなく、ミケランジェロ、レンブラント、ジャクソン・ポロックなども実験的な老巨匠の系譜に置いている。これは単純に晩年に良い作品を作った画家という意味ではない。重要なのは制作方法である。実験的芸術家にとって制作とは、一つの美的問題を長期間追究する行為であり、経験が創造能力を高める。そのため年齢を重ねることが必ずしも創造性の衰退を意味しない。この考えは芸術家は若くなければ革新的になれないという現代社会に根強い思い込みへの反論にもなっている。
6.絵画を超える二つの創造性
本書の議論は絵画だけに限定されない。ガレンソンは彫刻家、詩人、小説家、映画監督へ分析を拡張する。実験型にはヴァージニア・ウルフ、ロバート・フロスト、アルフレッド・ヒッチコックなどが位置づけられ、概念型にはメルヴィル、ジョイス、シルヴィア・プラス、オーソン・ウェルズなどが挙げられる。これは美術史の分類というより、人間一般の創造活動についての理論である。そして重要なのは、どちらが優れているという議論ではない。二つは異なる方法であり、どちらからも歴史的傑作が生まれる。
本書が言いたかったこと
天才には一つの型しかない訳ではない。私たちは天才という言葉から、若くして突然誰も考えなかったアイデアを発見し、世界を驚かせる人物を想像しやすい。ピカソはまさにその典型である。しかしガレンソンは、セザンヌのような全く異なる天才が存在することを示した。セザンヌ型の芸術家には、最初から明確な答えがない。むしろ答えが分からないから描き続ける。一枚描けば問題が生じ、その問題を解決するためにもう一枚描く。ところが次の作品から更に新しい問題が現れる。その果てしない反復が数十年続き、結果として誰も到達しなかった場所へたどり着く。したがって、独創性には発明する独創性と発見していく独創性が存在すると考えることができる。前者ではアイデアが作品を導き、後者では制作がアイデアを生み出す。これは独創的絵画とは何かを考える上で極めて重要である。独創性とは必ずしも誰よりも早く新しいことを思いつく能力ではない。何十年も同じ問題に向き合い、微小な失敗と発見を積み重ねた結果、それまで誰にも見えなかったものが見えるようになることもまた、独創である。この意味で本書は芸術論であると同時に、年齢と創造性についての本でもある。若さには既存の常識を一挙に破壊する創造性があり、経験には長い試行錯誤によって未知の場所へ到達する創造性がある。どちらか一方だけを天才と考えては、人間の創造力の半分を見失う。そらが本書から導かれる重要なメッセージである。
