Buck-passing 米国の責任転嫁戦略と日本の現実的安全保障戦略

目次

米国のBuck-passing戦略と日本の現実的安全保障戦略

攻撃的現実主義から考える日本の生存戦略

国際政治はしばしば国家の意思を超えて国家行動を規定する。ミアシャイマー教授が唱える攻撃的現実主義は、まさにこの力学を冷徹に描き出す理論であり、日本が直面する米中対立の現実を理解するうえで極めて重要な視座を与えてくれる。そこでは、国家は安全保障を最大化するために合理的に行動し、同盟の約束や善意よりも、自国の生存が何よりも優先される。本稿では、この視座を参考としながら、日本が今後とるべき現実的な安全保障戦略を考察する。

日米同盟の再定義と自立的抑止力の構築

米国は中国の台頭を抑制したいと考える一方で、中国との直接的軍事衝突、特に核戦争のリスクを絶対に避けたいという強いインセンティブを持つ。攻撃的現実主義が示すように、国家は他国のために自国の生存をわざわざ危険に晒すことはしない。米国は中国封じ込めの最前線を、日本・韓国といった同盟国やパートナーに任せることで負担を軽減しようとする責任転嫁(Buck-passing)戦略をとる傾向が強まっている。

この現実は、日本に二重の行動を求めることになる。第一に、米国は必ず日本を助けるという暗黙の幻想を前提から外すことである。第二に、それでも日米同盟が日本の安全保障の柱であることに変わらない現実を踏まえ、同盟を的確に使いこなす能力を日本自身が高めることである。

そのためには、南西諸島への防衛配備、対艦・対空ミサイル網、無人機運用、サイバー・宇宙領域の強化など、中国の軍事優位を削ぐ分野へ焦点を絞った戦略的装備への重点投資が不可欠である。有事の際には米軍支援が遅れる、あるいは限定的になる可能性を想定し、自衛隊が単独でも戦闘継続できる指揮・補給・偵察の体制強化が求められる。

米国の責任転嫁戦略を前提におけば、日本はこれまで以上に日本がいなければ米国も困るように防衛力をシフトしなければならない。それは単なる従属ではなく、主体的な同盟の再構築である。

台湾有事=日本有事として再定義する国家戦略の必要性

攻撃的現実主義の視点から見れば、台湾は単なる隣国ではなく、日本にとって極めて重要な地政学的緩衝地帯である。台湾が中国の支配下に入れば、第一列島線の防衛線は大きく崩れ、日本の南西諸島・沖縄本島・太平洋側のシーレーンが直接中国の軍事圏に組み込まれる。結果として、日本の安全保障環境は一変し、国としての独立性さえ脅かされる。

この構造的危機を踏まえれば、日本は台湾有事=日本有事であるという認識を国家戦略の中心に据える必要がある。そのためには、安保法制や自衛隊の運用計画、米軍との共同作戦計画を台湾有事に対応できるよう再編し、台湾との政治・経済・情報協力を平時から強化することが不可欠となる。とりわけ半導体サプライチェーンの連携は、安全保障と経済を一体として考える戦略の中核となる。

台湾を守ることは理念ではなく、日本自身の安全保障の核心に直結する現実的問題である。台湾の将来をめぐる政策は、日本の生存そのものに直結する国家的課題である。

核抑止の再検討と潜在的核抑止力の確保

日本の安全保障を論じる際、核の問題を避けて通ることはできない。ミアシャイマーの主張を踏まえるまでもなく、核の傘に依存し続ける構造は永続的ではない。米国が核リスクを背負ってまで日本を守る保証が低下していく中で、日本は核抑止力をめぐる中長期的な戦略を冷静に構築すべきである。

核抑止に関する議論をタブー視する姿勢そのものが、日本の安全保障を脆弱にする。むしろ、日本は潜在的核抑止力を保つために、原子力技術・核燃料サイクル・潜水艦・ロケット技術など、短期間で抑止力に転換可能な国力の基盤を維持しなければならない。

そのうえで、NATO型の核共有のような日米同盟の枠内における現実的選択肢や、日英仏との核統合運用など、核の傘の信頼性を補完する安全保障協力を検討し、国民的議論として成熟させる必要がある。核を持つか持たないか以前に、国家として何が選択肢になり得るのかを明確にしておくこと自体が、抑止力として機能する。

経済・外交・社会を統合した総合的生存戦略

安全保障は軍事だけでは成立しない。日本の生存戦略は、経済・外交・社会を統合した総合安全保障戦略として構築されなければならない。

経済面では、半導体・エネルギー・レアアース・食料など戦略物資の中国依存を段階的に縮小し、インド・ASEAN・中東などとの安全保障を意識した経済ネットワークを再構築する必要がある。とりわけ半導体の国産化を急速に進め、台湾と双璧たる地位を固め、不可欠なる日本になることが重要である。

外交面では、米国との同盟を維持しつつ、インド、オーストラリア、ASEAN、欧州、台湾など、多層的で柔軟な協力関係を構築し、対中包囲網を軍事ばかりでなく経済・価値観・シーレーンなど複数の次元で形成する必要がある。

社会面では、安全保障を感情論ではなく構造として理解する国民的リテラシーが不可欠である。平和=何もしないことではなく、平和=戦争を起こさせない力を持つことであるという認識を共有しなければならない。国民が国際政治の現実を理解する社会的土壌を阻害する教育、メディア、シンクタンクは国民の総意をもって一掃されなくてはならない。

日本の生存戦略=自立と同盟の両立にある

日本は理想の平和を追求する前に、まず現実の構造を直視しなくてはならない。米国が自国を差し置いて日本を守ってくれることはなく、中国の台頭は止まらず、台湾の帰趨は日本の運命に直結する。国家の安全保障を他国に全面的に委ねるという姿勢は、本質的に危うい。

日本は、米国との同盟を維持しつつも、その同盟が機能不全に陥った場合に備える自立的抑止力を身に着けなくてはならない。多層的ネットワークを土台とした総合安全保障体制を確立しなければならない。これは対米敵対でも対中敵視でもなく、日本が国家として生き残るための冷静で現実的な選択枝である。

日本は理想ではなく現実に基づいて、自国の安全保障を設計し直す時期にきている。自力と、同盟と、国際ネットワークを賢く組み合わせることで、最悪を避け、平和を確保することが、これからの日本が進むべき道である。

安全保障に関する論説一覧

目次