The Great Global Transformation
2025年刊
Branko Milanović著
著者の経歴
ブランコ・ミラノヴィッチはセルビア出身の経済学者であり、世界的な所得格差研究の第一人者として知られる。世銀で約20年間にわたり主席エコノミストとして各国の所得分配や貧困問題を研究し、その後はニューヨーク市立大学院センターで研究を続けている。彼の研究は世界全体の所得分布を対象とする点に特徴があり、一国内の格差ではなく、人類全体を一つの経済圏として分析する手法を確立したことで知られる。本書は、それらの研究成果を総括しつつ、冷戦後約30年間続いた新自由主義的グローバル化が終焉を迎え、新しい世界秩序へ移行する過程を描いた代表作である。
本書の内容
1.新自由主義時代の終焉
本書の出発点は、1980年代以降の新自由主義的グローバル化が歴史的役割を終えつつあるという認識である。市場開放、自由貿易、資本移動の自由は世界経済を飛躍的に成長させたが、その利益は均等には分配されなかった。中国をはじめとするアジア諸国では数億人規模の中間層が誕生した一方で、欧米の中間層は所得停滞に直面し、不満が蓄積した。著者は、この格差こそが現在の政治的不安定の根源であると考える。
2.中国の台頭と世界経済の重心移動
本書最大のテーマは、中国の経済発展によって世界経済の中心が大西洋からアジアへ移動したことである。冷戦後の世界では米国を中心とした自由主義秩序が支配していたが、中国は国家主導型資本主義を維持したまま市場経済を発展させ、欧米型とは異なる発展モデルを提示した。その結果、世界の所得分布が大きく変化し、西側先進国だけが豊かな時代は終わり、多極化した経済秩序が形成されつつある。著者は、この変化は一時的現象ではなく、21世紀を決定づける構造変化であると位置づけている。
3.ナショナル・マーケット・リベラリズムという新体制
本書で最も独創的な概念がナショナル・マーケット・リベラリズムである。これは国内では市場経済を維持しながらも、国際的には自由貿易よりも国家利益、安全保障、産業政策を優先する体制である。従来のグローバル化では国際市場が最優先であった。しかし現在は各国とも半導体、AI、エネルギー、重要鉱物など戦略産業への国家介入を強めている。自由市場は否定されないが、それは国家の枠内でのみ機能する方向へ変質しつつある。
4.新しいエリート層ホモプルーティア
著者は現代資本主義の特徴としてホモプルーティアという概念を提示する。かつては資本家と高所得労働者は異なる階層だったが、現在では巨大企業経営者、金融業界、IT企業創業者などは資本所得と労働所得の双方を得ている。この新しい超富裕層は政治的・経済的影響力を集中させ、所得格差だけでなく資産格差も拡大させる。この構造が民主主義への不信やポピュリズムを生み出していると著者は分析する。
5.ナショナリズムと保護主義の復活
グローバル化がもたらした勝者と敗者の格差は、各国でナショナリズムの復活を促した。米国では保護主義、中国では国家主導型経済、欧州でも経済安全保障政策が強化されている。著者はこれを偶然の政治現象ではなく、グローバル所得分布の変化が生み出した必然的結果として説明する。そのため、自由貿易への単純な回帰はもはや困難であると論じている。
6.多極世界と新しい国際秩序
本書では、米国一極支配は終焉へ向かい、中国、インド、東南アジア、中東などを含む多極世界が形成されると予測している。経済は依然として相互依存する一方、安全保障や技術では国家間競争が激化する。そのため国際秩序はより複雑になり、経済合理性だけでは説明できない地政学的判断が重要になる。著者は、この新しい世界では国家と市場の関係を再定義することが不可欠であると結論づけている。
本書が言いたかったこと
私たちは単なる景気循環や一時的な国際政治の変化ではなく、世界経済の歴史的転換点に立っている。新自由主義的グローバル化は世界全体の豊かさを拡大したが、その恩恵は均等ではなく、各国の政治や社会に深刻な分断を生み出した。その結果、国家は再び経済政策の中心へ戻り、市場は国家利益と安全保障の枠組の中で運営されるようになっている。今後の世界は米国中心の秩序ではなく、多極化した国際社会の中で各国が競争と協調を繰り返す時代となる。その変化を理解し、新しい制度や国際協力のあり方を構想することこそが21世紀最大の課題である。
