私の画廊と画家たち

Mes galeries et mes peintres
entretiens avec Francis Crémieux
1961年刊
Daniel-Henry Kahnweiler著
Francis Crémieux編

カーンワイラーの経歴

ダニエル=アンリ・カーンワイラー(1884-1979年)は、ドイツのマンハイムに裕福なユダヤ系家庭に生まれ、パリで没した20世紀を代表する画商、出版人である。家族は彼に金融業への道を期待していたが、本人は美術への関心を強め、パリのヴィニョン街28番地に小さな画廊を開いた。僅か16平方メートルほどの画廊であったが、ここが後にキュビスム形成の重要な舞台となった。カーンワイラーが重要なのは、完成された巨匠の作品を売るのではなく、まだ一般社会から理解されていなかった前衛芸術家を見いだし、その創作活動を長期的に支えたことである。ピカソ、ブラック、グリス、レジェ、ドラン、ヴラマンクらと関係を結び、とりわけピカソとブラックが進めていたキュビスムを早くから支持した。彼は単なる販売業者ではなかった。アポリネールやマックス・ジャコブらの文学作品と画家の版画を組み合わせた出版活動を行い、自ら「キュビスムへの道」などを著してキュビスムを理論的に説明した。カーンワイラーは、作品を買う画商、芸術家を支えるパトロン、作品を世に送り出す出版人、新しい芸術を説明する理論家という四つの役割を兼ね備えていた。第一次世界大戦によってドイツ国籍だった彼のパリでの資産は敵国人財産として扱われ、画廊の作品も後に競売処分された。1920年にパリへ戻るとGalerie Simonを開き、再び画商活動を開始した。第二次世界大戦期には今度はユダヤ人として迫害の危険にさらされ、画廊は義理の娘ルイーズ・レリスへ引き継がれ、Galerie Louise Leirisとなった。戦争と政治によって二度も事業基盤を脅かされながら、カーンワイラーは生涯にわたり画家との関係を維持した。

本書の内容

1.銀行家ではなく画商になる

本書はカーンワイラー自身の人生をたどりながら、20世紀前半のパリ美術界がどのように変貌したかを語る構成になっている。若きカーンワイラーは家族の期待する金融業ではなく、美術を自分の仕事にすることを決断する。1907年に画廊を開いた当時、印象派でさえ現在ほど絶対的な評価を確立していた訳ではない。更にその先を行くフォーヴィスムやキュビスムには強い反発があった。しかしカーンワイラーは、既に高価な作品を仕入れて富裕層へ販売する従来型の商売ではなく、自分が本当に重要だと思う同時代の画家とともに成長する道を選んだのである。

2.生涯最大の衝撃ピカソ

本書の中心人物は何といってもピカソである。カーンワイラーにとってピカソとの出会いは決定的であり、後年まで彼を特別な芸術家として位置づけていた。重要なのは、カーンワイラーが完成された巨匠ピカソに出会ったのではないということである。まだ何者になるか分からない若い芸術家の作品を見て、その中に従来の絵画を根底から変える可能性を感じた。その意味で本書のピカソ論は、後世から天才を称賛する話ではない。天才がまだ天才として認められていない時点で、それを見抜いた画商の話である。

3.ブラックとキュビスムの誕生

ジョルジュ・ブラックも本書の重要人物である。1908年、カーンワイラーはブラック展を開催した。セザンヌ以後の幾何学的な形態を強く押し出した風景画に対し、批評家ルイ・ヴォークセルが小さな立方体を連想させる表現を用い、やがてキュビスムという呼称が定着していった。カーンワイラーはキュビスムを単なる奇抜な画風とは考えなかった。それは三次元世界を二次元の画面へどう表現するかという、西洋絵画が長く抱えてきた問題に対する新しい回答だった。そのため彼は作品を販売するだけでなく、その芸術的意味を理論的に説明する必要があると考えた。ここにカーンワイラーの最大の特色がある。彼は市場を作るだけではなく、市場がその作品を理解するための思想まで作ろうとした画商である。

4.画家を買い支えるという方法

カーンワイラーの画商としての革新性は、画家との長期的な関係にあった。従来の画商は、売れそうな作品を個別に仕入れて販売することが多かった。しかしカーンワイラーは有望と判断した芸術家と契約し、作品を継続的に引き受けた。ブラックとは1912年11月、ピカソとは同年12月に契約し、翌年にはファン・グリス、ヴラマンク、レジェらとも契約関係を築いている。この仕組は画家にとって重要だった。毎回作品を売ることを考えなくても、制作に集中できるからである。カーンワイラーは、完成した作品を市場で売るだけではなく、画家が制作を続けられる経済的環境を提供した。

5.売るより育てるという画商観

この姿勢から、本書独特の画商哲学が見えてくる。画商の仕事は、その時点で人気のある画家を探して売ることではない。自分が重要だと確信する画家を選び、世間が理解しなくても支え、作品を適切なコレクターへ渡し、長い時間をかけて評価を形成する。したがってカーンワイラーと画家との関係は、単純な商取引ではなかった。ここには短期間で価格を上げて売るという投機的な美術市場とは正反対の思想がある。

6.コレクターを選ぶ画商

カーンワイラーの仕事で興味深いのは、作品を誰に売るかという問題である。彼の顧客にはロジェ・デュティユール、ヘルマン・ルプ、イワン・モロゾフ、セルゲイ・シチューキン、ヴィンツェンツ・クラマーシュ、レオとガートルード・スタインら、後世の美術史で重要となるコレクターが含まれていた。画商にとってコレクターは単に高い金額を払う顧客ではない。作品を理解し、長く保有し、他の作品と組み合わせてコレクションを作り、場合によっては最終的に美術館へ渡す人物である。したがって優れた画商には、優れた画家を選ぶ眼だけでなく、優れたコレクターを育てる能力も必要である。

7.画商と出版

カーンワイラーは早くから出版活動にも力を入れた。1909年にはアポリネールの文学作品にドランの挿絵を組み合わせた出版を行い、その後もピカソなどの版画を伴う書物を制作した。これは単なる副業ではない。新しい芸術を社会に定着させるには、作品を画廊に並べるだけでは不十分だからである。批評家や詩人が言葉を与え、出版物が流通し、画家の名前が知識人社会に浸透することによって、新しい芸術運動が文化として成立する。カーンワイラーは現代的にいえば、作品の販売だけでなく、芸術家の思想、物語、批評、イメージまで含めた文化的基盤を構築した画商だった。

8.画商が国家に翻弄される

本書には第一次世界大戦によって彼の仕事が崩壊する経験も語られる。ドイツ人であったカーンワイラーはフランスにとって敵国人となり、パリに残された画廊の作品は接収され、戦後には競売にかけられた。ピカソ、ブラック、ファン・グリス、レジェらの作品を大量に保有していた彼にとって、これは経済的損失であるだけでなく、自ら築き上げたコレクションと市場体系を破壊される出来事であった。ここから本書には、美術市場も政治や戦争から独立した世界ではないという現実が浮かび上がる。

9.画廊遍歴

1920年にパリへ戻ったカーンワイラーは、Galerie Simonを開いて再出発した。そこでも既存の画家との関係を維持しながら、新しい芸術家を扱った。しかし第二次世界大戦では、今度はドイツ人としてではなく、ユダヤ人として危機に直面する。1941年、義理の娘ルイーズ・レリスが画廊を取得し、Galerie Louise Leirisとして存続させた。カーンワイラーは戦後も同画廊と密接に関わり、1979年に亡くなるまで活動を続けた。彼の人生には二つの世界大戦が深く刻み込まれている。それでも画家との関係を切らず、同じ芸術的信念を維持し続けたことが、本書に独特の重みを与えている。

10.画商であると同時に美術理論家

ヴォラールやジャンペルと比較したとき、カーンワイラーが際立っているのは理論家としての側面である。彼は1910年代からキュビスムについて考察し、それを後に「キュビスムへの道」としてまとめた。キュビスムが何を意味するのかを、美術史だけでなく認識や表象の問題として考えようとしたのである。したがって彼にとって画商とは、作品を売れるか、売れないかで判断する人間ではない。この画家は絵画の歴史の中で何を変えようとしているのかを理解し、その意味を社会へ説明できなければならない。ここにヴォラールとの重要な違いがある。ヴォラールが天性の嗅覚によって優れた芸術家を見つけるタイプの画商だったとすれば、カーンワイラーは作品の革新性を理論的に理解した上で、その芸術家に長期間賭ける画商だった。

本書が言いたかったこと

優れた画商とは美術品を売る人ではなく、まだ社会に理解されていない芸術を信じ、その芸術が存在し続けられる環境を作る人である。ピカソやブラックが今日では巨匠であることを我々は知っている。しかしカーンワイラーが彼らを支援した時点では、その評価は確定していなかった。それどころかキュビスムは多くの人々に理解されず、奇妙な絵画として批判されていた。それでもカーンワイラーは作品を買い、画家の生活を支え、展覧会を企画し、コレクターを探し、出版を行い、更には自ら理論を書いてキュビスムの意味を説明した。ここから浮かび上がる画商像は、単なる仲介業者とは大きく異なる。画家が創造する人であるならば、優れた画商はその創造が社会の中で生き残る仕組を創造する人である。カーンワイラーは、短期的な流行や価格上昇よりも画家との長期的関係を重視した。美術史に残る作品は画家一人によって成立するのではない。その革新性を理解する画商、それを信じるコレクター、言葉を与える批評家や詩人、そして作品を後世へ伝える美術館があって初めて、一つの芸術運動は歴史になる。本書はカーンワイラーの成功物語というより、新しい価値がまだ価値として認められていない段階で、それを見抜き、信じ、支え続けるとはどういうことかを語った書物である。

未来の輪郭