Rachmaninoff A Biography
1990年刊
Barrie Martyn著
バリー・マーティンの経歴
バリー・マーティンはロシア音楽、とりわけラフマニノフ研究で知られるイギリスの音楽評論家・伝記作家である。彼はラフマニノフの録音史、作品研究、演奏解釈に精通し、多数の資料や証言をもとに、作曲家の内面的世界と芸術的歩みを詳細に描き出した。本書は単なる年譜的伝記ではなく、作品分析、演奏活動、亡命者としての精神史までを含めた総合的な評伝として高く評価されている。
本書の内容
1.若きラフマニノフの形成
本書はまず、1873年にロシア帝国で生まれたラフマニノフの幼少期から始まる。没落しつつあった貴族階級の家庭環境、厳格な音楽教育、モスクワ音楽院での学びなどが描かれ、彼が早くから並外れた音楽的才能を示したことが説明される。特に教師タネーエフやアレンスキーらの影響、チャイコフスキーとの接点が重要な要素として語られる。ラフマニノフは単なる技巧派ではなく、ロシア的抒情性と深い精神性を若い頃から備えていたことが強調されている。
2.交響曲第一番の失敗と精神的危機
本書の大きな転換点として描かれるのが、1897年の交響曲第1番初演の失敗である。指揮者グラズノフの不出来な演奏もあり、作品は酷評され、ラフマニノフは深刻な精神的打撃を受ける。彼は作曲不能状態に陥り、自信を完全に喪失する。本書では、この危機が単なる職業的失敗ではなく、芸術家としての存在を揺るがす出来事であったことが丁寧に描かれる。そして精神科医ダーリ博士による催眠療法的治療が、彼を創作へと再び導いた過程が語られる。
3.ピアノ協奏曲第2番と世界的名声
精神的危機を克服した後、ラフマニノフはピアノ協奏曲第2番を完成させる。この作品は大成功を収め、彼を世界的作曲家として確立した。著者はこの作品について、単なるロマン派的名曲としてではなく、絶望から再生への記録として解釈している。旋律の豊かさ、和声の陰影、巨大な構築力が、ラフマニノフ独自の精神世界を形成していると論じられる。また、前奏曲嬰ハ短調、鐘、交響曲第2番、パガニーニの主題による狂詩曲などの代表作についても、時代背景と共に詳細な分析が行われる。
4.ピアニストとしての栄光
本書はラフマニノフを作曲家としてだけでなく、20世紀最高のピアニストの一人として描いている。巨大な手、圧倒的技巧、精密なリズム感、過度な感傷を排した演奏様式などが紹介される。特に彼自身の録音に基づく分析では、後世の演奏家たちが抱く甘美なロマン派というイメージとは異なり、極めて厳格で構築的な演奏家だったことが指摘される。また、アメリカやヨーロッパでの演奏旅行、過酷なスケジュール、亡命後の生活苦なども詳しく描かれている。
5.革命と亡命の悲劇
1917年のロシア革命は、ラフマニノフの人生を根底から変えた。本書では、祖国を離れざるを得なかった彼の喪失感が大きなテーマとして扱われる。亡命後のラフマニノフは、演奏活動によって家族を支える必要に迫られ、作曲の時間を十分に持てなくなる。そのため作品数は減少するが、交響的舞曲など晩年の作品には、失われた祖国への郷愁と死への意識が深く刻まれている。ラフマニノフは華やかな成功者として知られていた一方で、内面には常に孤独と不安を抱えていたことが本書全体を通じて浮かび上がる。
6.晩年と死
晩年のラフマニノフはアメリカを拠点としながらも、精神的には常にロシアを失った亡命者であり続けた。本書では、第二次世界大戦下で祖国を案じる姿や、病に苦しみながらも演奏活動を続けた晩年が静かに描かれる。1943年に亡くなる直前まで演奏家として活動していた姿は、彼が音楽に人生を捧げていたことを象徴している。
本書が言いたかったこと
ラフマニノフは単なる甘美な旋律を書く後期ロマン派作曲家ではなく、近代という激動の時代の中で、失われた祖国と自己の芸術的理想を抱え続けた極めて孤独な芸術家であった。彼の音楽には豊かな旋律美が存在するが、その背後には深い喪失感、不安、宗教的精神性、故郷ロシアへの尽きることのない郷愁が流れている。本書は、ラフマニノフの人生が、19世紀ロシア文化の終焉と20世紀亡命者の悲劇を象徴していることを示している。著者は、ラフマニノフを単なる感傷的作曲家として矮小化する見方に反論し、その作品の構築性、精神的深さ、演奏家としての知性を再評価しようとしている。彼の音楽は美しいだけではなく、時代に翻弄された人間の魂の記録である。
