2026年9月22日
戦争が国家を作り国家が戦争を作る欧州
ここでいう戦争の遺伝子は、生物学的・民族的な遺伝子を意味するものではない。しかし、戦争によって国家を作り替え、その国家が次の戦争を準備するという制度的・歴史的な遺伝子は、欧州史を理解する有力な視点である。政治社会学者チャールズ・ティリーの戦争が国家を作り、国家が戦争を作ったという命題もこの構造を捉えたものである。
ローマが完成させた戦争国家
欧州における戦争と国家形成の原型は古代ギリシャ・ローマに見ることができる。ギリシャ世界ではアテネ、スパルタ、テーバイなどのポリスが競争し、ペルシャ戦争、ペロポネソス戦争を繰り返した。やがてマケドニアがこれらを軍事的に統合し、アレクサンドロス大王の征服へと発展する。その後のローマは更に典型的である。ローマは周辺国家との戦争に勝つたびに領土、人口、税収、兵力を増大させ、それを次の戦争に投入した。戦争が国家を強大化し、強大化した国家が更に戦争を可能にする循環が成立した。しかし巨大化したローマ帝国も永久には続かず、分裂と異民族侵入によって西ローマ帝国は崩壊する。欧州はここから再び多数の政治単位へ分裂した。
統一されなかった欧州
中国では秦・漢以来、巨大な統一国家が崩壊しても再統一される傾向が強かったのに対し、欧州ではローマ帝国崩壊後、単一帝国による恒久的統一が実現しなかった。フランク王国、神聖ローマ帝国、フランス王国、イングランド王国、教皇領、ヴェネツィアなど、王国、公国、都市国家、宗教勢力が狭い地域に並立した。この統一されない多国間競争システムこそ欧州史の重要な特徴である。近世欧州では一国が国際体系全体を支配できず、勢力均衡が働いた。十字軍、英仏百年戦争、イタリア戦争などが続き、領土、王位継承、宗教、交易路をめぐる争いが絶えなかった。しかし、この競争は軍事技術、築城、航海術、金融、徴税制度などの革新も促した。戦争と文明発展が皮肉にも相互作用した。
戦争が近代国家を作る
16~18世紀になると、この仕組は更に明確になる。宗教改革後の宗教戦争、三十年戦争、スペイン継承戦争、七年戦争など、大規模な戦争が繰り返された。戦争には巨大な資金が必要である。国王は徴税制度を整備し、国債を発行し、官僚制度を作り、常備軍を維持するようになる。軍事競争が財政国家、官僚国家、中央集権国家を発達させた。戦争の高コスト化が徴税、軍事支出、軍隊規模、行政の標準化と領土統合を促した。近代欧州国家は、平和の中だけで形成されたのではない。国家が戦争を遂行し、戦争に生き残った国家が更に強い国家になるという淘汰を何世紀にもわたり経験した。
国家から国民の戦争へ
1789年のフランス革命は戦争の性質を変えた。それ以前の戦争は王朝間の戦争という性格が強かったが、革命以後は国民が戦争主体となった。ナポレオン戦争では大量徴兵が行われ、国家は国民の人的・経済的資源を大規模に動員するようになる。戦争は王侯貴族の戦争から国民国家の総力戦へ近づいた。そして戦争の結果、神聖ローマ帝国は消滅し、欧州の国境は大幅に書き換えられた。ナポレオン敗北後にはウィーン体制という新しい秩序が作られる。ここでも戦争→旧秩序崩壊→新秩序形成という欧州史の循環が現れている。
戦争によるスクラップ・アンド・ビルド
19世紀にはナショナリズムがこの仕組みに加わった。イタリア統一戦争によってイタリア王国が成立し、普墺戦争、普仏戦争を経てドイツ帝国が成立した。戦争によって国家を統合し、新しい国境と政治秩序を作る方法が再び用いられた。フランス革命以降はナショナリズムによって民族と国境を一致させようとする動きが強まり、その不一致が武力紛争の危険を高めた。戦争は単なる国家間の争いではなく、誰がどの国家に属するのかを決定する手段にもなっていった。
第一次世界大戦-欧州秩序の自己破壊
この構造が破局的な形で現れたのが1914年である。サラエボでのオーストリア皇太子暗殺という地域的事件が、オーストリア=ハンガリー、セルビア、ロシア、ドイツ、フランス、英国を同盟関係と動員計画によって次々と戦争へ引き込んだ。結果として約4年間の総力戦となり、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、ロシア帝国、オスマン帝国という巨大帝国が相次いで崩壊した。そしてポーランド、チェコスロヴァキア、ユーゴスラヴィアなど新しい国家が誕生した。まさに巨大な国家のスクラップ・アンド・ビルドであった。
第二次世界大戦-再び秩序を破壊する
しかし第一次大戦後のヴェルサイユ体制は安定した秩序を作れなかった。ドイツではナチズムが台頭し、1939年のポーランド侵攻から再び欧州戦争が始まる。第二次世界大戦は第一次大戦を更に上回る破壊をもたらした。都市爆撃、東部戦線での大量死、そして最終的には米国とソ連という欧州外縁の超大国が欧州の運命を決定した。欧州が何世紀にもわたり繰り返してきた国家間競争は、二度の世界大戦によって欧州そのものの世界的覇権を破壊する結果となった。
戦後欧州-戦争の遺伝子を封印する試み
1945年以降の欧州統合は、この歴史への反省として理解できる。石炭と鉄鋼という戦争遂行に不可欠な資源を共同管理し、経済を相互依存させ、フランスとドイツが再び戦争することを構造的に困難にする。ECSCからEEC、そしてEUへと発展した欧州統合の大きな意味は、戦争によって秩序を変更する欧州から、交渉と制度によって秩序を変更する欧州への転換にあった。実際、西欧主要国同士の戦争は戦後80年以上発生していない。この意味で欧州は、自らの歴史的循環をかなりの程度克服した思われていた。
ウクライナ戦争-再び問われる欧州
ところがNATOはソ連が解体した以後も東方拡大を止めないばかりか、ロシアを挑発して2014年のクリミア併合を招き、2022年のウクライナ全面侵攻に至った。欧州では再び戦争と国境変更の問題が中心課題となっている。NATO諸国では、ロシアによる武力での国境変更を認めれば欧州安全保障秩序が不安定になるとしてウクライナを支援を継続している。軍事支援と軍備増強がロシアとの直接衝突や核エスカレーションの危険を高めることを厭わずに、近年その姿勢を更に強めている。多数の国家が狭い空間に存在し、勢力均衡、同盟、領土、安全保障、民族、宗教、経済的利益をめぐって競争すると、それぞれが合理的と考えた軍備増強や同盟政策が、全体として戦争を生み出すのであろうか、はたまた欧州人の戦争遺伝子が頭をもたげ、欧州の行き詰まりを戦争によってスクラップ・アンド・ビルドしようとの本能が作用しているだろうか、歴史が繰り返されないことを祈るばかりである。
戦争の遺伝子の正体
戦争の遺伝子の申し子・欧州という比喩を歴史的に読み替えるなら、その遺伝子とは欧州人が二千年をかけて形成してきた多国間競争システムである。ローマ帝国の征服、中世の王国間抗争、宗教戦争、三十年戦争、ナポレオン戦争、国民国家形成、二度の世界大戦まで、欧州では戦争が既存秩序を破壊すると同時に新しい国家と国際秩序を生み出してきた。実証研究でも、近世欧州において戦争と領土的国家形成との強い関係が確認されている。その意味では、戦争→国家の再編→新秩序→勢力競争→再び戦争という循環こそ、欧州史に受け継がれてきた制度的な戦争の遺伝子である。そして第二次世界大戦後のEUは、まさにこの循環を断ち切るために作られた制度であったはずだ。現在問われているのは、欧州が安全保障上の抑止を維持しながら、この歴史的循環への回帰を避けられるのか否かの瀬戸際である。欧州委員会委員長であるウルズラ・フォン・デア・ライエン(2019年就任-2029年11月30日任期満了)の発言を見る限り、愚かしい戦争遺伝子は今も健在のようである。ロシアとの戦争危機を煽り、欧州委員会の権限拡大を狙っている程度なら、もはや微笑ましい限りである。
國井正人(文責)
