ロボットと芸術

Robots and Art
Exploring an Unlikely Symbiosis
2016年刊
Damith Herath 他編

編者の経歴

本書はロボット・アートを芸術家だけではなく、ロボット工学者、認知科学者、メディア研究者などの視点から総合的に論じた研究書である。この種のロボット・アートを総合的に扱った最初の研究集成である。過去約30年間の主要なロボット芸術家や研究者を集め、ロボットと芸術の歴史、身体性、人間とロボットの相互作用、自律性、他者性、創造性、倫理などを横断的に考察した著作である。

1.ダミス・ヘラス

ダミス・ヘラス(Damith Herath)はスリランカのUniversity of Peradeniyaで生産工学を学び、その後オーストラリアのUniversity of Technology Sydneyでロボティクスを研究し、博士号を取得した。人間とロボットの相互作用を研究するとともに、芸術とロボティクスの相互作用を探究する複数のプロジェクトを率いた。その研究分野は自律ロボットのナビゲーション、位置推定、マッピング、人間・ロボット相互作用、ロボット・アートなどに及ぶ。2011年にはオーストラリア初の協働ロボティクスのスタートアップを創業し、Amazon Robotics Challengeにもチームを率いて参加した。ロボットを産業機械としてだけでなく、人間と創造的に協働する存在として研究してきた。

2.クリスティアン・クロース

クリスティアン・クロース(Christian Kroos)はドイツのLudwig-Maximilians-Universität Münchenで音声学と演劇研究を学び、博士号を取得した。発話時の口や顔の動きの研究から出発し、コンピュータビジョン、認知科学、ロボティクスへ研究領域を拡大した。特に言葉だけに頼らない人間と機械のコミュニケーションに関心を持ち、ロボットが身体、顔、動作などを通じて人間とどのような関係を作るのかを研究してきた。

3.ステラーク

ステラーク(Stelarc)はオーストラリアを拠点に活動する世界的なパフォーマンス・アーティストであり、人間の身体と機械の境界を数十年にわたって問い続けてきた。彼の作品では義手、産業用ロボットアーム、外骨格、医療画像、インターネット、バイオテクノロジーなどが利用されてきた。ステラークにとってロボットとは人間を模倣する機械ではなく、人間の身体能力や身体という概念を拡張・変容させる存在である。

本書の内容

1.ロボットと芸術の組み合わせ

本書の副題は意外な共生関係を探るである。一見するとロボット工学と芸術は正反対の領域に見える。ロボット工学は機能、効率、制御、再現性を重視するのに対し、芸術は感情、曖昧さ、予測不能性、表現などを重視するからである。しかし本書は、この二つを結び付けることで、それぞれの領域が従来持っていなかった可能性が生まれると考える。芸術家はロボットを通じて身体、知性、生命、自律性を問い直すことができ、ロボット工学者は芸術家との協働を通じて、工業用途だけでは見えてこなかった人間とロボットの関係を発見できる。したがって本書はロボットを使った面白い芸術作品を紹介する作品集ではない。ロボットと芸術の接触によって、ロボットとは何か、芸術とは何か、そして人間とは何かを考え直す研究書である。

2.ロボットと芸術の長い歴史

本書はまず人間が古くから自動機械や人工的人間を想像し、それを芸術や神話の中に取り込んできた歴史が論じられる。古代の自動機械から近代のオートマタ、20世紀の機械芸術、現代のロボット・アートまで、人間は常に人間のように動く非人間的存在に魅了されてきた。AIやロボットの登場によって突然人間と機械の問題が生まれたのではない。人間は昔から自分自身を機械との比較によって理解してきた。

3.ロボットには身体がある

本書を現在の物理AIという観点から読むと、特に重要なのが身体性である。コンピュータの中だけに存在するAIとロボットの最大の違いは、ロボットが物理的身体を持って現実世界に存在することである。本書でも、計算だけでは捉えられない身体性の意味が検討されている。ロボットには大きさ、重さ、形、動き、音があり、人間と同じ空間を共有する。そのため人間はロボットを単なる情報処理装置としてではなく、そこにいる何かとして経験する。これは芸術にとって極めて重要である。絵画を見る経験と同じように、ロボット芸術では作品との物理的距離や身体的関係が鑑賞体験になる。

4.ロボットという他者

本書の大きなテーマの一つが他者性である。ロボットは人間ではない。しかし単なる机や自動車とも違う。自律的に動き、こちらを見るように振る舞い、時には反応するからである。そのため人間はロボットに対して奇妙な心理を抱く。親しみを感じる一方、不安や恐怖も感じる。本書では、人間・機械・非人間的存在の相互依存を論じ、人間とロボットを明確に分離する考え方が問い直される。これは将来、物理AIが社会へ大量に入ってきたとき極めて重要になる。人間はAIを単なるソフトウェアとしてではなく、自分とは異なる知的な身体として経験することになるからである。

5.不気味の谷を芸術として利用する

ロボット研究では、人間に似れば似るほど親近感が高まるが、ある程度以上似て完全には人間でないと、突然強い不快感が生じる不気味な谷が知られている。工業製品やサービスロボットでは、これは克服すべき問題と考えられる。しかし芸術家にとっては逆である。違和感、不安、恐怖、曖昧さを芸術的経験として利用できる。本書が紹介するロボット芸術では、人間と機械の境界をあえて不明瞭にし、これは生きているのか、意思があるのか、自分を見ているのかと考えさせる作品が重要な位置を占める。

6.人間とロボットの相互作用

伝統的な彫刻は、鑑賞者が近づいても基本的には変化しない。しかしロボット作品は人間の存在をセンサーで認識し、動きや音、位置を変えることができる。すると芸術作品は固定された物ではなくなる。鑑賞者が近づく。ロボットが反応する。その反応を見て鑑賞者が更に行動を変える。再びロボットが反応する。この循環そのものが芸術作品になる。本書はこれを、単なる工学上のインターフェースではなく、新しい芸術的表現として考える。

7.ロボットは芸術を制作できるのか

ここから更に重要な問題へ進む。ロボット自身が芸術作品を作ることはできるのかという問いである。本書には、前に取り上げたレオネル・モウラによるマシン・アートも収録されている。モウラはロボットを芸術家の命令を実行する装置としてではなく、自律性と創発性を備えた制作主体として考える。またPatrick Tressetのように、ロボットが人間を観察し、実際に肖像を描く作品もロボット・アート研究の重要な流れとなった。ここでは誰が作者なのかという問題が生じる。ロボットを設計した人間なのか、プログラムを書いた人間なのか、作品を実際に制作したロボットなのか。この問いは、今日の生成AIによる作者性問題を先取りしていた。

8.身体をロボットによって拡張する

ステラークの作品では問題が更に根本的になる。ロボットは人間とは別の存在である必要すらない。人間の身体に機械を取り付け、身体能力を拡張できるからである。Third Handでは身体に第三の機械的な手が加わり、Exoskeletonでは六本脚の歩行機械が人間の身体と結び付く。更に遠隔操作や筋肉刺激を利用した作品では、自分の身体を自分だけが制御するという近代的人間観が揺さぶられる。そこで問われるのはロボットは人間になれるかではなく、逆に人間はどこまで機械になっても人間なのかという問題である。

9.生物と機械の境界も崩れていく

本書は生物学的素材とロボット身体を組み合わせ、生命、身体、自己表現の境界を考察する。この段階になると、芸術家が扱う素材は絵具や石だけではない。ロボット、神経細胞、コンピュータ、ネットワークなどが芸術作品の構成要素になる。その結果、生命か機械か自然か人工かという区別自体が芸術によって問い直される。

10.ロボット芸術は工学にも影響する

本書の重要な特徴は、芸術がロボット工学から技術を借りるだけの一方通行ではないことである。工学では通常、ロボットには明確な目的が設定される。物を運ぶ、組み立てる、掃除する、手術する、といった目的である。しかし芸術家は、役に立たない動き、失敗、曖昧な反応、予測不能な行動にも価値を見いだす。そのため芸術家と共同研究するロボット工学者は、ロボットは必ず効率的でなければならないのか、人間に完全に理解される必要があるのか、失敗や偶然にも意味があるのではないかと考えるようになる。本書はこうした異分野協働の成功だけでなく、専門分野の違いから生じる困難や衝突も取り上げている。

11.ロボットと人間が共存する未来

本書の射程は最終的に社会全体へ広がる。自律ロボットが家庭、病院、工場、公共空間へ入り込むようになれば、人間は機械と同じ物理空間を共有することになる。そのとき必要になるのは性能や安全性だけではない。人間がロボットに何を感じるのか、ロボットに意思を感じるのか、責任を誰に帰属させるのか、機械への愛着や恐怖をどう考えるのか、といった問題が生じる。本書は主要テーマとして、ロボットが人間社会へ統合されることによる利益、危険、倫理、そして社会変化を挙げている。その意味でロボット・アートは未来社会の模型である。工場や家庭へロボットが大量に普及する前から、芸術は人間と自律機械が同じ空間に存在したとき何が起こるのかを実験してきた。

本書が言いたかったこと

ロボットと芸術の出会いによって変わるのは芸術だけではない。むしろ芸術を実験場として、人間と機械の関係が再定義されていく。ロボットは従来、人間の命令を正確に実行する機械であった。しかし自律性、センサー、人工知能、身体性を獲得すると、単なる道具ではなく、人間が反応しなければならない他者に近づいていく。芸術はその変化を、産業や日常生活より早く経験できる領域である。同時にロボットは、人間とは何かを映す鏡でもある。ロボットが絵を描けば創造とは何かが問われ、ロボットが人間に反応すれば感情とは何かが問われ、人間の身体にロボットを組み込めば身体とは何かが問われる。したがって本書の共生(symbiosis)という言葉には深い意味がある。未来は人間がロボットを一方的に支配する社会でも、ロボットが人間を置き換える社会でもなく、両者が互いに影響しながら能力や存在の意味を変えていく社会になる可能性がある。そして現在の物理AIの進展から読み返すと、本書は更に先見的に見える。AIが身体を持ち、現実世界を認識し、自律的に行動するようになれば、芸術においてもAIが画像を生成する段階から、AIが人間と同じ空間に存在し、物質を扱い、身体を動かし、人間と反応しながら作品を作る段階へ進むからである。その意味で本書はロボット芸術の歴史をまとめた本であると同時に、物理AI時代に、人間と機械が同じ世界を共有しながら創造するとはどういうことなのかを先取りした著作である。

未来の輪郭