Henry Moore on Sculpture
A Collection of the Sculptor’s Writings and Spoken Words
1966年刊
Henry Moore著
Philip James編
編者とヘンリー・ムーアの経歴
本書の編者フィリップ・ジェームズ(1890–1975年)は、イギリスの美術史家・評論家であり、リーズ市立美術館館長を務めた。ムーアと長年にわたり交流し、本書では1930年代から1960年代までに発表された論文、講演、インタビュー、談話などを年代順・主題別に整理・編集し、ムーアの芸術思想を体系的に読めるよう構成している。
ヘンリー・ムーア(1898–1986年)は、20世紀を代表するイギリスの彫刻家であり、近代彫刻の発展に決定的な役割を果たした。イングランド・ヨークシャー州キャッスルフォードに生まれ、第一次世界大戦に従軍した後、リーズ美術学校とロイヤル・カレッジ・オブ・アートで学んだ。学生時代にはバーバラ・ヘップワースと親交を結び、古代メキシコ彫刻やアフリカ彫刻、ギリシア彫刻など多様な造形文化から影響を受けた。1920年代から石や木を直接彫るダイレクト・カーヴィングを実践し、人体を抽象化した横たわる人体像や母子像を代表作として発表した。また、彫刻に穴(Hole)を積極的に取り入れ、内部空間を造形の重要な要素として扱ったことで近代彫刻の新しい方向性を切り開いた。第二次世界大戦中にはロンドン地下鉄の防空壕で眠る人々を描いたシェルター・ドローイングでも知られ、戦後は世界各地の公共空間に巨大彫刻を制作し、国際的な評価を確立した。
本書の内容
1.彫刻とは生命を形にする芸術
彫刻とは単なる立体物の制作ではなく、生命感を物質の中へ宿らせる芸術である。人体や自然を忠実に模写することではなく、それらが持つ力や成長、緊張感を抽出して表現することが彫刻家の使命である。
2.自然は最高の教師
ムーアは自然観察を創作の原点として位置付ける。岩石や木、骨、貝殻、植物など自然界に存在する形態には、人工的なデザインにはない秩序と生命力が宿っていると考え、それらを注意深く観察することが独創的な造形につながる。自然を模倣するのではなく、その本質を理解することが重要である。
3.穴が生み出す空間の彫刻
本書の中心的テーマの一つが穴(Hole)である。ムーアは、穴は物質を失わせるものではなく、新しい空間を創造する積極的な造形要素である。穴によって内部と外部が連続し、光や空気、周囲の風景が作品に取り込まれることで、彫刻はより豊かな生命感を獲得すると論じている。
4.横たわる人体像の意味
ムーアは、生涯にわたり制作した横たわる人体について、その姿勢は人体を最も自由に変形・抽象化できる形式であり、山並みや丘陵、岩石など自然の風景とも深く結び付く。人体と自然は対立するものではなく、同じ生命の原理によって成り立つ存在である。
5.素材との対話
石や木を直接彫る制作方法についても詳しく述べられている。素材にはそれぞれ固有の性質や美しさがあり、彫刻家はその特性を尊重しながら形を導き出すべきである。芸術家が素材を支配するのではなく、素材との対話を通じて作品が生まれるという姿勢が一貫して示されている。
6.抽象と具象の統一
ムーアは抽象芸術と具象芸術を対立する概念とは考えていない。優れた彫刻は自然の観察から出発しながらも、その本質を抽象化することで普遍性を獲得すると述べる。抽象とは現実を否定することではなく、生命の根源的な構造を表現する方法である。
7.公共空間と彫刻
戦後制作された大型作品についても多く語られている。彫刻は美術館の中だけに存在するものではなく、建築や都市、自然環境と一体となることで真価を発揮する。鑑賞者が歩きながら作品との距離や角度を変え、時間や光によって表情が変化する体験こそ、公共彫刻の魅力である。
本書が言いたかったこと
彫刻とは自然や人体の形を再現する技術ではなく、その内部に宿る生命や空間、エネルギーを表現する創造行為である。自然を深く観察し、素材の特性を尊重しながら空間を造形することで、人間と自然を結ぶ普遍的な美が生まれる。彫刻は物質を加工する行為ではなく、生命と空間を可視化する芸術であり、その本質は絶えず自然との対話の中にある。
