Writings/Interviews
1994年刊
Richard Serra著
リチャード・セラのの経歴
リチャード・セラ(1938–2024年)は、20世紀後半から21世紀初頭を代表するアメリカの彫刻家であり、巨大な耐候性鋼板(コールテン鋼)を用いたサイトスペシフィック(場所固有)の彫刻によって現代彫刻の概念を大きく変えた。カリフォルニア州サンフランシスコに生まれ、カリフォルニア大学で学んだ後、イェール大学美術学部で絵画を専攻した。在学中にはフィリップ・ガストンやヨゼフ・アルバースの教育を受け、美術理論への理解を深めた。1960年代後半から鉛やゴムなど工業素材を用いた実験的作品を制作し、1967~68年に発表したVerb List(動詞リスト)では、折る、積む、切る、投げるといった行為を彫刻の発想源とした。その後、巨大な鋼板による作品へ発展し、Tilted Arc、The Matter of Time、Torqued Ellipsesなど、鑑賞者が作品の内部を歩きながら空間を身体で体験する彫刻を数多く制作した。彼の作品はミニマリズムやポストミニマリズムの代表例として位置付けられ、現代彫刻における空間・身体・場所の関係を再定義した。

本書の内容
1.彫刻は物ではなく経験である
本書を貫く最大のテーマは、彫刻とは単なる立体物ではなく、人間が空間を身体で経験する出来事であるという考えである。鑑賞者が作品の周囲や内部を歩き、その都度変化する視覚や身体感覚を通じて初めて作品は完成する。作品は鑑賞者から切り離された独立物ではなく、人間と空間との関係である。
2.場所が作品を決定する
セラはサイトスペシフィックという概念を詳しく論じている。作品はどこへでも移動できるものではなく、設置される場所の地形、建築、光、人の動線、歴史的背景まで含めて成立するという立場を一貫して示す。そのため、作品を別の場所へ移設すれば、それはもはや同じ作品ではない。
3.素材の物質性と重力
本書では鋼鉄という素材についても深く語られる。巨大な鋼板は単なる材料ではなく、その重量や重力、質感が作品の意味を形成する。セラは素材を装飾的に加工することを避け、鉄本来の重量感や存在感をそのまま提示することで、人間が物質の圧倒的な力を身体で感じることを目指している。
4.Verb Listによる制作思想
代表的なテキストVerb Listでは、折る、積む、曲げる、支える、切る、巻くなどの動詞が列挙され、それぞれが制作行為の可能性として提示される。セラにとって彫刻は完成した形態から出発するものではなく、素材へ働きかける行為から生まれるものであり、この考え方は以後の制作全体の基礎となった。
5.建築との関係
建築家ピーター・アイゼンマンらとの対談では、建築と彫刻の違いについて論じている。建築は機能を前提とするが、彫刻は機能を持たないからこそ、人間の身体感覚や知覚を純粋に変化させることができる。同時に、両者は空間を構成するという点で密接な関係にある。
6.Tilted Arc論争と公共芸術
本書の重要な部分を占めるのが、Tilted Arc撤去問題に関する詳細な記録である。ニューヨーク連邦広場に設置された巨大作品が市民の反対によって撤去された経緯を振り返り、公共芸術とは何か、芸術の自由とは何か、行政と芸術家の関係はいかにあるべきかについて鋭く論じている。セラは作品の撤去は作品の破壊に等しいと主張し、公共空間における芸術の自律性を強く擁護している。
7.描くことと思考すること
本書にはドローイングに関する論考も収録されている。セラにとって素描は完成作品の下絵ではなく、思考を視覚化する独立した創作行為である。線や面を描くことは、空間を構築するための知的実験であり、彫刻制作と不可分の関係にある。
8.芸術と社会・政治
セラは芸術を社会や政治から切り離して考えていない。検閲や公共政策、市場原理などが芸術へ与える影響についても率直に論じ、芸術家は社会との緊張関係を恐れるべきではなく、自らの表現の自由を守る責任がある。
本書が言いたかったこと
彫刻とは単なる形態の創造ではなく、人間の身体、空間、場所、時間、社会との関係を新たに生み出す行為である。素材の重量や場所の特性を最大限に生かしながら、鑑賞者自身の知覚を変容させることこそ現代彫刻の使命である。また、芸術は公共空間や社会との対話を通じて存在意義を獲得するものであり、その自由と自律性は守られなければならない。
