2026年9月19日
大西洋時代の後に来る世界
現在の中東情勢を将来から振り返った時、世界秩序の転換点であったと評価されるだろう。ホルムズ海峡ではイランが世界のエネルギー輸送に大きな圧力を加え、紅海側ではアンサール・アッラー(フーシ派)がバブ・エル・マンデブ周辺への影響力を拡大する。サウジアラビアは二つの海上出口を同時に脅かされ、米国に安全保障を依存してきた従来の国家戦略は再検討せざるを得ない状況に近づいている。アンサール・アッラーの進出と米国の直接介入への消極姿勢が、湾岸諸国にイランとの一定の妥協を検討させる圧力になっている。ここから先は予測である。しかし、この危機が一過性ではなく十年単位の構造変化につながるだろう。それは単なる中東の勢力交代ではなく、18~20世紀の英国、20世紀後半の米国を中心として形成されてきた大西洋中心世界が次第に相対化され、世界経済の重心が巨大なユーラシアへ戻っていく可能性が見えてくる。
湾岸諸国とイランの和解的均衡
第一の変化は、サウジアラビア、UAE、カタールなどの湾岸アラブ諸国とイランとの関係である。両者は、宗教・政治体制・地域覇権をめぐる競争は残るだろうが、今回の戦争から全面対立すれば双方とも石油輸出、都市、発電、海水淡水化施設を破壊されるという教訓を共有すれば、欧州における冷戦型の相互抑止に似た均衡が成立する可能性がある。サウジにとって重要なのはイランを倒すことではなく、ホルムズ、バブ・エル・マンデブ、石油施設の安全を確保することである。イランにとっても、湾岸諸国を恒久的な敵とするより、米軍基地として利用させない中立的な周辺地域に変える方が戦略的利益は大きい。そうなれば中東政治の中心軸は米国によるイラン封じ込めから、アラブとイランが相互破壊を避けながら共存する地域均衡へ変わっていく。
米国の相対化
米軍基地、ドル、兵器体系、金融市場、情報能力など、米国が湾岸地域に持つ資産は依然として巨大であるが、米国の地位は唯一不可欠な安全保障提供者から複数の大国の一つへ変わる可能性がある。実際、現在のイラン戦争の長期化とサウジへの直接軍事介入への慎重姿勢は、米国が地域秩序を単独で管理できるという認識を弱めている。これは米国の完全な敗退ではないが、米国の独占の終了である。サウジは米国から兵器を購入し、中国にはイランとの仲介を依頼し、インドや日本には石油を売りという多方向外交へ移るだろう。湾岸諸国はどこか一国の陣営に入るのではなく、自らが大国間競争を利用する側になる。
中国のエネルギー外交
最大の受益者になり得るのが中国である。中国にとって最大の弱点の一つはエネルギーである。世界最大級の原油輸入国でありながら、その供給の相当部分を海上輸送に依存している。その中国がロシア、イラン、サウジ、UAEなどとの関係を同時に維持できれば、世界最大級のエネルギー消費国と世界最大級のエネルギー供給地域が巨大なユーラシア空間の中で結合する。現在でも中東混乱で中国の製油会社はロシア産原油の確保を強めている。サウジ原油についても中国、韓国、インド、日本などアジアの買い手が重要性を増している。中国がサウジとイランの双方に対して外交的影響力を持ち、更にロシアとも戦略関係を維持するなら、北京は単なる世界の工場ではなく、ユーラシアのエネルギー、製造業、金融、インフラを接続する巨大な結節点へ変わる可能性がある。
ロシアは欧州からアジアへ
第二の大きな変化はロシアである。かつてロシア経済は欧州との相互依存を基本としていた。ロシアは石油・天然ガスを欧州へ供給し、欧州から機械、技術、金融を取り込んだ。しかしウクライナ戦争以降、この構造は大きく壊れ、ロシアは中国、インドなどアジア市場への転換を進めた。現在もインドはロシア原油の主要輸入国であり、米国による追加制裁に対しても、エネルギー安全保障を理由に輸入継続の余地を残している。この流れが定着すれば、ロシアにとって欧州は最大の顧客ではなくなる。ロシアの資源は中国、インド、中央アジア、中東へ流れ、中国製工業製品やアジア資本が逆方向へ流れる。その時ロシアは欧州東端の資源大国から、中国、インド、中東、中央アジアを結ぶユーラシア北部の資源・軍事大国へ自己定義を変えていく可能性がある。
インドという第三極
このユーラシア化は中国の台頭だけでなく、インドをも押し上げることになる。人口、経済規模、IT、製造業、軍事力を持つインドは、中国の従属国にはならず、同時に米国の同盟国にもならず、ロシアとの歴史的関係を維持しながら中東とのエネルギー関係を拡大する可能性が高い。したがって将来のユーラシアは中国が支配する単極世界というより、中国-インド-ロシア-湾岸アラブ諸国という巨大な複数極から構成される経済空間になる可能性がある。これらの国々は互いに友好国ではない。しかし、政治的価値観を共有しなくても、エネルギー、食料、製造業、物流、決済という実利で結びつくことは可能である。
エネルギーの流れが世界を変える
この変化を最も明瞭に示すのはエネルギーである。20世紀のエネルギー地政学では、中東とロシアから生産される資源を欧米市場へ安定的に供給することが重要であった。21世紀中葉には逆転する可能性がある。ロシアの石油・ガスは中国とインドへ向かい、イランの石油は中国を中心とするアジアへ流れ、サウジ、UAE、カタールも成長率の高いアジア市場への依存を強める。実際、現在のサウジ原油の追加供給でも中国、韓国、インド、日本が主要な買い手となっている。世界最大のエネルギー生産地域と世界最大の人口・製造業地域が、同じユーラシア大陸とその周辺に集中する。これは地政学上きわめて重大である。
ドルから多通貨世界へ
その次に起こり得るのが金融秩序の変化である。米国の金融市場の規模、米国債の流動性、ドル決済網は依然として圧倒的であり、ドルが突然崩壊して人民元が取って代わるという単純な構図にはならないであろう。むしろ考えられるのは、ドルの独占的地位が徐々に薄れることである。中国・サウジ間では人民元、インド・ロシア間ではルピーやルーブル、中国・ロシア間では人民元とルーブルというように、二国間取引ではドルを経由しない決済が増える。その上に金、中央銀行デジタル通貨、各国通貨スワップなどが組み合わされる。将来形成されるのは人民元帝国ではなく、ドル中心の単一金融圏から複数通貨が併存するユーラシア型金融圏への移行である。
最大の敗者欧州
このシナリオが実現した場合、最も難しい立場になるのが欧州である。欧州はエネルギー資源に乏しく、中国ほど巨大な製造業基盤を持たず、米国ほど巨大なデジタル企業と資本市場を持たず、軍事安全保障では米国への依存が大きい。しかし欧州がアラブから次第に排除されるとまでは現時点で言えないが、相対的地位の低下は免れない。かつて英国、フランスなど欧州列強が中東の国境や政治秩序に巨大な影響を与えた時代から、今後は中東諸国が欧州を数ある市場の一つとして選択する時代へ移るだろう。またウクライナの敗戦はそれを更に加速するだろう。
植民地主義の終焉という歴史的意味
ここには更に長い歴史的視点がある。16世紀以降の世界秩序は、ポルトガル、スペイン、オランダ、英国、フランス、そして米国という海洋国家によって形成されてきた。欧米諸国は海軍力、金融、植民地支配を結びつけ、アジア、アフリカ、中東の資源と市場へ強い影響力を持った。しかし21世紀に起きている変化は、単純な植民地支配へのしっぺ返しというより、植民地主義時代に形成された欧米中心の国際的な力関係が相対化される過程である。かつて政治的に支配されていた湾岸諸国が世界最大級の政府系ファンドを持ち、中国が世界最大級の製造能力を持ち、インドが巨大市場となり、ロシアと中東が資源を握る。その結果、欧米側が彼らに条件を提示するのではなく、欧米自身が資本、エネルギー、市場を求めて交渉する関係へ変わっていく。
世界の中心が向かう先
ここから大胆に予想すれば、今後の世界地図は現在とはかなり違って見える。北京、ムンバイ、デリー、ドバイ、アブダビ、リヤド、イスタンブール、モスクワなどが巨大な経済ネットワークを形成し、その周囲を中央アジア、東南アジア、アフリカ東岸が取り巻く。石油、天然ガス、ウラン、希少金属、食料、半導体、AI、金融、物流がこの巨大圏内で循環する。その中心は必ずしも中国一国ではない。むしろ中国の製造力、インドの人口と成長力、ロシアの資源と軍事力、湾岸諸国のエネルギーと資本、中央アジアの資源と地理的位置が相互補完する巨大なユーラシア経済圏である。もちろん最大の障害も内部に存在する。中国とインドには戦略的競争があり、ロシアは中国への過度な依存を警戒し、サウジとイランの宗派・安全保障上の対立も消えない。ユーラシアにはNATOやEUのような統一された制度もない。したがってユーラシア帝国が誕生するのではなく、多数の国家が競争しながら経済的には結びつく緩やかな多極圏になるだろう。
大西洋からユーラシアへ
世界史を長い時間軸で見れば、近代以前には中国、インド、イスラム世界は世界経済の巨大な中心であった。その後、産業革命と海洋覇権によって英国が中心となり、20世紀には米国がその地位を継承した。21世紀に起こり得る変化は、中国がそのまま米国に取って代わるという単純な覇権交代ではない。より大きな変化は、一つの海洋覇権国家が世界秩序を組織する時代が終わり、ユーラシアの複数の大国・資源国・人口大国が世界経済の重心を共同で形成する時代へ移ることである。その意味で現在のホルムズ海峡、紅海、サウジ、イラン、イエメンをめぐる危機は、単なる中東戦争ではない。もし湾岸諸国が米国への全面依存から離れ、イランとの均衡を選択し、中国が和平と経済の仲介者となり、ロシアのエネルギーが恒久的に東へ流れ、インドが独自極として成長するなら、後世の歴史家はこの時代を、数世紀続いた大西洋中心世界から、ユーラシアを中心とする多極世界への転換期として記述することになるだろう。
國井正人(文責)
長期予測(補足)
1.覇権交代ではなく重心移動
今後20年の世界を考える場合、米国中心の世界が崩壊し、中国・ロシアを中心とするユーラシア世界がそれに取って代わるという単純な交代を想定するのは現実的ではない。より可能性が高いのは、米国を中心としてきた大西洋世界の相対的比重が低下する一方、中国、インド、ASEAN、湾岸諸国を含むアジア・ユーラシアの経済的重要性が上昇し、世界が複数の中心を持つ構造へ移行することである。既に、アジアは世界のGDP成長の約3分の2を生み、世界貿易の約40%を占めている。したがってユーラシアへの重心移動は未来の仮説ではなく、経済面では既に始まっている現象である。
2.サウジは米国を捨てない
中東について最も現実的なのは、サウジアラビアが米国との同盟を解消して中国陣営へ移るのではなく、米国への過度な依存を減らすことである。米国の軍事力、情報能力、兵器体系、金融市場は依然としてサウジにとって代替困難である。一方、現在のアンサール・アッラー問題では米国の直接介入への消極姿勢が湾岸諸国に独自の対イラン外交を促している。したがって将来のサウジ外交は米国か中国かではない。安全保障では米国、対イラン外交では中国やオマーン、エネルギー輸出では中国・インド・日本、投資では米欧中を使い分ける全方位外交になる可能性が高い。これは米国との決別ではなく、サウジが米国の保護国的立場から、複数大国を競争させる自立的な地域大国へ変化することを意味する。
3.イランとアラブは友好ではなく共存へ
同様に、サウジとイランが同盟関係になる可能性も低い。宗派、湾岸覇権、イラク、イエメンなどを巡る対立は残る。しかし双方が今回の戦争から学ぶ最大の教訓は、湾岸地域では完全な軍事的勝利が極めて難しいことであろう。イランはホルムズ海峡を脅かすことができるが、長期間封鎖すれば自国経済も打撃を受ける。サウジも強大な航空戦力を持つが、2015年以来の経験が示すように、アンサール・アッラーを軍事力だけで消滅させることはできない。したがって最終的には相手を倒すのではなく、相手が存在することを前提として攻撃しないという冷たい共存へ向かうだろう。これは和平というより相互抑止による湾岸版デタントである。
4.中国は軍事覇権国ではなく仲介大国へ
中国についても、米国に代わって中東へ巨大な軍隊を送り、湾岸地域を軍事的に支配する姿は考えにくい。むしろ中国の強みは逆にある。サウジから石油を購入し、イランからも石油を購入し、双方に商品を輸出し、インフラ投資を行いながら、どちらとも軍事同盟を結ばない。現在も中国はイランに米国との協議再開とホルムズ海峡の航行正常化を求めている。中国がこの立場を維持できれば、軍事力によって秩序を維持する米国に対し、経済関係によって対立当事国を仲介する中国という異なる役割分担が形成される。
5.重要国にとどまるロシア
ロシアは石油・天然ガス、核兵器、軍事技術という巨大な戦略資産を持っており、欧州との関係縮小によって中国、インドなどへのエネルギー輸出を拡大してきた。現在も中国とインドはロシア原油の重要な購入国である。しかしロシアがユーラシア全体の中心になるとは考えにくい。人口、経済規模、先端産業、資本市場では中国や米国に及ばず、2026年の石油生産量も戦争などの影響から17年ぶりの低水準になるとロシア政府自身が予測している。したがってロシアの現実的な将来像はユーラシアの覇権国ではなく、資源、原子力、軍事、宇宙、北極圏を握る重要な戦略国家である。
6.中国一極化を防ぐインド
長期予測で最も重要なのがインドである。ユーラシア経済圏が形成されても、それが中国中心の一枚岩になる可能性は低い。インドは中国と国境問題を抱え、戦略的自立を重視し、米国、日本、欧州とも関係を持ちながらロシアから大量の石油を購入している。米国がロシア原油購入国への制裁を強めても、インドは14億人のエネルギー安全保障を優先すると表明している。インドは中国にも米国にも完全には従属しない。この存在によって将来のユーラシアは中国帝国にはならず、中国、インド、ロシア、湾岸諸国などが互いに牽制する多極構造になるだろう。
7.BRICSの動向
同じ理由からBRICSを反米陣営と見るのも適切ではない。2026年のニューデリーBRICS首脳会議では、現地通貨決済や中央銀行デジタル通貨の相互運用などが議論された。しかしインドは中国主導の決済システムには警戒している。これは将来の世界を象徴している。各国はドルへの依存を減らしたい。しかし人民元への新たな依存にも慎重である。したがって起こりそうなのはドル覇権から人民元覇権への交代ではなく、ドル、ユーロ、人民元、各国通貨、金、デジタル決済が併存する多通貨化である。ドルの比重は徐々に低下しても、巨大で流動性の高い米国金融市場という基盤がある以上、基軸通貨としてのドルが短期間で消滅する可能性は低い。
8.選択を迫られる欧州
欧州についても中東から排除されると考えるより、その政治的影響力が低下すると考える方が現実的である。欧州には依然として巨大市場、高度な産業技術、金融、航空宇宙、医薬品、ブランド、大学、研究開発能力がある。したがって中東諸国が欧州との関係を切る合理性はない。しかし英国やフランスが中東の国境や政権を決定した20世紀前半とは全く違う。今後はサウジやUAE自身が、中国、米国、欧州、日本、韓国、インドを比較し、最も有利な相手を案件ごとに選択する。欧州が中東に政治的条件を一方的に提示できた時代は終わりを告げるだろう。
9.確実に東へ向かうエネルギー
一方、長期的にかなり確度が高い変化がエネルギー市場の東方化である。中国、インド、ASEANなどのエネルギー需要が増加すれば、ロシア、サウジ、UAE、カタール、イランなどの産油・産ガス国にとってアジア市場の重要性は更に増す。現在の中東戦争による供給混乱でも、中国はロシア原油の調達を拡大し、インドもロシア原油をエネルギー安全保障上重要視している。ただしこれは完全なユーラシア自給圏が成立するという意味ではない。中国もインドも中東エネルギーへの依存度が高いため、現在の中東戦争によるエネルギー価格上昇はアジア経済にも大きな負担となっている。ユーラシア統合には強さと同時に相互依存による脆弱性が存在する。
10.2040年代の世界像
以上を総合すると、2040年代に最も現実的なのは中国の時代でもユーラシアの時代でもない。米国は軍事、AI、半導体、金融、大学、資本市場などで依然として巨大な力を維持する。中国は製造業、貿易、インフラ、エネルギー需要で米国と並ぶ巨大極となる。インドは第三極として台頭し、ロシアは資源・軍事大国として残り、サウジやUAEはエネルギー収入をAI、金融、物流、観光、製造業へ転換して独立した経済極を目指す。日本は、人口減少を抱えながらも技術・資本・高度製造業を武器に、この多極世界の重要な構成員として残るだろう。
11.覇権国家の交代から覇権の希薄化へ
したがって、より現実的な長期予測の核心は米国から中国へ覇権が移るということではない。一国が世界全体を組織できる時代が終わりつつある。英国から米国へという20世紀の覇権交代とは異なり、21世紀には米国の後を継ぐ単一国家が現れない可能性が高い。中国には巨大な経済力があるがインドとの競争があり、ロシアには資源と軍事力があるが経済規模に限界があり、湾岸諸国には資本とエネルギーがあるが人口規模が小さい。一方、米国も世界全域を単独で管理するには負担が大きくなっている。その結果として出現するのは、米国後の世界ではなく米国も一つの巨大極となる世界である。そして経済・人口・エネルギーという三つの長期要因を考えれば、その多極世界の重心が現在よりユーラシア側へ移る。世界経済に占める大西洋世界の独占的地位が終わり、数百年ぶりにアジア、インド、中東を含むユーラシアが世界経済の中心の一つとして復帰するだろう。
長期予測(要約)
1.湾岸諸国は米国一辺倒から離れる
現在のサウジ・フーシ危機では、サウジが求めた米軍の直接攻撃を米国が受け入れず、情報共有・標的支援などに限定している。一方、サウジは中国にイランへの働きかけを求め、中国は実際にテヘランへアンサール・アッラー抑制を要請している。したがってサウジが米国との関係を断つ可能性は低いが、安全保障は全面的に米国という構造を修正する可能性は高い。その成立条件は、第一に米国が今後も湾岸諸国の戦争に自動的には介入しないこと、第二に中国がサウジとイラン双方との関係を維持すること、第三に中国の仲介によって実際に一定の停戦・緊張緩和が実現することである。特に第三の条件が成立すれば影響は大きい。サウジから見た中国は単なる最大級の石油顧客から国家安全保障にも役立つ大国へ変わるからである。
2.サウジとイランは冷たい和平へ向かう
サウジとイランが同盟国になる可能性は低い。しかし今回の戦争が双方に甚大な経済的損害を与えれば、相手を倒すことより相互攻撃を防ぐ方が利益になるという判断が強まる可能性がある。成立条件は、イランがホルムズ海峡やアンサール・アッラーを永久的な攻撃手段として使わず、サウジ側もイランの体制転換や軍事的敗北を目標としないことである。その場合に形成されるのは友好関係ではなく、相互抑止による湾岸版デタントである。これは中東秩序にとって極めて重要である。サウジとイランが直接衝突を回避できれば、米国がイランを抑止し、アラブ諸国を守るという従来の安全保障構造の必要性が相対的に低下するからである。
3.中国の中東影響力は拡大する
中国は中東原油に依存しており、同時にサウジ、UAE、イランなどと関係を持っている。今回もサウジの要請を受けてイランにアンサール・アッラー抑制を働きかけている。中国にとってホルムズと紅海の安定は自国のエネルギー安全保障そのものである。したがって中国は空母や海外基地によって中東を支配するより、貿易、投資、石油購入、外交仲介によって影響力を拡大する可能性が高い。中国はイランだけに傾斜せず、サウジやUAEとの経済関係を同時に維持するだろう。
4.ロシアのエネルギーは恒久的に東へ向かう
ウクライナ戦争以前のようにロシアと欧州が巨大なエネルギー相互依存関係へ完全に戻る可能性は次第に低下している。ロシアは中国、インドなどアジア市場への販売網を構築しており、これを再び全面的に欧州へ戻す合理性は小さくなる。ただし、ロシアがユーラシアの覇権国になるという予測の確度は低い。現実的なロシアの位置は、中国とインドにエネルギーを供給し、原子力、軍事、宇宙、鉱物、北極航路などで重要な影響力を保持するユーラシア北部の戦略的資源大国である。
5.インドが第三極になる
インドは人口、経済成長、市場、IT、軍事力を持ち、中国への全面的従属を受け入れる理由はない。同時にロシアとの関係を維持しながら、米国、日本、欧州、中東とも関係を拡大する。したがって将来のユーラシアが中国一極になる可能性を最も強く抑制する存在がインドである。成立条件は、インドが高い経済成長を維持し、インフラ、教育、製造業、エネルギー供給などの国内制約を克服することである。これが成功すれば、2040年代のアジアは中国のアジアではなく、中国とインドという二つの巨大極を中心に、ASEAN、日本、湾岸諸国などが並存する地域になる可能性が高い。
6.ドルは崩壊しないが低下する
ドルが基軸通貨として崩壊するという予測の確度は低い。一方、ドル以外による決済が増えるという予測の確度は高い。2026年のBRICS首脳会議でも、現地通貨による貿易決済やCBDCの相互運用が議論されている。ただしインドは中国主導の決済網への依存を警戒しており、単一のBRICS通貨より各国通貨を利用する方向が現実的である。したがって起こりそうなのは、ドル覇権→人民元覇権ではなく、ドル中心→ ドルを中心としながら人民元、ユーロ、各国通貨、金、デジタル決済が併存する世界への移行である。
7.欧州は相対的に後退する
欧州には巨大市場、金融、航空宇宙、原子力、医薬品、高級消費財など依然として中東諸国が必要とする能力がある。しかし欧州が政治的条件を提示し、中東側がそれを受け入れるという歴史的な上下関係は弱くなり、特権的地位は消滅するだろう。
8.世界経済の重心はユーラシアへ移る
人口、エネルギー、製造業、市場規模を考えれば、中国、インド、ASEAN、中東を含む広義のアジア・ユーラシアの世界経済に占める比重が更に上昇する可能性は高い。現在でもアジアは世界成長の中心である。しかし最大の弱点もエネルギーである。ユーラシアは資源を持っているから安全なのではない。ロシア、中東という供給地域と、中国、インド、東アジアという需要地域を安全なパイプライン、航路、金融システムで接続できることが条件である。
9.世界史の中心が一つでなくなる
したがって最も現実性のある歴史的変化は、世界の中心がロンドンからワシントンへ、更に北京へ移るという一直線の覇権交代ではない。むしろ世界の中心というもの自体が一つではなくなる可能性が高い。安全保障では米国、製造業では中国、人口と成長ではインド、エネルギーと資本では湾岸諸国、資源と軍事ではロシア、技術・高付加価値産業では日本というように、力が分散する世界である。その中でも人口、エネルギー、製造業、貿易という実体経済の重心が大西洋からアジア・ユーラシアへ移る方向性については比較的確度が高い。しかし、それが反欧米ユーラシア同盟になる確度は低い。最も可能性が高いのは、欧米中心の一極的世界の終焉ではなく、その相対化であり、ユーラシアの復権とは中国による新しい覇権の成立ではなく、数百年ぶりに複数の文明圏・経済圏が同時に世界の中心となることである。
