核抑止・専守防衛・日米同盟と国家存立
1.戦後日本の米国依存型安全保障
本稿は日本の安全保障をめぐる著作を通して浮かび上がる「日本が自国の安全保障をいいかに守るべきか」という根本的課題である。第二次世界大戦後の日本は、米国との同盟によって安全保障の重要部分を米国に委ねる一方、自国の軍事負担を抑え、経済復興と経済成長に国家資源を集中する道を選んだ。この仕組は冷戦期を通じて大きな成功を収め、日本は比較的低い防衛負担のまま世界有数の経済大国となった。しかし、その成功には代償も存在した。日本の安全保障の最終局面を米国の軍事力、とりわけ米国の核抑止力に依存した結果、日本自身が外交・安全保障政策を決定する自由には一定の制約が生じた。ここに取り上げる著者は立場こそ異なるが、いずれもこの「戦後日本型安全保障」を時代に合わせて再検討すべき時期に来ているという認識で共通している。
2.核の傘はいつまで信頼できるのか
中西輝政編著「日本核武装の論点」と矢野義昭「核拡散時代に日本が生き延びる道」が最も鋭く問いかけるのは、米国の核の傘の信頼性である。戦後日本は独自の核兵器を持たず、日本が核攻撃を受けた場合には米国が報復するという拡大核抑止に依存してきた。しかし中国や北朝鮮が米国本土を核攻撃できる能力を高めれば、米国は東京を守るためにニューヨークやワシントンを危険にさらすのかという古典的な拡大抑止の問題が現実味を増す。中西の議論は、直ちに日本が核武装すべきだという結論以上に、国家存立に関わる究極的な選択肢を議論することさえ封印してよいのかという問題提起に重点がある。これに対して矢野は更に踏み込み、通常戦力やミサイル防衛だけでは核兵器を完全には抑止できず、日本自身が最小限の独自核抑止力を持つことを安全保障上の現実的選択肢として提示する。両者に共通するのは、国家の生存を最終的に他国の意思だけに委ねることが、本当に独立国家の安全保障と言えるのかという問いである。
3.専守防衛を問い直す
樋渡由美「専守防衛克服の戦略」は、核武装という個別政策より更に根本的な問題を提示する。樋渡が問題視するのは、専守防衛、防衛費の上限といった制約を先に置き、その範囲内で安全保障政策を考える戦後日本の思考方法である。本来の国家戦略では、まず何を守るのかという国家目的を定め、その目的を脅かすものを分析し、その上で外交、軍事、同盟、経済、情報などの政策手段を組み合わせるべきである。したがって樋渡のいう専守防衛克服は、単純に日本が攻撃能力を持つべきだという意味ではない。できることから安全保障を考えるのではなく、何を守る必要があるのかから必要な政策を考える国家へ転換せよという戦略論である。この視点に立てば、核武装、日米同盟、通常戦力、専守防衛のいずれも目的ではなく、日本の国家存立を実現するための手段として評価されることになる。
4.対米従属
松竹伸幸「対米従属の謎」と松田武「自発的隷従の日米関係史」は、なぜ日本が長期間にわたり米国への安全保障依存を続けてきたのかを問う。両者に共通する重要な視点は、日本を単純な米国支配の被害者として描かないことである。松竹は、日本が米国への依存から脱却できない最大の理由の一つとして、日本自身が米国なしに日本をどう守るのかという独自の安全保障戦略を持ってこなかったことを挙げる。米軍基地の縮小や日米地位協定改定を求めても、その後の日本防衛を誰が担うのかという問いに答えなければ、本当の対米自立にはならない。松田は更に歴史的に踏み込み、日本自身が米国依存から利益を得てきたことを自発的隷従という言葉で説明する。日本は米国の安全保障能力に依存することで軍事負担を抑え、経済成長に集中することができた。また教育、文化交流、経済援助、知識人交流などを通じて、米国との関係を当然視する社会的・心理的基盤も形成された。対米依存は米国から一方的に強制されたのではなく、安全と繁栄を得るため、日本自身が合理的選択として受け入れてきた側面を持つが、その選択はもはや合理的とは言えない時期に差し掛かっている。
5.日米同盟の利益とコスト
吉次公介「日米安保体制史」と武田康裕「日米同盟のコスト」は、日米同盟を肯定か否定かという二者択一ではなく、その利益とコストを分析する。吉次は、戦後の日米安保体制を非対称性、不平等性、不透明性、危険性という4つの構造から捉える。日米安保は日本の安全と経済成長に大きく寄与した一方、米軍基地問題、沖縄への負担集中、核密約、米国の戦争への巻き込まれなどの問題を内包してきた。日米安保は1951年以来不変だった訳ではない。日本防衛を中心とする同盟から、アジア太平洋の安全保障、更に21世紀には世界規模で活動する同盟へ拡大してきた。しかし、その利益を日本全体が享受する一方、基地負担が特定地域、特に沖縄へ集中する構造は残された。武田はこの問題を更に具体的なコスト計算へ進める。日米同盟には、軍事費という防衛コストだけでなく、基地提供や米国依存によって失われる政策上の自由という自律性コストがある。米国に依存すれば防衛費を節約できる。日本自身がより多くの軍事任務を引き受ければ費用は増えるが、米国への依存を減らし、自律性を高められる。ここから武田は、日米同盟を廃棄するのでも、現在の依存関係を維持するのでもない、同盟を残しながら自主防衛の割合を高める第三の道を提示する。
6.同盟強化の意味の再検討
柳澤協二「亡国の集団的自衛権」は、日米同盟の軍事的一体化が日本の安全を高めるとは限らないと警告する。柳澤は防衛庁と官邸で安全保障政策の実務を経験し、イラク戦争時には自衛隊派遣に関与した。その経験から、軍事力の必要性を認めながらも、軍事力を実際に使用することの危険性を強く意識する。集団的自衛権を行使できるようになれば、米国との軍事協力は強化される。米国が日本を守る意思を強める可能性もある。しかし同時に、日本が米国の戦争に参加する可能性も高くなる。日米同盟には見捨てられる危険と巻き込まれる危険が同時に存在する。柳澤は更に、抑止力を強化すれば相手国も軍備を強化する可能性があることを重視する。安全保障とは軍事力を増やすことだけではなく、外交、説得、妥協、経済関係、危機管理を組み合わせ、戦争が起こりにくい状況を作ることである。この視点は、核抑止力を強化しようとする中西や矢野とは大きく異なる。しかし柳澤もまた、日本自身が国益を基準として安全保障を判断しなければならないという点では、対米自立論者と問題意識を共有している。
7.核抑止、自主防衛、非軍事的安全保障
これら書籍の議論を整理すると、日本の進むべき方向について三つの考え方が浮かび上がる。
第一は、中西輝政や矢野義昭に代表される、独自の抑止力を強化する方向である。米国の核の傘への全面依存は不安定であり、日本自身が最終的な抑止力を持つべきだと考える。
第二は、松竹伸幸や武田康裕に見られる、核武装には必ずしも進まず、通常戦力を中心として日本の自主防衛能力を高める方向である。日米同盟を維持する場合でも、日本自身がより多くの防衛責任を引き受けることで対米自律性を高める。
第三は、柳澤協二が強調する、軍事的抑止だけでなく外交、経済関係、危機管理によって戦争そのものを回避する方向である。
これらは互いに排他的とは限らない。現実の国家安全保障では、一定の軍事的抑止力を持ちながら、外交によって危機を管理し、同盟を活用しつつ自主防衛能力を高めるという組み合わせが必要になる。自立とは日米同盟を捨てることではない。こららを通して明らかになるもう一つの重要な点は、対米自立と反米は同じではないということである。米国との同盟を解消したからといって、自動的に日本が自立する訳ではない。自国を守る軍事力も、独自の外交戦略も持たずに米国との同盟だけを弱めれば、安全保障上の空白が生まれる。逆に、日米同盟を維持していても、日本自身が十分な防衛能力と外交戦略を持ち、米国の政策に異議を唱えることができるのであれば、一定の自主性を持つことは可能である。したがって本当の意味での自立とは、米国から距離を置くことではない。米国と協力する場合にも、協力しない場合にも、それを日本自身の国益に基づいて選択できる能力を持つことである。
8.戦後日本モデルの限界
戦後日本の安全保障モデルは、米国の圧倒的な軍事力、日本の経済力、中国の相対的弱さ、北朝鮮の限定された軍事能力など、特定の国際環境の下で成立した。しかし21世紀にはその条件が変化している。中国は巨大な経済力と軍事力を持つ国家となり、北朝鮮は核兵器と弾道ミサイルを保有し、ロシアも核大国として存在する。一方、米国には世界各地で同盟国を単独で防衛し続ける能力と意思をどこまで維持できるのかという問題がある。この環境下で、戦後日本が当然視してきた安全保障は米国、経済は日本という分業モデルをそのまま維持できる保証はない。だからこそ著者たちは、立場が違っていても、戦後型安全保障を当然視する時代は終わりつつあるという点では共通している。結局のところ、日本が自国の生存について最終的な責任は自ら負わなくてはならないという自明の論理に集約される。戦後日本は、米国に安全保障の重要部分を依存することによって平和と経済的繁栄を実現した。その選択には十分な合理性があり、日米同盟が日本の安全保障に果たしてきた役割を過小評価することはできない。しかしその成功の代償として、日本は自国の安全保障について全面的に考える能力と責任をある程度米国へ委ねてきた。今後問われるのは、日米同盟を維持するか否かだけではない。核抑止力をどこまで米国に依存するのか、通常戦力をどこまで自ら整備するのか、米軍基地の負担をどうするのか、外交による危機回避をどの程度重視するのか、そしてそのために国民がどれほどの経済的・政治的負担を引き受けるのかという問題である。日本の安全保障問題の本質は、核武装か非核か、日米同盟か自主防衛か、軍事力か外交かという単純な二者択一ではない。必要なのは、日本が何を守り、そのためにどこまでのリスクと負担を引き受けるのかを自ら決定できる国家戦略を持つことである。著作を総合すれば、戦後日本が直面している最大の課題は、米国に守ってもらう国家から、日米同盟を活用しながらも、自国の安全について最終的には自ら考え、自ら選択し、その結果に自ら責任を負う国家へ移行できるかどうかにある。日本の安全保障における真の自立とは、米国との同盟を捨てることでも、核兵器を持つことでもない。国家存立に関わる選択を、他国の意思ではなく、日本自身の戦略と判断によって決められる状態をつくることである。欧米の侵略から国家を守り抜いた日本国は必ずやそれを達成できると信じている。
2026年8月15日
國井正人
日本核武装の論点(書評)
日本核武装の論点-国家存立の危機を生き抜く道
2006年9月刊
中西輝政編著
本書は日本の核武装をめぐる複数の論者の論考・鼎談を収録した論集である。北朝鮮の核・ミサイル開発、中国の軍備拡大、核拡散防止条約(NPT)体制の動揺という国際環境の変化を背景として、日本が自国の安全、繁栄、独立をどのように守るべきかを核武装という従来タブー視されてきた問題から問い直したものである。中西輝政は1947年大阪府生まれの国際政治学者、国際関係史研究者である。京都大学大学院で国際政治学を学び、英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院に留学し、米国スタンフォード大学客員研究員などを経て、京都大学大学院人間・環境学研究科教授となった。専門は国際政治学、国際関係史、文明史であり、単に現在の外交問題を分析するだけでなく、大英帝国をはじめとする大国の興亡、文明の盛衰、国家意思と外交戦略という長期的な歴史的視点から日本の安全保障を論じてきた。本書は戦後日本が当然視してきた安全保障政策を再検討すべき時期に来ているという問題意識を強く打ち出している。
1.核武装以前に議論できる国家か
本書の出発点は、日本は直ちに核兵器を保有すべきであるという単純な核武装論ではない。むしろ中心にあるのは、日本の安全保障を左右する重大な選択肢について、核兵器という言葉だけを理由に議論を封印してよいのか、という問題提起である。核武装について議論することそれ自体が安全保障政策の一部になり得るという発想である。北朝鮮は核開発を進め、中国も急速な軍備増強を続けていた。こうした状況のなかで、日本だけが核兵器について議論することさえ避け続ければ、周辺諸国から日本には最終的な対抗手段を選択する政治的意思がないと判断されかねない。中西にとって核武装論は、核爆弾を何発製造するかという兵器論以前に、国家が自国の生存についてあらゆる選択肢を検討できるかという国家意思の問題である。核武装を実行するか否かとは別に、核武装という選択肢を自ら封印している状態が、外交交渉上の弱点となり得るという認識が本書全体を貫いている。
2.米国の核の傘は永遠に絶対ではない
本書が投げかける第二の大きな問いは、戦後日本の安全保障の根幹である米国の拡大核抑止、いわゆる核の傘が将来にわたって無条件に機能すると考えてよいのか、という問題である。冷戦期には米国の圧倒的な核戦力を背景として、ソ連が日本を核攻撃すれば米国が報復するという構図に一定の信頼性が存在した。しかし、中国や北朝鮮が米国本土を核攻撃できる能力を持つようになった場合、問題の性質は変わる。たとえば東京が核攻撃された際、米国大統領はニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルスなどへの核報復を覚悟して、本当に日本のために核兵器を使用するのか、という拡大抑止の信頼性の問題が生じる。日米同盟を現実主義的に考えるためには、米国の国益と日本の国益が常に完全に一致するとは限らないことを認識しなければならない。日本の安全保障を米国の意思だけに依存させることが国家として持続可能なのかという疑問が、本書の核武装論の根底に存在する。
3.中国の核戦力と日本の戦略的脆弱性
中国の核戦力を単なる米中間の問題として考えてはならない。中国は急速な軍備拡張を進めており、中国の軍事予算が1989年以降高い伸び率を続け、日本が導入を進めていたミサイル防衛を無効化し得る兵器群の開発も進んでいる。ここで問題となるのは、核兵器の役割が実際に使用することだけではないことである。核兵器を背景とした威嚇によって相手国の政治的選択を制約することができる。中国が核戦力を持ち、日本が独自の核抑止力を持たない場合、台湾有事や東シナ海などをめぐる危機に際して、中国側が核によるエスカレーションの可能性を示すだけでも、日本の政策決定に心理的・政治的圧力を加える可能性がある。その意味で本書が問題視するのは、単純な中国が日本に核兵器を撃つか否かではない。核保有国と非核保有国との間に存在する戦略的な非対称性である。
4.北朝鮮の核ミサイル開発
北朝鮮問題も本書の重要な背景である。北朝鮮の核保有が意味するのは、日本が第二次世界大戦後初めて、核兵器と日本を直接射程に収める弾道ミサイルを組み合わせた国家と現実に向き合うことである。この状況では、通常兵器による防衛やミサイル防衛だけで十分なのか、あるいは相手に攻撃を断念させる報復能力が必要なのかという問題が生じる。本書はこの問題を通じて、日本の安全保障政策が攻撃されたときにどう防ぐかという防御中心の発想に偏ってきたことを問い直す。抑止とは攻撃を防ぐ技術だけではなく、攻撃すれば耐え難い損害を受けると相手に認識させることでも成立するからである。
5.国家意思なき外交への批判
北朝鮮による日本人拉致問題、核・ミサイル問題、中国との安全保障上の摩擦などを前にして、日本が何を絶対に守るのか、どこまでなら譲歩できるのか、どの段階で実力による対抗措置を取るのかという国家としての意思が明確でなければ、外交交渉が弱くなる。本書における核武装論は、実際には国家意思論と密接につながっている。核兵器を持つか持たないか以上に重要なのは、日本が自国の生存と国民の安全について最終的な責任を引き受ける国家になれるのかという問題である。
6.核武装と国民の覚悟
核兵器は単なる高性能兵器ではない。保有を決定すれば、NPT体制との関係、日米同盟、周辺諸国との外交、国際社会からの制裁や批判、国内世論、原子力政策など、国家のあり方全体に巨大な影響を及ぼす。そのため核武装は、技術的に可能かどうかだけで決められる問題ではなく、国民がその外交的・経済的・軍事的コストまで引き受ける覚悟を持てるかという政治問題になる。ここで本書が強調するのは、日本には核兵器を製造する技術があるから核保有国になれるという単純な技術決定論ではない。技術能力と核抑止力の成立との間には大きな距離がある。核兵器を保有した場合に、誰が使用を決定し、どのような場合に使用し、相手の先制攻撃を受けても報復能力を残せるのかという指揮統制と生存性の問題まで考えなければ、本当の意味での核抑止力にはならない。
7.日本核武装の具体的スケジュール
抽象的な核武装論から離れて、日本が核抑止力を持つと仮定した場合に何が必要になるのかを検討する。ここで重要なのは、核兵器は単に核弾頭を製造すれば完成するものではないということである。運搬手段、指揮・通信システム、警戒監視能力、核戦力を敵の第一撃から生き残らせる仕組などを含めて初めて核抑止力が成立する。その意味で本書は、日本は原子力技術を持っているから短期間で核武装できるといった単純化された議論よりも広い安全保障システムの問題として核武装を考えようとしている。同時に、核武装の可能性について具体的な検討を行っているという事実そのものが、本書の狙いを象徴している。核武装を直ちに実行することよりも、日本にも最終的にはその選択肢が存在すると周辺諸国に認識させることが外交的・戦略的効果を持ち得る。
8.NPT体制と核の不平等
NPTは核兵器国を限定し、それ以上の核拡散を防ぐことで世界の安定を維持しようとする制度である。しかし現実にはインド、パキスタン、北朝鮮などの核問題が生じ、核拡散を完全には防止できなかった。本書はこの現実を踏まえ、日本だけが従来の核秩序が永続することを前提として安全保障政策を構築する危険性を指摘する。世界の核情勢はむしろ拡散方向へ向かっている。本書は核軍縮を否定するというより、核軍縮という理念と、核兵器が現実に拡散している国際政治との乖離を直視せよと主張している。
9.自国の防衛に責任を持つ国への転換
戦後日本は米国との同盟によって安全保障の核心部分を米国に依存し、その一方で経済発展に国家資源を集中することによって繁栄を実現した。しかし中国の台頭、北朝鮮の核開発、核拡散、米国の相対的な力の変化が進めば、この戦後型安全保障モデルが永遠に維持できる保証はない。本書が最終的に問いかけているのは、日本は核兵器を持つべきかという一問だけではない。より根源的には、日本は自国の存立について最終的な責任を誰に負わせるのかという問いである。そのため本書における日本核武装は、一つの政策提言であると同時に、戦後日本の国家観を問い直すための思考実験としての性格を持つ。核武装を選択するにせよ、非核政策を維持するにせよ、あるいは米国の核抑止に依存し続けるにせよ、それぞれの選択がもたらす利益と危険を比較し、最終的には日本自身が国家として選択しなければならない。この意味で本書の核心は、核兵器の礼賛にあるのではなく、核武装という究極の選択肢さえ議論できない国家が、本当に自国の存立について主体的な戦略を持つことができるのかという問いを、戦後日本に突きつけたところにある。
核拡散時代生存の道(書評)
核拡散時代に日本が生き延びる道
独自の核抑止力の必要性
2020年4月刊
矢野義昭著
本書は、元陸上自衛隊陸将補で安全保障研究者の矢野義昭が、日本を取り巻く核戦力バランス、米国の核の傘の信頼性、通常戦力やミサイル防衛による核抑止の代替可能性、日本独自の核抑止力保有の合理性を論じた著作である。矢野義昭は1950年大阪府生まれの安全保障研究者、元陸上自衛官である。京都大学工学部機械工学科を卒業後、陸上自衛隊幹部候補生学校に入校し、以後第1師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを歴任し、陸上自衛隊小平学校副校長を最後に退官した。工学、中国思想、軍事実務という異なる領域を経験した経歴を持つ。専門分野として核抑止論、情報戦、安全保障戦略などを研究してきた。矢野の安全保障論の大きな特徴は、核兵器を実際に使用するための兵器としてだけではなく、相手に攻撃を断念させるための政治的・軍事的手段として捉える点にある。核兵器の最大の目的は核戦争を行うことではなく、報復能力を保持することで敵に攻撃しても利益を得られないと判断させ、戦争そのものを防止することにあるという核抑止論が、その議論の基本となっている。本書はそうした矢野の問題意識を、日本独自の核抑止力という最も踏み込んだ形で提示した著作である。
1.反核平和運動と平和
本書は「反核平和運動は何をもたらすのか」という挑発的な問いから始まる。そこでは被爆者の想いに報いる道は何か、核時代にどのようにすれば平和は保たれるのか、核恫喝の脅威と核恫喝に屈した場合の惨状という問題が論じられている。矢野の議論の出発点は、核兵器を道徳的に否定することと、現実に核戦争を防止することとは必ずしも同じではないという認識である。広島・長崎への原爆投下を経験した日本において核兵器廃絶を願うことは当然である。しかし、日本が核兵器を持たず、核兵器の廃絶を訴えれば、それだけで他国も核兵器を放棄する訳ではない。中国、ロシア、北朝鮮などが核兵器を保有している以上、日本だけが核抑止力を拒否することによって核戦争の危険が消滅する訳ではない。したがって重要なのは、核兵器をなくしたいという願望と、核兵器が存在する世界でどのように戦争を防ぐのかという安全保障政策を区別することである。核兵器を持つ相手が、核を持たない国家に対して核攻撃や核恫喝を行う可能性が存在する以上、それを阻止する現実的な手段を考えなければならない。ここで矢野が重視するのが核抑止である。相手が核攻撃を行えば、自国も確実に核報復を受けると認識させれば、合理的な指導者は核攻撃を思いとどまる。核兵器は使うために持つのではなく、相手に使わせないために持つという逆説的な性格を持つ。
2.東アジアの核戦力バランス
東アジアにおける核戦力バランスの変化では、勢力均衡の歴史、多極化する国際秩序、日米同盟、各国の核戦力などが検討される。矢野が重視するのは、冷戦時代の米ソ二極構造と現在の国際環境との違いである。冷戦時代には米国とソ連という二つの超大国が核戦力を中心として対峙し、相互確証破壊を背景とする比較的明確な抑止構造が存在した。しかし冷戦終結後には中国が急速に台頭し、北朝鮮、インド、パキスタンなども核兵器を保有するようになった。この結果、核秩序は米露を中心とする二極構造から、多数の核保有国が相互に影響を与える多極構造へ移行しつつある。日本にとって特に重大なのは、中国、ロシア、北朝鮮という複数の核保有国に近接していることである。しかも日本自身は核兵器を持たず、最終的な核抑止を米国に依存している。矢野はこの構造を、日本の安全保障における根本的な脆弱性として捉える。
3.核兵器は通常兵器で代替できるのか
「日本の核保有に合理性はあるのか」では、日本核武装に対する代表的な反論が検討される。日本は核保有しても意味がない、通常戦力で代替できるミサイル防衛で敵の核ミサイルを迎撃すればよいといった議論を取り上げ、それぞれを検討する。矢野は、通常兵器の精密攻撃能力がどれほど向上しても、核兵器特有の破壊力と政治的威圧力を完全に代替することは困難であると考える。通常兵器を大量に保有しても、核保有国が核兵器を背景として国家の存立を脅かしてきた場合、それと同等の報復を保証することは難しい。ここには核兵器を抑止できるのは最終的には核兵器であるという矢野の基本認識が存在する。通常戦力の強化は必要であるが、それは核抑止とは異なる役割を担うものである。
4.ミサイル防衛だけでは十分ではない
日本は弾道ミサイル防衛システムを整備してきたため、飛来する核ミサイルを撃ち落とせれば独自核戦力は不要ではないかという議論が成り立つ。しかし矢野は、ミサイル防衛を完全な防御手段とは見ていない。攻撃側が多数のミサイルを同時に発射したり、囮などを組み合わせれば、防御側の迎撃能力を飽和させる可能性がある。また技術の進歩によって極超音速兵器など新しい運搬手段が登場すれば、迎撃は更に困難になる。より根本的には、ミサイル防衛は飛んできた兵器を撃ち落とす仕組であって、敵に核攻撃を断念させる報復能力ではない。矢野は、防御と抑止を区別する。100%確実な防御が技術的に不可能である以上、敵に攻撃すれば自分も重大な損害を受けると認識させる報復能力が必要になる。
5.米国の核の傘を信頼できるか
本書は日本が核保有をすべき理由を検討する。その第1節には「米国の核の傘は信頼できるのか」という問いが置かれている。戦後日本は独自核戦力を持たず、米国の拡大核抑止に依存してきた。日本が核攻撃を受ければ米国が報復する可能性を示すことによって、敵国による日本への核攻撃を抑止する仕組である。しかし矢野が問題視するのは、敵国が米国本土を核攻撃できるようになった場合である。たとえば中国や北朝鮮が米国主要都市を核攻撃できる能力を持った状況で、日本が核攻撃されたとする。このとき米国大統領は、日本を守るために相手国へ核攻撃を行い、その報復として米国本土が核攻撃される危険を本当に受け入れるのかという問題が生じる。これは拡大核抑止に古くから存在するデカップリングの問題である。同盟国を守るために自国本土を危険にさらすという米国の意思を、敵国が信用しなければ抑止は弱まる。矢野が米国の核の傘を破れ傘と表現する背景には、この構造的問題がある。
6.核共有では問題は解決しない
矢野の議論を理解する上では、米国の核兵器を同盟国と共同運用する核共有と、独自核戦力を区別することも重要である。NATOでは米国の核兵器を欧州に配備し、一部の同盟国が核運用に参加する仕組が存在する。この方式を日本にも導入すべきだという議論は以前からある。しかし矢野の問題意識を突き詰めれば、最終的な核使用の決定権が米国に残る限り、核の傘の信頼性問題が完全に解消される訳ではない。日本の国家存立を最終的に守る抑止力を確実なものとするには、日本自身が意思決定できる独自の報復能力を持つ必要があるという方向へ議論が進む。
7.日本に核保有能力はあるのか
本書では日本の核保有は可能か?という問題も正面から検討されている。矢野は、日本には高度な原子力技術、核物質関連技術、宇宙・ロケット技術、精密機械、電子技術などが存在するため、潜在的な技術能力という意味では核兵器保有の基盤が存在すると評価する。ただし、ここで区別しなければならないのは核爆発装置を技術的に製造できることと信頼できる核抑止力を構築することは同じではないという点である。核抑止を成立させるには、核弾頭だけでなく、それを目標まで運搬するミサイルなどの手段、敵の先制攻撃から生き残る能力、安全な指揮・統制・通信システム、早期警戒能力、事故や誤射を防ぐ厳格な管理制度などが必要になる。更に日本はNPT(核兵器不拡散条約)の非核兵器国であり、独自核保有に進めば国際法、外交、日米同盟、経済制裁など重大な問題が発生し得る。本書はこれらの問題を踏まえながらも、国家存立という究極的利益から核保有の選択肢を排除すべきではないという立場を取る。
8.最小限核抑止という発想
矢野の核武装論を理解する上で重要なのは、日本が米国やロシア、中国のような巨大核戦力を構築する必要があると考えている訳ではない。核抑止の目的は敵国を完全に破壊することではない。敵が日本を核攻撃した場合に、日本からの報復によって到底受け入れられない損害を受けると敵指導部に認識させることができれば抑止は成立する。したがって重要なのは核兵器の単純な数よりも、先制攻撃を受けても生き残り、確実に報復できる能力である。この発想は一般に最小限抑止と呼ばれる考え方に近い。核戦争を戦って勝つことではなく、相手に核戦争を始めさせないために必要最小限の報復能力を確保するという思想である。
9.独自核抑止力と外交的自立
矢野の核保有論には、純粋な軍事問題だけでなく、日本の外交的自立という問題も存在する。日本が最終的な国家防衛を米国に依存している限り、日本外交には一定の制約が生じる。米国との同盟は日本の安全保障にとって極めて重要であるが、米国と日本の国益があらゆる状況で完全に一致するとは限らない。そのため矢野は、独自の抑止力を持つことによって日本が米国との同盟を破棄するのではなく、むしろ自国防衛についてより大きな責任を負える国家になるという方向から核問題を考える。ここには対米自立か日米同盟かという単純な二者択一ではなく、日米同盟を維持しながら日本の自立性を高めるという発想が存在する。
10.東アジアと新しい核抑止体制
本書の終章は東アジアの核抑止体制のあり方である。矢野にとって日本核保有論の最終目的は、核戦争を起こすことではなく、東アジアに安定した抑止構造を作ることである。中国、ロシア、北朝鮮が核兵器を持ち、日本だけが独自核戦力を持たない状況では、日本の国家存立が米国の意思に大きく依存することになる。そこで矢野は、日本自身が核抑止力を持つことによって、核保有国からの恫喝を受けにくくし、東アジアの戦略的均衡を回復する方向を提示する。ここに本書の最も重要な論理がある。矢野は日本が核兵器を使えるようにするために核武装すべきだと主張しているのではない。むしろ逆であり、日本に対して誰にも核兵器を使わせないためには、日本も確実な報復能力を持たなければならないという核抑止論から独自核戦力の必要性を導き出している。したがって本書全体を貫く問いは、核兵器は善か悪かではない。核兵器が既に存在し、中国、ロシア、北朝鮮という核保有国に囲まれた日本が、どのような仕組を作れば核攻撃や核恫喝を受けずに国家として生存できるのかという問いである。その問いに対して矢野が提示する結論は明確である。通常戦力もミサイル防衛も必要であり、日米同盟も重要である。しかし、それらだけでは国家存立に対する究極的な核脅威を完全には抑止できず、米国の核の傘にも構造的な信頼性問題が残る。故に日本は、自国の意思によって最終的な報復を決定できる独自の核抑止力を、安全保障上の現実的選択肢として検討すべきである。同時に、この結論は日本の核保有に伴うNPT体制との衝突、周辺国の核軍拡を誘発する可能性、危機時の先制攻撃誘因、日米同盟への影響、莫大な政治・外交コストといった反対論を自動的に解消するものではない。本書はあくまで独自核抑止力を支持する立場から核論議の基盤を提示した著作であり、その主張の妥当性を評価するには、こうした反対側の戦略的リスクと併せて検討する必要がある。しかし、日本の核問題を唯一の戦争被爆国だから議論しないという次元にとどめず、核抑止、核の傘、通常戦力、ミサイル防衛、国家の自立という観点から体系的な安全保障問題として問い直したことが、本書の最大の特色である。
専守防衛克服の戦略(書評)
専守防衛克服の戦略
日本の安全保障をどう捉えるか
2012年7月刊
樋渡由美著
本書は、戦後日本の安全保障政策を支えてきた専守防衛という考え方を、単に憲法論や自衛隊の装備論としてではなく、戦略論、日米同盟、政治制度、防衛予算、シビリアン・コントロールという幅広い観点から再検討した研究書である。樋渡由美は1955年生まれの政治学者、国際関係研究者である。専門は外交政策と日本の安全保障。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程を修了し、上智大学外国語学部教授となり、現在も上智大学国際関係研究所の客員所員として外交政策、日本の安全保障を研究している。MIT安全保障研究プログラム客員研究員、政府の安全保障と防衛力に関する懇談会委員、防衛施設中央審議会委員を歴任しており、学問として安全保障を研究するだけではなく、日本政府の安全保障・防衛政策形成にも関与してきた。
1.専守防衛はなぜ問題なのか
本書の出発点は、戦後日本の防衛政策の基本原則となってきた専守防衛の再検討である。日本政府は専守防衛を、相手から武力攻撃を受けたときに初めて防衛力を行使し、その行使も自衛のための必要最小限にとどめ、保持する防衛力についても必要最小限に限定する受動的な防衛戦略の姿勢と説明してきた。樋渡はこれをより戦略論的に整理し、専守防衛とは攻撃と防御を明確に区分することが可能であるという前提に立って、日本が防御に専念し、攻撃的兵器を保有しないという発想であると捉える。しかし著者が問題とするのは、現実の軍事行動において攻撃と防御をそれほど明確に区別できるのか、ということである。攻撃を防ぐためには相手の攻撃能力を無力化する必要がある場合があり、防御のための軍事行動が敵側から見れば攻撃に見えることもある。専守防衛はこの軍事戦略上の曖昧さを十分に考慮せず、攻撃兵器と防御兵器という静的な区分を前提としてきた。更に重要なのは、専守防衛が単なる自衛隊の運用原則ではなく、戦後日本の安全保障政策全体を規定する思考の枠組になってしまったことである。著者によれば、戦後日本では憲法第9条をめぐる政治的対立の中で、どのような安全保障環境に直面し、その脅威にどう対処するのかという戦略的な議論より先に、日本がしてよいこと、してはならないことを国内政治上決める発想が強くなった。その結果、安全保障環境が変化しても政策の基本構造が変化しにくい状態が生まれた。樋渡が克服しようとするのは、単なる防御中心の軍事作戦ではない。安全保障環境の変化にかかわらず一定の軍事的制約を固定し、その枠内で政策を考えるという思考方法そのものである。
2.日本には戦略が欠けている
樋渡は戦略を、変化する環境に適応しながら達成すべき目的を明確にし、その目的に最も適切な手段を選択していく思考であると捉える。戦略とは単なる軍事計画ではなく、何を守るのか、何を目的とするのか、そのためにどのような手段を用いるのかを絶えず組み替える動的な思考である。本書ではクラウゼヴィッツやリデル・ハートなどの古典的戦略論に加え、合理的アクター論、ゲーム理論、キューバ危機、米国の海洋戦略などを用いながら、戦略とは何かが説明される。戦略とは固定的な原則を忠実に守ることではなく、相手の行動、自国の能力、国際環境の変化を読みながら目的と手段を調整し続けることである。この観点から見ると、日本の専守防衛には根本的な問題が生じる。専守防衛は日本は防御に徹するという結論を最初に置き、その枠内で必要な防衛力を考える。これに対して戦略的思考では、まず国民と国家の安全という目的があり、その目的を達成するために必要な軍事力、外交力、経済力、同盟関係などを総合的に考えるべきである。樋渡の主張は、専守防衛から攻撃型防衛へ移れという単純なものではない。目的から手段を考える本来の戦略的思考を復活させ、その結果として専守防衛が妥当であれば採用し、妥当でなければ変更するという政策形成に転換すべきだである。
3.防衛計画の目標と国家戦略の違い
樋渡は、日本の防衛計画の大綱についても厳しい評価を行っている。しかし樋渡によれば、1995年と2004年の大綱では、冷戦終結後の新しい安全保障環境を認識しながらも、結局は専守防衛という従来の枠組を維持した。北朝鮮の核・ミサイル、中国の軍事力拡大、国際テロ、海賊など、冷戦期とは異なる多様な脅威が現れているにもかかわらず、安全保障思想の根本的な転換には至らなかった。更に著者は、防衛大綱が日本が何を守り、どのような世界を目指し、そのために何をするのかを説明する国家戦略ではなく、必要な部隊数や装備体系を整備するための行政文書のようになってしまったことを問題視する。安全保障政策とは、本来、国民に対して国家が直面する脅威とその対処方法を説明し、どの程度の負担を国民に求めるのかまで明らかにすべきものである。その説明が欠けていることこそ、日本の防衛大綱が国家戦略になりきれない理由である。
4.静的な役割分担からの転換
戦後の日米同盟には、日本が基地を提供し、自衛隊が日本周辺の防衛を担当する一方、米国が日本防衛のための攻撃能力や核抑止力を提供するという非対称的構造が存在した。樋渡は、専守防衛を前提とした日米同盟を静的な分業関係として捉える。この仕組は、主たる脅威がソ連であり、日本と米国がその脅威への対応に集中できた冷戦時代には一定の合理性を持っていた。しかし冷戦後には脅威が多様化した。北朝鮮の核・ミサイル、中国の軍備拡大、東シナ海・南シナ海の緊張、国際テロ、海賊、非国家主体など、誰がどこからどのような形で脅威をもたらすのかが不確実になった。この環境では、日本が防御、米国が攻撃という固定的な役割分担だけでは十分な対応が難しくなる。したがって日米同盟を本当に強化するためには、単に在日米軍基地を維持したり、自衛隊の装備を増やしたりするだけでは足りない。日米両国が共通する安全保障上の目的を定め、その目的のために互いの能力をどのように組み合わせるのかという戦略的協議が必要になる。この文脈から樋渡は、アジア太平洋を海洋戦域として理解することを重視する。日本は四方を海に囲まれ、エネルギーや食料をはじめ多くの物資を海上輸送に依存している。そのため日本の安全保障は領土防衛だけでは成立せず、海上交通路、周辺海域、米海軍との協力を含む広範囲な海洋安全保障の問題として考える必要がある。本書が米国の海洋戦略を重視し、海上自衛隊の能力、特に対潜戦能力の強化に言及するのもそのためである。
5.GDPから防衛予算を考える弊害
本書の特徴的な主張の一つは、日本の安全保障問題が防衛省だけの問題ではなく、戦後日本の政治経済体制そのものと深く結びついているという認識である。戦後日本では経済成長が国家政策の最優先課題となり、防衛については米国に大きく依存することで、限られた国家資源を経済発展へ投入することが可能となった。この構造は高度経済成長を実現する上では大きな効果を持ったが、同時に防衛政策を経済政策に従属させる政治文化を形成した。その象徴が防衛費のGDP比という考え方である。著者が問題視するのは、数字自体よりも、安全保障上何が必要なのかを検討した結果として防衛費を決めるのではなく、防衛費はGDPの一定割合以内という政治・財政上の制約を先に置き、その範囲で防衛政策を設計してきたことである。戦略的な安全保障政策であれば、まず脅威を分析し、国家として何を守るのかを決め、そのために必要な能力を算定し、最後に国民が負担すべき費用を議論するべきである。ところが日本ではその順序が逆転し、財政上の上限から防衛政策を考える傾向が強い。
6.安全保障は改革されなかった
樋渡は更に、1990年代から2000年代に行われた日本政治の構造改革を安全保障の視点から読み直している。橋本龍太郎政権では中央省庁再編など大規模な行政改革が行われ、小泉純一郎政権では郵政民営化、規制改革、経済財政諮問会議による政策決定など、それまでの1955年体制を変える改革が進められた。しかし樋渡によれば、これほど大きな政治構造改革が行われたにもかかわらず、安全保障・防衛政策は改革の中心から取り残された。橋本改革では防衛庁の省昇格が実現せず、小泉政権の経済財政諮問会議でも安全保障政策は主要議題とならなかった。小泉政権では9・11後のインド洋への自衛隊派遣やイラク派遣など、戦後日本の安全保障政策としては大きな変化が起きた。しかし、それらが個別の危機に対応した政策変更にとどまり、日本の安全保障戦略を組み替える包括的改革にはならなかった。専守防衛克服とは、兵器体系を変えるだけでは実現しない。戦後日本の政治構造を改革し、安全保障を経済・社会保障・財政と並ぶ国家の中心的政策分野として位置づけ直さなければならない。
7.シビリアン・コントロールのあり方
政治と軍事では、シビリアン・コントロール(文民統制)が扱われる。日本では戦前の軍部独走に対する強い反省から、自衛隊を政治の統制下に置くことが極めて重視されてきた。この原則自体は民主主義国家として当然のものである。しかし樋渡が問題とするのは、シビリアン・コントロールを軍人を政策決定から遠ざけることと同一視してしまうことである。本来の文民統制とは、軍事専門家を政策形成から排除することではなく、最終的な政治判断を民主的に選ばれた政治指導者が行うことである。そのためには政治家が軍事専門家から十分な情報と助言を受け、それを外交、経済、国内政治などの要素と統合して決定する必要がある。樋渡は、日本では政治と軍事の距離を過度に取った結果、自衛隊の制服組が有する軍事上の専門知識が国家レベルの安全保障政策に十分反映されない構造が形成された。本書ではその改善策として、安全保障を扱う政府中枢の会議に自衛隊幹部が恒常的に参加し、首相や政治指導者に軍事的見地から直接助言できる仕組の必要性にも言及している。重要なのは、これは軍人に政治を任せるという意味ではない。むしろ政治が最終責任を引き受けるためには、軍事について十分な情報を得ることが必要であり、その上で政治指導者が決断するという、本来のシビリアン・コントロールを確立すべきだという考え方である。
8.専守防衛の克服とは先制攻撃論ではない
本書は、専守防衛を廃止し、日本を攻撃的な軍事国家に変えることを主張した本ではない。樋渡が克服すべきだとするのは、何よりも安全保障政策を固定的な原則から逆算する思考である。国家が直面する安全保障環境は常に変化する。脅威も変化し、技術も変化し、同盟国の能力も変化する。それにもかかわらず、この種類の兵器は持たない、この範囲を超えて活動しないという制約だけを固定してしまえば、政策手段と安全保障環境との間に乖離が生まれる。したがって克服とは、先制攻撃を自由化するという意味ではなく、何が専守防衛に該当するかという議論を安全保障政策の出発点にすることをやめ、まず国家が守るべき利益と直面する脅威を定め、その目的のために必要な政策手段を選択する発想へ転換することである。この点こそ本書を理解する上で最も重要である。専守防衛を廃止すること自体が目的なのではない。戦略を目的と手段の関係として考え直した結果、専守防衛という固定的枠組が相対化される。日本の従来の固定的・静的な安全保障思考から、変化する環境に適応する動的な戦略思考への転換が必要である。
9.国民に安全保障のコストを示す
樋渡が重視するもう一つの視点が、国民と安全保障政策との関係である。安全保障政策は専門家や政治家だけが決めるべきものではない。防衛力を強化すれば当然財政負担が増え、社会保障や教育など他の政策に使える財源が減る可能性がある。一方、防衛費を抑えれば安全保障上のリスクをより多く受け入れることになる。安全保障とは、安全か福祉かという単純な二者択一ではなく、どの程度の安全をどの程度の負担で確保するのかという国民的選択である。樋渡は、政治構造改革を進める中で政府が本当にしなければならないことは何かを改めて問い、その中で国家防衛の優先順位を国民的に議論すべきだと考える。安全保障政策を国民に開かれた議論とし、そのために必要な費用とリスクを明らかにすることによって初めて、戦略に基づいた防衛政策が可能になる。この議論からは、憲法改正、防衛予算決定過程の透明化、防衛費の見直し、陸海空自衛隊への予算配分の再検討、海上自衛隊の能力強化、政軍関係の再構築など、かなり具体的な政策方向も導き出されている。
10.戦略にもとづいた安全保障政策
終章で本書の議論は一つに収斂する。日本に必要なのは、新しい兵器を一つ増やすことでも、日米同盟を単純に強化することでも、憲法を変えることだけでもない。それらを包括する国家としての安全保障戦略を確立することである。戦略とは、まず日本が何を守るのかを明らかにすることである。国民の生命、領土、主権、経済活動、海上交通路、国際秩序など、守るべき国家利益を定義する。その上で、日本を取り巻く脅威と国際環境を分析する。そして外交、日米同盟、自衛隊、経済力、技術力などをどのように組み合わせれば国家目的を達成できるのかを考える。この順序が重要である。戦後日本では、憲法上可能か専守防衛に反しないか、防衛費1%以内かという制約から安全保障政策を考える傾向が強かった。樋渡はその思考を逆転させ、国民を守るためには何が必要なのかという国家目的から政策を組み立てるべきだと主張する。本書の最も重要な主張を一言で表現すれば、日本の安全保障に欠けていたのは単純な軍事力ではなく、国民をどのように守るのかという国家目的を明確にし、変化する国際環境に応じて外交・同盟・軍事・財政を柔軟に組み合わせる戦略である。専守防衛の克服とは、その戦略的思考を日本の政治に取り戻す試みである。
対米従属の謎(書評)
対米従属の謎
どうしたら自立できるか
2017年1月刊
松竹伸幸著
本書は、第二次世界大戦後70年以上を経ても、なぜ日本と米国の関係には基地、司法、安全保障政策などの分野で著しい非対称性が残っているのかを、占領期から旧日米安保条約、1960年の新安保条約、沖縄返還、現代の日米同盟まで遡って検討した著作である。松竹伸幸は、単純に米国が日本を従属させていると説明するのではなく、日本自身が独自の安全保障戦略を形成できなかったことに対米従属が続く根本原因を求めている。松竹伸幸は1955年、長崎県生まれのジャーナリスト、安全保障・外交問題の研究者である。一橋大学社会学部卒業。大学在学中には全日本学生自治会総連合(全学連)の委員長を務めた。その後、日本共産党本部職員、国会議員秘書、同党の安保外交部長などを歴任し、安全保障・外交政策の実務的研究に長く携わった。2006年、自衛隊をめぐる政策認識の相違などを背景として党職員を退職し、同年かもがわ出版に入社した。その後、編集長を経て編集主幹となった。2014年には元内閣官房副長官補の柳澤協二、国際政治学者の伊勢﨑賢治、加藤朗らとともに自衛隊を活かす会の活動に関わり、事務局長を務めてきた。この団体は、憲法九条を含む現行憲法の下で自衛隊をどのように位置づけ、日本の安全保障に活用するかを考える立場を取っている。日米関係の従属性を批判しながらも、現実に存在する自衛隊の役割や抑止、防衛戦略を否定せず、日本自身が独自の安全保障戦略を構築しなければ本当の対米自立は実現しないと考えるところに特色がある。
1.対米従属の現実
本書で松竹がまず取り上げるのは、抽象的な外交論ではなく、日本国内に駐留する米軍をめぐる具体的な権利関係である。裁判権があるのに裁判をしない不思議日本、全土がアメリカの訓練基地なのか、ドイツは主権のために地位協定を改定したという三つの問題を通じて、日本と米国の関係が他の米国同盟国と比較しても特異であることを明らかにしようとする。松竹が重視するのは、形式上、日本が主権国家であり裁判権を持ち、米軍も日米地位協定などのルールに従って駐留しているにもかかわらず、実際の運用では米側に極めて広範な裁量が認められてきたという点である。本書の問題意識は、日本がドイツ、イタリア、フィリピンなど他の米国同盟国とも異なる明らかに不平等な関係にあることから出発する。ここで比較対象となるのがドイツである。戦後ドイツにも長期間、米軍を含む外国軍が駐留してきた。しかしドイツは主権回復の過程で駐留軍との関係を繰り返し交渉し、国内法との整合性やドイツ側の権限を拡大する方向で制度を改めてきた。松竹にとって重要なのは、米軍がいることが従属なのではなく、米軍が駐留していても主権国家として交渉し、ルールを変えていくことができるかどうかである。したがって本書における対米自立とは、直ちに米軍をすべて撤退させたり、日米関係を断絶したりすることを意味しない。日本が自国の国益と主権を基準として米国と交渉できる状態を作ることが、自立の第一歩である。
2.日本とドイツの占領政策
従属の原点-日本とドイツの占領の違いでは、なぜ日本とドイツが同じ敗戦国でありながら、その後の対米関係に大きな違いが生まれたのかが検討される。本書は占領期にアメリカの意図が貫かれたかどうか、対米自主性のある人物が支配層になったか、独立と同盟への過程でも違いが広がるという三つの観点から比較を行う。日本とドイツはともに第二次世界大戦の敗戦国であるが、占領形態は同じではなかった。日本は実質的に米国を中心とする占領統治を受けたのに対して、ドイツは米英仏ソの四カ国による分割占領となった。この違いによって、戦後政治の再建過程にも差が生じた。日本では米国が占領政策の方向を強く規定し、冷戦が進むにつれて日本を反共陣営に組み込むことが重要な政策目標となった。日本の政治指導者も、安全保障を米国に依存しながら経済復興に集中することを現実的な国家戦略として受け入れていった。一方のドイツでは、複数国による占領と東西分断というさらに厳しい条件を経験しながら、西ドイツ政府は同盟関係の内部で自国の主権を段階的に回復することに力を注いだ。松竹が注目するのは、ここで形成された政治指導層の姿勢である。日本の場合、米国と距離を取って独自性を追求することよりも、米国との関係を安定させ、その庇護の下で国家再建を進める政治勢力が戦後政治の中心を占めた。それが結果的に、対米依存を一時的な戦後措置から恒常的な国家構造へと変化させた。
3.独立しても占領構造を残す仕組
従属の形成では、1951年に締結され、1952年の日本の主権回復とともに発効した旧日米安全保障条約が扱われる。松竹が問題とするのは、日本がサンフランシスコ講和条約によって形式上は独立したにもかかわらず、その安全保障面では米国への依存関係を強く残したことである。旧安保条約では米軍が日本に駐留し続ける一方、日本防衛に対する米国側の義務は現在の日米安保条約ほど明確ではなかった。日本側は基地を提供し、米軍の行動を受け入れるが、米国側との関係は完全な相互性を持たない構造となっていた。松竹は、この時期に形成された法制度や行政上の慣行がその後の日米関係に長期的な影響を与えたと見る。占領期には占領軍が特別の権限を持つことは当然である。しかし問題は、独立後にも占領期に生まれた米軍優位の慣行がさまざまな形で残されたことである。その意味で日本の対米従属は、単に一つの条約によって生じたのではない。占領から独立へ移行する過程で米国に安全保障を依存することを前提に国家を再建するという選択をした結果、制度、慣行、外交姿勢が一体となって形成されたものである。
4.1960年安保改定と従属
従属の展開では、1960年の日米安全保障条約改定が検討される。本来この改定は、旧安保条約の非対称性を是正し、日本の自主性を高めるためのものであった。実際、新条約では米国による日本防衛義務が明確化され、制度上は旧安保より双務性が強められた。松竹もこの点を否定している訳ではない。むしろ本書は自主性の回復が新安保条約の建前だったのに、なぜ従属が続いたのかという問いを立てている。松竹の答えは、条約本文を改定するだけでは、既に積み重なった政治的・行政的慣行を消すことができなかったというものである。長期間にわたって米軍の要求を受け入れ、安全保障の最終責任を米国に委ねる政策を続けているうちに、それが例外的な措置ではなく、日本政府の政策決定の通常の前提となっていった。松竹はこれを積み重ねが従属を慣行にするという表現で整理している。この指摘は本書全体を理解するうえで重要である。松竹は対米従属を単なる米国からの強制だとは考えていない。米国側に要求が存在するにしても、それを受け入れ、更に受け入れることを当然視する日本側の政策形成過程が存在するからこそ、従属は長期化する。
5.沖縄返還と決定権
対米従属の深化を象徴する問題として、沖縄返還と米国の核政策を取り上げる。ここで松竹の問題意識は、基地の土地利用や米軍人の事件処理よりも更に根源的な問題に向かう。国家主権の究極的な内容とは、自国が戦争をするのか、どのような手段で防衛するのか、どこまでリスクを負うのかを自国が決定できることである。しかし日本は、核兵器を自国では持たず、米国の核抑止力に依存するという政策を選択してきた。これは日本が自ら核兵器を保有しないという意味では国内世論に適合する一方、日本の存亡に関わる最終的な核使用の判断を米国に委ねる構造でもある。松竹にとってここに、基地問題より深い対米従属が存在する。日本は、米国の核兵器には依存する。しかし核兵器をいつ、どのように使うのかという最終的判断には主体的に関与しない。その結果、国の生死を左右しかねない安全保障上の最終判断を他国に委ねるという矛盾を抱えることになる。
6.鳩山政権の普天間挫折
従属の深層では、問題は現代政治へ移る。その最初の事例が、2009年に成立した鳩山由紀夫政権による米軍普天間飛行場移設問題である。鳩山政権は普天間基地の移設先を沖縄県外あるいは国外へ変更する可能性を模索した。しかし最終的には従来の日米合意に近い辺野古移設案へ戻り、鳩山政権も短期間で退陣することになった。松竹は、この失敗を単純に米国の圧力に屈したとは捉えない。より重要な問題として、日本側に米軍基地の配置を変えた後、日本をどのように防衛するのかという独自の安全保障戦略がなかったことを見る。米国に対してこの基地はいらないと主張するだけでは交渉は完結しない。それならば日本の防衛をどのように構成し、米軍の役割を何で代替し、地域の抑止力をどう維持するのかという代案が必要となる。対米従属を批判するだけでは、対米従属から抜け出すことはできない。米国の要求を拒否するだけではなく、米国が担っている安全保障機能を日本がどのような方法で置き換えるのかという現実的戦略を持たなければ、自立は実現しない。
7.対米従属の最深部は核の傘への依存
本書の核心は日本型核抑止力依存政策とその形成過程にある。松竹は、日本が米国に従属する根本原因を、日米地位協定だけに求めない。地位協定を改定し、米軍基地に対する日本側の権限を拡大したとしても、日本の安全保障の最後の部分を米国の核戦力に依存している限り、完全な自主性は得られない。戦後日本は核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずという非核政策を重視する一方、安全保障上は米国の核抑止力(いわゆる核の傘)に依存してきた。松竹が注目するのは、この政策が持つ二面性である。日本自身が核兵器を保有する政治的・道徳的責任を負わずに、米国の核兵器による抑止効果だけを享受することができる。この仕組は戦後日本にとってある意味で合理的であり、経済成長にも有利であった。しかし同時に、その代償として日本は安全保障の究極部分を米国に委ねることになった。このため松竹は、日本の対米従属を単純に米国が日本を支配していると説明するのではなく、日本が自国防衛の究極的責任を全面的に負うことを避け、その役割を米国に委ねてきた結果として生まれた依存関係である。
8.反米だけでは自立できない
この点から、本書は従来の対米従属批判にも重要な疑問を投げかける。基地撤去、日米地位協定の改定、安保条約反対などを主張することはできる。しかし、米軍の役割を減らした後、日本の安全保障を誰がどのように担うのかという問いに答えなければならない。日本を取り巻く安全保障環境が存在する以上、米軍の役割を縮小すれば、その分を日本自身が担うか、別の国際的な安全保障制度によって代替する必要がある。松竹の議論が伝統的な反安保論と大きく異なるのはここである。米国との軍事関係を弱めれば自動的に平和になるとは考えない。むしろ対米自立には、それまで米国に委ねてきた防衛上の責任を日本自身が引き受ける覚悟が必要になる。したがって対米従属からの脱却は、日本にとって必ずしも楽な選択ではない。基地負担を軽減できる可能性がある一方、防衛費、自衛隊の能力、国民の安全保障上の責任などは逆に重くなる。本書が対米自立を単純な反米ナショナリズムとして描かない理由はここにある。
9.独自防衛と通常戦力による専守防衛
ここで松竹は、日本が独自の安全保障戦略を形成する必要性を論じる。松竹は、日本が米国に代わる大規模な核戦力を保有すべきだとは考えない。むしろ核兵器に依存しない防衛戦略を構築し、日本自身が通常戦力を中心として自国の防衛に責任を持つ方向を模索する。その基本的発想は、日本が他国を侵略・占領するための軍事力を持つのではなく、日本への攻撃を阻止し、仮に攻撃を受けた場合にも相手に目的を達成させないだけの通常戦力を整えるというものである。松竹は、従来の専守防衛を単なる軍事力を小さくするための理念としてではなく、日本が自ら責任を負う独立した防衛戦略へ発展させようとする。この点は、核抑止力の強化によって対米自立を実現しようとする議論とは大きく異なる。本書の立場では、核兵器による報復能力ではなく、通常戦力によって日本への軍事侵攻を成功させない拒否的抑止を構築することが、自立の方向として重視される。
10.日本が自立できない本当の理由
本書全体を通じて松竹が到達する結論は、タイトルにある謎への答えでもある。日本の対米従属が続いてきたのは、米国が一方的に日本を服従させてきたからだけではない。占領期に形成された米国優位の制度、旧安保条約、新安保条約、基地問題、行政上の慣行などが積み重なったことは確かである。しかし、それを70年以上維持してきたより根本的な理由は、日本自身が米国なしに日本をどう守るのかという独自の国家戦略を構築してこなかったことにある。この意味で、本書の対米従属論は反米論というよりも、日本の自己責任論に近い。日本は米国によって安全保障を奪われた側面を持つ一方、自国で全面的な防衛責任を負うことの政治的・財政的・軍事的負担を避け、米国依存を選択し続けてきた。米国の核抑止力に依存し、米軍基地を受け入れる代わりに、日本自身の安全保障上の負担を抑えるという戦後型システムには、日本側にも利益が存在した。故に、そのシステムから抜け出すのであれば利益だけを残して負担だけを米国に返すことはできない。日本は自らの安全保障について判断し、その費用と危険を自ら負い、必要な通常戦力を整え、米国とも自国の戦略を持った上で交渉しなければならない。対米自立とは米国から離れることではなく、米国に頼らなくても自国の安全保障について自ら判断できる国家になることである。基地や日米地位協定の不平等を是正することは必要である。しかしそれだけでは対米従属の根源は解消されない。日本が米国の核抑止力と軍事力に代わる独自の防衛戦略を持ち、自国防衛の最終的責任を自ら引き受けることによって初めて、米国との関係も依存から対等な同盟へ変えることができる。
自発的隷従の日米関係史(書評)
自発的隷従の日米関係史
日米安保と戦後
2022年8月刊
松田武著
本書は、戦後の日米関係がなぜ対等な同盟関係になり切れず、日本側の対米追随が長期にわたって再生産されてきたのかを、占領、日米安保、文化交流、経済援助、沖縄返還などを通して分析した日米関係史である。松田武は1945年生まれの歴史学者であり、専門はアメリカ史、アメリカ対外関係史、日米関係史である。米国ウィスコンシン大学大学院歴史学研究科を修了し、その後、京都外国語大学学長を歴任した。松田の研究の大きな特色は、戦後の日米関係を軍事・外交だけで分析するのではなく、教育、文化交流、知識人、財団、経済援助などを含む米国のソフト・パワーから捉えてきたことである。松田が日米関係を分析する際に重視するのは、米国が日本に何を強制したかだけではない。なぜ日本の政治家、官僚、知識人、そして国民のかなりの部分が、米国との非対称的な関係を合理的、あるいは望ましいものとして受け入れてきたのかという問いである。そのため本書は、単純な反米史観でも、日米同盟礼賛でもない。対等でありたいという建前と米国に依存していたいという本音の間を揺れ動いてきた戦後日本の心理を研究対象としている。
1.自発的隷従とは何を意味するのか
本書全体を理解するために最も重要なのは、自発的隷従という言葉の意味である。通常、従属という言葉からは、強大な国家が弱小国家に命令し、弱小国家が仕方なく従う関係を想像する。しかし松田が描く戦後の日米関係は、それほど単純ではない。日本は米国から要求を受けるだけでなく、時には日本側から米国に関与や駐留を求め、その結果として生まれた関係を日本自身が望んだ関係として維持してきた。この構造を説明する際、松田が注目するのが米国外交の一つの特徴である。米国自身が欲するものを一方的に要求するのではなく、相手国の側からぜひそうしてほしいと求めさせることで、自国の目的を達成する外交手法(スマート・ヤンキー・トリック)である。この視点から見ると、日本は単純な被害者ではない。米国の政策を受け入れ、その政策から一定の利益を得て、更にその関係を維持することを日本自身が選択してきた主体でもある。その結果、米国から強制された従属と日本が選んだ従属とが重なり合う複雑な構造が生まれた。
2.米国とはどのような国家なのか
松田が最初に米国の歴史と文化を詳しく論じるのには理由がある。戦後の日米関係を理解するためには、日本側の事情だけを見ても不十分であり、日本が同盟を結んでいる米国がどのような歴史的経験、国家観、外交文化を持っているかを理解しなければならない。米国は自由、民主主義、平等を国家理念として掲げてきた一方で、先住民との関係、奴隷制、人種問題、海外膨張など、理念と現実の間に大きな矛盾を抱えてきた国家でもある。松田は、この普遍的価値を掲げる米国と国益を追求する大国としての米国の二面性を重視する。したがって米国外交も、自由や民主主義を拡大するという理念だけで行われる訳ではない。必要に応じて軍事力、経済援助、情報、教育、文化交流などを組み合わせ、相手国の政治や社会に長期的な影響を及ぼしてきた。松田がソフト・パワー研究を重ねてきたのも、この軍事力以外の影響力が戦後日本を理解するうえで不可欠だからである。
3.敗戦と占領
1945年の敗戦によって、日本と米国の力関係は決定的に変化した。それまで敵国であった米国は日本を占領する側となり、日本は政治制度、軍事、安全保障、教育、経済制度など広範な分野で米国の強い影響を受けることになった。この占領期の特徴は、当然ながら日本側に完全な選択の自由がなかった。その意味では、戦後初期の日米関係は自発的ではなく、敗戦国として強制された関係であった。しかし松田が重視するのは、この強制的関係が次第に日本側自身によって受容されていく過程である。戦後復興、共産主義への警戒、朝鮮戦争、冷戦激化などを背景として、日本の政治指導層の間では、米国と対立して独自路線を追求するよりも、米国の安全保障体制に組み込まれ、その軍事力に依存しながら経済復興を進める方が合理的だという認識が強まっていった。占領されたから米国に従ういう状態から、米国に依存する方が日本の利益になるから米国との関係を維持するという状態へ変化していった。
4.昭和天皇と沖縄
自発的隷従を象徴する事例の一つが、昭和天皇と沖縄をめぐる問題である。米国は西太平洋に軍事拠点を必要としていた。しかし同時に日本側にも、ソ連や共産主義勢力の拡大を警戒し、米国の軍事力によって安全保障を確保したいという動機があった。そのため米軍の日本駐留を米国が一方的に日本に押しつけたと説明するだけでは不十分となる。日本側にもそれを必要とする政治的理由が存在し、日本自身が米軍駐留を望むことによって日米安保体制が形成されていった側面がある。
5.占領から同盟への移行
1952年に日本はサンフランシスコ講和条約の発効によって形式的に主権を回復した。しかし同時に日米安全保障体制が成立し、米軍は日本国内に駐留し続けることになった。この段階で日米関係は占領国と被占領国から同盟国同士へと形式上変化した。ところが実質的な力関係は大きく変わらなかった。日本は自国の安全保障の重要部分を米国に依存し、米国は日本国内の基地を東アジア戦略の重要拠点として利用する構造が続いた。ここに自発的隷従が本格化する。占領期には米国から命令されたから従った。しかし独立後には、日本政府自身が米国への依存を安全保障・経済復興上の合理的選択として継続するようになった。
6.吉田路線と経済成長
戦後日本の対米依存を長期的に安定させた最大の要因の一つは、それが日本側にも大きな利益をもたらしたことである。日本は安全保障上の大きな負担を米国に依存する一方、自国の資源を経済復興と産業育成に集中することができた。冷戦下の日米関係は、日本にとって単なる屈辱的従属ではなく、高度経済成長を可能にする国際環境でもあった。これが自発的隷従という概念の重要な点である。従属する側に利益がまったくなければ、その関係は長期間維持されにくい。日本は米国への依存によって外交・安全保障面で自主性を制限された一方、米国市場へのアクセス、安全保障コストの軽減、国際社会への復帰など大きな利益を享受した。この成功体験が、米国依存を一時的政策から戦後日本の国家モデルへと変化させていった。
7.ライシャワーと日米新時代
ライシャワーは日本研究者として知られ、1961年から1966年まで駐日米国大使を務めた。ライシャワー外交の重要な特色は、日本を単なる従属国として扱うよりも、日本社会との対話や相互理解を重視し、日米同盟を日本国民に受容される関係へ変えようとしたことである。1960年の日米安保改定では大規模な安保闘争が起きた。これは米国にとって、日本社会に安保体制への強い抵抗感が存在することを示す重大な経験となった。そこで必要になったのが、軍事力や政府間交渉だけではなく、日本国民の意識に働きかけることであった。日米関係を強制された同盟ではなく、共通の価値を持つ友好国同士の同盟として日本社会に定着させることが重要になった。
8.なぜ教育や知識人が重要なのか
通常の日米安保史では、基地、自衛隊、核兵器、外交交渉などが中心となる。しかし松田は、それだけでは日米関係の長期的安定を説明できないと考える。日米同盟を本当に安定させるには、政治家同士が協定を結ぶだけでは不十分である。大学、研究者、知識人、学生、文化人などが米国との交流を続け、米国に好意的な人的ネットワークが形成されることが重要となる。教育交流、留学、研究交流、文化交流などを通じて、日本社会の中に米国との協力は自然であるという認識が広がっていく。その結果、米国の影響力は外部から押しつけられる力ではなく、日本社会内部から支えられる力へと変化する。これこそソフト・パワーによる自発的隷従の形成である。
9.援助が生み出した心理的負債
ガリオア・エロア援助は、占領期の日本に対して米国が行った経済援助であり、戦後日本の復興に大きな意味を持った。しかし援助は単純な経済問題だけではない。援助を受けた側には、米国のおかげで復興できたという心理的感覚が形成される。米国は軍事的占領者であると同時に、日本を飢餓や経済崩壊から救った援助者としても記憶されるようになる。松田の視点から見れば、この恩義の感覚も対米依存を支える重要な心理的要因となる。国家間関係は軍事力や条約だけではなく、記憶、感情、恩義、信頼などによっても形成される。
10.戦後復興と親米国家日本
1964年は東京オリンピックが開催され、東海道新幹線が開業し、日本が戦後復興を世界に示した象徴的な年であった。松田はこの復興を日米関係とも結びつけて捉える。戦争で米国に敗北し、占領された日本が、その米国を中心とする国際秩序の中で経済成長を遂げ、先進工業国として復活した。この経験は、米国との関係を維持することが日本の繁栄につながるという戦後日本の成功物語を完成させる。ここに対米依存の極めて強固な基盤が形成される。もし米国との関係が経済的失敗や貧困をもたらしたのであれば、日本社会には対米自立を求める強い圧力が生まれただろう。しかし現実には、対米依存と高度経済成長が同時に進んだ。そのため多くの日本人にとって、日米同盟は従属であると同時に、繁栄を支えた仕組でもあった。
11.沖縄返還
主権回復と従属継続の二重構造が扱われる。1972年の沖縄返還は、日本にとって戦後処理の大きな節目であった。沖縄の施政権が米国から日本へ返還され、日本の主権回復が完成に近づいた象徴的出来事であった。しかし一方で、沖縄には返還後も大規模な米軍基地が残った。更に核兵器をめぐっても複雑な構造が存在した。沖縄返還時には核兵器を沖縄から撤去することが表向き約束された一方、朝鮮半島、台湾、東南アジアなどで緊急事態が発生した際の核持ち込みをめぐって、日米間には表に出ない了解が存在した。ここには戦後日米関係の建前と本音が典型的に現れる。建前では日本は非核政策を掲げ、沖縄返還によって主権を回復する。しかし安全保障の現実では米国の核抑止力に依存し、米軍の戦略的自由を一定程度認め続ける。日本社会はこの矛盾を完全に解消するのではなく、曖昧なまま維持することで日米安保体制を存続させてきた。
12.米国側の日本への不信
松田の議論でもう一つ重要なのは、日本だけが米国に依存しているのではなく、米国側にも日本に対する根深い警戒心が存在してきたという指摘である。米国側には日本を完全に自主独立させたり、核武装させたりすることへの警戒が存在し、その背景には太平洋戦争以来の日本観が影響している。日米安保体制は、日本が米国を必要としているだけで成立しているのではない。米国側にも、日本を自国の戦略体系の内部に置いておくことに利益がある。日本が独自の軍事大国となり、米国とは異なる外交政策を採用するよりも、米国との同盟の中で行動する方が米国にとって予測可能であり、東アジア戦略上も有利である。したがって自発的隷従は、日本側の依存願望と米国側の管理願望が相互補完することによって成立する構造である。
13.なぜ従属は固定化したのか
自発的隷従の固定化には複数の要因が重なっている。
第一に、安全保障面では日本が米軍と米国の核抑止力に依存することで、自国の軍事負担を抑えることができた。
第二に、経済面では米国主導の国際経済秩序に参加することで高度経済成長を実現した。
第三に、文化・教育面では日米交流が拡大し、政治家、官僚、財界人、研究者などの間に太い人的ネットワークが形成された。
第四に、日本国民の意識の中にも米国との同盟は当然存在するものだという認識が定着した。
その結果、対米依存は外交政策上の一つの選択肢ではなく、日本社会にとって自然な状態へ変化した。ここまで来ると、米国が日本に毎回命令する必要すらなくなる。日本側が米国ならどう考えるか、日米同盟に悪影響を与えないかを先回りして考え、自らの政策を調整するからである。これが松田のいう自発的隷従の完成形である。
14.自発的隷従
本書を単純な反米本と理解するのは適切ではない。松田がより深く問題にしているのは、日本人自身の選択である。米国が日本に圧力を加えた事例を列挙するだけなら、日本は一方的な被害者として描くことができる。しかし本書は、日本がその関係から多くの利益を得て、それゆえに自らその関係を維持してきた事実を見る。戦後日本は、独自の安全保障政策を追求するコストを負うよりも、米国への依存を選択した。その結果、高度経済成長、国際社会への復帰、安全保障上の安定など大きな成果を得た。しかし、その代償として外交・安全保障上の自主性を一部放棄した。対米従属は、単に奪われた主権ではなく、繁栄と安全を得るために日本自身が差し出してきた主権の一部という側面を持つ。
15.日米関係の対等修正へ
本書の最終的な目的は、日米同盟を破壊することではない。松田は日米安保体制という巨大な秩序の下で70年以上を過ごしてきた日本が、それをより対等なものに変えていくために、個人が臆せず意見を発信する草の根の力を重視している。これは重要な結論である。自発的隷従が政府間の秘密協定だけで成立しているのであれば、条約を書き換えれば解決できる。しかし松田の議論では、それは政治家、官僚、知識人、経済人、そして国民の心理にまで入り込んだ構造である。したがって対米自立には、単なる外交政策の変更だけでなく、日本社会自身が米国に依存することを当然と考える意識から脱することが必要となる。米国に反対すること自体が自立なのではない。日本が自らの国益を考え、その結果として米国と協力すべきところでは協力し、意見が異なるところでは異なると言えることが、本当の意味での対等な日米関係である。本書の核心を一言で表現すれば、戦後日本の対米従属は米国によって一方的に強制されたものではなく、安全、繁栄、国際社会への復帰という利益と引き換えに、日本自身が受け入れ、制度化し、心理的にも再生産してきた関係である。その意味で自発的隷従という言葉は、日本を単純な被害者として慰める言葉ではない。むしろなぜわれわれ自身がこの関係を選び続けてきたのかを日本社会に問い返す、厳しい自己検証の概念である。松田が描く日米関係史の最大の意義は、日米関係を支配するアメリカ対支配される日本という単純な図式から解放し、米国の戦略と日本自身の依存選択が噛み合うことで形成された相互作用として捉え直したことにある。
日米安保体制史(書評)
日米安保体制史
2018年10月刊
吉次公介著
本書は、1945年の敗戦から2018年までの日米安全保障体制の形成、変容、拡大を通史として描いた著作である。吉次公介は1972年、長崎県生まれの政治学者である。専門は日本政治史、戦後日本政治外交史、国際政治学であり、とりわけ日米安全保障体制、米軍基地問題、沖縄問題などを主要な研究対象としている。立教大学大学院法学研究科博士後、米国ハワイの東西センター客員研究員などを経て、沖縄国際大学法学部教授、立命館大学法学部教授を務めている。日米安保体制を東京とワシントンの外交交渉だけから見るのではなく、米軍基地が集中する沖縄という現場からも考察してきたからである。現在も戦後日本政治外交史を専門とし、特に沖縄の米軍基地問題を含む日米安保体制の歴史を研究している。吉次自身、歴史をきちんと踏まえることなく、現在を的確に理解し、未来を構想することはできないと述べており、現在の沖縄基地問題や集団的自衛権の問題も、1950年代以来の日米安保の形成過程から理解する必要があるという姿勢を取っている。
1.日米安保四つのキーワード
本書は、日米安保体制を単なる軍事同盟としてではなく、非対称性、不平等性、不透明性、危険性という四つの特徴を持つ歴史的構造として捉えている。非対称性とは、日本と米国が同盟を結んでいるにもかかわらず、その役割が対称ではないことである。日本は米国に基地を提供し、米国は軍事力によって日本を防衛する。この構造は、通常の相互防衛条約とは異なり、日本と米国が同じ義務を負っている訳ではない。不平等性とは、米軍基地の使用や米軍人・軍属の法的地位などをめぐって、主権国家である日本側の権限が制約されてきたことである。不透明性とは、核兵器の持ち込みをめぐる密約など、日米両政府が安全保障に関する重要事項を国民に十分説明せず運用してきた側面を指す。そして危険性とは、米軍基地が存在することで生じる事故、犯罪、騒音、核兵器、更には米国の戦争への巻き込まれなど、安保体制が日本社会にもたらすリスクを意味する。吉次の重要な問題意識は、この四つの問題が過去のものではなく、形を変えながら現在まで残っているという点にある。
2.講和の代償として生まれた日米安保
戦後日本の安全保障体制を決定づけた最大の要因は冷戦であった。敗戦直後、米国は日本を非軍事化・民主化することを重視していた。しかし米ソ対立が深まり、中国で共産党政権が成立し、朝鮮戦争が始まると、米国にとって日本は共産主義の拡大を防ぐための東アジアの重要拠点となった。その結果、日本の再軍備と米軍基地の長期的維持が米国の戦略上必要となる。日本側にとっては、占領を終わらせ、主権を回復することが最優先課題であった。しかし米国は、日本から米軍が撤退すれば東アジア戦略上の重要拠点を失うことになるため、講和後も米軍を日本に駐留させることを求めた。そこでサンフランシスコ講和条約と同時に旧日米安全保障条約が締結された。吉次がこれを講和の代償と表現する理由はここにある。日本は独立を回復する代わりに、米軍の継続駐留を受け入れた。戦後日本の主権回復は、米国への安全保障依存と表裏一体で成立した。
3.旧安保条約に存在した著しい非対称性
1951年の旧安保条約は、今日の日米安保条約以上に非対称的なものであった。米軍は日本国内に駐留できる一方、日本が攻撃された場合に米国が日本を防衛する義務は必ずしも明確ではなかった。また米軍は極東の安全保障や日本国内の大規模な騒乱への対応など、広範な目的のために日本の基地を使用できる仕組になっていた。日本側から見れば、独立したにもかかわらず、外国軍が広範な権限を持って国内に駐留し続けるという状態であった。このため鳩山一郎、重光葵、岸信介らの政権は、旧安保条約の不平等性を改善し、日本をより対等な同盟国にすることを模索する。吉次は1950年代を、単に日本が米国に従属していた時代として描くのではなく、日本側が日米安保の枠組みを維持しながら、その中で自主性と対等性を拡大しようとした時代として捉えている。
4.1960年安保改定
1960年の安保改定は、本書における最初の大きな転換点である。岸信介政権は、1951年条約の一方的な性格を改め、米国に日本防衛義務を負わせることを目指した。新しい日米安全保障条約では、日本が攻撃された場合の日米共同対処が明確になり、条約の期限や事前協議制度なども整備された。したがって、1960年安保改定は単純に対米従属を強化した出来事ではない。吉次は、岸政権に旧安保体制の不平等性を改善し、日本の独立をより実質的なものにしようという意図が存在したことを重視する。しかし安保改定は同時に大規模な安保闘争を引き起こした。多くの日本国民は、日米軍事関係が強化されることで日本が米国の戦争に巻き込まれることを恐れた。この巻き込まれの問題は、その後の日米安保にも繰り返し現れることになる。1960年安保改定によって非対称性はある程度修正されたが、危険性不透明性など安保構造の他の要素は残った。
5.米軍基地問題
吉次が本書全体を通じて重視するのが米軍基地問題である。日米安保によって日本全体は米国の軍事力による安全保障上の利益を享受する。しかし、基地による騒音、事故、犯罪、土地接収などの負担は基地周辺地域に集中する。1950年代には本土各地でも米軍基地をめぐる激しい反対運動が起こった。しかし在日米軍基地が縮小されていく過程で、本土の基地負担は軽減される一方、その負担が沖縄へ集中していった。ここに吉次が安保構造と呼ぶものの重要な側面がある。日米安保の利益は日本全体が享受するが、そのコストは特定地域、とりわけ沖縄に集中する。この構造は、現在の普天間基地や辺野古移設問題にも直接つながっている。
6.イコール・パートナーへの転換
池田勇人政権以降、日本の高度経済成長によって日米関係の性格は大きく変化する。1960年代、日本は世界有数の経済大国へ成長した。そのため米国も、日本を単なる被保護国として扱うことができなくなる。池田勇人とケネディ大統領の時代には、イコール・パートナーシップという言葉が日米関係を象徴するようになる。しかし吉次が重要視するのは、対等という言葉の背後で米国が日本により大きな役割を求めるようになったことである。日本が強くなればなるほど、米国に守ってもらうだけではなく、日本も負担を引き受けるべきだという要求が強くなる。これはその後の日米同盟で繰り返される負担分担の原型となった。吉次の前著も、池田政権期にアメリカが負担の分担を求め、日本がそれを受け容れるという今日につながる構図が形成されたと分析している。
7.ベトナム戦争と基地日本
1960年代の日米安保を考えるうえで、ベトナム戦争は避けて通れない。日本自身はベトナム戦争に直接参戦しなかった。しかし在日米軍基地は米軍の作戦を支える重要な後方基地として機能した。日本は戦争をしない国でありながら、日本国内の基地が米国の戦争を支援するという二重構造を持っていた。ここに安保体制の危険性と不透明性が現れる。日本政府は米国の戦争に直接参加していないと説明できる一方、安保体制を通じてその軍事行動と密接に結びついていた。この矛盾はその後、湾岸戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争へと形を変えて繰り返されることになる。
8.沖縄返還と核抜き本土並み
佐藤栄作政権は沖縄返還を最大の外交課題とし、核抜き本土並みを掲げた。沖縄に配備されていた核兵器を撤去し、本土と同様の日米安保体制を適用するという考え方である。しかし核兵器持ち込みをめぐっては、日米間に表向きの説明とは異なる了解が存在したことが後に明らかになった。ここに本書が指摘する不透明性が典型的に現れる。日本政府は国内では非核政策を強調する一方、安全保障上は米国の核抑止力を必要としていた。この矛盾を解決せず、曖昧な合意や密約によって処理することで日米安保を運用してきた。
9.1972-1989年日米同盟への道
日米安保が単なる安全保障条約から、政治・軍事両面での本格的な同盟へ発展していく過程が描かれる。1978年には日米防衛協力のための指針(いわゆるガイドライン)が策定された。これによって、ソ連による日本への侵攻などを想定し、自衛隊と米軍が有事にどのように協力するのかが具体化された。更に1980年代、レーガン政権と中曽根康弘政権の時代には、日米関係を公然と同盟と呼ぶようになる。中曽根は日米同盟を日本外交・安全保障の中心に位置づけ、防衛力増強を進めた。ソ連極東軍の強化を背景として、日本は米国の世界戦略の中でより重要な役割を担うようになった。日米安保は、日本に米軍基地を置いて日本を守る仕組から、日本自身も米国と共同して地域の防衛に参加する仕組へ変化し始めた。
10.一方で進んだ基地の沖縄集中
この時期、本土では米軍基地問題が次第に政治的争点として見えにくくなっていった。一方、沖縄では基地が集中・固定化する。吉次はこの現象を基地をめぐる本土と沖縄のねじれとして扱っている。本土では日米同盟の安全保障上の利益が重視され、基地問題への関心が低下する。その一方、沖縄では米軍基地による事故、騒音、犯罪などが日常的な問題として残り続ける。この結果、日本全体の安全保障政策と沖縄の地域社会との間に深刻な乖離が生まれた。本書が沖縄問題を日米安保史の周辺問題ではなく、安保体制そのものの構造問題として位置づける理由はここにある。
11.冷戦終結と日米安保
1991年にソ連が崩壊すると、日米安保の最大の仮想敵であったソ連が消滅した。当然、敵がいなくなったのであれば日米安保も不要ではないかという疑問が生じる。しかし実際には日米安保は解消されなかった。むしろその役割が再定義されることになる。日米安保は日本だけを防衛する仕組から、アジア太平洋地域の安定を支える仕組へと意味を拡大していった。ここで吉次が重視するのは、同盟には一度形成されると、それ自体が存続しようとする力が働くことである。脅威が変われば、同盟が消滅するのではなく、新しい目的を見つけて適応する。日米安保もその典型であった。
12.湾岸戦争と自衛隊海外派遣
1990-91年の湾岸戦争は、冷戦後の日米安保を大きく変える契機となった。日本は巨額の資金援助を行ったが、自衛隊を戦地へ派遣しなかった。そのため米国などから、日本は金だけを出して人的貢献をしないという批判を受けた。吉次はこれを湾岸のトラウマとして扱っている。この経験が、その後の日本の安全保障政策に大きな影響を与える。1992年にはPKO協力法が成立し、自衛隊の海外派遣が本格的に始まる。湾岸戦争は、日本が米国に基地を提供する国から、自衛隊自身が海外で活動する国へ移行する重要な転換点となった。
13.安保再定義とガイドライン
1990年代半ばには、北朝鮮の核問題、中国の軍事的台頭、台湾海峡危機などが表面化した。1996年、橋本龍太郎首相とクリントン大統領は日米安全保障共同宣言を発表し、日米同盟を冷戦後もアジア太平洋の安定に不可欠なものと再定義した。翌1997年には新しい日米防衛協力のための指針が策定される。ここで重要なのは、日米協力の対象が日本有事だけではなく、日本周辺で発生する事態へ拡大されたことである。日米安保の地理的・機能的範囲が徐々に広がり始めた。
14.普天間基地問題
1995年、沖縄で米兵三人による少女暴行事件が発生した。この事件を契機として沖縄の基地問題が全国的な政治問題となり、日米両政府は普天間飛行場の返還に合意する。しかし返還には代替施設建設が条件とされ、最終的に名護市辺野古への移設案が浮上した。吉次はこの問題を、安保体制の危険性と不平等性が再び顕在化した出来事として扱う。普天間問題が長期間解決できないのは、単なる一基地の移転問題だからではない。日本全体が日米安保による利益を享受しながら、その軍事的負担が沖縄に集中しているという、1950年代以来の安保構造が背景に存在するからである。
15.日米安保のグローバル化
2001年9月11日の米国同時多発テロは、日米安保を更に大きく変化させた。米国はアフガニスタンでテロとの戦いを開始し、日本もテロ対策特別措置法を制定して海上自衛隊をインド洋へ派遣した。2003年のイラク戦争後には、自衛隊がイラクへ派遣された。ここで日米安保の性格は再び変わる。もともと日米安保は日本と極東の安全保障を目的としていた。しかし21世紀に入ると、自衛隊と米軍の協力範囲は中東やインド洋にまで広がる。この変化を吉次はグローバル化と表現する。日米同盟は地理的な日本防衛同盟から、世界的な安全保障問題に共同で対応する同盟へ拡大した。
16.安保構造への挑戦と挫折
2009年に民主党政権が成立すると、鳩山由紀夫首相は対等な日米関係を掲げ、普天間基地の移設先を最低でも県外とする方針を示した。吉次はこれを安保構造への挑戦と挫折と位置づけている。鳩山政権は日米安保の既存構造を変えようとしたが、代替となる現実的な安全保障政策を十分構築できず、米国政府、外務・防衛官僚、沖縄、国内政治の間で調整に失敗した。最終的には辺野古移設へ戻り、鳩山首相は退陣する。この出来事は、日米安保体制が単なる条約ではなく、政府、官僚組織、基地、軍事運用、地域社会などが長年かけて形成した巨大な制度であり、一政権の政治意思だけでは簡単に変更できないことを示した。
17.安倍政権と集団的自衛権
第二次安倍政権では日米安全保障協力が更に拡大する。2014年に政府は従来の憲法解釈を変更し、限定的ながら集団的自衛権の行使を容認した。2015年には新たな日米防衛協力のための指針が策定され、安全保障関連法が成立した。これによって、自衛隊が米軍を支援できる範囲は更に広がった。冷戦期の日米安保では、日本が自国を防衛し、米国がそれを補完するという役割分担が基本であった。しかし21世紀の日米同盟では、自衛隊と米軍の任務は次第に重なり、平時から有事、更には世界規模での安全保障協力へと一体化が進んだ。したがって日米安保体制は70年間変わらなかった訳ではない。形式としては同じ日米安保条約を基礎としながら、その実質は大きく変化し続けてきた。
18.逆ピラミッドとしての日米安保体制
本書を象徴する比喩が逆ピラミッドである。吉次は現在の日米安保体制を、安定した通常のピラミッドではなく、不安定な逆ピラミッドに例えている。その意味は、日本全体の安全保障という巨大な構造を、限られた地域に集中する米軍基地、とりわけ沖縄の基地が下から支えている。日本国民の多くは米軍基地を日常的には意識しない。しかし日米安保を実際に機能させるためには基地が必要であり、その基地の大部分が特定地域に集中している。したがって日米安保は国家全体としては安定して見えても、その基盤には大きな地域的不平等が存在する。この構造を放置したまま同盟だけを強化すれば、逆ピラミッドは更に大きくなり、その土台には一層大きな負荷がかかることになる。
19.日米安保は成功なのか従属なのか
吉次の立場が興味深いのは、日米安保を単純に成功か失敗かで評価しないことである。日米安保体制が日本の安全保障と戦後の経済発展に重要な役割を果たしてきたことは否定できない。日本は大規模な軍事力を持たずに安全保障を確保し、その資源を経済成長へ集中することができた。一方、その代償として米軍基地問題、核密約、沖縄への基地集中、米国への安全保障依存などの問題が生じた。戦後日本は、日米安保から大きな利益を得たと同時に、その利益を可能にするためのコストを負ってきた。この両面を見なければ、日米安保の歴史を正確に理解することはできない。
20.本書が最終的に問いかけるもの
本書は、日米安保を親米か反米か安保賛成か反対かという単純な二項対立から切り離し、歴史的に形成された制度として分析している。1951年の安保条約から2018年まで、日米安保は常に変化してきた。旧安保から新安保へ、米国による一方的な日本防衛からイコール・パートナーシップへ、更に日米同盟へ、そして21世紀には世界的な安全保障協力へと拡大してきた。しかし、その一方で非対称性、不平等性、不透明性、危険性という四つの安保構造は完全には解消されなかった。むしろ時代ごとに姿を変えながら存続してきた。本書が最終的に問いかけているのは、日米同盟を維持するか廃棄するかだけではなく、日米安保がもたらす安全保障上の利益と、そのために発生する基地負担、主権上の制約、秘密性、戦争への巻き込まれの危険を、日本社会がどのように分担し、どこまで受け入れるのかという問題である。日米安保は外から日本に押しつけられただけの制度ではなく、日本自身が歴代政権を通じて選択し、拡大し、再定義してきた制度でもある。その一方で、その利益と負担は均等には配分されていない。戦後日本の安全保障は日米同盟によって大きな安定を得たが、その安定は非対称性・不平等性・不透明性・危険性という構造的矛盾を内包したまま形成されてきたのであり、その矛盾を歴史的に理解することなしに、今後の日米安保を論じることはできない。
日米同盟のコスト(書評)
日米同盟のコスト
自主防衛と自律の追求
2019年5月刊
武田康裕著
本書は、日米同盟を米国に守ってもらうか、それとも同盟を解消して自主防衛に進むかという単純な二者択一で捉えるのではなく、同盟が日本にもたらしている安全保障上の利益と、その代償として日本が負担している主権上・財政上のコストを可能な限り数値化し、日本がどこまで自主防衛能力を高めれば対米自律性を拡大できるのかを具体的に検討した著作である。本書の特徴は理念的な自主防衛論にとどまらず、在日米軍が担っているミサイル防衛、海上交通路防衛、沖縄における軍事任務などを自衛隊が一部代替した場合、実際にいくら必要になるのかを試算している点にある。著者は日米同盟の解体を主張している訳ではない。むしろ同盟を維持しながら、日本自身の軍事的負担を増やす代わりに、基地提供などに伴う主権上の制約を減らし、同盟と自主防衛の新しい均衡を作ろうとするものである。武田康裕は国際政治学、安全保障研究、比較政治学を専門とする研究者である。東京大学大学院総合文化研究科博士課程を修了。ハーバード大学国際問題研究所客員研究員を経て、防衛大学校国際関係学科教授、防衛大学校グローバルセキュリティセンター初代センター長を歴任した。
1.日米同盟二種類のコスト
本書の最も重要な概念は、日米同盟が日本にもたらす負担を防衛コストと自律性コストの二種類に分けて考えることである。防衛コストとは、日本を防衛するために必要な軍事的負担であり、更に任務の分担と経費の分担に分けられる。日米同盟の下では、米軍が核抑止、長距離攻撃、ミサイル防衛、海洋作戦など多くの軍事任務を担い、日本は自衛隊と基地提供、駐留経費負担などによって同盟を支えている。一方、自律性コストとは、米国の安全保障能力に依存することによって日本が失う政策上・主権上の自由である。武田のいう自律とは、他者の命令や意向に左右されず、自分自身で政策の方向を決定できることであり、対米自律とは米国の意向だけに左右されず日本が独自に意思決定できる状態を意味する。ここに本書の基本的な問題設定がある。米国に安全保障を依存すれば、日本自身が負担する軍事的コストを抑えることができる。しかしその代わりに、在日米軍基地を受け入れ、米国の軍事戦略との関係を考慮しながら外交・安全保障政策を決めなければならなくなる。反対に、日本が自主防衛能力を強化すれば、財政負担は増えるが、米国への依存を減らし、日本の主権や政策上の自由を拡大できる可能性がある。したがって本書が探ろうとするのは、防衛コストをどこまで日本自身が負担すれば、自律性コストをどこまで減らせるのかという均衡点である。
2.日米同盟と米国の損得
本書が刊行された背景には、ドナルド・トランプ米大統領による日米同盟批判がある。トランプは2016年の大統領選挙の段階から、日本が攻撃された場合には米国が日本を防衛しなければならないのに、米国が攻撃されても日本には同じ義務がないとして、日米同盟を不公平と批判していた。この主張に対して武田は、感情論ではなく実際のコストを計算する。日米同盟には確かに軍事任務上の非対称性がある。日本国憲法と戦後の防衛政策によって自衛隊の活動には制約があり、米軍は日本防衛だけでなく、核抑止、長距離攻撃、世界規模の軍事展開など、日本が担わない任務を負っている。その意味で任務の分担という観点から見れば、米国側の軍事負担が大きい。しかし経費の分担まで含めると事情は異なる。日本は在日米軍駐留経費、基地提供、施設整備などに多額の費用を負担している。武田の試算では、在日米軍の人件費を除いて比較すれば、日本側約70%、米国側約30%となり、人件費を含めても概ね1対1程度の負担比率になる。更に在日米軍基地を日本側が提供することによる土地利用上の逸失利益まで含めると、日本側の負担割合は約80%、米国側は約20%になるとの計算を提示する。したがって本書は、日本は米国にただ乗りしているという単純な議論を否定する。日本は兵力という形では米国より少ない負担しかしていないかもしれないが、基地、費用、主権上の制約という別の形で相当なコストを負担している。
3.基地提供は目に見えにくい巨大なコスト
本書が特に重視するのが在日米軍基地の問題である。基地を提供するということは、単に土地を貸しているだけではない。その区域では日本の主権行使にさまざまな制約が生じる。航空管制、訓練、基地管理、事件・事故への対応などで、日本政府や地方自治体が自由に決定できない問題が存在する。また沖縄では、県土面積に比して極めて大きな基地負担が集中している。武田はこれを安全保障上の自律性コストと捉える。米軍基地があることで日本は米国の軍事力という安全保障上の利益を受ける。しかし同時に、基地が存在する地域について、日本側が主権国家として自由に管理できない部分が生じる。重要なのは、このコストが通常の防衛予算には表れないことである。防衛費5兆円という数字だけを見ても、日本が日米同盟のために実際にどれだけの負担をしているのかは分からない。土地、基地、主権制約、地域社会への負担を含めて初めて同盟の実際の価格が見えるというのが本書の発想である。
4.米国の日本に対する不満
一方で武田は、米国側の不満にも一定の合理性があると考える。日本は基地や経費では大きな負担を行っている。しかし軍事任務については米国への依存が大きい。たとえば核抑止は全面的に米国に依存している。日本本土を越えたシーレーン防衛、長距離攻撃能力、広域の情報・監視能力などについても米軍の役割が大きい。したがって米国から見ると、日本は金を払っているが、危険な任務は米軍に任せているという不満が生じる。この問題を武田は任務分担の不均衡として捉える。そこで、米国から更に駐留経費を要求された場合、日本がただ金銭負担を増やすより、自衛隊自身が現在米軍の担っている任務の一部を引き受ける方が、日本にとって合理的ではないかという問いが出てくる。これが本書の自主防衛論の入口である。
5.同盟内自主防衛を目指す
武田は本書で日米同盟廃棄を提案している訳ではない。2012年の前著では、仮に日米同盟を解消し、米軍が担っている防衛任務をすべて日本自身が肩代わりした場合、どれほどの負担になるかを試算した。これに対して本書では、現在と同程度の安全保障環境を維持し、日米同盟も存続させることを前提としている。その上で、米軍が行っている任務の一部だけを自衛隊へ移管する。武田が目指すのは日米同盟か自主防衛かという二者択一ではなく、日米同盟を維持しつつ、日本の自主防衛の比率を高める同盟内自主防衛とも呼べる考え方である。
6.ミサイル防衛は日本自身で担う
本書が具体的に検討する第一の分野がミサイル防衛である。北朝鮮の弾道ミサイル、中国のミサイル戦力などを考えれば、日本にとってミサイル防衛は極めて重要である。現在の日米同盟では、早期警戒、情報収集、海上配備型迎撃システムなどで米軍が重要な役割を担っている。武田は、その一部を日本自身が担うことを検討する。これは単なる軍備増強ではない。自国領域を防衛するための中心的能力について米国への依存を減らすことで、日本の自主防衛能力を高めるという意味を持っている。
7.軽空母機動部隊とシーレーン防衛
本書で特に大胆なのが、海上自衛隊に三個の軽空母機動部隊を整備するという構想である。日本は石油、天然ガス、食料、原材料の多くを海外から海上輸送している。そのため海上交通路(すなわちシーレーン)の安全確保は国家存立に直結する。従来、日本から1000海里を越える広域シーレーン防衛では米海軍の能力への依存が大きかった。武田は、自衛隊がより遠方までシーレーン防衛を担えるようにすることで、米軍への依存を減らす可能性を検討する。軽空母を含む海上戦力を整備すれば当然大きな費用が必要になる。しかし、これを単なる軍拡として考えるのではなく、現在米国が提供している安全保障サービスを日本自身で購入し直す費用だと考えれば、その意味は変わってくる。日本が安全保障上の自立性を買うための価格として防衛費を考える。
8.沖縄の米軍基地を日米共同運用へ
第三の重要な提案が沖縄の米軍基地問題である。本書では、自衛隊が在沖米軍の任務の一部を引き受け、トリイ通信施設、嘉手納基地、キャンプ・バトラー、普天間基地などを日米共同使用・共同管理する方向が検討されている。これは安全保障政策だけでなく、主権問題として重要である。米軍専用施設であれば、日本側が自由に利用・管理できない部分が大きい。しかし自衛隊がより大きな任務を担い、基地を共同運用するようになれば、日本側の関与と管理権限を高められる。武田は、沖縄基地問題を基地を置くか撤去するかでは考えていない。米軍が担っている軍事任務を自衛隊が一部引き受け、その見返りとして基地に対する日本側の主権的関与を拡大するという第三の選択肢を提示している。
9.自主防衛能力の予算規模
本書の最大の特色は、ここまでの政策提言を数値化したことである。ミサイル防衛、三個軽空母機動部隊、沖縄での自衛隊任務拡大などに必要な追加経費を、武田は合計1兆6588億円と試算している。これを当時の2018年度防衛予算約5兆1911億円に加えると、日本の防衛予算は約6兆8500億円になる。増加率にすれば約30%であり、GDP比では約0.3ポイント増、一般会計予算の約7%に相当する。ここで武田が示そうとしていることは、日本の完全自主防衛には莫大な費用が必要だが、米軍任務の一部分を代替して自主性を高めるだけなら、必ずしも国家財政上不可能な規模ではないということである。本書は自主防衛という抽象的な言葉を、約1.7兆円の追加負担という具体的数字に置き換えたところに大きな特色がある。
10.日本は任務で負担すべき
この試算から、本書の重要な政策提言が導かれる。米国からもっと同盟費用を負担せよと要求された際、日本政府が在日米軍駐留経費(いわゆる思いやり予算)を増やすだけでは、日本の自律性は高まらない。むしろ日本が金を払い、米軍が従来どおり任務を担うのであれば、日本の米軍依存はそのままである。そこで武田は、同じ追加負担をするのであれば、その金を米軍のためではなく、自衛隊自身の能力向上に使う方が合理的だと考える。自衛隊がより多くの任務を担えば米国の負担を減らすことができる。同時に日本は、米国への軍事依存を減らすことができる。金を払って従属を続けるのではなく、自分で防衛するために金を使って自律性を高める発想である。
11.自主防衛強化と日米同盟安定
一見すると、日本が自主防衛力を強化すれば日米同盟から離れるようにも見える。しかし武田の結論はむしろ逆である。米国が日本の防衛負担の少なさに不満を持ち、日本側が基地や主権上の制約に不満を持つ状態を放置すれば、日米同盟自体が不安定になる。そこで日本が米軍任務の一部を引き受ければ、米国側の不満を軽減できる。一方、その見返りとして米軍基地の縮小や共同使用、日本側の管理権限拡大が進めば、日本側の対米不満も軽減できる。そのため武田の自主防衛論は、米国から離れるための自主防衛ではなく、日米同盟をより対等かつ持続可能なものにするための自主防衛である。
12.自律と自主防衛は同じではない
本書については、この点に重要な批判も存在する。東京財団政策研究所に掲載された玉置敦彦による詳細な書評は、自衛隊が米軍任務を代替すれば自主防衛能力は確実に高まるものの、それによって日本外交の自律性まで高まるとは限らないと指摘している。たとえば米軍基地を日米共同使用にすれば、日本側の管理権限は増えるかもしれない。しかし同時に、自衛隊と米軍の共同作戦、情報共有、指揮・通信、兵器の相互運用性が高まれば、軍事面では日米一体化がむしろ強まる可能性がある。すると日本の自主防衛能力は高まっても、外交政策上の対米自律が高まるとは限らない。これは本書を読むうえで非常に重要な論点である。武田自身もこの問題を十分認識した上で、完全な自律を求めて同盟を解消するのではなく、安全保障上の日米協力と日本の自律性の現実的均衡点を探ろうとしている。
13.自主防衛か福祉かという国民の選択
約1.7兆円の防衛費増額は、数字だけ見れば日本の経済規模から不可能とは言えない。しかし国家予算には限界がある。防衛費を増やせば、社会保障、教育、科学技術、インフラ、子育て政策などに使える財源が減る可能性がある。したがって自主防衛の問題は軍事専門家だけで決めるべきものではない。どこまで米国に安全保障を依存し、その代わりに防衛費を抑えるのか。あるいは防衛費を増やし、その代わりに米国への依存と主権上の制約を減らすのか。これは最終的には国民自身の選択である。
14.本書が提示する第三の道
本書最大の意義は、戦後日本の安全保障論で繰り返されてきた二者択一から離れたことである。一方には、日米同盟を維持し、米国の核の傘と軍事力に依存し続ければよいという考え方がある。もう一方には、対米依存から脱却し、完全自主防衛へ進むべきだという考え方がある。武田はその中間に第三の道を提示する。すなわち、日米同盟を維持しながら、米軍が担っている任務を段階的に自衛隊へ移し、日本の自主防衛能力を高め、その見返りとして米軍基地などによる主権上の制約を縮小するという道である。これは日米安保を否定する自主防衛論ではない。むしろ日米同盟を保険として残しながら、日本自身が負担する防衛の割合を徐々に高める戦略である。
15.依存の安さと自立の値段
本書の議論を最も簡潔に表現すれば、米国依存には安さがあり、自主防衛には値段があるということである。米国に安全保障を依存すれば、日本自身の軍事支出は少なくて済む。しかしその代償として、基地提供、米国の軍事戦略への依存、政策上の制約など、金額では測りにくいコストを支払うことになる。一方、自主防衛力を高めれば莫大な予算が必要になる。しかしその代わりに、日本自身が自国防衛についてより多くの判断権を持てるようになる。本書はこの二つのコストを比較する。その意味で自主防衛は精神論ではない。日本は独立国なのだから自分で守るべきだという理念だけではなく、独立性を高めるために国民はいくら支払う覚悟があるのかという極めて具体的な政策選択である。
16.日米同盟を依存から選択へ
本書の最終的な目的は、日米同盟をなくすことではない。むしろ日本が米国に全面的に依存しているために同盟を選ばざるを得ない状態から、日本自身にも一定の防衛能力があるため国益に基づいて同盟を選択できる状態へ移行することである。米軍がなければ日本の安全保障が成立しないのであれば、日本には米国の要求を拒否する余地が小さくなる。しかし日本自身がミサイル防衛、海洋防衛、島嶼防衛などをより多く担えるようになれば、米国との交渉においても日本側の選択肢が増える。したがって本書における自主防衛の目的は、米国と敵対することではなく、米国なしでは何も決められない日本から、米国と協力するかどうかを自ら決められる日本へ変わることである。この意味で本書は、日米安保を肯定するか否定するかではない。安全保障を米国に依存することで節約している防衛コストと、その依存によって失っている自律性コストを比較し、日本がどこまで自国防衛の負担を引き受ければ、日米同盟を維持しながら国家としての自主性を回復できるのかを具体的な数字で問い直したことにある。
亡国の集団的自衛権(書評)
亡国の集団的自衛権
2015年2月刊
柳澤協二著
本書は、長年にわたり防衛行政と官邸の安全保障政策の中枢に携わり、イラク戦争時には自衛隊海外派遣の法整備と実務を担った柳澤協二が、2014年7月1日の安倍内閣による集団的自衛権行使容認の閣議決定を批判的に検討した著作である。柳澤協二は1946年東京生まれの元防衛官僚、安全保障研究者である。東京大学法学部卒。防衛庁に入庁し、防衛庁長官官房長、防衛研究所長を歴任した。内閣官房副長官補として安全保障・危機管理を担当し、小泉、第一次安倍、福田、麻生各政権の安全保障政策の実務に深く関与した。とりわけ重要なのは、柳澤が単なる安全保障評論家ではなく、自衛隊を海外に派遣する側の政策実務を経験した人物であることである。イラク戦争と自衛隊イラク派遣の際には、官邸で法整備、政策調整、危機管理などを担当した。その経験から、軍事力を使用するという政治判断が、現場の自衛官の生命、相手国住民の生命、日本外交、日米同盟にどのような結果をもたらすのかを政策実務の内側から考えるようになった。柳澤の立場は、単純な非武装論ではない。自衛隊を否定するのではなく、日本防衛のための自衛力は必要としながら、軍事的抑止だけを安全保障政策の中心に置くことを批判し、外交、説得、妥協、危機管理を組み合わせる安全保障を主張する点に特徴がある。
1.集団的自衛権の何が問題なのか
本書の出発点は、集団的自衛権を単なる憲法解釈上の問題としてではなく、日本は何のために、どのような戦争に参加するのかという国家戦略上の問題として考えることである。個別的自衛権とは、日本自身が武力攻撃を受けた場合に自国を防衛する権利である。それに対して集団的自衛権とは、密接な関係にある他国が攻撃された場合、自国が直接攻撃されていなくても共同して武力を行使する権利である。戦後日本政府は長く、国際法上、日本にも集団的自衛権は存在するが、憲法第9条の下ではその行使は許されないという解釈を取ってきた。ところが第二次安倍政権は2014年7月1日の閣議決定によって、それまでの憲法解釈を変更し、一定条件の下で集団的自衛権を行使できるとした。柳澤が問題視するのは、単に集団的自衛権に賛成か反対かではない。戦後長期間にわたり維持されてきた憲法解釈を、憲法改正という国民的手続きを経ず、内閣の判断によって変更することが立憲主義上許されるのかという問題である。
2.日米ガイドライン改定と米国の戦争
柳澤が警戒するのは、集団的自衛権の行使容認が抽象的な法理論だけにとどまらず、日米同盟の実際の運用を変えることである。従来の日米安全保障体制では、日本が直接攻撃された場合、自衛隊が日本を防衛し、米軍と共同して対処することが基本であった。しかし集団的自衛権が行使可能になれば、日本が直接攻撃されていない場合にも、米軍の軍事行動を自衛隊が支援する可能性が広がる。ここで柳澤が問いかけるのは、米国が戦争を始めた場合、日本はどこまで付き合うのかという問題である。日米同盟を強化すれば日本の安全が自動的に高まるという発想に対して、柳澤は疑問を呈する。同盟関係を軍事的に一体化すれば、日本が攻撃される可能性を抑止する効果がある一方、米国が第三国と戦争になった場合に日本が巻き込まれる危険も増大する。同盟には守ってもらえる利益と戦争に巻き込まれる危険という二面性がある。本書は後者を無視して集団的自衛権を論じることを批判する。
3.2014年7月の閣議決定
2014年の閣議決定では、日本と密接な関係にある他国への武力攻撃によって日本の存立が脅かされ、国民の生命・自由・幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があり、他に適当な手段がなく、必要最小限度の実力行使にとどまる場合には武力行使が許されるという、いわゆる新三要件が示された。柳澤が問題視するのは、これによって個別的自衛権と集団的自衛権の境界が曖昧になることである。日本が攻撃されていないにもかかわらず、日本の存立に危険があると政府が判断すれば武力を行使できるとすれば、何をもって存立危機と判断するのかという問題が生じる。しかもその判断は、現実にはその時々の政府に委ねられる。柳澤は、このように解釈の幅が広い概念によって武力行使を可能にすることは、憲法が政治権力を制約するという立憲主義の考え方と緊張すると考える。
4.米艦防護事例
安倍政権は集団的自衛権の必要性を説明するため、さまざまな具体例を提示した。たとえば有事に邦人を輸送する米艦を自衛隊が防護する場合や、日本近海で活動する米軍艦艇が攻撃された場合などである。柳澤はこうした事例について、それは本当に集団的自衛権でなければ対処できないのかと問い直す。日本自身に対する攻撃と不可分の状況であれば、従来の個別的自衛権の範囲を適切に整理することで対応可能な場合もある。実際、柳澤は2014年の日本記者クラブで、集団的自衛権の行使を認めるために憲法解釈を変更するのではなく、日本防衛に必要な措置については個別的自衛権の論理の中で説明できる余地があるとの立場を示していた。柳澤にとって重要なのは、現実に必要な防衛行動と集団的自衛権という法概念を切り離して考えることである。必要な防衛措置があるからといって、それを理由に海外での武力行使全般へ道を開く必要はないという考え方である。
5.集団的自衛権という幻想
集団的自衛権を認めれば日米同盟が強化され、米国が日本をより確実に守るようになり、日本の抑止力も高まるという説明がなされる。しかし柳澤は、安全保障にはそのような一方向だけの効果は存在しないと考える。軍事的連携を強化すれば相手国に対する抑止力が高まる可能性はある。しかし同時に、相手国から見れば日本は米国の軍事行動と一体化した国家と認識されるようになる。その結果、米国と第三国との軍事衝突が発生した場合、日本の基地や自衛隊施設が攻撃対象となる可能性も高まる。柳澤が批判するのは、こうした安全保障上のコストを十分説明せず、集団的自衛権を認めれば日本の安全が一方的に高まるかのように説明することである。安全保障政策には必ず利益と危険があり、重要なのはその両方を比較することである。
6.イラク戦争の経験
柳澤の議論を理解するうえで決定的に重要なのがイラク戦争である。柳澤は自衛隊イラク派遣を批判する外部の評論家ではなく、その政策を実際に官邸で担当した人物である。米国は2003年、イラクが大量破壊兵器を保有しているとの判断などを背景にイラク戦争を開始した。しかし、その後、大量破壊兵器は発見されなかった。この経験は、同盟国である米国の戦争判断は常に正しいのかという根本的な問いを柳澤に突きつける。仮に日本が米国と軍事的に完全に一体化していれば、米国が誤った判断によって戦争を始めた場合にも、日本がその戦争に巻き込まれる可能性がある。したがって日米同盟を強化するだけでは国家戦略にならない。日本自身がこの戦争は日本の安全に本当に必要なのかと判断する能力を持つ必要がある。
7.中国の台頭をどう考えるのか
集団的自衛権行使容認の背景には、中国の軍事力拡大、北朝鮮の核・ミサイル開発など、日本を取り巻く安全保障環境が厳しくなったという認識があった。柳澤も国際環境が変化していること自体を否定している訳ではない。中国の軍事力増強や東シナ海をめぐる緊張について、安全保障上の対応が必要であることは認めている。しかし、そこから直ちにだから集団的自衛権が必要であるという結論を導くことには反対する。柳澤が重視するのは、中国との軍事衝突を抑止すると同時に、軍事衝突を回避する政策である。軍事力を強化すれば相手も軍事力を強化する可能性があり、双方が安全保障のために軍拡した結果、かえって互いの不安が増大する安全保障のジレンマが発生する。したがって必要なのは抑止力だけではない。柳澤は説得・妥協も立派な戦略であると主張しており、軍事力と外交を組み合わせる必要性を強調する。
8.抑止力だけでは安全保障にならない
柳澤の安全保障論の重要な特徴が抑止に対する慎重な姿勢である。抑止とは、相手が攻撃すればそれ以上の損害を受けると認識させ、攻撃を思いとどまらせることである。柳澤は抑止を否定してはいない。しかし問題は、抑止だけを安全保障戦略と考えることである。抑止を強化するために軍事力を増強すれば、相手側も自国の安全が脅かされていると感じ、軍備を増強する。結果として双方がより大きな軍事力を持ち、危機時の緊張が高まることになる。柳澤は以前から、中国についても軍事的アクセスを拒否する能力など一定の防衛力は必要だとしながら、経済的相互依存など軍事以外の関係にも目を向けるべきだと論じていた。したがって柳澤の立場は抑止か非武装かという二者択一ではない。必要な防衛力を持ちながら、外交、対話、経済関係、危機管理を使って戦争が起きにくい環境を作るべきである。
9.集団的自衛権は日本にとって損か得か
柳澤は、安全保障を道徳論だけで判断するのではなく、日本の国益という観点から考える。集団的自衛権を行使すれば、米国との軍事的一体性は高まる。それによって日米同盟に対する米国の信頼が強まり、対日防衛へのコミットメントが高まる可能性はある。しかし、その見返りとして日本も米国の軍事行動により深く関与することになる。米国に守ってもらうために米国の戦争を助けるという交換関係が強くなる。問題は、その交換が本当に日本の国益になるのかということである。柳澤は、日本の安全保障政策を米国に評価されるかどうかではなく、日本国民の生命と国家の安全にとって利益になるかどうかという基準から判断すべきだと考える。ここには、日米同盟を否定しない一方で、同盟を国家目的化してはならないという重要な問題意識が存在する。
10.戦争に参加できる国の代償
集団的自衛権をめぐる議論では、自衛隊が何をできるようになるのかという軍事的能力に注目が集まりやすい。しかし柳澤がより重視するのは、日本という国家が国際社会からどのように見られるかという問題である。戦後日本は、朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争など数多くの戦争が起きた時代を生きてきたが、自衛隊が海外で他国軍と戦闘を行い、人を殺害することはなかった。戦後日本が一発も弾を撃たず、一人も殺さない国家であり続けたことが日本ブランドである。柳澤にとってこれは単なる平和主義的理想ではない。軍事力を行使しなかったという実績は、日本が国際社会で独特の信頼を獲得する外交資産でもある。日本が米国と同様に海外で武力行使をする国家になれば、この戦後日本独自の立場を失う可能性がある。
11.護憲とは何もしないことではない
最終章は世界の中でどう生きるか-今日の護憲の意味と題されている。ここで柳澤は、憲法第9条を守ることを単なる現状維持として捉えてはいない。国際環境は変化しており、中国の台頭、北朝鮮問題、テロ、地域紛争など新しい危険が存在する以上、日本もそれに対応する安全保障政策を構築しなければならない。しかし、だからといって米国と同じように武力行使できる国家になることだけが選択肢ではない。日本には自衛隊があり、日米同盟があり、経済力があり、外交力がある。これらを組み合わせながら、戦争への参加ではなく、戦争を回避し、紛争を管理し、平和を作る方向に国家能力を使うことができる。その意味で柳澤のいう護憲は、単なる戦争反対ではなく、日本が国際社会の中でどのような役割を担う国家になるのかという国家戦略の選択である。
12.本書が提示する安全保障の核心
亡国の集団的自衛権という題名は非常に強い。しかし柳澤が主張しているのは、自衛隊はいらない、日米同盟を直ちに廃棄すべきだ、軍事的抑止はすべて無意味だという単純な平和主義ではない。むしろ防衛官僚として長年、安全保障政策を実際に運用した経験から、軍事力が必要な場面と、その軍事力を実際に使用することの危険性の双方を認識しているところに本書の特色がある。柳澤が最も警戒するのは、同盟を強化すれば安全になる、抑止力を強化すれば戦争を防げる、集団的自衛権を認めれば日本はより安全になるという単線的な安全保障観である。軍事力を強化すれば抑止効果が生まれる一方、相手国の軍拡を促す可能性もある。日米同盟を強化すれば米国の支援を期待できる一方、米国の戦争に巻き込まれる可能性も高まる。集団的自衛権を行使できれば自衛隊の選択肢は増える一方、日本自身が攻撃対象となる危険も増える。したがって安全保障とは、軍事力を増やせば増やすほど安全になるという問題ではない。軍事力、抑止、外交、対話、妥協、経済関係を組み合わせ、戦争を起こさない状況を作ることこそ国家戦略である。そして本書のもう一つの核心は、日米同盟は日本を守るための手段であって、それ自体が日本の国家目的ではないという点にある。米国との関係を強化することが日本の安全につながる場合には協力すべきである。しかし、米国との軍事的一体化が日本を不要な戦争へ巻き込むのであれば、日本自身の国益から立ち止まって判断しなければならない。その意味で柳澤が本書で問うているのは、集団的自衛権という一つの法律論を超えて、日本は米国の戦争に参加できる国になることによって安全を確保するのか、それとも必要な自衛力を保持しながら、戦争をしないこと自体を外交・安全保障上の力として活用するのかという、戦後日本の国家像である。
