Orientalism
1978年刊
Edward W. Said著
エドワード・サイードの経歴
エドワード・サイード は1935年、エルサレムに生まれたパレスチナ系知識人であり、20世紀後半を代表する文学研究者・思想家である。幼少期をエルサレムとカイロで過ごした後、アメリカへ渡り、プリンストン大学、ハーバード大学で学んだ。長年にわたりコロンビア大学で英文学・比較文学を教え、西洋文学、音楽、政治、植民地主義研究など幅広い分野で活動した。サイードは単なる文学研究者ではなく、自らがパレスチナ人として故郷を失った経験を持っていた。そのため彼の思想には、西洋は東洋をどのように見てきたのか、なぜ西洋は東洋を支配の対象として描くのかという切実な問題意識が流れている。彼は1978年に本書を発表し、西洋中心主義への根本的批判を展開した。この本は文学研究を超えて、歴史学、政治学、人類学、国際関係論に巨大な影響を与え、ポストコロニアル研究の出発点となった。以後の学問世界では、「知識は中立ではなく権力と結びつく」という視点が広く共有されるようになる。
本書の内容
1.オリエントは西洋によって作られた
サイードが本書でまず示すのは、オリエント(東洋)という概念そのものが、西洋によって作り上げられたということである。西洋は古くから、中東やアジアを神秘的で官能的、非合理で怠惰、専制的で未開な世界として描いてきた。しかしそれは東洋の客観的実像ではなく、西洋側の欲望や恐怖や優越感を映し出した鏡にすぎない。西洋は、理性的で文明的、進歩的な自己を確認するために、非合理で遅れた東洋という対照物を必要としていた。
2.学問と権力の結合
サイードが本書で特に重視するのは、知識と権力の関係である。19世紀以降、西洋では東洋研究、すなわちオリエント研究が盛んになった。言語学、歴史学、考古学、文学研究などを通じ、多くの学者が東洋を研究した。しかしサイードは、それらの研究が単なる純粋学問ではなかったと指摘する。たとえばフランスのエジプト研究やイギリスのインド研究、中東研究などは、植民地統治と深く結びついていた。西洋は東洋を知ることで、管理し、分類し、支配することを可能にした。学問ですら中立ではなく、帝国主義の一部として機能していた。
3.文学の中の東洋像
サイードは、西洋文学の中に描かれた東洋像も詳しく分析する。フローベールやキプリングなど多くの作家たちは、東洋を妖艶な女性や暴君、狂信や神秘、停滞の象徴として描いた。しかしその描写は、現実の東洋人自身の声ではなく、西洋人の視線による幻想だった。東洋は語る主体ではなく、西洋に語られる対象として扱われていた。
4.帝国主義とオリエンタリズム
本書後半では、オリエンタリズムが帝国主義とどのように結びついていたかが論じられる。西洋は、東洋は未熟であり、西洋が導かなければならない、文明化が必要であるという論理を用いて植民地支配を正当化した。サイードによれば、これは単なる偏見ではなく、近代ヨーロッパ文明に組み込まれた世界認識だった。オリエンタリズムとは、単なる東洋趣味ではなく、西洋が東洋を支配するための知の体系だった。
5.アメリカと現代オリエンタリズム
サイードは更に、20世紀後半のアメリカにも同じ構造が残っていると指摘する。現代メディアでは中東世界が、暴力的で狂信的、テロ的で非民主的に単純化されて描かれやすい。その結果、西洋は中東を理解すべき他者ではなく、管理・介入すべき危険地帯として見る傾向を持ち続けている。
本書が言いたかったこと
西洋は東洋を客観的に理解してきたのではなく、自らの優越性を確認し、支配を正当化するために東洋像を作り上げてきた。知識や学問ですら権力と無関係ではなく、帝国主義や植民地主義を支える役割を果たした。本書は、他者を語る時、人は本当に相手を見ているのか、それとも自分自身の欲望や偏見を投影しているだけなのか、という根源的問題を突きつけた。
