The Creativity Code
Art and Innovation in the Age of AI
2019年刊
Marcus du Sautoy著
マーカス・デュ・ソートイの経歴
マーカス・デュ・ソートイは1965年ロンドン生まれの英国の数学者、科学啓蒙家である。オックスフォード大学で数学を学び、数学者としては群論、数論、対称性、ゼータ関数などを専門としてきたオックスフォード大学の教授である。研究者としてだけでなく、難解な数学を一般社会へ伝える活動でも広く知られている。また本人はトランペットを演奏し、実験演劇にも参加しており、数学と芸術の双方に強い関心を持っている。こうした数学、音楽、芸術への横断的関心が、本書でAIと創造性を考える重要な背景となっている。
本書の内容
1.ラブレス・テスト
本書の出発点は、創造性とは何かという問いである。コンピュータは計算では人間を圧倒できる。しかし絵を描き、音楽を作り、小説を書き、新しい数学を発見するような創造活動まで機械に可能なのだろうか。この問題の象徴として登場するのが19世紀のエイダ・ラブレスである。ラブレスはチャールズ・バベッジの解析機関について考察し、機械は人間が命令したことを実行するだけで、自ら何かを創造するものではないという趣旨の見解を残した。デュ・ソートイは、このラブレスの異議を現代AIに突き付ける。プログラムを書いた人間自身が予想していなかった、意味があり価値のあるものをAIが作り出したなら、それを機械の創造性と認めるべきではないかという問題である。
2.創造性は三種類
本書で重要な理論的枠組となるのが、認知科学者マーガレット・ボーデンの議論を踏まえた三種類の創造性である。
第一は組み合わせによる創造性である。既に存在する二つ以上の考え方を、それまで考えられなかった方法で結び付けることである。
第二は探索的創造性である。一定のルールの中で可能性を徹底的に探索し、それまで誰も発見しなかったものを見つける創造性である。音楽や数学などでは、この能力が特に重要となる。
第三は変革的創造性である。既存のルールを変更し、それまで存在しなかった新しい可能性の空間を作ることである。ピカソ、シェーンベルクなど芸術史を変えた人物の創造性は、この領域に近い。デュ・ソートイが最も重視するのは、AIが第一、第二の創造性では既にかなりの能力を示している一方、第三のルールを変える創造性をどこまで獲得できるかという問題である。
3.アルゴリズムは創造性の反対ではない
一般には、アルゴリズムは規則に従って答えを出すものであり、創造性とは正反対のものと思われがちである。しかしデュ・ソートイは、この区別を疑う。人間の芸術家も完全な無から作品を作っている訳ではない。音楽家は和声やリズムを学び、画家は過去の絵画を見る。小説家は言語と物語の形式を学び、数学者は既存の定理や証明方法を身につける。人間の創造にも、無意識のうちに大量のルールが存在する。そうであるなら、そのルールをアルゴリズムとして抽出し、機械に学習させることによって、創造活動の一部を再現できる可能性が出てくる。本書がアルゴリズム、トップダウン型AI、ボトムアップ型学習、アルゴリズムの進化に複数章を割いているのはこのためである。
4.教えられるAIから自ら学ぶAIへ
従来のコンピュータは、人間が細かなルールを書き込み、その命令通りに処理するトップダウン型であった。しかし機械学習、とり訳ニューラルネットワークの発展によって状況が変わった。AIは大量のデータから特徴や規則性を自ら発見できるようになった。その結果、人間があらかじめ美しい絵とはこういうものだ、バッハの音楽とはこの規則で作られていると完全に説明できなくても、AIが作品群から特徴を学習できるようになった。ここにデュ・ソートイは重大な転換を見る。機械は人間が明示したルールを実行するだけの存在から、人間自身にも完全には説明できない規則を発見する存在へ変化し始めた。
5.AIは絵画を描けるのか
本書ではAIによる視覚芸術が詳しく検討される。アルゴリズムが既存作品を解析し、その特徴を学び、新しい画像を生成するようになると、画家とは誰なのかという問題が生じる。AIがレンブラントの作品を学習し、レンブラントが描いたように見える新しい作品を作れば、それは単なる模倣なのだろうか。それとも、レンブラントの作品に潜んでいた創造の規則を発見した結果なのだろうか。ここでデュ・ソートイが問題にするのは完成作品の美しさだけではない。AIが人間には意識できなかったパターンを発見し、それを利用して新しいものを作れるという点である。
6.数学も創造活動
数学者であるデュ・ソートイにとって、数学は本書の重要なテーマである。数学は単なる計算ではなく、新しい概念を作り、予想を立て、思いがけない関係を発見する高度な創造活動である。数学者が美しい証明を見つけたときに感じるものは、芸術家が美しい作品を作ったときの経験と似ている。単に正しいだけではなく、驚き簡潔さ美しさが重要だからである。AIが数学的パターンを発見し、人間が思いつかなかった予想や証明方法を提示するようになれば、機械が数学的創造性を持つと言えるのか。この問題は後のDeepMathematicsの議論につながる。
7.音楽は数学なのか
デュ・ソートイはトランペット奏者でもあるため、音楽についての考察は本書の重要部分を占める。音楽にはリズム、和声、反復、対称性、変奏など数学的構造が存在する。そこでAIは、過去の膨大な楽曲からその構造を学習し、新しい曲を作れるのではないかという問題が生じる。本書ではコンピュータ作曲のさまざまな試みが取り上げられる。AIがバッハ風の音楽を作り、人間がそれを聴いて感動した場合、その感動は偽物なのだろうか。ここから作品の価値は作者の感情にあるのか、それとも聴き手に生じた感情にあるのかという美学上の難問が浮上する。
8.文学
更に本書は言語、詩、小説、物語へ進む。AIは単語の統計的関係を学習することで、人間らしい文章を生成できるようになりつつあった。文学では絵画や音楽以上に意味が問題になる。AIが私は悲しいと書いたとしても、AI自身が悲しんでいる訳ではない。恋愛小説を書いても恋をした経験がある訳ではない。それでも読者が作品を読み、そこに意味を発見し、感動するならば、その作品を文学ではないと断言できるのか。デュ・ソートイはこの問いを簡単には決着させず、人間の創造性の謎として読者へ返している。
9.AIは拡張する
本書の特色は、AIを人間の芸術家を駆逐する敵として描いていない。むしろデュ・ソートイは、AIが人間には発見できなかった可能性を提示する創造性の望遠鏡になる可能性を重視する。望遠鏡によって人間の肉眼では見えなかった宇宙が見えるようになったように、AIによって人間の想像力だけでは探索できなかった巨大な可能性空間を探索できるようになる。この場合、未来の芸術家はAIに仕事を奪われる存在というより、AIを使って自分自身の創造能力を拡張する存在になる。AIが候補を大量に生み出し、人間がそこから意味のあるものを選び、方向を与え、更に変形するという共同創造が重要になる。
10.それでもなぜ創造するのか
最終章で、デュ・ソートイは技術的な問題から人間存在そのものへ戻ってくる。AIが優れた絵を描き、音楽を作り、小説を書き、数学の定理を発見できるようになったとしても、もう一つの問いが残る。それはなぜ創造するのかという問いである。人間は単に成果物を得るためだけに芸術を作るのではない。自分自身を理解するため、他者とつながるため、世界に意味を与えるため、そして自分が生きた痕跡を残すためにも創造する。したがってAIが人間以上の作品を作れるようになることと、人間が創造する必要がなくなることは同じではない。ここに本書の最も人間的な結論が存在する。
本書が言いたかったこと
AIは人間より優れた芸術作品を作れるかという技術競争ではない。AIを研究することによって、逆に我々人間がこれまで曖昧に創造性と呼んできたものの正体が見えてくる、ということである。人間の創造性も完全な無から生まれる訳ではない。過去の作品を学び、規則を身につけ、それを組み合わせ、時には規則を破る。その意味では人間とAIの創造過程には意外な共通点がある。しかし人間にとって創造とは、単に高品質な成果物を作ることではない。自分が世界をどのように見ているのかを表現し、他者に伝え、自分自身の存在に意味を与える行為でもある。したがってAIが創造性を獲得したとしても、人間の創造性が無価値になる訳ではない。むしろAIは人間の創造性を映す鏡となり、人間だけでは探索できなかった新しい表現や発見へ我々を導く存在になり得る。この意味で本書の結論はAIか人間かではなく、AIによって、人間は創造性とは何かを改めて発見する。AI時代とは創造性の終焉ではなく、人間と機械による創造性の再定義が始まる時代である。
