Breakneck
China’s Quest to Engineer the Future
2025年刊
Dan Wang著
著者ダン・ワンの経歴
ダン・ワンは、中国研究とテクノロジー分析を専門とするカナダ人評論家である。中国雲南省に生まれ、幼少期にカナダへ移住し、ロチェスター大学で経済学と哲学を学んだ。その後、中国経済調査会社Gavekal Dragonomicsのアナリストとして長年北京を拠点に活動し、中国の産業政策、製造業、半導体、人工知能、EV産業などを現地から分析した。彼は毎年発表する年次書簡で、中国社会や技術革新を現場感覚豊かに描き、多くの政策関係者や投資家から高く評価されるようになった。その後、フーバー研究所の研究員などを務め、米中関係や中国の技術競争について研究を続けている。彼の特徴は、中国を外部から批判するだけでも称賛するだけでもなく、中国社会の内部を実際に生活し観察した経験に基づき、現実を多面的に描く点にある。
本書の内容
1.中国はエンジニア国家であるという視点
本書最大の特徴は、中国を共産主義国家や権威主義国家と捉える従来の枠組ではなく、エンジニア国家として理解しようとする点にある。著者によれば、中国の政治指導者の多くは土木工学、機械工学、電気工学など工学系教育を受けており、社会を巨大なシステムとして設計・改善する発想を持つ。そのため、問題が起これば制度を議論する前にまず建設し、実験し、改良するという発想が国家運営全体に浸透している。これに対して米国では法律家が政治エリートの中心を占め、制度や手続き、訴訟、合意形成が優先される。この違いが両国の経済発展や技術競争力の差を生み出している。
2.驚異的な建設能力と製造業の強さ
著者は、中国各地を歩きながら、高速鉄道、橋梁、地下鉄、港湾、巨大工場などの建設速度を詳細に紹介する。中国では都市計画が決定されると短期間で完成へ向かい、巨大インフラが経済全体を押し上げる。EV、太陽光パネル、ドローン、通信設備なども国家的支援の下で急速に発展した。中国製造業は単に安価な労働力に依存するのではなく、膨大な技術者集団と高度なサプライチェーンを形成し、ものづくり国家として世界最大級の競争力を獲得した過程が描かれる。
3.工学的合理性がもたらした負の側面
しかし著者は、中国を礼賛している訳ではない。むしろ、中国が社会を工学的対象として扱うことによって、一人っ子政策、ゼロコロナ政策、大規模監視システムなど、人間を巨大システムの部品として扱う危険性も生まれたと論じる。社会工学はインフラ建設では成功する一方、人間の自由や多様性を無視した政策になると深刻な副作用を生み出す。本書はこの建設国家の強さと危うさを両面から描いている。
4.中国経済の現在地
本書では、中国経済が直面する課題についても率直に分析される。不動産不況、人口減少、若年失業、消費低迷などは深刻であり、巨大インフラ投資だけでは解決できない問題となっている。それでも、中国は製造業、AI、半導体、ロボット、自動車、エネルギーなどの戦略産業へ国家資源を集中し続けており、産業競争力ではなお世界最強クラスを維持していると著者は評価する。
5.アメリカとの対比
本書後半では、中国論であると同時にアメリカ論でもある。著者は、アメリカは弁護士国家と化し、規制、訴訟、環境審査、政治対立などによって大規模建設や製造業再生が著しく困難になっていると指摘する。中国は行き過ぎた社会工学という問題を抱える一方で、アメリカは過剰な法制度によって行動力を失いつつある。両国はいずれも極端に振れており、それぞれ相手から学ぶ必要がある。
6.米中競争の本質
著者によれば、米中競争はイデオロギー対立だけではない。本質は、未来を実際に建設する能力をどちらが持つかという競争である。AI、半導体、EV、宇宙、量子技術などの競争では、中国は巨大な製造能力と国家動員力を武器にしており、西側諸国はその実力を過小評価してはならないと警告する。同時に、中国の社会統制の弊害も直視しなければならないとして、単純な善悪二元論を退けている。
本書が言いたかったこと
中国の急速な台頭は単なる安価な労働力や国家補助金の結果ではなく、工学的に社会を設計する国家という独自の統治思想に支えられている。そして、中国の強さを正しく理解するためには、民主主義対権威主義という単純な対立ではなく、建設する能力と制度を維持する能力という二つの文明の特徴を比較する必要がある。同時に、中国の成功には自由の抑圧や社会工学という重大な代償が伴っており、西側はその長所を学びつつ自由と法の支配を維持する新たな発展モデルを構築すべきである。
