マランディーの経歴
モハンマド・マランディーはテヘラン大学の英文学・オリエンタリズム研究者で、同大学のAmerican Studies部門を率いた経歴を持つ。彼の研究の出発点は国際政治学ではなく、西洋が非西洋(とりわけ東洋)をいかに表象してきたかを分析するオリエンタリズム研究である。テヘラン大学で学び、英国バーミンガム大学ではバイロンとオリエンタリズムをテーマに博士号を取得した。
マランディーの思想
以下の三論文を読むと、マランディーの世界観がかなり明確になる。Oppressors and Oppressed Reconsideredでは、世界政治を単なる国家間競争ではなく、抑圧する側と抑圧される側の関係として理解するシーア派・革命思想を示した。The Khamenei Doctrineでは、その理念が国家外交に転換される際には、英知・尊厳・公益という現実的な判断原理によって調整されることを示す。イランは理念だけで動く革命国家でも、利益だけで動く通常のリアリスト国家でもなく、両者を結合しようとする国家である。そしてIranian Views on the Awakeningでは、この世界観を国際秩序全体へ拡張し、米国・西欧による一極的支配が衰退し、地域国家や非西側諸国がより自主性を持つ多極世界へ移行していると論じた。したがって三論文を一つの文章に凝縮すれば、マランディーの思想は、西側中心の世界秩序を自然なものと見なさず、被支配側の抵抗を正当な政治主体として認め、イランは主権と尊厳を守りながら現実的外交を行い、多極的な国際秩序への転換を進めるべきであるという考え方である。
抑圧者と被抑圧者を再考する
Oppressors and Oppressed Reconsidered
2016年刊
Seyed Mohammad Marandi著
Raffaele Mauriello著
共著者ラファエレ・マウリエッロはイタリア出身のイスラム研究者で、ローマ・ラ・サピエンツァ大学でイスラム文明史で博士号を取得し、テヘラン大学やアッラーメ・タバータバーイー大学で研究・教育に従事してきた。専門はシーア派、イラン、国際関係論である。二人の組み合わせには意味がある。マランディーがイラン内部の言説と西側によるイラン表象を研究してきたのに対し、マウリエッロはシーア派思想史を専門とする。この論文では、その双方を用いてイランとヒズボラの外交・抵抗思想を西洋の国際関係理論とは異なる概念から説明しようとしている。
1.イラン外交
西洋の国際関係論、とりわけリアリズム)では、国家は自国の安全と権力を最大化する主体として理解される。しかし著者は、イラン・イスラム共和国の外交をそれだけで理解するのは不十分だと考える。その理由は、イラン憲法が外交政策を国家利益だけでなく、抑圧された者の支援という倫理的概念と結びつけているからである。本論文は冒頭でイラン憲法を取り上げ、イランが世界の抑圧され、奪われた人々の正当な闘争を支持することを国家理念として掲げている点から議論を始める。
2.mustad‘afinとmustakbirin
論文の中心となるのが、mustad‘afin(ムスタダアフィーン=抑圧された者、弱者)と、mustakbirin(ムスタクビリーン=驕り高ぶる者、抑圧者)という対概念である。これは単なる貧者と富者の区別ではない。ホメイニはこの概念を、国内社会だけでなく国際政治にまで拡張した。論文が紹介するところでは、ホメイニの言説には被抑圧諸国対悪魔的支配、貧民対宮殿居住者、貧者対富者といった二項対立が繰り返し現れる。これらは、政治を単純な国家間競争ではなく、正義と不正義、支配者と被支配者の関係として理解する枠組である。ここからイラン外交の独特な普遍主義が生まれる。すなわちイラン人だから支援する、シーア派だから支援するというだけではなく、抑圧されていると判断された集団を支援すること自体に正当性がある、という論理である。
3.シーア派の歴史とカルバラー
この考えの背景には、シーア派の歴史経験がある。特に重要なのが680年のカルバラーの戦いである。預言者ムハンマドの孫フサインが、ウマイヤ朝カリフのヤズィードに服従せず、少数の仲間とともに殺害された出来事は、シーア派思想において圧倒的な力を持つ不正義に対して、敗北が予想されても抵抗するという倫理的原型となった。したがって権力の大小は、正義を決める基準ではない。むしろ圧倒的な大国に対して弱い側が抵抗している場合、その弱者に道徳的正当性を見いだすという構造が形成される。著者は、こうした宗教的・歴史的記憶を理解しなければ、イランがなぜ自国から離れた地域の政治運動を支援するのかを十分説明できないと考える。
4.イラン革命による政治化
1979年のイラン革命は、この宗教的概念を国家外交へ転換した。ホメイニはシーア派の殉教、抵抗、不正への反抗という倫理を、植民地主義や帝国主義に対する政治思想と結びつけた。この結果、米国のような大国は単なる競争国ではなく、世界各地に軍事・経済・政治的影響力を及ぼす抑圧する力として描かれる。逆にパレスチナ人のように、自らを占領・支配されていると位置付ける集団は被抑圧者として理解される。ここからイラン外交の反米、反イスラエル、反植民地主義という三つの要素が結びつく。
5.ヒズボラへの適用
論文はこの思想がレバノンのヒズボラにも共有されていると論じる。ヒズボラを理解する際、西側ではしばしばイランの代理勢力、シーア派武装組織という説明が用いられる。しかし著者は、それだけでは組織自身が持つ思想を捉えられないとする。ヒズボラ自身の世界観では、イスラエルとの戦争は領土や民族だけの問題ではなく、占領者と被占領者、抑圧者と被抑圧者の戦いとして理解される。そのためパレスチナ人が多数派としてスンニ派であっても、シーア派組織であるヒズボラがパレスチナ問題を自らの問題として扱うことに、思想上の矛盾はない。ここが本論文の重要な指摘である。
6.宗派対立だけでは説明できない
中東政治をスンニ派対シーア派の宗派対立だけで説明することに、著者は批判的である。実際、イランはシーア派国家でありながら、パレスチナのスンニ派組織を支援してきた。したがって、イラン側の自己理解に即してみれば、重要なのは宗派だけではなく、誰が支配する側で、誰が支配される側なのかという構図である。この点で本論文は、中東政治を宗教対立として単純化する西側の議論への反論でもある。
7.国家利益と理念は矛盾するのか
ただしイランが国家利益を無視しているという議論ではない。イランも国家として安全保障、影響力、軍事的抑止を追求する。しかし著者が強調するのは、イラン外交の行動を国家利益だけに還元すると、なぜ特定の争点に異常なまでの政治的・象徴的価値を与えるのかが説明できない。地政学と宗教的・革命的世界観が重なってイラン外交を形成している。
8.本論文が言いたかったこと
イランとヒズボラの国際政治観を、西洋のリアリズムや宗派政治だけで説明してはならない。彼らの政治思想には、シーア派の歴史経験、カルバラー、ホメイニ革命、反植民地主義、そして抑圧者対被抑圧者という倫理的世界観が組み込まれている。そのため彼らの外交・抵抗政策は、単なる領土拡張や勢力圏拡大として自己認識されているのではない。むしろ不正な支配に抵抗する者を支援するという倫理的・革命的使命として理解されている。もちろん、外部の研究者がその自己説明をそのまま客観的現実として受け入れる必要はない。イラン自身の地域的影響力追求という地政学的側面も別途検証する必要がある。しかし、相手が自らの行動をどのような世界観によって正当化しているのかを理解しなければ、その行動を予測することも難しい。
ハメネイ・ドクトリン
The Khamenei Doctrine
Iran’s Leader on Diplomacy, Foreign Policy and International Relations
2018年刊
Seyed Mohammad Marandi著
Raffaele Mauriello著
1.ハメネイ・ドクトリンとは何か
本論文が示そうとするのは、イラン外交が場当たり的に決まっているのではなく、最高指導者アリー・ハメネイの中に一定の一貫した原則が存在するということである。その中心となるのが、英知・知恵、尊厳、公益・国益・適切な利益判断という三原則である。この三つを理解すると、イラン外交が単純な革命的強硬論だけではないことが分かる。
【第一原則英知】
hikmatは、感情ではなく合理的判断によって外交を行うという意味である。革命国家だからといって、常に強硬策を取るべきだという考えではない。国際環境、相手国の力、自国の能力、長期的利益を計算し、必要なら交渉や妥協を行う。ここにハメネイ外交の現実主義的側面がある。
【第二原則尊厳】
しかし合理性だけでは不十分である。‘izzat、すなわち尊厳とは、大国の圧力によって国家主権や革命の原則を放棄しないという考えである。外交的譲歩を行うことはできるが、それが屈服や従属に変わってはならない。このため、イランが経済制裁によって大きな損失を被っても、単に制裁解除を得るためだけに米国の要求を全面的に受け入れることには強い抵抗が生じる。外交における利益と国家的尊厳を同時に維持しようとする。
【第三原則公益・利益判断】
maslahatは、理念を機械的に適用するのではなく、国家と社会全体の利益を考慮することを意味する。ここが重要である。イスラム的価値を外交に持ち込むことは、必ずしも柔軟性を否定することではない。精神的・宗教的価値を維持しながらでも外交活動は可能であり、論理と交渉によって相手を自らの立場へ近づけることができる。原則を守りながら戦術では柔軟である、という構造である。
2.外交は芸術であり戦い
ハメネイは外交を単なる友好交流とは見ない。本論文では、彼が外交を芸術と表現すると同時に、戦争との類似性にも言及している。外交にも前進、後退、戦術変更、欺瞞への警戒などが存在するからである。ここには西側との関係に対する深い不信がある。したがって交渉は否定しないが、相手が交渉を利用して圧力や政権弱体化を進める可能性を常に疑う。
3.交渉拒否ではない
ハメネイはしばしば西側メディアで外交交渉を拒絶する人物として描かれるが、著者はこの理解を単純すぎるとする。実際にはハメネイは、ほぼすべての国家との外交関係と交渉を原理的には容認している。著者が指摘する主要な例外がイスラエルである。イランはイスラエル国家の正統性自体を認めていないため、通常の国家間外交とは異なる扱いになる。したがって西側との交渉を否定するのではなく、圧力下での一方的降伏につながる交渉を否定する。
4.独立という中心概念
ハメネイ外交を貫いているもう一つの概念が独立である。イラン革命以前、特にパフラヴィー朝期のイランは米国への依存が強かったという歴史認識がある。1979年革命はこの従属からイランを解放した。したがって外交上の最大の成果は、短期的な経済利益よりも、自国が外国勢力によって政策を決められない状態を維持することにある。このため西側から見ると非合理的に見えるほど高いコストを払ってでも、自主性を守ろうとする行動が説明できる。
5.米国への不信
ハメネイの米国観には歴史的経験が大きく影響している。1953年のモサデク政権打倒、パフラヴィー朝支援、1979年革命以後の対立、イラン・イラク戦争における米国の対イラン政策、経済制裁などを一つの長い連続として理解する。したがって米国との対立を一つ一つの政策争点としてではなく、イランの独立を制限しようとする長期的構造として認識する。ここから米国と合意することは可能でも、米国を信頼することは別問題という論理が生まれる。
6.核交渉との関係
この外交思想は核交渉にもそのまま表れる。イランは交渉する。妥協もする。しかし核技術そのものの完全放棄や、国家主権を損なう恒久的制約については強く抵抗する。したがってハメネイにとって外交の成功とは、相手から最大限の利益を引き出すことだけではなく、国家の独立と尊厳を維持したまま合意を作ることである。
7.本論文が言いたかったこと
ハメネイ外交を狂信的反米主義や宗教イデオロギーだけで説明してはならない。そこには宗教的価値がある一方、かなり明確な外交合理性も存在する。英知によって現実を計算し、尊厳によって越えてはならない一線を定め、公益によって妥協点を選択する。これが著者の整理するハメネイ・ドクトリンである。したがってイランは交渉不能な国家ではない。ただし、自らが屈服と判断する条件を受け入れさせようとすると、経済的損失が大きくても抵抗し続ける。この点は現在の米国・イスラエルとイランの対立を理解する上でも非常に重要である。
イランの視点
Iranian Views on the Awakening, the Crisis in Europe, and the Future of the United States in the Middle East
覚醒、欧州危機、中東における米国の将来についてのイランの視点
2012年刊
Seyed Mohammad Marandi著
1.アラブの春ではなくイスラムの覚醒
西側の典型的な説明では、アラブの春は専制政治に対する民主化運動であり、自由主義的価値の拡大として理解された。マランディーは、この説明では中東民衆の反米・反イスラエル感情や、イスラム政治勢力の拡大を十分説明できないとする。イラン側から見れば、これらの運動には民主化要求だけでなく、西側諸国と結びついた長期独裁政権への反発が存在していた。したがって単なる民主化ではなく、西側による中東秩序からの政治的自立の動きとして理解される。
2.西側覇権の衰退
マランディーは更に、欧州経済危機と米国の中東での影響力低下を一つの大きな歴史的変化として捉える。彼の議論では、西側諸国は長い間、中東の政治秩序を軍事・経済・同盟関係によって管理してきた。しかしイラク戦争やアフガニスタン戦争の負担、金融危機、欧州債務危機、米国の財政問題などによって、その支配力は低下している。論文の要旨でも、中東・北アフリカの蜂起が、西側諸国にこの戦略的地域における覇権が低下するという恐怖を与えている。
3.西側のイラン像への批判
マランディーは、1979年革命以降、西側のイラン政策はイランについての現実的理解よりも、イランを危険で非合理的な国家として描く神話的構築に大きく影響されてきたと論じる。ここには彼のオリエンタリズム研究者としての背景が強く表れている。問題は軍事力や外交政策だけではなく、誰がイランについての物語を作るのかという情報・言説の問題でもある。イランを狂信的非合理的拡張主義的とあらかじめ定義すれば、その後の制裁や軍事的圧力も正当化されやすくなる。
4.経済制裁は戦争に近い
2012年当時、イラン核問題をめぐって米欧の制裁が急速に強化されていた。マランディーはこれを単なる外交的圧力ではなく、イラン社会全体に損害を与える経済戦争に近い行為として見る。この認識はその後のイラン政治でも非常に重要になる。西側が戦争ではなく制裁を選んでいると考えても、イラン側が制裁を一種の戦争行為として理解しているなら、双方の危機認識には大きな差が生じる。
5.湾岸王政への批判
この論文で非常に重要なのが、サウジアラビアをはじめとする湾岸アラブ諸国への批判である。マランディーは、西側諸国がイランを危険視する一方で、米国と同盟関係にある湾岸王政がイスラム過激派思想を拡散させている問題を軽視していると論じる。論文の要旨では、湾岸のアラブ政権がアルカイダやタリバンと思想的に類似する勢力への資金供給を行ってきたというイラン側の見方を紹介し、それが地域不安定化につながると主張している。親米だから穏健、反米だから過激という分類を疑っている。
6.バーレーンと二重基準
この文脈でバーレーンは象徴的である。エジプトやリビアなどの反政府運動を西側が民主化運動として評価する一方、米国の重要な同盟国バーレーンでのシーア派を中心とする抗議運動への弾圧には比較的寛容だった、とイラン側は見る。マランディーにとってこれは、西側外交の中心が民主主義ではなく地政学的利益であることを示す事例になる。
7.イスラエルの位置
イスラエルもこの分析の重要な要素である。イラン側の理解では、中東の旧秩序は米国、イスラエル、親米アラブ政権によって維持されてきた。したがって親米独裁政権が弱体化し、世論の政治的影響力が増せば、パレスチナ問題やイスラエルへの批判も強まると予測される。ここから、アラブの政変を米国に有利な民主化ではなく、長期的には米国とイスラエルに不利な地域秩序の変化として見る。
8.米国は中東から消えるのか
ただしマランディーは、米国が突然中東から完全撤退すると論じている訳ではない。軍事基地、金融力、同盟網、武器供給、ドル、国際機関などを通じて米国は依然として巨大な力を持つ。しかし問題は相対的な変化である。かつてのように地域政府を通じて中東の政治秩序を一方的に管理する能力が低下していく可能性がある。彼が予測しているのは米国の消滅ではなく、米国一極支配から、複数の地域・世界勢力が競合する秩序への移行である。
9.本論文が言いたかったこと
中東のアラブの春を西側の自由民主主義の拡大として理解するだけでは、地域の変化を読み誤る。イラン側から見れば、これはより長い反植民地主義、反米覇権、政治的自立の流れの一部であり、西側が中東の政治秩序を管理してきた時代の終わりの始まりである。マランディーは、欧米がその変化を受け入れず、イランを主敵に据え、湾岸同盟国の問題を無視し、制裁や軍事力によって旧秩序を維持しようとすれば、かえって中東を不安定化させると考える。現在から振り返ると、この論文には後のマランディーの多極化西側覇権の衰退という議論の原型が既にかなり明確に現れている。
マランディーの戦争予想(付記)
2026年9月11日現在
モハマド・マランディーの発言を要約すると、彼が思い描いている決着はかなり明確である。マランディーは、米国とイスラエルがイランを軍事的に屈服させたり、体制転換に追い込んだりする形で戦争が終わるとはほとんど考えていない。むしろ、イランが長期戦に耐え、ミサイル戦力、ホルムズ海峡、地域同盟網を利用して戦争の経済的・軍事的費用を米国側に転嫁し、最終的にワシントンを政治的妥協と地域的後退へ追い込むというシナリオを描いている。
1.既にイランが勝利している
まず重要なのは、マランディーにとって勝利の定義が領土占領ではないことである。2026年6月のインタビューで彼は、イランが単に生き残っただけではなく、米国・イスラエルが掲げた主要な戦争目的を達成できなかった以上、イラン側が戦略的に勝利したという趣旨を明言している。イラン体制が崩壊せず、国家としての指揮系統が存続し、ミサイル攻撃能力を維持し、最終局面まで反撃を継続できたことを勝利の根拠としている。マランディーの戦争観では、敵の首都を占領することではなく、敵が設定した政治目的を達成させないことが勝利である。この発想は典型的な非対称戦争の論理である。米国やイスラエルは圧倒的な航空戦力を持つが、それだけでイラン政府を倒せず、イランを降伏させられないのであれば、時間が経つほど戦争目的と軍事手段との乖離が大きくなる。
2.イランを爆撃して降伏させることができない
マランディーが繰り返す中心命題は、You cannot bomb Iran into surrenderというものである。その理由は、イランが人口・国土・軍事インフラ・地下施設・分散型ミサイル戦力を持つ大国であり、航空爆撃だけで国家機能を完全に破壊することが難しいと彼が考えているからである。米国にはイランを大規模に爆撃する能力はある。しかしマランディーの見方では、爆撃によって政権を崩壊させることと、イラン全体を軍事的に制圧することとは全く別の問題である。したがって米国が戦争を拡大すればするほど、次に何を達成すれば戦争が終わるのかという問題が深刻になる。マランディーは、ここに米国側の最大の弱点があると見ている。
3.イランの最大の武器は時間
マランディーの戦争観を理解する上で非常に重要なのは、イランが短期間で米国・イスラエルを軍事的に圧倒する必要はないということである。戦争が長期化すれば、米国とイスラエルは迎撃ミサイル、航空兵器、兵站、基地防護、財政、エネルギー価格など、複数の負担を抱える。一方、イラン側が国家として存続し、一定量のミサイル・ドローン攻撃を継続できれば、時間そのものが交渉力になる。この意味でマランディーが描いているのは、米国の圧倒的な軍事力対イランの持久力という戦争である。米国は時計を持っているが、イランは時間を持っている。
4.イスラエルの弱点
マランディーはイスラエルについて、イランとは逆に長期消耗戦への耐性が弱いと考えている。イスラエルは国土が小さく、人口、発電所、港湾、空港、通信、軍事施設、産業が比較的狭い地域に集中している。したがってイランがイスラエルを占領する必要はない。一定数の弾道ミサイルが防空網を突破し続ければ、経済活動、航空交通、投資、兵役、移住、社会心理などに累積的な負担がかかる。マランディーが想定するイランの勝ち筋は、イスラエルを物理的に征服することではなく、イスラエルが長期戦を継続する政治的・経済的費用を耐え難い水準まで高めることである。
5.ホルムズ海峡が決定的な交渉カード
マランディーの最近の発言で特に重要なのがホルムズ海峡である。2026年7月のABCとのインタビューで彼は、イランがホルムズ海峡に強い軍事的プレゼンスを維持する理由について、米軍がペルシャ湾岸をイラン攻撃の基地として使用できないようにするためだと説明している。これは単なる海上封鎖論ではない。マランディーにとってホルムズ海峡は、イランが米国との巨大な軍事力格差を補うための地政学的レバレッジである。戦争が長引き、ホルムズ海峡の航行が不安定になれば、原油、LNG、海運保険、世界物流に影響が出る。そうなれば戦争の費用は米国・イスラエル・イランだけでなく、欧州、アジア、湾岸諸国を含む世界経済へ拡大する。マランディーは、この世界経済への波及が最終的にワシントンへ停戦圧力をかけると考えている。
6.湾岸諸国を米国の戦争基地にさせない
マランディーが考える戦後秩序では、サウジアラビア、カタール、バーレーン、UAE、クウェートなど湾岸諸国の位置も大きく変わる。彼は2026年7月のインタビューで、米国がこれらの地域拠点を利用してイラン攻撃を可能にしているとの認識を示し、その状況が続く限りイランはホルムズに強い軍事的存在を維持すると述べている。最終的な戦争の決着とは、単にイラン本土への攻撃停止ではない。マランディーが望んでいるのは、湾岸地域を米国・イスラエルが自由に対イラン攻撃へ利用できない安全保障秩序への転換である。この点は非常に重要である。彼が目標としているのは停戦ではなく、中東における米軍の行動自由そのものを制約することである。
7.レバノンとパレスチナは切り離されない
マランディーの考える戦争終結はイラン単独の停戦でもない。2026年6月の発言では、レバノンの主権やイスラエル軍の撤退をイラン・米国間の合意と結びつけて論じている。イスラエルがレバノン攻撃を続ければ停戦は持続しないという考えを示している。イランの安全保障をイラン国境だけで考えるのではなく、レバノン、パレスチナ、ヒズボラなど抵抗軸全体と結びつけている。したがってマランディーが理想とする決着は、イランだけが攻撃されなくなることではなく、イスラエルの地域的軍事行動にも制限がかかることである。
8.米国には最終的に出口が必要
それでは米国はどのように戦争を終えるのか。マランディーの議論を総合すると、米国が敗北宣言をして撤退するというより、政治的に顔を立てる形で妥協する可能性を想定している。実際、2026年5-6月の彼の発言では、米国がイラン側の提案や覚書を受け入れること自体を、イランが交渉上優位に立った証拠と位置付けている。最終的には、米国は核施設を破壊した、イスラエルを守った、イランを抑止したなど国内向けに勝利を主張し、一方で実際にはイラン体制の存続、一定の核能力、地域的影響力を受け入れ、停戦する。マランディーが思い描く最も現実的な終戦像は、このような双方が国内向けには勝利を主張するが、戦略的には米国が当初の最大目標を放棄する妥協である。
9.外交にはかなり悲観的
ただし2026年夏以降、マランディーの見方は更に厳しくなっている。7月には覚書違反をめぐって米国への強い不信を表明し、8月17日のインタビューでは、再び戦争が始まる可能性が高く、外交的解決が存在しないと考えるイラン側の空気が強まりつつあると説明している。更に9月4日の最新の発言でも、彼は米国の戦争が逆効果になっており、イランは降伏せず、報復を強めているという認識を維持している。したがって現在のマランディーは、交渉で終われれば最善だが、米国・イスラエルが再び戦争を始める可能性が高く、その場合は次の戦闘でより決定的な地域的変化を強制する必要があるという方向へ傾いているように見える。
10.彼が考える決定的変化
ここで注意すべきなのは、マランディーが必ずしもイスラエルを軍事的に消滅させると予測している訳ではない。彼の発言からより現実的に読み取れるのは、三つの変化である。第一は、米国がイランの体制転換を諦めることである。第二は、湾岸諸国が米軍の対イラン攻撃基地として使用されることを避け、イランとの関係改善を進めることである。第三は、イスラエルが米国の圧倒的軍事支援を背景に中東で自由に軍事行動できる状況が弱まることである。マランディーの考える勝利とは、地図から米国やイスラエルが消えることではなく、中東における米国・イスラエルの行動の自由を大幅に制約することである。
11.マランディーが描く最終決着
以上をまとめると、マランディーの未来像は次のようになる。米国とイスラエルは航空戦では圧倒的な優位を持つ。しかし、イラン体制を倒すことも、イランを占領することも、核・ミサイル能力を恒久的に消滅させることもできない。イランはミサイル戦力と持久力によってイスラエルと米軍基地への負担を高め、ホルムズ海峡によって戦争の経済的費用を世界へ波及させる。湾岸諸国は自国が戦場になることを恐れ、次第に米国の対イラン戦争への協力を避けるようになる。その結果、米国はイランを屈服させる戦争からイランと共存するための交渉へ移行せざるを得なくなる。最終的には、イラン体制が存続し、イランの地域的大国としての地位が認められ、米国・イスラエルの中東での軍事的自由度が低下する。これこそがマランディーの考える戦略的なイラン勝利である。
