The Fractured Age
2025年刊
Neil Shearing著
著者ニール・シアリングの経歴
ニール・シアリングは英国を代表するマクロ経済学者であり、世界的な経済調査会社であるCapital Economicsのグループ・チーフエコノミストを務めている。専門分野は世界経済、金融市場、地政学リスクであり、長年にわたり政府機関、中央銀行、多国籍企業、金融機関に対して経済分析と政策提言を行ってきた。また、英国財務省の政策助言にも携わり、英国王立国際問題研究所のグローバル経済プログラムのアソシエイト・フェローとしても活動している。Financial Timesをはじめとする主要経済メディアへの寄稿や、BBC、Bloomberg、CNNなどへの出演を通じて世界経済の分析を発信している。本書は、経済学と地政学の双方の視点から現代世界の構造変化を分析した代表的著作である。
本書の内容
1.グローバル化の終焉ではなく分断化の始まり
本書は、現在起きている変化を脱グローバル化と呼ぶのは正確ではないと主張する。著者によれば、世界経済が縮小しているのではなく、政治的対立や安全保障上の要請によって複数の経済圏へと分裂しつつあるのである。これまで世界は自由貿易を基盤として一体化を進めてきたが、その流れが完全に逆転したわけではない。むしろ経済活動は今後も続く一方で、その相手や経路が政治的価値観や同盟関係によって再編される「分断されたグローバル化」の時代へ移行していると著者は論じている。
2.米中対立が世界経済を再設計する
この分断化を最も強く促しているのが米国と中国の対立である。冷戦終結後には企業は最も効率的で最も安価な生産拠点を世界中から選ぶことができたが、現在では安全保障上の信頼性が重要な判断基準となっている。企業はコストだけではなく、政治的リスクや供給停止の可能性まで考慮して生産体制を見直し始めている。経済政策はもはや純粋な経済政策ではなく、国家戦略そのものへと変化している。
3.地政学ブロックの形成
著者は世界を単純な米中二極体制として捉えていない。むしろ米国圏、中国圏、その双方と関係を維持しながら自国の利益を最大化しようとするインド、ブラジル、ASEAN諸国、中東諸国などの中間国家による三層構造が形成されつつある。これらの中間国家は一方の陣営だけに属することを避け、状況に応じて双方との関係を調整しているため、これからの国際秩序は冷戦時代よりもはるかに複雑で流動的になる。
4.技術覇権競争
本書では、半導体、人工知能、量子技術、通信インフラなどの先端技術は単なる産業競争の対象ではなく、安全保障そのものになったと説明される。国家はこれらの重要技術を自国あるいは同盟国の内部に囲い込もうとし、輸出規制、投資規制、技術移転の制限、研究協力の管理を急速に強化している。その結果、経済政策と安全保障政策との境界は曖昧になり、技術力が国家の競争力を左右する最重要要素となっている。
5.資源・エネルギーを巡る競争
地政学的な競争は資源市場にも大きな変化をもたらしている。著者は、脱炭素社会への移行が進むほど、レアアース、リチウム、ニッケル、銅、半導体材料などの戦略資源の重要性が高まり、それらを確保するための国家間競争は一段と激しくなると指摘する。エネルギー転換は資源争奪戦を終わらせるどころか、新しい形での資源安全保障競争を生み出している。
6.国際金融の変化
金融システムもまた地政学の影響を強く受け始めている。米ドルは依然として世界経済の基軸通貨であり続けているが、金融制裁やSWIFTなどの決済インフラが外交手段として積極的に利用されるようになった結果、多くの国が金融面での依存度を引き下げようとしている。著者は急速なドル離れが起こるとは考えていないものの、各国が決済手段や外貨準備を多様化することで、国際金融もまた徐々に分断化していくと予測している。
7.勝者と敗者
このような構造変化はすべての国や企業に同じ影響を及ぼすわけではない。人口、市場規模、資源、技術力、同盟ネットワークを持つ国家は、新しい経済秩序の中でも優位性を維持しやすい。一方で、小規模な経済や特定の市場に過度に依存している国は大きな影響を受けやすくなる。また企業についても、複数地域に生産・販売拠点を持ち、柔軟なサプライチェーンを構築している企業は競争力を維持できる一方、一国依存型の企業は地政学リスクによって大きな不利益を受ける可能性が高いと論じている。
8.企業経営者への提言
著者は本書を単なる国際政治や経済分析で終わらせず、企業経営への具体的な提言で締めくくっている。これからの企業経営では、最も効率的なサプライチェーンを追求するだけでは不十分であり、予期しない政治的対立や経済制裁にも耐えられる強靱な供給網を構築することが重要になる。経済合理性だけを重視する時代は終わりつつあり、地政学リスクを正しく評価し、それを経営戦略へ組み込む能力そのものが企業競争力を左右する時代が到来したと著者は結論づけている。
本書が言いたかったこと
世界経済はもはや市場原理だけで動く時代ではなくなり、地政学が経済活動を左右する新しい時代へ移行した。著者は、現在起きている変化を一時的な危機ではなく、長期的な構造転換として捉えている。そして国家も企業も、従来の効率性やコスト最優先の発想から脱却し、安全保障、技術、自立性、供給網の強靱性を重視する新たな経済戦略を構築しなければならないと説く。世界は完全に分裂するのではなく、複数の経済圏が並立する分断されたグローバル化の時代へ入り、その変化を正しく理解した主体だけが次の時代の競争を勝ち抜ける。
