Architecture Without Architects
A Short Introduction to Non-Pedigreed Architecture
1964年刊
Bernard Rudofsky著
著者ベルナール・ルドルフスキーの経歴
ベルナール・ルドルフスキーは1905年に当時のオーストリア=ハンガリー帝国領モラヴィア地方に生まれ、ウィーン工科大学で建築を学んだ建築家、評論家、写真家であった。若い頃から地中海地域や中東、アジアなど世界各地を旅し、近代建築が見落としてきた土着の住居や生活文化に強い関心を抱いた。彼は機能主義的な近代建築の画一性を批判し、人間の身体感覚や地域の気候、風土に根ざした建築の価値を探究した。またニューヨーク近代美術館で数々の展覧会を企画し、建築だけでなく衣服や生活文化についても独創的な批評活動を行った。本書はその思想が最も明確に示された代表作であり、後のヴァナキュラー建築研究や地域主義建築運動に大きな影響を与えた。
本書の内容
1.名もなき人々が作り上げた建築の再発見
本書が扱う対象は、有名建築家が設計した記念碑的建築ではない。農民や遊牧民、漁民、山岳民族など、長い年月をかけて地域共同体が作り上げてきた無名の建築である。ルドルフスキーはこれを系譜を持たない建築と呼び、建築史が無視してきた巨大な文化遺産として評価した。
2.気候と風土が生み出した合理性
本書では世界各地の建築事例が多数の写真によって紹介される。中東の厚い土壁の家、北アフリカの地下住居、中国の洞窟住居、ギリシャの白い集落、イエメンの高層土造建築など、それぞれの建築は地域の気候条件に適応するために進化してきた。暑い地域では自然換気や日射遮蔽が巧みに利用され、寒冷地では断熱性能を高める工夫が施されている。ルドルフスキーは、これらの建築が機械設備に依存せず、自然環境を利用して快適性を実現している点に注目した。
3.集落が一つの建築である
本書では個々の建物よりも、むしろ集落全体の構成に重点が置かれている。曲がりくねった路地、密集した住宅配置、日陰を作るアーケード、風を取り込む広場などは、長い時間の中で共同体が試行錯誤を繰り返した結果として形成された。そこには都市計画家や建築家によるトップダウンの設計ではなく、人々の生活行動の積み重ねによって生まれたボトムアップの秩序が存在していた。
4.近代建築への批判
ルドルフスキーは近代建築が工業化と大量生産を追求するあまり、地域性や人間性を失ってしまったと考えていた。世界中の都市が同じようなガラスとコンクリートの建物で埋め尽くされる現象を批判し、それに対する対抗概念として土着建築を提示した。彼にとって問題だったのは技術ではなく、人間が自然との関係を忘れ、建築を単なる工業製品として扱う姿勢であった。
5.写真による建築論
本書の特徴は、文章以上に写真が語っている点にある。200点近いモノクロ写真が説明を最小限に抑えた状態で配置されており、読者は自ら比較し、考え、発見することを求められる。これは従来の建築理論書とは全く異なる構成であり、一種の視覚的エッセイとも呼べるものであった。
本書が言いたかったこと
優れた建築は必ずしも著名な建築家によって生み出される訳ではない。むしろ長い歴史の中で地域社会が自然環境と向き合いながら形成してきた無名の建築には、現代建築が失ってしまった知恵と持続可能性が存在している。建築とは個人の創造性を誇示する芸術作品ではなく、人間と自然と共同体との関係を形にした文化であるという認識こそが、本書の中心思想であった。
