サウジアラビアとイエメンの新局面

2026年9月17日

目次

安全保障の逆転

現在サウジアラビアが直面している問題は、単なるイエメン内戦への介入失敗を超えつつある。東側ではホルムズ海峡をめぐる米国・イラン戦争、西側ではフーシ派の紅海沿岸進出が重なり、サウジの石油輸出・エネルギー施設・南部国境が同時に圧迫されており、安全保障上、極めて危機的状況にある。

サウジアラビアとイエメン対立の歴史

1.国境紛争から始まった関係

サウジアラビアとイエメンの緊張関係は、フーシ派の登場よりはるかに古い。1934年には両国が戦争を行い、同年のターイフ条約によって停戦と国境問題の処理が図られた。サウジ建国の初期から、南西部国境とイエメンの政治的帰趨はサウジの国家安全保障そのものであった。1962年に北イエメンで革命が起きると、エジプトのナセル政権が共和派を支援したのに対し、サウジはザイド派王党派を支援した。ここで既に現在につながる基本構図が現れている。サウジにとって重要なのは、イエメンを完全に支配することより、自国を脅かす強力な政権や外国勢力が南側に成立しないことであった。1990年に南北イエメンが統一された後も関係は安定しなかった。1994年のイエメン内戦ではサウジは南部分離派を支援し、統一された強力なイエメンに対する警戒感を維持していた。

2.フーシ派の登場

現在のフーシ派(アンサール・アッラー)は、北部サアダを中心とするザイド派の宗教・社会運動から発展した。2004年以降、サーレハ政権との間で六次にわたる戦争を経験し、2009年には戦闘がサウジ国境を越えてサウジ軍との直接衝突にまで発展した。決定的転換は2011年のアラブの春である。サーレハ体制が崩れ、国家統治能力が弱体化すると、フーシ派は勢力を急速に拡大し、2014年には首都サヌアを制圧した。国連が支援していた政治移行プロセスは崩壊し、ハディ政権は追われた。

3.2015年のサウジ介入

2015年3月、サウジはハディ政権の要請を受け、アラブ諸国の連合軍を率いて軍事介入した。目的は国際的に承認された政府を復帰させると同時に、イランと関係を深めるフーシ派がサウジ南部国境を支配する事態を阻止することであった。サウジ側は圧倒的な航空戦力を持ちながら、山岳地帯に根を張ったフーシ派を排除できなかった。それどころか戦争の長期化によってフーシ派は実戦経験を蓄積し、弾道ミサイル、巡航ミサイル、無人機を運用する軍事組織へと変貌した。イランからの技術・装備支援もその能力向上に寄与したとされる。そして戦争の最大の犠牲者はイエメン国民であった。国連人権高等弁務官事務所は、2015年3月から2018年11月までに確認された民間人死傷者17,640人のうち、10,852人がサウジ主導連合軍の空爆によるものだったとしている。したがって、サウジ介入がイエメン社会に深い反サウジ感情を残したのには相当な根拠がある。

2022年停戦から2026年の逆転へ

2022年4月の国連仲介による停戦によって大規模戦闘はいったん沈静化した。停戦は正式には同年10月に失効したものの、その後も大規模なサウジ・フーシ戦争への復帰は避けられてきた。ところが2026年には状況が急変した。反フーシ陣営内部の分裂が深刻化し、サウジが支援する大統領指導評議会(PLC)は国際的に承認された政府ではあるものの、内部には統一国家派、南部分離派、イスラーム主義勢力などが混在している。フーシ派はこれとは対照的に、サヌアと人口の60~65%が居住する地域を支配する比較的一元的な軍事政治組織となった。2026年9月にはフーシ派が紅海沿岸で急進撃し、モカを攻略した後、バブ・エル・マンデブ海峡に面する沿岸部と島嶼を制圧した。フーシ派はイエメン側の紅海沿岸全域を掌握した。

サウジアラビアの現在の苦境

1.二つの海峡に挟まれた石油国家

現在のサウジにとって最も深刻なのは、東西二方向の出口が同時に危険になったことである。東側のペルシャ湾では米国・イラン戦争によってホルムズ海峡の航行が大きく阻害されている。このためサウジにとって紅海側への原油輸送は以前にも増して重要になった。ところが西側ではフーシ派がバブ・エル・マンデブ周辺へ進出した。同海峡を通過するのは世界の石油供給の約7%、世界貿易の約12%に相当する。更に東部油田から紅海側へ原油を送るサウジのEast-West Pipelineも9月の攻撃によって停止した。サウジの原油供給量は8月に前月比230万バレル減の600万バレル/日となり、30年以上で最低水準に落ち込んだ。サウジが長年構築してきたホルムズが危険なら紅海へ逃がすというエネルギー安全保障の二重化が揺らいでいる。

2.軍事的問題以上に深刻な政治的敗北

もう一つの問題は、サウジが2015年以来巨額の資金と軍事力を投入したにもかかわらず、11年後の現在、フーシ派が弱体化するどころか以前より強力になったことである。しかも、今回の攻勢でフーシ派が約10万人を秘密裏に集結させていたにもかかわらず、サウジ側はこれを十分把握できなかった。反フーシ勢力内部の分裂、指揮系統の弱さ、情報判断の失敗が重なった。サウジは米国に軍事支援を要請したが拒絶され、中国にイランとの非公式接触を要請し、イエメンのフーシ派を抑制するための協力を求めたとされる。またサウジはエジプトに紅海方面での協力を求めているが、カイロが本格的軍事介入に踏み切るかは不透明である。したがって国家存亡の危機という表現は現段階ではやや強いが、サウジの石油輸出モデル、対米安全保障依存、イエメン政策という三つの柱が同時に試される、建国以来の極めて深刻な戦略的危機であることは間違いない。

サウジアラビアの選択肢

サウジにとって最も危険なのは、2015年型の全面空爆に戻ることである。空爆によってフーシ派のミサイル発射施設を一時的に破壊することはできても、過去11年間の経験は、それだけではフーシ派の政治的・軍事的基盤を消滅させられないことを示している。むしろ現実的なのは、イエメンを支配する政策からイエメンから脅威を受けない政策への転換である。そのためには、サウジがフーシ派を事実上の交渉主体として認め、国境安全保障、ミサイル・無人機攻撃停止、バブ・エル・マンデブの航行保証、サウジによる空爆停止、港湾・空港規制の緩和、戦後復興を一つの包括的合意にする必要がある。実際、フーシ側が要求しているのも、ホデイダ港とサヌア空港への制限緩和、戦争被害への補償、サウジによる現イエメン政府への支援縮小である。ここでサウジにとって最大の問題になるのは、これを全面的に受け入れれば11年間戦った結果、フーシ政権を承認したように見えることである。しかし国家安全保障の観点からは、面子と安全保障を分けて考える必要がある。

イエメン側から見た解決

現在の軍事的成功を利用してイエメン全土を武力統一しようとすれば、南部の分離主義者、部族勢力、イスラーフ、旧政府軍などとの新たな戦争を招く可能性が高い。サヌアを支配することと、アデン、ハドラマウト、マアリブを含む全イエメンを安定統治することは全く別の問題である。更にバブ・エル・マンデブを恒常的に封鎖すれば、サウジだけでなくエジプト、欧州、中国、インドなど世界貿易に依存する多数の国家を敵に回す。そのためフーシ派にとって合理的なのは、海峡支配能力を実際に閉鎖する武器ではなく政治交渉のカードとして使うことである。同時にサウジ側も、イエメンを単なるイランの代理勢力として見るだけでは問題を解決できない。フーシ派は確かにイランから武器・技術・訓練面の支援を受けているが、北イエメン社会に独自の歴史的・宗教的・部族的基盤を持つ国内勢力でもある。フーシ派自身もイランの代理勢力という位置づけを否定している。

サウジの出口は勝利ではなく相互不可侵

1.サウジアラビア

現在の状況を歴史的に見ると、皮肉な逆転が起きている。1930年代以来、サウジアラビアはイエメンが自国を脅かす強力な国家になることを警戒し、1960年代には王党派、1990年代には南部勢力、2015年以降は国際承認政府を支援するなど、イエメン内部の勢力均衡に繰り返し介入してきた。しかしその結果、2026年にはサウジが排除しようとしたフーシ派が、サウジ本土をミサイル・無人機で攻撃でき、紅海側の石油輸送まで脅かせる軍事勢力へ成長した。したがってサウジにとっての出口は、もはやフーシ派を軍事的に倒すことではなく、サウジがイエメンの政治秩序を決めようとすることをやめる代わりに、イエメン側もサウジ領土・石油施設・国際航路を攻撃しないという相互不可侵体制を作ることにある。その枠組にはイランだけでなく、オマーン、中国、国連などを保証主体として組み込み、サウジ・イラン関係とサウジ・フーシ関係を切り分ける必要がある。サウジにとって重要なのは親サウジのイエメンを作ることではなく、反サウジの軍事基地にならないイエメンを受け入れることである。

2.イエメン

一方、イエメン側、とりわけフーシ派にとって必要なのは、軍事的勝利をサウジへの報復や全土征服に転化するのではなく、外国軍の介入停止、経済封鎖の解除、復興資金、政治的承認へ転換することである。そうして初めて、1934年以来続いてきたサウジがイエメンを恐れ、イエメンがサウジの介入を恐れるという循環を断ち切ることができる。サウジの現在の苦境は軍事力不足というより、イエメンを自国の安全保障上の従属地域として扱ってきた政策の限界が、フーシ派の軍事的成長と二つの海峡危機によって一挙に表面化したものである。

イスラエルの利益と危険(付記)

1.アラブ・イラン対立の拡大

フーシ派は紅海沿岸からバブ・エル・マンデブ海峡に勢力を拡大し、サウジアラビアへのミサイル・無人機攻撃を強めている。一方、イランによるホルムズ海峡への圧力も続き、サウジをはじめとするGCC諸国は東西二つの海上交通路を同時に脅かされる状況にある。フーシ派の紅海進出が湾岸の勢力均衡を変え、サウジなどに対してイランとの妥協か対立継続かという難しい選択を迫っている。この状況が更に悪化し、サウジとイエメン、更にはGCC諸国とイランの軍事衝突へ発展すれば、中東はイスラエル対イランという比較的明確な対立から、アラブ諸国、イラン、イエメン勢力、イスラエル、米国などが複雑に絡み合う多極的戦争へ移行する可能性がある。ホルムズとバブ・エル・マンデブが同時に不安定化すれば、石油・LNG・コンテナ輸送への影響は世界規模となる。

2.イスラエルに生じる戦略的利益

こうした展開は、短期的にはイスラエルにいくつかの利益をもたらし得る。
第一に、イスラエル最大の地域的敵対国であるイランが、イスラエルだけでなくサウジやGCC諸国との対立にも資源を割かなければならなくなる。イランの軍事力、財政、ミサイル、外交力が複数正面に分散すれば、イスラエルに集中できる能力は低下する。
第二に、フーシ派がサウジとの戦争に深く巻き込まれれば、紅海からイスラエルを攻撃する能力の一部をサウジ方面へ振り向けることになる。実際、現在フーシ派はサウジ南部への攻撃を拡大している。
第三に、イスラエル・パレスチナ問題への国際的関心が相対的に低下する。実際、イラン戦争によって外交的関心がイスラエル・パレスチナ問題から逸れている。湾岸戦争が更に拡大すれば、この傾向が強まる可能性がある。
第四に、サウジ、UAEなどがイランとフーシ派を直接的な安全保障上の脅威と認識すれば、イスラエルの情報、ミサイル防衛、無人機対策などの能力に対する需要が高まる。表面的にはイスラエルを批判していても、安全保障面では敵の敵として利害が接近する余地が生まれる。

3.それがイスラエルの狙いだったのか

しかし、ここからイスラエルは最初からアラブ諸国とイラン・イエメンを戦わせることを目的としていたと結論づけることには慎重であるべきである。イスラエルが長年、イランの核・ミサイル能力やヒズボラなどイラン系武装勢力の弱体化を安全保障上の重要目標としてきたことと、サウジとフーシ派の戦争やGCC・イラン戦争を意図的に計画したと断定する十分な証拠はない。むしろ現在の地域戦争には、イスラエル自身が意図せざる結果が非常に多いと考えるべきである。したがって、イスラエルがこの状況をすべて設計したという見方より、イスラエルがイランを軍事的に弱体化させようとした結果、地域の既存の対立が連鎖的に作動し、その一部がイスラエルに有利な方向へ展開していると見る方が現状では事実関係には近いかもしれない。

4.逆にイスラエルを孤立させる可能性

更に重要なのは、混乱が長期化すれば必ずしもイスラエルが利益を得るとは限らない。サウジやGCC諸国から見れば、イランは確かに脅威である。しかし同時に、イスラエルと米国が始めた戦争によって、自国の石油施設、都市、海上輸送まで戦場になったという認識が広がれば、反応は逆転する可能性がある。実際、現在の湾岸諸国には米国の安全保障能力への疑念だけでなく、イスラエルの軍事行動が自国の安全保障を不安定化させているという警戒も生じている。湾岸諸国がイランだけでなくイスラエルについても安全保障上の問題として意識し始めている。イスラエルによる対イラン攻撃について、湾岸諸国にはイラン弱体化を歓迎する面がある一方、イスラエルが軍事力によって地域秩序を形成しようとすることへの強い不安もある。

5.イスラエルにとって大きな逆説

イランが適度に弱体化すればイスラエルには利益となる。しかしイランとの戦争によってサウジ、UAE、カタールなどまで甚大な損害を受ければ、湾岸諸国はイスラエルとともにイランを封じ込めるという方向ではなく、湾岸諸国とイラン・イエメンとも一定の和解的均衡が成立し、むしろ矛先はイスラエルに向けられる可能性がある。

6.中国に利益が移る可能性

更に、イスラエルが短期的利益を得ても、長期的な最大の受益者が中国になる可能性もある。既にサウジはフーシ派問題をめぐって中国に働きかけ、中国はサウジの要請を受けてイランにフーシ派抑制を求めている。中国はイラン最大の石油顧客である一方、GCCとの年間貿易額も約3,000億ドルに達する。このため北京は、イランとアラブ湾岸諸国の双方に経済的影響力を持つ数少ない大国である。仮に米国・イスラエルによる軍事的圧力では戦争を終結できず、中国の仲介によってサウジ・フーシ、GCC・イラン間の停戦が成立するなら、地域諸国が得る教訓は重大である。すなわち、米国とイスラエルは戦争を遂行する力を持つが、中国は戦争を終わらせる外交的影響力を持つという認識が形成される。この場合、中東における長期的な戦略的利益はイスラエルではなく中国へ移ることになる。

7.イスラエルの漁夫の利と限界

したがって、現在のサウジ・フーシ紛争やGCC・イラン対立が拡大すれば、短期的にはイスラエルを利する側面がある。イランの戦力は分散し、フーシ派はサウジとの戦争に拘束され、湾岸諸国はイラン系勢力への警戒を強め、パレスチナ問題への国際的関心も相対的に低下する。ただ戦争が一定の限度を超えれば、利益と損失の関係は逆転し得る。湾岸諸国がイスラエルを地域不安定化の一因と見るようになり、サウジとイランがむしろ妥協し、中国が和平仲介者として台頭すれば、イスラエルは軍事的には強くても外交的には孤立する。したがってイスラエルにとって最も有利なのは、必ずしも中東全体の大混乱ではない。イランとその同盟勢力が弱体化する一方、サウジやGCC諸国は崩壊せず、むしろイスラエルとの安全保障上の利害を共有する状態である。現在の紛争がそこを越えてアラブ湾岸諸国を破壊する段階まで進めば、漁夫の利は次第に消え、最終的には中国の影響力拡大、反イスラエル感情の再結集、世界経済の混乱というイスラエル自身にも制御不能な結果を生む可能性が高まる。

中国仲介が変える中東秩序(付記)

サウジアラビアがフーシ派との紛争で米国に軍事支援を求め、トランプ大統領が直接介入を拒否する一方、サウジの要請を受けた中国がイランにフーシ派抑制を働きかけたことは、中東秩序の変化を象徴する出来事である。米国は直接攻撃を拒否したものの、情報・標的支援は続けており、米・サウジ同盟が直ちに崩壊する訳ではないが、仮に中国の対イラン外交を起点として停戦が実現すれば、その意味は大きく変わる。中国は2023年のサウジ・イラン国交正常化に続き、軍事力ではなく外交と経済関係によってサウジの安全保障問題を解決した実績を得ることになる。実際、サウジの要請後、中国はイランにフーシ派への影響力行使を求めている。その場合、サウジの対米認識は最終的な安全保障提供者から重要だが選択的にしか介入しない同盟国へ変化し、中国は最大級の石油顧客から安全保障にも影響を与える戦略的パートナーへ格上げされる可能性がある。ただし、中国が米国に代わってサウジを軍事的に防衛する構図になるとは限らない。むしろサウジは米国、中国、欧州、パキスタンなどを使い分ける多極外交を強めるであろう。その先には経済面の変化もあり得る。中国とのエネルギー・投資関係が安全保障外交と結合すれば、人民元決済や中国向け長期原油取引を拡大する誘因は強まる。これは直ちにペトロダラー体制の終焉を意味しないが、長年の米国の安全保障-サウジ石油-ドルという結合を徐々に緩める方向には作用する。したがって中国仲介による和平が実現すれば、それは単なるイエメン停戦ではなく、中東が米国中心の一極的安全保障秩序から、米中を含む多極的秩序へ移行する象徴的転換点となり得るのである。

旧イエメン領の返還要求(付記)

サウジアラビアがイエメンフーシ派と和解の道を選んだ場合、フーシ派(アンサール・アッラー)側は、サウジがイエメンから奪った旧イエメン領の返還要求を持ち出す可能性がある。ただし、現実的には、フーシ派は、アシール、ジーザーン、ナジュラーンの歴史問題を最大限の交渉カードとして利用することだろう。1934年のサウジ・イエメン戦争とターイフ条約によって、イエメン王国が領有を主張していたアシール、ジーザーン、ナジュラーンは、戦後サウジ領として画定された。現在でも、この三地域の喪失はイエメン側の歴史的不満の一つになっている。しかし重要なのは、2000年のジェッダ国境条約である。当時のイエメン共和国とサウジアラビアは最終的かつ恒久的な国境を確定し、1934年のターイフ条約についても有効かつ拘束力があることを確認した。イエメン議会も条約を批准している。したがって国際法上、現在の国境にはかなり強固な条約上の根拠がある。

サウジアラビア地図

一方、フーシ派にとって事情は異なる。フーシ派は2000年条約を締結した政府そのものではなく、北イエメンのザイド派地域を主要な政治・軍事基盤としている。しかもナジュラーン、ジーザーンにはザイド派やイスマーイール派などシーア派住民が存在し、国境によって部族・家族が分断された歴史もある。このためフーシ派が失われたイエメン領という歴史認識を政治的に利用する余地は十分にある。

ただし、実際に三州全部の返還を要求することには大きな問題がある。 三地域は90年以上サウジの統治下にあり、2000年にはイエメン国家自身が国境を最終確認している。更に三地域の返還を和平の絶対条件にすれば、サウジ王家にとって受諾困難となり、和平交渉を壊しかねない。そのため、サウジがフーシ派との妥協を本格化させた場合、三州返還ではなく、三州問題を背景に、国境地帯で実利を獲得するという形での交渉である。例えば2000年条約自体にも国境周辺での伝統的放牧・水利用などを認める仕組がある。したがってフーシ派側は、領土の返還より、国境往来の自由化、部族間交流、経済特区、労働者受入れ、復興資金、港湾・空港規制解除、サウジ軍の国境後退などを要求する方が、はるかに実利が大きい。現在の軍事情勢を考えると、ジーザーンとナジュラーンは特に象徴性が強くなっている。2026年にはフーシ派が両地域のサウジ石油施設などを実際に攻撃しており、両地域は単なる歴史問題ではなく、軍事的前線になっている。したがって今後の和平交渉で注意すべきなのは、フーシ派が突然アシール、ジーザーン、ナジュラーンを返還せよと最大要求を掲げ、最終的には領土要求を取り下げる代わりに、巨額の復興支援、国境安全保障上の譲歩、経済アクセス、サウジによるイエメン内政への不干渉を獲得する可能性である。むしろサウジにとって危険なのは領土返還より、1934年以来サウジ優位で固定されてきたサウジ・イエメン関係が逆転し、フーシ派が国境を越えてサウジに圧力をかけられる側になることである。この意味では、今後の和平交渉で三州問題が再浮上するかどうかは、サウジ・フーシ関係を見るうえで非常に重要な指標になる。

歴史に関する考察

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