なぜ米国は戦略的失敗を繰り返すのか

目次

戦闘に勝っても戦争目的を達成できない

ベトナム戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争は、地域、時代、開戦理由がそれぞれ異なる。しかし三つの戦争には、米国が圧倒的な軍事力によって敵軍や政権を打撃しながら、最終的には自ら設定した政治目的を十分に達成できなかったという共通点がある。米国は個々の戦闘ではしばしば優位に立った。ベトナムでは北ベトナム軍と南ベトナム解放民族戦線に甚大な損害を与え、イラクでは数週間でフセイン政権を倒し、アフガニスタンでも短期間でタリバン政権を崩壊させた。それにもかかわらず、南ベトナム政府は崩壊し、イラクは長期的な反乱と宗派対立に陥り、アフガニスタンでは最終的にタリバンが政権へ復帰した。その根本原因は、米軍の戦闘能力が低かったからではない。むしろ、軍事作戦を政治目的へ結び付ける戦略が不十分だったためである。米国陸軍戦争大学の研究でも、米国は戦闘や作戦には長けているが、軍事的勝利を政治的成果に変える点で繰り返し失敗してきたと論じられている。戦争を政治交渉の一部としてではなく、政治問題を軍事力で解決する独立した手段として扱う傾向があるためである。

ベトナム戦争

ベトナム戦争は、軍事的消耗で政治的意思を屈服させられとの誤算の代表的戦争である。

1.北ベトナムの戦争目的を誤解した米国

ベトナム戦争における米国の基本的な発想は、北ベトナムに十分な軍事的損害を与えれば、最終的に南ベトナムへの介入を断念するというものであった。ジョンソン政権は、北爆を拡大すればハノイの指導部が屈服すると考え、1965年からローリング・サンダー作戦を本格化させた。しかし、米国と北ベトナムでは、戦争に投入できる政治的意思の強さが根本的に異なっていた。米国にとってベトナムは、共産主義の拡大を防ぎ、同盟国への信用を維持するための限定戦争であった。一方、北ベトナムにとっては、国家統一と外国勢力の排除を目指す民族的・革命的戦争であった。米国は、軍事力や経済力の格差が、そのまま政治的意思の格差になると考えた。しかし実際には、弱い側であっても、戦争目的が国家の存亡や統一に関わる場合、強い側より大きな犠牲に耐えることができる。北ベトナムは米国に軍事的に勝つ必要はなく、米国が戦争を継続できなくなるまで持久すればよかった。

2.数値化された戦果と政治的現実の乖離

米軍は敵兵の死者数、爆撃回数、制圧地域などを戦果の指標とした。しかし反乱戦争では、敵兵を何人倒したかよりも、住民がどちらの政治秩序を正統と考えるかが重要である。南ベトナム政府は、腐敗、派閥抗争、軍事クーデター、地方統治の弱さを抱えていた。米軍が軍事的勝利を重ねても、住民から信頼される政府を形成できなければ、戦争の政治的基盤は安定しなかった。1968年のテト攻勢では、米軍と南ベトナム軍は最終的に攻撃を撃退した。しかし、これほど大規模な攻撃が可能であったこと自体が、米政府による勝利は近いという説明への信頼を崩した。テト攻勢は軍事的には北側の大損害に終わったが、米国内の戦争支持を弱める政治的転換点となった。ここに、三つの戦争に共通する構造が現れている。米国は戦場で敵を打撃することを勝利と考えたが、敵は米国国内の政治的忍耐力を破壊することを勝利と考えていたのである。

イラク戦争

イラク戦争とは政権打倒を国家建設と取り違えたて失敗した戦争である。

1.開戦作戦と戦後統治が分離していた

2003年のイラク戦争では、米軍は短期間でフセイン政権を崩壊させた。ここまでは米軍の圧倒的な作戦能力を示すものであった。しかし、フセイン政権を倒すことと、その後に安定した国家を建設することは全く別の課題であった。米国は前者については詳細な計画を持っていたが、後者については統合された政治・軍事計画を準備していなかった。RANDの研究は、侵攻前に連合国が包括的な戦後復興計画を作成しておらず、誤った事前想定の下で占領統治が始まったと指摘している。ブッシュ政権内には、フセイン政権を排除すれば、イラク国民が米軍を解放者として迎え、比較的短期間で民主政権が成立するという楽観論があった。しかしイラク国家は、スンニ派、シーア派、クルド人などの複雑な政治的均衡の上に成立していた。独裁政権の崩壊は、抑圧からの解放だけでなく、国家を支えていた権力構造の崩壊を意味した。

2.国家機構の破壊が反乱を生んだ

フセイン政権崩壊後、米占領当局はバアス党関係者の排除とイラク軍の解体を進めた。その結果、行政経験者、軍人、治安要員の多くが職と地位を失い、武器や軍事技能を持つ多数の人々が新体制の敵に回る条件が作られた。米国は敵政権を破壊することには成功したが、秩序を維持する行政組織と治安機構まで破壊した。その空白に、旧体制勢力、イスラム過激派、宗派民兵、外国勢力が入り込んだ。政権打倒前には、米国の主な敵はフセイン政権であった。政権打倒後には、旧軍人、スンニ派反乱勢力、アルカイダ系組織、シーア派民兵など、複数の敵が出現した。米国は一つの敵を排除することで、より複雑な戦争を自ら作り出したのである。

3.一時的な治安改善と戦略的成功は別

2007年以降の増派と対反乱作戦、更にスンニ派勢力がアルカイダ系組織から離反したアンバールの覚醒によって、イラクの暴力は一時的に大きく減少した。しかし、治安の改善は必ずしも安定した政治秩序の完成を意味しなかった。宗派対立、中央政府の統治能力、腐敗、クルド問題、イランの影響力などは残った。米軍は時間を買うことには成功したが、その時間を利用して持続可能な政治的妥協を成立させる責任は、最終的にはイラク政治にあった。この点でも米国は、軍事的改善を政治的解決と混同しやすかった。

アフガニスタン戦争

アフガニスタン戦争は目的が拡大し続けた戦争である。

1.対テロ戦争から国家改造へ

2001年のアフガニスタン攻撃には、比較的明確な目的があった。アルカイダを破壊し、同組織を保護していたタリバン政権を排除することである。しかしタリバン政権の崩壊後、戦争目的は次第に拡大した。アルカイダの掃討だけでなく、民主的中央政府の建設、治安機関の育成、女性の権利保護、教育制度の整備、経済開発、地方統治の改善などが目標に加えられた。これらは個別には望ましい政策である。しかし、限られた軍事介入として始まった戦争に、社会全体の改造という極めて大きな目的が加わったことで、必要な時間、資金、人員、政治的関与は飛躍的に増大した。戦争目的が増える一方で、米国民に説明される戦争の必要性は次第に曖昧になった。アルカイダへの報復として始まった戦争が、なぜ20年間も続く国家建設戦争になったのかについて、明確な合意が形成されなかった。

2.米国依存の国家を作った矛盾

米国はアフガニスタン政府軍を訓練し、装備し、給与を支払い、航空支援、情報、兵站、整備を提供した。しかし、こうして作られた軍は、米国の支援を前提にした組織であった。米国の支援が停止すれば、自立して同じ能力を維持することが困難であった。アフガニスタン治安部隊は長期的な米国支援に依存する構造になっていた。加えて、政府の財政、行政、治安、開発事業の多くが外国援助に依存していた。米国は、自立した国家を建設しようとしながら、実際には米国が存在し続けなければ維持できない国家を作った。米国はアフガニスタン社会や制度について十分な理解を欠いたまま、非現実的な期限と目標を設定し、短期的な成果を示すために巨額の資金を投入したことが繰り返した。

3.タリバンは時間を味方につけた

米国は政権交代によって政策が変わり、議会選挙や大統領選挙によって戦争継続への支持が揺らぐ。一方、タリバンには選挙も任期もなかった。タリバンは米国に決定的な軍事勝利を収める必要はなかった。生き残り、地方社会に根を張り、米国が撤退するまで待てばよかった。アフガニスタン政府や地方有力者も、米国が永遠には残らないことを理解していたため、将来タリバンが復帰する可能性を考えて行動した。米国が撤退期限を示すほど、住民や地方勢力は米国ではなく、撤退後にも残る勢力との関係を重視するようになる。これは対反乱戦争における根本的な非対称性である。

三つの戦争に共通する構造的原因

1.戦争目的が曖昧・過大

戦略とは、政治的目的、目的を達成する方法、投入できる手段を一致させることである。しかしベトナムでは、南ベトナムを守ること、共産主義を封じ込めること、米国の信用を守ることが混在した。イラクでは、大量破壊兵器の除去、フセイン政権打倒、民主化、中東秩序の再編が重なった。アフガニスタンでは、対テロ作戦が国家建設と社会改革へ拡大した。目的が増えるほど、必要な手段も増える。しかし米国政府は、目的を拡大しても、それに必要な長期的負担を国民に十分説明しなかった。目的と手段の不均衡が生じたのである。

2.軍事的勝利を政治的勝利と混同

戦車、航空機、巡航ミサイル、特殊部隊によって敵軍を破壊することはできる。しかし、それだけでは正統な政府、信頼される警察、機能する裁判制度、民族間の和解、安定した経済を作ることはできない。米国が圧倒的な軍事力によって敵を短期間で圧倒できても、その後の平和を確立することは別の能力を必要とする。米国の強みは通常戦闘にある。しかしベトナム、イラク、アフガニスタンで必要とされたのは、長期的統治、社会理解、警察活動、地方政治、外交、情報戦、経済再建であった。最も得意な手段を、適合しない問題に繰り返し適用した。

3.相手を非合理的と見なす

米国は、自国よりはるかに弱い敵が長期戦を続けることを、しばしば非合理的と考える。しかし、相手側にとって戦争が独立、宗教、民族、政権存続に関わる場合、その犠牲許容度は米国より高くなる。米国は軍事力で優越していても、その地域から最終的に撤退できる。しかし現地勢力は撤退する場所がない。米国にとっては海外政策の一つであっても、相手にとっては自らの国と社会をめぐる戦争である。この政治的意思の非対称性を、米国は繰り返し軽視した。

4.現地社会を米国型国家の論理で理解

米国は、中央政府、憲法、選挙、議会、軍、警察を整備すれば、近代国家が形成されると考える傾向がある。しかし、ベトナム、イラク、アフガニスタンでは、国家制度だけでなく、部族、宗派、民族、地域、宗教指導者、密輸経済、非公式な権力関係が重要であった。制度の外形を作っても、政治的正統性までは作れない。選挙を実施しても、国民が政府を外国の傀儡、腐敗した利権組織、特定民族や宗派の政府と見れば、国家は安定しない。アフガニスタンやイラクでは、軍事部門が民間社会や地方政治の理解を軽視し、軍が本来は文民機関の担うべき統治や復興まで引き受けたことが混乱を深めた。

5.組織が失敗を認めにくい

米国政府では、大統領、国防総省、国務省、情報機関、軍、議会が異なる論理で動く。明確な失敗を認めれば、政権、組織、司令官、議員の責任問題になる。そのため、戦略の根本的誤りが明らかになっても、もう少し兵力を増やせば改善する、訓練を続ければ現地軍が自立する、あと一年で転換点に達するという説明が繰り返される。戦争を続ける根拠が、当初の目的達成から、過去の犠牲を無駄にしないことへ変化する。これは埋没費用の罠である。すでに多くの兵士、資金、政治的威信を投入したため、撤退すればそれまでの損失を認めることになる。結果として、成功の可能性が低下しても戦争が継続される。

6.選挙政治が開戦を容易にし撤退を困難に

米国大統領は弱腰と批判されることを恐れる。危機に際して軍事行動を行わなければ、敵を増長させた、同盟国を見捨てた、米国の威信を傷つけたと攻撃される。一方、軍事作戦の初期段階では、空爆、部隊展開、政権打倒など、目に見える成果を示しやすい。大統領にとって、外交交渉や長期的抑止よりも、軍事行動の方が決断力を演出しやすい。しかし、いったん戦争を始めれば、撤退は敗北と解釈される。前任大統領が始めた戦争であっても、自分の任期中に撤退すれば、敗北の責任を負わされる。そのため各政権は問題を先送りし、次の政権へ戦争を引き渡す。ベトナム戦争は複数政権にまたがり、アフガニスタン戦争はブッシュ、オバマ、トランプ、バイデンの四政権にまたがった。長期戦では、国家全体として一貫した戦略を維持することが難しくなる。

7.米国の威信が戦争目的に

戦争が長期化すると、当初の目的よりも米国が負けたと思われてはならないという威信の維持が重要になる。ベトナムでは、南ベトナムだけでなく、世界中の同盟国に米国の決意を示すことが重視された。イラクでは、撤退がテロ勢力やイランへの勝利を意味すると考えられた。アフガニスタンでは、撤退後にタリバンが復帰すれば、20年間の戦争が失敗だったと認めることになるため、撤退決断が先送りされた。しかし威信を守るために勝てない戦争を続けると、かえって軍事力、財政、同盟国の信頼、国内の結束を損なう。威信維持のための戦争が、最終的にはより大きな威信喪失を生む。

三つの戦争の相違点

三つの戦争を全く同一視することも適切ではない。ベトナム戦争は、冷戦構造の中で、北ベトナム、中国、ソ連を背景とする民族解放・共産主義勢力と戦った戦争であった。米国は南ベトナム政府を維持しようとしたが、北ベトナムの国家統一意思を破壊できなかった。イラク戦争は、米国が自ら政権を打倒し、その結果として生じた国家崩壊と反乱に対応する戦争であった。戦後の混乱のかなりの部分は、侵攻後の米国の政策によって作り出された。アフガニスタン戦争は、当初は対テロ作戦として一定の国際的正当性を持っていたが、目的が国家建設へ拡大し、パキスタン国境を越えたタリバンの安全地帯という問題を解決できなかった。それでも三つに共通するのは、現地政府の正統性が弱く、敵側が長期持久戦を選び、米国が軍事的優位を政治秩序へ転換できなかったことである。

大統領の愚かさなのか

米国の戦略的失敗を、大統領個人の無知や傲慢だけで説明するのは不十分である。確かに、ジョンソン政権の段階的エスカレーション、ブッシュ政権の戦後イラクへの楽観論、アフガニスタンをめぐる歴代政権の先送りには、それぞれ重大な判断ミスがあった。しかし、異なる政党、異なる時代、異なる大統領の下で似た失敗が繰り返される以上、問題は米国の政治・軍事制度にも存在する。米国には圧倒的軍事力があり、それを使用する選択肢が常に存在する。軍事力を持たない国家なら外交で妥協せざるを得ない場面でも、米国には空爆、制裁、特殊作戦、政権転覆という選択肢がある。この実行可能性が、軍事行動を政治的に魅力あるものにする。更に、軍は作戦計画を提示できるが、戦後の国家建設について責任を持つ一元的組織は弱い。国防総省は敵軍の破壊を得意とし、国務省や援助機関は統治支援を担うが、両者を統合する政治的司令塔が十分に機能しない。したがって、米国大統領は、軍事的には実行可能だが政治的出口のない作戦を選びやすい。

米国は戦争の意味を取り違える

米国がベトナム、イラク、アフガニスタンで繰り返した最大の失敗は、戦争を敵の軍事力を破壊する行為として捉え、戦後にどのような政治秩序を成立させるかという問いを後回しにしたことである。戦争の目的は敵を爆撃することでも、首都を占領することでも、政権を倒すことでもない。戦争後に、自国にとって以前より有利で持続可能な政治状態を作ることが目的である。ベトナムでは、米国は北ベトナムの軍事力を削っても、南ベトナム国家の正統性を確立できなかった。イラクでは、フセイン政権を倒しても、その後の安定した国家秩序を準備できなかった。アフガニスタンでは、タリバン政権を倒しても、米国の支援なしに存続できる国家を建設できなかった。つまり、米国は戦闘に勝ちながら、戦争が終わった後の政治を作ることに失敗した。この構造を変えない限り、米国は将来も限定的な攻撃で相手を屈服させられる、政権を打倒すれば問題は解決する、軍事的圧力を加えれば望ましい政治変化が起きるという期待を繰り返す可能性がある。そしてイランのように、広大な国土、長い歴史、強固な国家意識、弾道ミサイル、地域ネットワーク、海上交通への報復能力を持つ国家に対して同じ発想を適用すれば、過去三戦争以上に、軍事的成果と政治的出口が乖離する危険がある。米国の最大の弱点は軍事力の不足ではなく、その巨大な軍事力を何のために、どこまで、どのような終結条件の下で使うのかを自制できないことにある。

米国イラン戦争

米国イラン戦争は、現時点では米国の戦略的失敗の兆候は強い。

現在(2026年7月21日)、米国・イラン戦争の最終的な勝敗を断定することはできない。米軍はイランの防空網、ミサイル・ドローン関連施設、港湾・交通・電力などに継続的な打撃を与えており、個々の軍事作戦では依然として優位にある。米中央軍も、イランへの攻撃、海上封鎖、船舶の拿捕・航行阻止を継続している。しかし、戦争を米軍がどれだけ多くの標的を破壊したかではなく、米国が当初の政治目的を達成し、以前より有利で安定した状態を作れているかで評価すれば、現時点での評価は厳しいものとなる。米国はイランの核・ミサイル能力を完全には除去できず、イラン政府を屈服させることもできず、ホルムズ海峡の安定した航行を確保できていない。むしろ、停戦が崩壊し、イランによる米軍基地や米国の同盟国へのミサイル・ドローン攻撃が拡大し、米兵にも死傷者が出ている。戦争目的も、核開発阻止や体制への圧力から、ホルムズ海峡の石油輸送確保へと重点が移りつつある。したがって現時点では、この戦争は軍事的には米国優位を維持しながら、戦略的には目的と出口を失い始めた戦争と評価するのが最も妥当である。

1.圧倒的軍事力で相手を屈服させようとする発想

ベトナム、イラク、アフガニスタン、そして現在のイラン戦争には、米国が自らの圧倒的な軍事力を背景に、相手へ一定の損害を与えれば、その政権や武装勢力は政策を変更するはずだと考える共通点がある。ベトナムでは、北爆と人的損害の増大によって北ベトナムが南北統一を断念すると期待した。イラクでは、フセイン政権を倒せば、親米的で民主的な新政権が比較的容易に成立すると想定した。アフガニスタンでは、タリバンを軍事的に排除し、中央集権的な政府と軍を建設すれば、新しい国家が定着すると考えた。現在のイラン戦争でも、空爆、経済封鎖、港湾封鎖、指導部への圧力を組み合わせれば、イランが核・ミサイル政策を変更し、地域での行動を抑制し、ホルムズ海峡を米国の望む条件で開放すると想定した形跡がある。しかし、イランは限定的な軍事組織や崩壊寸前の政権ではない。人口規模、国土、国家機構、軍事産業、弾道ミサイル、ドローン、地域ネットワークを備えた国家である。空爆によって施設を破壊することはできても、国家意思を破壊することは難しい。この点は、米国が北ベトナムの民族統一意思や、タリバンの長期持久力を過小評価したことと共通している。

2.軍事的打撃と政治的成果を混同

米軍は、イラン国内の軍事施設や交通インフラに相当の損害を与えている。しかし、標的を破壊したことと、イランが米国の要求を受け入れることは同じではない。米国が攻撃を強化するほど、イランは報復を拡大し、中東各地の米軍基地や米国の同盟国を攻撃している。イランによる攻撃対象には、ヨルダン、バーレーン、クウェート、カタールなどが含まれ、戦争は米国とイランの二国間対立を越えて地域全体へ広がっている。これはベトナム戦争で、北爆を拡大しても北ベトナムの抵抗意思が弱まらず、むしろ戦争が長期化した構造に似ている。また、イラク戦争でも、フセイン政権を倒したという明確な軍事的成功が、その後の政治秩序の安定を意味しなかった。イラン戦争においても、軍事施設の破壊をそのまま戦争目的の達成と評価すれば、過去と同じ誤りを繰り返すことになる。

3.戦争目的が次第に変化

戦略的失敗の重要な兆候は、開戦時の目的が達成されないまま、別の目的へ説明が移っていくことである。ベトナム戦争では、南ベトナム防衛から米国の威信維持へ重点が移った。イラク戦争では、大量破壊兵器の除去から民主化、対テロ、宗派内戦の抑制へ目的が変化した。アフガニスタン戦争では、アルカイダの排除から国家建設へ目的が拡大した。現在のイラン戦争でも、核兵器開発の阻止、ミサイル能力の無力化、体制への圧力、海上交通の確保、世界への石油供給維持という複数の目的が併存している。米政権関係者が、作戦の重点をホルムズ海峡の石油輸送確保へ移したと説明していることは、戦争目的が動いていることを示す。目的が変化すること自体が直ちに失敗を意味する訳ではない。しかし、当初の目的を達成できないまま、新しい目的を追加して戦争継続を正当化するのであれば、それは過去三戦争と同じ目的の漂流である。

4.撤退すれば敗北、継続すれば損害拡大

米国は、いったん大規模な軍事行動を始めると、簡単には撤退できなくなる。撤退すれば、イランに屈した、同盟国を見捨てた、米国の抑止力が失われたと批判される。一方、戦争を続ければ、米兵の死傷、艦艇や基地への攻撃、原油価格上昇、海上交通の混乱、同盟国への被害が拡大する。現在、米兵の死傷者が増え、米国は報復攻撃を強化している。これは、軍事行動が相手の屈服ではなく、報復と再報復の連鎖を生んでいることを意味する。ベトナム戦争でも、撤退すれば米国の信用が失われるという恐れが戦争継続の理由となった。アフガニスタン戦争でも、各政権は敗北の責任を負うことを避け、撤退判断を次の政権へ先送りした。イラン戦争も、この段階へ入りつつある。

ベトナム戦争との共通点と相違点

1.敵の持久力と政治的意思の過小評価

ベトナム戦争との最大の共通点は、米国が相手国の損害許容力と政治的意思を過小評価していることである。米国にとってイラン戦争は、核不拡散、海上交通、イスラエル防衛、地域覇権に関わる対外政策の一つである。一方、イランにとっては、国家主権、体制存続、領土防衛、革命体制の正統性に関わる戦争である。このため、米国とイランでは、戦争による損害に耐える政治的動機が異なる。米国は遠方から戦争を遂行し、最終的には撤退する選択肢を持つ。イランには自国から撤退する場所がない。北ベトナムが、米国より弱い軍事力しか持たなくても、米国が撤退するまで耐えればよかったのと同様に、イランも米軍を全面的に打ち破る必要はない。米国の基地、艦艇、同盟国、海上交通に継続的な費用を課し、米国内の戦争支持を弱めればよいのである。

2.限定攻撃が段階的拡大へ向かう危険

ベトナム戦争は、当初から大規模地上戦として始まった訳ではない。軍事顧問、限定的報復、北爆、地上軍増派という形で段階的に拡大した。イラン戦争も、核施設や軍事施設への限定攻撃から始まり、港湾封鎖、海上拿捕、交通・電力施設への攻撃、報復としての攻撃拡大へと進んでいる。米国が新たな攻撃を正当化するたびに、イランも報復範囲を広げる構造になっている。この意味では、イラン戦争はベトナム戦争そのものではないが、段階的エスカレーションによって、当初想定しなかった長期戦へ入る危険を共有している。

3.イランは米国権益直接攻撃能力を持つ

北ベトナムは、東南アジア以外の広範な米国権益を直接攻撃する能力をほとんど持たなかった。これに対してイランは、中東各地の米軍基地、港湾、空港、石油施設、同盟国都市、タンカー航路を射程に収めるミサイル・ドローン能力を持つ。実際に、米軍基地や湾岸諸国に対する攻撃が続いている。したがって、米国にとっての戦争コストはベトナムより早い段階で地域全体へ拡散する可能性がある。

4.世界のエネルギー供給に直結

ベトナム戦争は国際政治上重大であったが、世界の石油輸送の中心地で戦われた訳ではない。イラン戦争はホルムズ海峡を直接巻き込み、海峡の航行量低下や封鎖の応酬を通じて、世界の石油・ガス価格に直結する。海峡周辺では商船への攻撃や航行妨害が発生し、米国もイラン港湾への封鎖を実施している。このためイラン戦争では、戦場での損害だけでなく、世界経済への打撃が米国への政治的圧力となる。

イラク戦争との共通点と相違点

1.脅威を軍事力だけで除去できるという発想

イラク戦争では、大量破壊兵器の脅威を理由に、フセイン政権を軍事的に排除すれば問題が解決すると考えた。イラン戦争でも、核施設、研究設備、ミサイル基地、革命防衛隊施設を破壊すれば、核・ミサイル問題が解決するという発想が見られる。しかし、核技術は物理施設だけではなく、科学者、技術者、設計資料、部品調達網、政治的意思によって構成されている。施設を破壊すれば一時的に計画を遅らせることはできても、知識や動機まで消滅させることはできない。むしろ、外部からの攻撃は、イラン指導部に核抑止力を持たなければ国家を守れないという認識を強める。したがって、核開発阻止を目的とした攻撃が、長期的には核武装への政治的動機を強めることになる。

2.開戦理由と戦争の実態が乖離

イラク戦争では、大量破壊兵器という主要な開戦理由が崩れた後、民主化や対テロが新たな戦争目的として提示された。イラン戦争でも、核開発阻止という目的が、ミサイル能力の破壊、体制への圧力、海上封鎖、石油輸送確保へ移行している。戦争の主目的が一定しないことは、米国がどの条件で戦争を終えるのかが不明確であることを示す。イランがどの程度の譲歩をすれば米国は攻撃を停止するのか、核施設への査察受け入れだけでよいのか、弾道ミサイルの放棄まで求めるのか、地域政策の変更や体制改革まで要求するのかが明確でなければ、交渉による出口は作れない。

3.イランはイラクよりはるかに強固な国家

2003年のイラクは、湾岸戦争、長期制裁、軍事力低下、国内反乱、国際的孤立によって弱体化していた。これに対してイランは、人口、国土、山岳地形、軍事産業、弾道ミサイル、無人機、海軍力、国家官僚制、地域的影響力を備えている。空爆によって政権を短期間で崩壊させることは極めて困難である。仮に地上侵攻を行うならば、必要な兵力、補給、占領統治の規模はイラクを大きく上回る。米政権が地上軍の使用を完全に排除していないとの報道もあるが、全面侵攻は軍事的にも政治的にも極めて危険な選択となる。

4.政権崩壊は米国にとっても利益とは限らない

イラクでは米国はフセイン政権の打倒を明確な目的とした。しかし、イラン政権が崩壊した場合、親米的民主政権が自然に成立する保証はない。革命防衛隊、正規軍、宗教組織、地方勢力、民族集団、反体制派の間で権力闘争が起き、核・ミサイル関連施設や武器庫の管理が失われる可能性がある。人口規模の大きなイランが内戦や国家崩壊に陥れば、イラク戦争後を上回る地域混乱を招き得る。したがって米国は、イラン政府を弱体化させたい一方、完全崩壊も望めないという矛盾を抱えている。

アフガニスタン戦争との共通点と相違点

1.時間は米国より現地勢力に有利に働く

アフガニスタンでは、タリバンは米国に決戦を挑むのではなく、米国が政治的に疲弊し撤退するまで生き残る戦略を採った。イランも同様に、米軍を通常戦で完全に打ち破る必要はない。ミサイル、ドローン、機雷、小型艇、サイバー攻撃、地域勢力などを組み合わせ、米国へ継続的な費用を課せばよい。米国では、兵士の死傷、国防費、原油価格、株式市場、選挙、議会との対立が戦争継続を制約する。イランも大きな損害を被るが、指導部は戦争を国家存続の問題として国民に説明できる。この意味で、時間が長引くほど米国が政治的に不利になる。

2.勝利条件が定義されていない

アフガニスタン戦争では、アルカイダの排除後も、タリバンの完全敗北、民主国家の建設、治安部隊の自立など、勝利条件が次々に追加された。イラン戦争でも、核施設破壊、ミサイル能力低下、海峡の開放、革命防衛隊の弱体化、地域勢力の無力化、政権の政策変更など、複数の目標が存在する。これらすべてを実現しなければ勝利ではないとするなら、戦争は長期化する。逆に、核査察再開や一時的な航行再開だけで戦争を終えれば、米国内では譲歩や未完の勝利と批判される。勝利条件の曖昧さは、アフガニスタンと同じく、戦争を終わらせにくくする。

3.国家建設より国家間抑止が中心

アフガニスタン戦争は、最終的に米国主導の国家建設戦争となった。現時点のイラン戦争は、まだ占領や国家建設の段階にはなく、空爆、ミサイル、防空、海上封鎖を中心とする国家間戦争である。そのため、米国が限定目標を設定し、交渉によって停戦できれば、アフガニスタンのような20年間の占領戦争を避ける余地は残っている。しかし、体制転換や地上侵攻へ進めば、イラン戦争は国家間戦争から反乱・占領戦争へ変質し、アフガニスタン以上に解決困難になる。

イラン戦争はベトナム戦争の再来か

現時点では、イラン戦争をそのままベトナム戦争の再来と呼ぶのは正確ではない。米国はまだ大規模地上軍をイランへ投入しておらず、イラン国内の占領統治も行っていない。戦争の中心は航空攻撃、ミサイル・ドローン、防空、海上封鎖である。したがって、戦争の形態はベトナムよりも、国家間の限定戦争と海上経済戦争に近い。しかし、戦略的な思考様式にはベトナムとの強い共通性がある。すなわち、限定的な軍事圧力によって相手の意思を変えられるという期待、攻撃が効果を生まない場合に更に攻撃を拡大する段階的エスカレーション、撤退すれば米国の威信が失われるという恐れ、そして戦争目的が次第に変化する点である。したがって、形態はベトナム戦争とは異なるが、失敗に至る政治的メカニズムはベトナム戦争に近づいていると評価できる。

米国・イラン双方の戦略的評価

1.米国は政治的成果で苦戦

米国は、イラン国内の固定目標を攻撃し、海上封鎖を実施し、イランの軍事能力を継続的に削る能力を持つ。米軍が直ちに軍事的敗北へ向かっているとはいえない。しかし、米国の当初目的がイランの核・ミサイル政策の変更、ホルムズ海峡の安定、地域秩序の回復であったなら、現在までにそれらが達成されたとはいえない。むしろ、イランの報復能力は残り、米軍基地と同盟国が攻撃され、ホルムズ海峡は不安定化し、停戦は崩壊している。米国の攻撃が、米国の求める安定ではなく、米国が回避したかった不安定を生み出している。この意味で米国は、軍事的優位を戦略的勝利へ転換できていない。

2.イランは単純な勝者ではない

一方、イランが一方的に勝利していると断定することもできない。イランは軍事施設、港湾、交通・電力インフラに攻撃を受け、人的・経済的損害を被っている。海上封鎖は輸出と国家財政を圧迫し、長期戦になれば国内経済と政権の統治能力にも重大な負担が生じる。したがって、イランの現時点での成果は、米国を軍事的に打ち破ったことではなく、米国に当初想定を超える費用を課し、短期的屈服を拒否していることにある。イランが政権を維持し、ミサイル・ドローン能力の一部を保持し、米国に全面的な要求を受け入れずに停戦へ持ち込めば、戦略的にはイラン側の成功と評価される可能性がある。

3.過去三戦争より危険な出口なき戦争

現在の米国・イラン戦争は、まだベトナム、イラク、アフガニスタンのような最終的失敗へ到達したとはいえない。米国が限定的な政治目標を再設定し、相互に受け入れ可能な停戦条件を作り、核査察と海上交通を外交的に回復できれば、長期戦を回避する可能性は残っている。しかし現時点では、過去三戦争に共通した失敗の兆候がかなり明確に現れている。

第一に、軍事的打撃によって相手の政治意思を変えられるという期待が外れている。
第二に、戦争目的が核問題から石油輸送や海上封鎖へ変化している。
第三に、報復と再報復によって戦争範囲が拡大している。
第四に、米国は撤退すれば威信を失い、継続すれば損害が増えるという罠に入りつつある。
第五に、どの条件を満たせば戦争を終えるのかが明確ではない。

更に、イラン戦争は過去三戦争にはなかった重大な危険を持つ。ホルムズ海峡、湾岸諸国の米軍基地、石油施設、商船航路が一体となった戦場であり、戦争の経済的影響が直ちに世界全体へ波及することである。結論として、現時点の米国・イラン戦争は、米国が軍事的には優勢でありながら、戦略的には手詰まりへ向かっている戦争と評価できる。ベトナム戦争のような地上消耗戦ではなく、イラク戦争のような政権打倒戦でもなく、アフガニスタン戦争のような国家建設戦でもない。しかし、目的の曖昧化、相手の意思の過小評価、軍事的成功と政治的成功の混同、撤退不能という失敗の構造は、三つの戦争を同時に再現しつつある。最も危険なのは、米国がこれを認めず、これまでの攻撃で成果が出なかったのは攻撃が足りなかったからだと判断することである。その発想で攻撃を拡大すれば、米国は勝利へ近づくのではなく、過去三戦争よりも短期間で、より広範な地域的・経済的危機へ入り込む可能性が高い。

歴史に関する考察

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