Scope 桑原弘明作品集

Scope 桑原弘明作品集
2009年12月刊
桑原弘明著

桑原弘明の経歴

桑原弘明は1957年に茨城県土浦市に生まれ、多摩美術大学油画科を卒業した日本を代表するオブジェ作家である。1980年代より極小の立体作品の制作を始め、やがて自らの代表作となるスコープ(Scope)という独自の表現形式を創案した。スコープとは真鍮や銅で作られた小箱に覗き穴を設け、その内部に微細な部屋や庭園、廃墟、図書室、工房、港町などの小宇宙を封じ込めた作品である。1995年、幻想文学研究者の巖谷國士と出会い、初めてスコープ作品を発表した。その後は毎年のように個展を開催し、日本のオブジェ芸術において極めて独創的な地位を築いている。桑原の作品は、一つの作品に二か月以上を費やすことも珍しくなく、顕微鏡的な精密さと詩情に満ちた世界観によって多くの愛好家を魅了してきた。

本書の内容

1.覗き穴の向こうにある無限の空間

本書は、通常のオブジェ作品集とは異なり、鑑賞者が実際にスコープを覗き込んだ時の体験を写真によって再現しようとしている。作品の外観写真だけでなく、覗き穴の内部に広がる風景が多数収録されており、読者はまるで自ら小さな世界へ入り込んだような感覚を味わうことができる。小箱の内部には古びた書斎や海辺の桟橋、誰もいない劇場、旅館の一室、夜の庭園、地下室、工房などが存在し、それらは単なるミニチュア模型ではなく、一つの時間と記憶を持った世界として構成されている。

桑原弘明

2.廃墟と郷愁の美学

桑原のスコープ世界には、しばしば廃墟や忘れ去られた場所が登場する。しかしそれらは破壊や絶望の象徴ではなく、過去の時間が静かに堆積した場所として描かれている。使われなくなった椅子や机、誰もいない部屋、閉ざされた窓、遠くに見える灯火などが繰り返し現れるが、それらは失われた時代への郷愁を呼び起こす装置として機能している。本書を通じて読者は、現実には存在しないはずの場所を以前どこかで見たことがあると感じる不思議な体験をする。

桑原弘明
桑原弘明

3.光によって変化する世界

スコープ作品は光によって完成する芸術である。採光口から差し込むわずかな光の角度や強さによって、朝の光景が夕暮れへ変わり、昼の庭園が夜の港へと変貌する。本書にはそうした光の演出による変化が数多く収録されており、オブジェが固定された物体ではなく、時間とともに変化する舞台装置であることを理解させてくれる。

4.見るから覗くへ

絵画や彫刻は通常、作品の前に立って眺める芸術である。しかしスコープは鑑賞者に覗き穴へ顔を近づけることを要求する。この行為によって鑑賞者は傍観者ではなく探検者となり、自ら未知の空間へ侵入する体験を得る。本書はこの覗くという行為が作品の本質であることを繰り返し示している。

5.ミニチュアを超えた宇宙の創造

本書に収録された作品は一見するとドールハウスや模型のようにも見える。しかし桑原の目的は縮小模型を作ることではない。限られた空間の内部に、無限に続く物語と時間を閉じ込めることにある。そのため作品には必ずその先が存在する。開かれた扉の向こう、窓の外の遠景、廊下の奥の暗闇などが想像を誘い、見えない世界が見える世界よりも大きく感じられる構造になっている。

6.オブジェ芸術の新たな可能性

本書を通じて明らかになるのは、桑原が20世紀アッサンブラージュの伝統を継承しながら、それを全く異なる方向へ発展させたことである。ジョゼフ・コーネルの箱が正面から眺める記憶の劇場であるならば、桑原のスコープは内部へ侵入する記憶の迷宮である。鑑賞者は箱を眺めるのではなく、その内部へ旅立つのである。これは現代オブジェ芸術において極めて独創的な達成であった。

本書が言いたかったこと

芸術とは巨大なモニュメントや壮大な空間によって成立するものではなく、わずか数センチの空間の中にも宇宙を創造できる。桑原弘明は、見る者が作品を覗き込むという行為を通じて、忘れられた記憶や郷愁、旅への憧れ、時間の堆積といった人間の深層心理を呼び覚ました。スコープの内部に存在するのは小さな部屋ではなく、鑑賞者自身の記憶と想像力である。

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