国家の損失と一部主体の利益
戦争は失敗しても、戦争事業は失敗しない。ベトナム、イラク、アフガニスタンの各戦争は、米国全体から見れば、巨額の財政負担、兵士の死傷、国際的信用の低下、国内社会の分断をもたらした。しかし、その一方で、兵器メーカー、軍事関連企業、民間軍事・物流会社、情報通信企業、金融機関、ロビイストなど、一部の主体には長期的で確実な収入を生み出した。したがって、国家として戦争に失敗したことと、戦争から利益を得る集団が存在したことは矛盾しない。むしろ、国家全体の損失が特定企業や関係者の利益に転換される構造こそ、米国が長期戦から容易に抜け出せない理由の一つである。アイゼンハワー大統領は1961年の退任演説で、巨大な軍事機構と兵器産業が結合した軍産複合体が政府に不当な影響力を持つ危険を警告した。これは戦争が秘密裏に企業によって決定されるという単純な陰謀論ではなく、軍、産業、議会、研究機関、選挙資金が結び付き、軍事支出を縮小しにくい恒常的な政治構造が生まれるという警告であった。
軍産複合体
兵器産業にとって、戦争と軍事的緊張は需要の増加を意味する。ミサイル、迎撃弾、航空機、無人機、弾薬、監視システムなどは戦争で消費され、在庫補充のために新たな発注が行われる。戦争が長期化すれば、既存装備の修理、保守、基地運営、通信にも継続的な契約が発生する。2020年から2024年までの米国防総省支出約4兆4,000億ドルのうち、約2兆4,000億ドル(約54%)が民間企業との契約に向けられた。ロッキード・マーティン、RTX、ボーイング、ゼネラル・ダイナミクス、ノースロップ・グラマンの大手5社だけでも、合計約7,710億ドルを受け取った。この数字は、国防費のすべてが不必要であることを意味しない。国家防衛には兵器、整備、技術開発が必要である。しかし、国防支出の過半が民間契約へ流れる以上、軍事的緊張の継続から利益を得る強力な経済主体が形成されることは否定できない。しかも防衛企業は受動的に政府の発注を待つだけではない。ロビー活動、選挙献金、政策提言、議会選挙区への工場配置、元政府高官の採用などを通じ、国防予算や兵器調達に影響を及ぼそうとする。こうして企業利益、地域雇用、議員の再選、軍の装備計画が相互に結び付く。
回転ドア
米国では、国防総省、軍、議会、政府系研究機関、防衛企業の間を人材が移動する回転ドアが問題視されてきた。政府高官や軍幹部が退職後に防衛企業、ロビー会社へ移り、逆に民間企業の幹部が政権入りする現象である。こうした人材移動が直ちに違法であるとは限らない。軍事技術や調達制度に詳しい人材を政府と企業の双方が必要とする面もある。しかし、政策決定者が将来の就職先となり得る企業の利益を意識したり、企業側が元政府高官の人脈を利用して契約や予算に影響を及ぼしたりする危険は存在する。重要なのは、誰かが密室で戦争を命令しなくても、軍事的解決を優先する人々が政策決定機構に集中し、外交的解決を唱える側よりも予算、情報、人脈、発言力を持つようになることである。その結果、空爆、増派、兵器供与、制裁強化が現実的な政策とされ、交渉、妥協、軍縮が弱腰と扱われやすくなる。
金融界の戦争利益
金融界と戦争の関係は、兵器企業ほど直接的ではないが無視できない。戦争では政府支出が増え、財政赤字を補うために国債発行が拡大する。金融機関は国債の引受け、売買、資産運用、為替取引、商品取引、企業融資などを通じて収益機会を得る。また、石油価格、金価格、為替、国債金利、防衛関連株などは戦争によって大きく変動する。変動そのものが金融市場に取引機会を生み出す。復興事業や武器輸出の資金調達、同盟国の国防費増額に伴う社債発行や企業買収でも金融機関の役割が拡大する。戦争は株式市場、貿易、保険、物流、消費、信用市場に損失を与えるため、多くの金融機関や投資家には不利益にもなる。利益を得るのは、軍需金融、商品取引、政府債務、復興金融など特定分野に位置する主体であり、金融業界全体が一枚岩で戦争を推進する訳ではない。
大統領の戦争利得
大統領が戦争によって政治的利益を得ようとする可能性は十分にある。軍事危機の際には、国民が指導者の周囲に結集する旗の下への結集が起こる。大統領は最高司令官として連日報道され、国内の不祥事や経済問題から関心をそらし、強い指導者を演出できる。同盟国への武器売却や国内工場への発注は、雇用や選挙区対策にも利用できる。また、一度開戦すると、いま撤退すれば犠牲が無駄になる、敵を利する、米国の信用が失われるという論理が働き、大統領は追加攻撃や増派を正当化しやすくなる。この意味で、戦争は政権に非常に大きな権限、注目、予算、秘密性を与える政治手段である。しかし、大統領本人が私的蓄財を目的として戦争を始めたと断定するには、関連企業への所有権、株式保有、契約上の利益、資金移動など、具体的証拠が必要である。少なくとも、ベトナム、イラク、アフガニスタンの開戦について、大統領個人の富の蓄積が主目的であったと立証された訳ではない。より妥当な表現は、大統領が直接金銭を得るために戦争を始めるというよりも、戦争が大統領に政治的権力と支持を与え、その政権を支える企業、献金者、産業、政治家には経済的利益を与える構造があるということである。
戦争は効率のよい蓄財手段
個人的な蓄財方法として見るならば、戦争は必ずしも確実でも効率的でもない。戦争が失敗すれば、大統領の支持率は下落し、選挙で敗北し、歴史的評価も傷つく。ジョンソン大統領はベトナム戦争の泥沼化を背景に再選出馬を断念し、ジョージ・W・ブッシュ政権もイラク戦争の長期化によって厳しい批判を受けた。したがって、大統領本人にとって戦争は、政治的にも非常に危険な賭けである。ただし、戦争を支える経済的ネットワークにとっては事情が異なる。防衛企業は戦争の勝敗にかかわらず、兵器の生産、補充、保守、改良によって契約を得る。民間軍事会社や物流企業も、戦争が長引くほど業務が増える。研究機関、ロビイスト、メディアの一部にも需要が発生する。つまり、米国が戦争に勝利しなくても、戦争を継続する仕組自体が利益を生み続ける。戦争には失敗したが、戦争経済は成功したという逆説が成立する。
利益の集中と費用の分散
米国の戦争を説明する際に、大統領、軍需企業、金融界が秘密裏に相談し、利益目的で戦争を起こしていると考える必要はない。そのような包括的陰謀を示す証拠は通常存在しない。より現実的なのは、それぞれの主体が異なる目的で行動しながら、結果的に戦争継続の方向で利益が一致するという構造である。大統領は強い指導者としての政治的立場を求める。軍は任務、予算、装備、人員を求める。防衛企業は契約を求める。議員は選挙資金と地域雇用を求める。金融機関は国債、商品、企業金融の取引機会を求める。メディアは視聴率の高い危機報道を求める。各主体が自らにとって合理的に行動した結果、国家全体としては非合理的な長期戦が続く。これは陰謀というより、政治経済学でいう集合行為の失敗や集中する利益と分散する費用の問題である。防衛企業が受ける利益は一社ごとに巨額で明確であるため、企業は強力にロビー活動を行う。他方、戦費は納税者全体、将来世代、消費者に広く分散するため、一人ひとりの国民が組織的に反対する動機は弱くなる。戦争で利益を得る側は集中し、費用を負担する側は分散している。
トランプ政権とイラン戦争
現在のイラン戦争についても、ミサイル、迎撃弾、航空機、無人機、防空システムへの需要増加が防衛企業の売上を押し上げている。イラン戦争について、企業が利益を得ているという事実と、企業が戦争を計画したという主張は分けなければならないが、政権と防衛産業、軍事技術企業、献金者との近接が、政策選択を軍事行動へ傾ける可能性を検討することは重要である。問題は露骨な贈収賄だけではなく、誰の意見が大統領に届き、誰が脅威情報を提供し、誰が軍事的選択肢を実行可能と説明するかにある。
国家敗れても戦争利益を得る
米国という国家が消耗しても、戦争を遂行する一部の主体には利益が生じるため、失敗が繰り返されるという見方には、十分な説得力がある。軍需企業への巨額契約、議会へのロビー活動、政府と企業の回転ドア、金融・物流・情報産業への需要、政権が得る非常時権限などは、戦争を開始・継続しやすくする制度的誘因である。この点で、米国の戦争は単なる外交判断や軍事的誤算だけでなく、国内政治経済の仕組から分析する必要がある。大統領は戦争によって政治的権力を得る可能性があり、その周囲に形成された軍産・金融・政治ネットワークが経済的利益を得る。その利益構造が、国家全体にとって失敗である戦争を途中で止めにくくしている。米国の根本的問題は、戦争に勝てないことだけではない。戦争で国家が損失を被っても、その戦争を続けることで利益を得る制度と人々が存在し、しかも費用を負担する国民より政策決定に近い位置にいることなのである。
ウクライナ戦争と戦争利益構造(付記)
1.疑うべき構造の存在
ウクライナ戦争に関して、政治経済の構造として十分検討に値する部分がある。ウクライナ戦争の長期化によって、欧州の防衛企業、軍需産業を抱える地域、政府の安全保障官僚、軍事関連の金融・投資部門には大きな利益と権限が生じている。また、戦時下のウクライナでは、国防調達、徴兵、復旧工事、国有企業などをめぐる汚職事件が現実に発生している。
2.フランス
フランスは核兵器国であり、独自の防衛産業と欧州戦略自律構想を持つため、ウクライナ支援を単なる対外援助ではなく、欧州の軍事力強化とフランス防衛産業の拡大に結び付けている。ウクライナ戦争は、航空機、ミサイル、防空、火砲、弾薬、電子戦、宇宙・情報分野への需要を増加させる。したがって、フランス政府がロシアの脅威を強調し、長期的な軍備増強を進めることは、タレス、サフラン、ダッソー、MBDA、ナバル・グループなどの防衛産業基盤を強化する結果となる。実際、フランスでは防衛費の増加と国債利払いの増大が財政を圧迫し、2027年予算では防衛費を64億ユーロ増やす一方、他省庁の支出を実質的に抑制する方向が示されている。国民生活や公共サービスが圧迫されても防衛予算が優先される構造は、戦争の費用は広く国民が負担し、発注の利益は防衛企業へ集中するという批判を生みやすい。
3.ドイツ
ドイツではウクライナ戦争が、第二次世界大戦後の安全保障政策を大きく転換する契機となった。ロシア産エネルギーへの依存を縮小し、軍事費を増やし、ドイツ軍をNATO東部防衛の中心へ変える政策が進められている。ドイツは当初、重火器供与に慎重であったが、その後は欧州最大級のウクライナ軍事支援国となった。ドイツ軍はウクライナ軍からドローン戦、電子戦、分散型指揮、長距離攻撃などの実戦経験を学び、リトアニアへの約5,000人規模の部隊展開も進めている。この政策はラインメタル、ディール、ヘンゾルト、ティッセンクルップ・マリンなどのドイツ防衛企業に大きな需要をもたらす。弾薬、装甲車、防空システム、レーダー、無人機への発注は、ウクライナ支援であると同時に、ドイツ国内の再軍備と産業振興でもある。メルツ政権にとって、これはロシア抑止だけでなく、米国依存を減らし、ドイツを欧州防衛の中心国へ押し上げる国家戦略である。
4.イギリス
2026年7月に英国首相となったアンディ・バーナムは、前政権からNATOとウクライナ支援の基本方針を引き継いでいる。英国政府は2026年6月時点で、ウクライナに最大約218億ポンドを約束し、そのうち約130億ポンドを軍事支援としている。英国にとってウクライナ支援は、EU離脱後も欧州安全保障の中心国であることを示し、米国との特別な関係を維持し、NATO内での影響力を確保する手段である。また、BAEシステムズ、ロールス・ロイス、レオナルドUK、MBDA UKなど、英国の防衛産業にも長期的な需要をもたらす。
5.欧州首脳の利益誘導
欧州首脳が武器支援を通じて得られるのは、必ずしも直接的な金銭ではない。より明確なのは、政治的権限、国際的地位、支持産業への発注、選挙区雇用、退任後の人脈や地位といった利益である。戦争が続けば、政府は安全保障を理由に大型予算を通しやすくなる。通常なら財政規律や競争入札によって難航する兵器調達も、緊急性を理由に迅速化できる。首脳は国際会議や首脳会談の中心に立ち、欧州を守る指導者として存在感を示すことができる。防衛企業は政府発注を得て、関連地域の雇用も維持される。EUも、欧州防衛の自立と共同調達を掲げ、防衛産業への資金供給を拡大している。2025年以降、ウクライナ支援は単なる武器の移転から、欧州とウクライナの防衛生産能力を一体化する産業政策へ移行している。この意味で、欧州首脳には戦争と軍事的緊張を利用して、再軍備、産業再編、EU統合を進める誘因がある。
6.ウクライナの汚職
ウクライナに深刻な汚職問題が存在することは否定できない。ソ連崩壊後の国有資産民営化、オリガルヒ政治、司法・検察への介入、公共調達の不透明性は、戦争以前からの構造問題であった。戦時下では、国防調達が秘密化され、巨額資金が短期間に動き、通常の監査が困難になる。武器、食料、燃料、要塞建設、発電設備、復興工事などをめぐり、官僚、軍関係者、企業家が関与する汚職事件が摘発されてきた。特に問題となったのは、2025年7月に議会と政権が国家反汚職局と特別反汚職検察の独立性を弱める法律を成立させたことである。国内外から強い批判が起き、ゼレンスキー政権の権力集中に対する懸念が高まった。したがって、ウクライナ政府を無条件に清廉な民主政府として扱うのは不適切である。戦時を理由に監視を弱めれば、国家存亡のために提供された資金が利権化される危険は現実にある。
7.ウクライナ首脳部の流用・蓄財
供与された武器の一部が紛失、破壊、所在不明となっていることは、米国防総省監察総監の報告でも確認されている。2023年11月までに、特別な最終用途監視の対象となる装備のうち約6,220万ドル相当が、ウクライナ軍から紛失または破壊されたと報告された。その99%以上は暗視装置であった。また、戦場での実地確認が困難で、シリアル番号管理や在庫監査に不備があったことも監察報告で指摘されている。ゼレンスキー大統領とその周辺に対する監視は必要である。長期の戒厳令、選挙延期、メディア統制、人事権の集中、反汚職機関への圧力は、権力濫用の危険を高めている。直接的な横領とは別に、ゼレンスキー政権が戦争継続によって政治的利益を得る構造は存在する。戦時下では選挙が延期され、政権交代が起こりにくくなる。国家安全保障を理由に情報公開を制限でき、反対派や批判的メディアへの圧力も正当化しやすくなる。西側首脳との会談、国際会議、資金援助を通じ、政権は国内外で特別な地位を維持できる。このためウクライナ指導部は、勝利の見通しが低下しても妥協を先送りしやすい。
8.戦争継続を利益化する制度
ウクライナ戦争では、欧州の国民がエネルギー価格、増税、公共支出削減、産業競争力低下という費用を負担する一方、防衛企業、軍事官僚、国際的影響力を求める政治指導者には利益が集中している。この点で、米国の軍産複合体と類似した構造が欧州にも形成されている。フランスは防衛産業と欧州戦略自律を、ドイツは再軍備と欧州防衛の主導権を、英国はNATO内の地位と軍事大国としての存在感を、ウクライナは国家存続と政権維持をそれぞれ追求している。その結果、和平による利益より、戦争継続によって得られる組織的・政治的利益の方が、政策決定者には目に見えやすくなっている。ウクライナ政府内の汚職や国防調達の不正は現実の問題である。国家と国民が消耗しても、戦争を管理する組織と周辺産業には予算、権限、利益が残る。この制度的矛盾こそ、個々の汚職事件もさることながら、重大な問題である。
歴史に関する考察
