The Originality of the Avant
Garde and Other Modernist Myths
1985年(日本語2021年)刊
Rosalind E. Krauss著
ロザリンド・クラウスの経歴
ロザリンド・E・クラウスは1941年生まれのアメリカの美術史家であり、現代美術批評を代表する理論家である。ハーバード大学で美術史を学び、博士号を取得した。その後、美術批評誌Artforumで活動し、理論誌Octoberを創刊した。後にコロンビア大学教授となる。クラウスの重要性は、作品を単に画家や彫刻家の個性天才表現として説明する従来の美術史から距離を置いた点にある。構造主義、記号論、精神分析、ポスト構造主義などを美術批評に導入し、作品がどのような制度、言語、記号、複製、展示空間によって意味を獲得しているのかを分析した。
本書の内容
1.オリジナルという神話
本書を貫く最大の問題は、芸術におけるオリジナリティとは本当に存在するのかという問いである。近代美術、とりわけアヴァンギャルドは、過去の伝統を破壊し、誰も見たことのない新しい形式を生み出すことを使命としてきた。芸術家は他人を模倣する者ではなく、自らの内部から独自の表現を生み出す存在だと考えられてきた。しかしクラウスは、この無から何かを創造する芸術家というイメージ自体がモダニズムによって作られた神話ではないかと問う。実際の芸術は、既存の形式、過去の作品、社会的慣習、複製技術、記号体系などの上に成立している。したがってオリジナリティは、何ものにも依存しない絶対的な始まりではなく、既に存在するものとの差異によって成立する概念である。
2.グリッド-新しさの中にある反復
その問題を象徴するのがグリッドである。近代絵画では縦横の線による格子構造が繰り返し登場する。モンドリアンをはじめ、多くの芸術家がグリッドを用いて、自然の模倣から離れた自律的な絵画空間を作ろうとした。ところが興味深いことに、独創的であることを追求した多数の芸術家が、結局は同じようなグリッドへと到達する。ここには逆説がある。独創性を求めれば求めるほど、同じ構造が反復される。クラウスはここから、モダニズムが掲げる唯一無二の創造と、実際の美術に存在する反復との緊張関係を明らかにする。
3.ピカソ-天才という物語を疑う
クラウスはピカソについても、作品を天才ピカソの個人的創造力の結果として説明する美術史を批判する。重要なのはピカソが天才であったか否かではない。作品の意味をすべて作者の人格、意図、署名、伝記へ還元してしまうことに問題がある。作品には、作者自身が完全には支配できない文化的記号や既存の表現体系が入り込んでいる。したがってこの作品はピカソという偉大な個人から生まれたという説明だけでは、作品が成立する複雑な構造を理解できない。ここでクラウスは、芸術家個人を美術史の絶対的中心に置く考え方を揺さぶる。
4.写真が崩した唯一の作品
写真はクラウスの議論にとって極めて重要である。絵画や彫刻には伝統的に世界に一つしかない原作品という考え方があった。しかし写真では、ネガやデータから複数の像を作ることができるため、どれが唯一の原作品なのかが不安定になる。更に写真は、芸術家が完全に内面から生み出した像というより、現実に存在した対象の痕跡である。クラウスはこの性質を記号論における指標(index)という考え方から分析する。写真を考えることによって、作者が自らの内部から作品を創造するという伝統的な芸術観が相対化されていく。
5.ポロック-自発性という神話
ジャクソン・ポロックのドリップ・ペインティングも重要な対象である。ポロックはしばしば、画家の身体、感情、衝動が直接キャンバスへ刻印された芸術家として理解されてきた。その意味で抽象表現主義は、芸術家の内面から直接生まれた作品というモダニズム的オリジナリティの究極的な例にも見える。しかしクラウスは、そうした理解をそのまま受け入れない。作品の意味は画家の心理や身振りだけから生まれるのではなく、作品を見る制度、批評の言語、写真による記録、展示方法などによっても形成される。したがって純粋な自己表現という考えが検討されなければならない。
6.彫刻という概念の解体
後半の代表的論考展開された場における彫刻では、クラウスは彫刻というカテゴリーを再検討する。伝統的な彫刻は台座の上に置かれた独立した物体であった。しかし1960年代以降、ランド・アート、インスタレーション、建築的作品などが登場すると、従来の彫刻という言葉だけでは説明できなくなった。そこでクラウスは、建築、風景、それらの否定的関係を組み合わせた拡張された場という構造から新しい彫刻を理解しようとする。作品を一人の芸術家の独創的な物体として考えるのではなく、作品と場所、空間、建築、観客との関係から理解しようとする。
7.モダニズムからポストモダニズムへ
本書はモダニズムの神話とポストモダニズムへ向けての二部から構成されている。前半でクラウスはオリジナリティ、自律性、作者、唯一性などモダニズムを支えてきた概念を解体し、後半では写真、指標、反復、場所、記号などを通して、それに代わる芸術理解を模索する。したがってクラウスは、単純にオリジナリティなど存在しないと主張しているのではない。むしろ、オリジナルとコピー、創造と反復、作者と作品という二項対立を疑っている。新しい作品であっても、それは既存の文化や形式から完全に独立して誕生する訳ではない。芸術は既に存在するものを引用し、反復し、変形し、その関係を組み替えることによって新しい意味を生み出していく。
本書が言いたかったこと
人間は完全な無から作品を生み出すことはできない。画家は過去の絵画を見ており、既存の構図、技法、材料、記号、思想、社会、言語の中で制作している。ピカソもポロックも、歴史から完全に切り離された地点から出発した訳ではない。それならば独創性とは何か。クラウスの議論から導かれる重要な答えは、独創性とは何にも似ていないものを作ることではなく、既に存在するものを反復しながら、その関係を変え、新しい意味を発生させることにある。これは絵画を見る上で非常に重要である。単に奇抜な形や新しい技法を使ったから独創的なのではない。セザンヌ以前にも風景画はあり、ピカソ以前にも人物画はあり、ポロック以前にも抽象絵画はあった。それでも彼らが美術史を変えたのは、既存の絵画を受け継ぎながら、絵画についての考え方を変えたからである。本書から独創的絵画とは何かという問いへの答えを引き出すならば、独創的絵画とは過去を持たない絵ではなく、過去との関係を組み替えることによって、それ以後の人々に新しい見る方法を与える絵である。クラウスの価値は、独創性を新奇さから切り離し、反復と差異の中から創造が生まれるという逆説を明らかにしたところにある。
